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第4話 団長の命令が全部やさしいので、騎士団内で“団長語=溺愛語”説が急浮上してしまった
騎士団には、暗黙の規則がある。
――団長の言葉は、短い。
――団長の顔は、動かない。
――団長の命令は、絶対だ。
そして今、新しい規則が増えかけていた。
――団長の命令は、実は甘い。
「……おかしい」
訓練場の端で、ブラムが腕を組んで唸った。
「何がだ」
隣で鎧を磨きながら、別の騎士が首を傾げる。
ブラムは真剣に言う。
「団長が、最近、やさしい」
「は?」
「いや、言葉はいつも通りだ。短いし冷たい。だが――」
ブラムは声を潜めた。
「内容が、やさしい」
騎士が鼻で笑った。
「団長の命令がやさしい? それ、剣がふわふわになるくらいあり得ない」
「あり得る。実際、俺は昨日、“ここにいろ”と言われた」
「お前、何したんだ」
「違う!俺が危ない場所に行きかけただけだ!」
「危ない場所に行くなって言われただけだろ」
ブラムは、首を振った。
「違う。言い方が……」
そこへ、ひょいと別の騎士が顔を出した。
「団長、昨日俺にも言った」
「何を」
「“無理はするな”」
一瞬、空気が止まった。
騎士たちが、互いの顔を見る。
「……無理はするな?」
「団長が?」
「俺たちに?」
ざわっ、と波が広がる。
騎士団に、奇跡が起きている。
「それ、もしかして」
誰かが、ぽつりと言った。
「団長語、翻訳が必要では?」
その瞬間、別の誰かが頷いた。
「団長語翻訳係――必要だな」
「誰がやる」
全員の視線が、一斉に一点へ向いた。
訓練場の端。
書類を抱え、無表情で立っている副官セシル。
セシルはその視線を感じ、ゆっくり目を閉じた。
「……嫌な予感がします」
「副官!」
騎士たちが駆け寄る。
「団長語、翻訳してください!」
「団長の“ここにいろ”は何ですか!」
「団長の“無理はするな”は何ですか!」
セシルは、深く息を吸った。
吐いた。
そして、人生を諦めた声で言った。
「……“ここにいろ”は……」
騎士たちが身を乗り出す。
「(訳:危ないから離れるな。……心配だから、そばにいろ)」
「……!」
「やっぱり!」
「溺愛だ!」
「団長、溺愛だ!」
セシルは続ける。
「“無理はするな”は……(訳:お前が倒れると困る。……見ていられない)」
騎士たちは、感極まって頷いた。
「尊い」
「団長、尊い」
「団長の尊さ、規律違反では?」
「違反ではない。むしろ士気が上がる」
セシルは心の中で泣いた。
♡
その日の午後。
屋敷の廊下には、見慣れない掲示物が貼られていた。
【団長語 翻訳表(暫定)】
・「危ないから、ここにいろ」
→(訳)「離れるな。心配だ」
・「騒ぐな」
→(訳)「俺の平穏を乱すな(※主にフィオナがいると乱れる)」
・「無理はするな」
→(訳)「倒れたら困る。見ていられない」
・「……下がれ」
→(訳)「危険を俺が引き受ける」
そして、一番下に小さく書かれている。
※翻訳係:セシル(任命ではなく、自然発生)
セシルは貼った覚えがない。
誰が貼った。ブラムだ。顔が浮かぶ。
そして、その掲示物の前で、フィオナが首をかしげていた。
「翻訳……?」
彼女は文字を読んで、ぱちぱちと瞬きした。
「えっと……団長さん、そんなに長く話してたっけ……?」
そこへ、ブラムが来て、咳払いをする。
「フィオナさん」
「はい!」
ブラムは妙に真剣な顔で言った。
「団長の言葉は短いですが、意味は長いんです」
「……詩みたいですね!」
フィオナが感動した顔をした。
「団長さん、詩人……?」
「詩人ではない」
低い声が、背後から落ちた。
空気が変わる。
騎士たちが一斉に背筋を伸ばす。
ヴァルドが立っていた。
いつもの無表情。いつもの威圧。
そして――掲示物を見て、眉間が深くなる。
「……これは何だ」
ブラムが敬礼する。
「団長語翻訳表です!」
「誰の許可を取った」
「……民意です!」
ヴァルドのこめかみが、ぴくりと動いた。
「撤去しろ」
騎士たちが一斉に沈黙する。
――が。
フィオナが、ひょいと掲示物の前に立った。
「団長さん!」
「何だ」
「これ、すごくいいです!」
「……は?」
フィオナは真面目な顔で言った。
「団長さんが優しいって、みんなが知れるから!」
ヴァルドは、フィオナを見た。
その目が、まっすぐだ。
まっすぐすぎて、逃げ場がない。
「優しいなどという評価は要らない」
「要ります!」
フィオナが即答した。
「だって団長さん、いつも“危ないから”って言いますよね。それって、守りたいってことです!」
騎士たちが頷く。
「そうです」
「団長は守りたい人の塊です」
「団長は守りたいの権化です」
「誰が言えと言った」
ヴァルドの声が低くなる。
セシルが、静かに手を挙げた。
「団長。皆が勝手に言っています」
「……止めろ」
「止められません。民意です」
「また民意か」
♡
その日の夕方。
屋敷の門の前で、騎士たちがザワザワしていた。
「団長、今日は外回りの巡回が多い」
「フィオナさん、心配だな」
「団長、絶対言うぞ。ここにいろ、って」
「言ったら翻訳表に追加だ」
「追加するな」
セシルが乾いた声で釘を刺すが、誰も聞いていない。
そのとき、フィオナが門の外へ出ようとした。
買い物袋を抱えて、にこにこして。
「行ってきます!」
瞬間、ヴァルドの足が動いた。
彼は門の前に立ち、低く言った。
「……出るな」
フィオナが止まる。
「えっ、でも、お砂糖が切れてて……」
「危ない」
ヴァルドは短く言い切る。
その声は、いつも通り冷たい。
けれど、騎士たちは知っている。
この語に、どれほどの意味が詰まっているか。
フィオナが少し困った顔をした。
「危ない……?今日、そんなに治安悪いですか?」
「……お前が危ない」
ヴァルドの口から出た言葉に、空気が止まった。
騎士たちが、ぎょっとした顔になる。
セシルは目を閉じた。胃が痛い。
フィオナだけが、ぱちぱちと瞬きしてから――ふわっと笑った。
「私が、危ないんですね!」
「そうだ」
「じゃあ――団長さん、一緒に行きます?」
ヴァルドは、一瞬固まった。
騎士たちが、息を飲む。
団長が、買い物に?
しかし、ヴァルドは無表情のまま、低く言った。
「……俺が行く」
「えっ」
「お前は、ここにいろ」
フィオナの顔が、ぱっと明るくなる。
「はい!ここにいます!」
騎士たちが、震える声で囁いた。
「来た……」
「抱きしめ命令……」
「団長、今日も溺愛……」
ヴァルドは、彼らの囁きを聞こえないふりをして、門へ向かった。
外套を翻し、短く命令する。
「セシル、同行しろ」
セシルは、笑顔で死んだ。
「はい(訳:団長、素直に“一緒に行こう”と言えばいいのに)」
フィオナは門の内側で手を振る。
「団長さん、いってらっしゃい!」
ヴァルドは振り返らない。
振り返らないが。
門を出る瞬間、ほんの少しだけ――声が柔らかくなる。
「……すぐ戻る」
フィオナは、胸の前で手を握って嬉しそうに頷いた。
「はい!」
その背後で、騎士たちが静かに掲示物へ追記する準備を始めたことを、ヴァルドはまだ知らない。
(つづく)
――団長の言葉は、短い。
――団長の顔は、動かない。
――団長の命令は、絶対だ。
そして今、新しい規則が増えかけていた。
――団長の命令は、実は甘い。
「……おかしい」
訓練場の端で、ブラムが腕を組んで唸った。
「何がだ」
隣で鎧を磨きながら、別の騎士が首を傾げる。
ブラムは真剣に言う。
「団長が、最近、やさしい」
「は?」
「いや、言葉はいつも通りだ。短いし冷たい。だが――」
ブラムは声を潜めた。
「内容が、やさしい」
騎士が鼻で笑った。
「団長の命令がやさしい? それ、剣がふわふわになるくらいあり得ない」
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「お前、何したんだ」
「違う!俺が危ない場所に行きかけただけだ!」
「危ない場所に行くなって言われただけだろ」
ブラムは、首を振った。
「違う。言い方が……」
そこへ、ひょいと別の騎士が顔を出した。
「団長、昨日俺にも言った」
「何を」
「“無理はするな”」
一瞬、空気が止まった。
騎士たちが、互いの顔を見る。
「……無理はするな?」
「団長が?」
「俺たちに?」
ざわっ、と波が広がる。
騎士団に、奇跡が起きている。
「それ、もしかして」
誰かが、ぽつりと言った。
「団長語、翻訳が必要では?」
その瞬間、別の誰かが頷いた。
「団長語翻訳係――必要だな」
「誰がやる」
全員の視線が、一斉に一点へ向いた。
訓練場の端。
書類を抱え、無表情で立っている副官セシル。
セシルはその視線を感じ、ゆっくり目を閉じた。
「……嫌な予感がします」
「副官!」
騎士たちが駆け寄る。
「団長語、翻訳してください!」
「団長の“ここにいろ”は何ですか!」
「団長の“無理はするな”は何ですか!」
セシルは、深く息を吸った。
吐いた。
そして、人生を諦めた声で言った。
「……“ここにいろ”は……」
騎士たちが身を乗り出す。
「(訳:危ないから離れるな。……心配だから、そばにいろ)」
「……!」
「やっぱり!」
「溺愛だ!」
「団長、溺愛だ!」
セシルは続ける。
「“無理はするな”は……(訳:お前が倒れると困る。……見ていられない)」
騎士たちは、感極まって頷いた。
「尊い」
「団長、尊い」
「団長の尊さ、規律違反では?」
「違反ではない。むしろ士気が上がる」
セシルは心の中で泣いた。
♡
その日の午後。
屋敷の廊下には、見慣れない掲示物が貼られていた。
【団長語 翻訳表(暫定)】
・「危ないから、ここにいろ」
→(訳)「離れるな。心配だ」
・「騒ぐな」
→(訳)「俺の平穏を乱すな(※主にフィオナがいると乱れる)」
・「無理はするな」
→(訳)「倒れたら困る。見ていられない」
・「……下がれ」
→(訳)「危険を俺が引き受ける」
そして、一番下に小さく書かれている。
※翻訳係:セシル(任命ではなく、自然発生)
セシルは貼った覚えがない。
誰が貼った。ブラムだ。顔が浮かぶ。
そして、その掲示物の前で、フィオナが首をかしげていた。
「翻訳……?」
彼女は文字を読んで、ぱちぱちと瞬きした。
「えっと……団長さん、そんなに長く話してたっけ……?」
そこへ、ブラムが来て、咳払いをする。
「フィオナさん」
「はい!」
ブラムは妙に真剣な顔で言った。
「団長の言葉は短いですが、意味は長いんです」
「……詩みたいですね!」
フィオナが感動した顔をした。
「団長さん、詩人……?」
「詩人ではない」
低い声が、背後から落ちた。
空気が変わる。
騎士たちが一斉に背筋を伸ばす。
ヴァルドが立っていた。
いつもの無表情。いつもの威圧。
そして――掲示物を見て、眉間が深くなる。
「……これは何だ」
ブラムが敬礼する。
「団長語翻訳表です!」
「誰の許可を取った」
「……民意です!」
ヴァルドのこめかみが、ぴくりと動いた。
「撤去しろ」
騎士たちが一斉に沈黙する。
――が。
フィオナが、ひょいと掲示物の前に立った。
「団長さん!」
「何だ」
「これ、すごくいいです!」
「……は?」
フィオナは真面目な顔で言った。
「団長さんが優しいって、みんなが知れるから!」
ヴァルドは、フィオナを見た。
その目が、まっすぐだ。
まっすぐすぎて、逃げ場がない。
「優しいなどという評価は要らない」
「要ります!」
フィオナが即答した。
「だって団長さん、いつも“危ないから”って言いますよね。それって、守りたいってことです!」
騎士たちが頷く。
「そうです」
「団長は守りたい人の塊です」
「団長は守りたいの権化です」
「誰が言えと言った」
ヴァルドの声が低くなる。
セシルが、静かに手を挙げた。
「団長。皆が勝手に言っています」
「……止めろ」
「止められません。民意です」
「また民意か」
♡
その日の夕方。
屋敷の門の前で、騎士たちがザワザワしていた。
「団長、今日は外回りの巡回が多い」
「フィオナさん、心配だな」
「団長、絶対言うぞ。ここにいろ、って」
「言ったら翻訳表に追加だ」
「追加するな」
セシルが乾いた声で釘を刺すが、誰も聞いていない。
そのとき、フィオナが門の外へ出ようとした。
買い物袋を抱えて、にこにこして。
「行ってきます!」
瞬間、ヴァルドの足が動いた。
彼は門の前に立ち、低く言った。
「……出るな」
フィオナが止まる。
「えっ、でも、お砂糖が切れてて……」
「危ない」
ヴァルドは短く言い切る。
その声は、いつも通り冷たい。
けれど、騎士たちは知っている。
この語に、どれほどの意味が詰まっているか。
フィオナが少し困った顔をした。
「危ない……?今日、そんなに治安悪いですか?」
「……お前が危ない」
ヴァルドの口から出た言葉に、空気が止まった。
騎士たちが、ぎょっとした顔になる。
セシルは目を閉じた。胃が痛い。
フィオナだけが、ぱちぱちと瞬きしてから――ふわっと笑った。
「私が、危ないんですね!」
「そうだ」
「じゃあ――団長さん、一緒に行きます?」
ヴァルドは、一瞬固まった。
騎士たちが、息を飲む。
団長が、買い物に?
しかし、ヴァルドは無表情のまま、低く言った。
「……俺が行く」
「えっ」
「お前は、ここにいろ」
フィオナの顔が、ぱっと明るくなる。
「はい!ここにいます!」
騎士たちが、震える声で囁いた。
「来た……」
「抱きしめ命令……」
「団長、今日も溺愛……」
ヴァルドは、彼らの囁きを聞こえないふりをして、門へ向かった。
外套を翻し、短く命令する。
「セシル、同行しろ」
セシルは、笑顔で死んだ。
「はい(訳:団長、素直に“一緒に行こう”と言えばいいのに)」
フィオナは門の内側で手を振る。
「団長さん、いってらっしゃい!」
ヴァルドは振り返らない。
振り返らないが。
門を出る瞬間、ほんの少しだけ――声が柔らかくなる。
「……すぐ戻る」
フィオナは、胸の前で手を握って嬉しそうに頷いた。
「はい!」
その背後で、騎士たちが静かに掲示物へ追記する準備を始めたことを、ヴァルドはまだ知らない。
(つづく)
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