清楚な執事長、常駐位置が“お嬢様の隣”に確定しました

星乃和花

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後日談7『“膝掛けの管理規定”が増えて、本人がいちばん弱い』

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 ある日の午後。
 私は、書庫で本を読んでいた。

 静かな部屋。紙の匂い。落ち着く。
 ユリウスは少し離れた場所で、書類を整理している。
 距離は正しい。
 ……正しいのに、影が近い。

 私はページをめくり、膝掛けを整えた。
 膝掛けは、もう生活の一部になってしまった。
 嫌ではない。むしろ好き。
 好きなのが問題。

 その時、ユリウスが立ち上がり、机に紙を置いた。

『膝掛け 管理規定(案)』
第1条:膝掛けは常に清潔に保つ。
第2条:お嬢様の膝上に置かれる際、皺がない状態を推奨。
第3条:端がずれている場合、執事長は直ちに整える。
第4条:膝掛けを抱きしめた場合、記録はしない(例外:本人が言った場合のみ)。

 私は、ページをめくる手が止まった。

「……執事長」

「はい」

「第4条、何ですの」

「配慮です」

「配慮が遅いです」

 私は即答した。
 だって、昨日も一昨日も、私は抱きしめた。
 抱きしめてしまった。
 落ち着くから。
 落ち着かないのに。

 ユリウスが、清楚に頷く。

「では、改訂します」

「改訂しなくていいです」

「承知しました」

 承知しました、と言いながら、紙を指でトントン整える。
 この人、何でも整える。膝掛けも、私の心臓も。

 私は本を読むふりを続けた。
 読めていない。
 字が頭に入らない。
 ユリウスの気配が、ページより濃い。

 私は、また膝掛けを指先でつまんだ。
 端が少しだけずれていた。
 自分で直そうとした。

 ——その瞬間。

 ユリウスの白手袋が、私の指先の上から膝掛けの端を整えた。

 触れた。
 また。
 ほんの一瞬、白手袋越しに。

 私は息を止めた。

「……第3条ですね」

 私が小声で言うと、ユリウスが小声で返した。

「はい。直ちに」

「直ちに、が早すぎます」

「お嬢様が触れる前に整えたいので」

 私は顔が熱くなった。
 恥ずかしくて、本の影に顔を隠す。
 でも、膝掛けは隠せない。膝掛けは主張が強い。

 私は小声で言った。

「……あなたが、膝掛けに弱いのでは」

 ユリウスの動きが止まった。
 止まってから、ゆっくり私を見る。

「はい」

(認めた!!!!)

 彼は淡々と、でも少しだけ耳が赤い。

「膝掛けが、お嬢様の膝にあると——安心します」

 その言葉が、胸に落ちる。
 あたたかく落ちる。

 私は、小さく言ってしまった。

「……私も」

「はい?」

「……膝掛けがあると、あなたが近い気がして、安心します」

 言った瞬間、私は死ぬかと思った。
 むっつりが、また口を滑らせた。

 ユリウスが静かに息を吐き、柔らかく笑った。

「承知しました」

 そして、危険な小声。

「では、今後も“管理”します」

「管理しないでください」

「承知しました。では、“大切に”します」

(言い換えるな!!)

 私は膝掛けを抱きしめたい衝動に駆られた。
 でも第4条がある。
 記録はしない、って書いてある。
 書いてある時点で、もう記録してる。

 私は負けた。

「……抱きしめても、いいですか」

 小声。
 完全に小声。

 ユリウスが、すごく静かに笑った。

「承知しました。可愛いです」

(やめてえええ!!)

 私は膝掛けを抱きしめた。
 そしてまた、乙女の心臓になった。
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