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第6話 市場へ出たら警護が厚すぎて“王女の外出”と誤解され、拾われ娘は保護対象なのに注目の的になる
その日、屋敷の砂糖壺は空だった。
――事件である。
フィオナは深刻な顔で壺を持ち、台所の中央に置いた。
「団長さん」
「何だ」
「砂糖が、切れました」
「……買えばいい」
フィオナは、うんうんと頷き、それから胸を張った。
「はい!だから買いに行きます!」
ヴァルドの返事は早かった。
「出るな」
「えっ」
「危ない」
「えっ、でも、お砂糖が……」
「俺が買う」
フィオナの目が、きらっと光った。
「団長さん、一緒に行きます?」
ヴァルドは、一瞬だけ止まった。
止まったが――顔は動かない。規律の顔のままだ。
「……必要ない」
「必要あります!」
フィオナは元気よく言った。
「だって、保護施設の外出は“同行者”が必要です!」
「屋敷だ」
「屋敷型保護施設!」
セシルが、廊下の端で静かに咳払いをした。
「団長。ここは、適切に対応した方がよろしいかと」
「何が適切だ」
「“一緒に行こう”です」
「言わない」
「……ですよね」
セシルは、そう言ってから、胃のあたりを押さえた。
そのとき、門の外から騎士たちの足音が増えた。
ブラムが、敬礼して報告する。
「団長!市場周辺、最近スリが増えているとの情報が!」
ヴァルドの目が、すっと細くなる。
「……聞いたな」
フィオナが、ぱっと頷いた。
「聞きました!」
ヴァルドは淡々と言う。
「だから、お前はここにいろ」
フィオナは、にこにこした。
「はい!」
セシルが小声でメモを取る。
(団長語:だから、お前はここにいろ
訳:心配だから、外に出すな。……離したくない)
フィオナはふと首を傾げる。
「団長さん、私、そんなに狙われますか?」
「……お前は、警戒が薄い」
「えへへ」
「褒めていない」
「でも、団長さんが警戒してくれるから大丈夫です!」
ヴァルドの眉間が、ほんの少しだけ深くなる。
――それは、叱りたいのに叱れないときの顔だ。
「……セシル」
「はい」
「同行しろ」
セシルは、笑顔で死んだ。
「はい(訳:団長、買い物に“口実”つけないでください)」
♡
こうして、団長の買い物隊が編成された。
隊長:ヴァルド
副官:セシル
護衛:ブラム含む騎士四名(※ブラムが勝手に増員)
フィオナは門の内側で見送る役――の、はずだった。
「団長さん、これ、お財布です!」
フィオナが飛び出してきて、巾着袋を差し出す。
しかも、近い。近すぎる。
ヴァルドの手が伸び、巾着を受け取るより先に――フィオナの肩を、軽く押さえた。
「……外へ出るな」
「えっ、今、門の外ですか?」
「外だ」
「じゃあ、戻ります!」
フィオナが一歩下がる。
しかしすぐ、また顔を出す。
「団長さん、あと――砂糖は白いのと茶色いの、どっちがいいですか?」
「……両方」
「わぁ!」
フィオナの笑顔が、ぱっと広がる。
その笑顔に、ヴァルドの胸がわずかに詰まる。
――買い物に、行きたくなくなる。
戻りたくなる。
意味が分からない。
分からないから、命令で抑える。
「……ここにいろ」
フィオナは、はい!と元気よく返事をした。
その背後で、騎士たちが囁き合う。
「今日も抱きしめ命令が出た」
「門の前で出るの強い」
「団長、溺愛が隠しきれてない」
セシルが低い声で言った。
「聞こえていますよ」
騎士たちは、一斉に黙った。
♡
市場は昼の顔をしていた。
人が多い。声が多い。匂いが多い。
パンの匂い、果物の匂い、焼き肉の匂い、花の匂い。
――そして、騎士の匂い。
ヴァルドたちが通ると、人波が割れた。
「えっ、騎士団……?」
「団長様だ……騎士をたくさんお連れになって」
「何が起きたの?」
そのざわめきを、セシルは嫌な予感で聞いていた。
ブラムが小声で言う。
「団長、市場の方々から視線を感じます」
「迅速に済ませる」
「迅速……はい」
迅速に済ませるはずが、問題は別のところから起きた。
露店の菓子屋の前で、ヴァルドが足を止めた。
「……砂糖」
菓子屋の店主が、ぱっと顔を上げ、次の瞬間、青ざめた。
「だ、団長様!?こ、これは……失礼しました!」
「砂糖を」
「はっ!白砂糖、茶糖、香り砂糖、ございます!」
店主が勢いよく並べる。
そこまではいい。
問題は、その“勢い”が人を呼んだことだ。
「団長様が買い物……?」
「え、あの人、団長様だよね?」
「誰かに贈り物?」
「……え、まさか」
その“まさか”は、市場の民の燃料だ。
噂は、火のように広がる。
「団長様が甘い物を!?」
「婚約者がいるんじゃ……」
「王女様?」
「え、王女様の護衛?」
「いや、王女様本人が来るのでは……!」
セシルは、額を押さえた。
「……団長。これは」
「何だ」
「噂が、噂を呼んでいます」
「放っておけ」
「放っておくと、“王女の外出”になります」
ヴァルドは、ほんの少しだけ眉を動かした。
「……王女?」
ブラムが真顔で頷く。
「団長、民の想像は自由です」
「自由を許可した覚えはない」
「許可を求めるものではありません」
セシルは、笑顔で死にながら言った。
♡
次の店――果物屋。
次の店――茶葉屋。
次の店――布屋(なぜか店主が布を勧めてくる)。
そのたびに、人だかりが増える。
「団長様!こちらの布は肌触りが――」
「要らない」
「いえ!保護対象の方にぜひ!」
「……誰の話だ」
店主が、きらきらした目で言った。
「団長様が保護している方がいらっしゃると!」
セシルの胃が、きゅっと縮む。
「……どこで」
「騎士団の皆様が、楽しそうに!」
ブラムが、そっと視線を逸らした。
……やはり、騎士団内から漏れている。
ヴァルドは、短く言った。
「余計なことを喋るな」
ブラムが、敬礼する。
「はい!」
絶対に止まらない返事だ。
そして、決定打は花屋だった。
花屋の店先で、若い娘たちが小さく叫んだ。
「団長様だ!」
「わぁ……本物……」
「今日、何かの式典……?」
「王女様の外出って本当?」
セシルが、小声で呟く。
「……もう、王女が来る前提になっています」
ヴァルドが、低く言った。
「くだらない」
「くだらないですが、止まらないです」
「止めろ」
「団長、私に無茶を言わないでください」
セシルの声に、少しだけ本音が混じった。
ヴァルドは、黙った。
そして――わずかに視線を遠くへ投げる。
(フィオナがいないのが、助かる)
……と思った瞬間。
人波の向こうで、聞き覚えのある声がした。
「わぁ……市場、いい匂い!」
セシルの背筋が凍った。
「……フィオナ?」
ヴァルドの目が、鋭くなる。
人波が割れて、フィオナが現れた。
手には、何かの包み。
顔は、いつも通りの朗らかさ。
「団長さん!追いつきました!」
「……なぜ、ここにいる」
フィオナは、胸を張る。
「保護施設の外出は同行者が必要なので、追いつきました!」
「……誰が許可した」
「婆やさんです!」
(あの人……)
セシルは、遠い目をした。
周囲の視線が、一斉にフィオナへ集まる。
そして、次の瞬間――ざわっ、と声が上がった。
「……あの方が」
「団長様の……」
「王女様!?」
フィオナが、ぱちぱちと瞬きする。
「えっ、王女様?」
誰かが、花束を差し出した。
「おめでとうございます!」
別の誰かが、菓子を差し出した。
「祝福を!」
フィオナは慌てて両手を振る。
「ち、違います!私は落とし物で――」
「落とし物?」
「王女様が落とし物……?」
「え、神話?」
誤解が、誤解を呼ぶ。
セシルの胃が、静かに崩壊していく。
ヴァルドは、一歩前に出た。
「……下がれ」
一言で、人波が引く。
団長の威圧は、こういう時だけ便利だ。
フィオナが小声で言う。
「団長さん、私、なにかしましたか?」
ヴァルドは、短く言った。
「……出るなと言った」
フィオナは、しゅんとする。
その“しゅん”が、胸に刺さる。
セシルが、心の中で叫ぶ。
(団長、ここで“泣かせる”と士気が落ちます!騎士団が死にます!)
ブラムが、そっとフィオナへ包みを指差した。
「それは何だ」
フィオナは、ぱっと顔を上げる。
「あっ、これ!団長さんが買い物に行くって言ったから、私も役に立とうと思って――差し入れです!」
包みを開くと、中から出てきたのは――小さな焼き菓子。
砂糖を控えめにした、素朴なクッキー。
「団長さん、甘いの苦手かなって思って」
ヴァルドは、言葉を失った。
……甘い物が苦手だと、誰が言った。
言っていない。
でも、彼女は勝手に気づいて、勝手に配慮している。
それが、善意の暴走。
なのに、優しい。
ヴァルドは、無表情のまま、包みを受け取った。
「……戻る」
フィオナが頷く。
「はい!」
「二度と、勝手に離れるな」
フィオナが目を丸くして、それから、ふわっと笑った。
「はい!団長さんのそばにいます!」
周囲の人々が、再びざわつく。
「今の、告白……?」
「団長様、言った……?」
セシルが、そっと掲示板用のメモを取る。
(団長語:二度と勝手に離れるな
訳:心配で死ぬ。……離すな)
ヴァルドは、フィオナの肩に手を置き――外套の陰へ、さりげなく引き寄せた。
ほんの一瞬。
触れた腕が、確かに“抱きしめ”に近い。
フィオナは、当たり前のようにそこに収まる。
「団長さん、あったかいですね」
「……黙れ」
「褒めてます!」
「褒めていない」
セシルは天を仰いだ。
「(訳:もう隠す気がない)」
♡
屋敷へ戻る道中、フィオナはクッキーの残りを騎士たちに配った。
ブラムが、噛みしめながら言う。
「……うまい」
「でしょう!元気が出る味です!」
騎士たちの目が、少し潤む。
セシルが呟いた。
「……次は、料理で騎士団が泣きますね」
ヴァルドが、低く言った。
「泣かせるな」
フィオナが、元気よく頷く。
「泣かせません!笑顔にします!」
セシルは、心の中でそっと訂正した。
(泣くのは、嬉し泣きです)
ヴァルドは無表情のまま――
手の中の包みを、なぜか少しだけ強く握った。
(つづく)
――事件である。
フィオナは深刻な顔で壺を持ち、台所の中央に置いた。
「団長さん」
「何だ」
「砂糖が、切れました」
「……買えばいい」
フィオナは、うんうんと頷き、それから胸を張った。
「はい!だから買いに行きます!」
ヴァルドの返事は早かった。
「出るな」
「えっ」
「危ない」
「えっ、でも、お砂糖が……」
「俺が買う」
フィオナの目が、きらっと光った。
「団長さん、一緒に行きます?」
ヴァルドは、一瞬だけ止まった。
止まったが――顔は動かない。規律の顔のままだ。
「……必要ない」
「必要あります!」
フィオナは元気よく言った。
「だって、保護施設の外出は“同行者”が必要です!」
「屋敷だ」
「屋敷型保護施設!」
セシルが、廊下の端で静かに咳払いをした。
「団長。ここは、適切に対応した方がよろしいかと」
「何が適切だ」
「“一緒に行こう”です」
「言わない」
「……ですよね」
セシルは、そう言ってから、胃のあたりを押さえた。
そのとき、門の外から騎士たちの足音が増えた。
ブラムが、敬礼して報告する。
「団長!市場周辺、最近スリが増えているとの情報が!」
ヴァルドの目が、すっと細くなる。
「……聞いたな」
フィオナが、ぱっと頷いた。
「聞きました!」
ヴァルドは淡々と言う。
「だから、お前はここにいろ」
フィオナは、にこにこした。
「はい!」
セシルが小声でメモを取る。
(団長語:だから、お前はここにいろ
訳:心配だから、外に出すな。……離したくない)
フィオナはふと首を傾げる。
「団長さん、私、そんなに狙われますか?」
「……お前は、警戒が薄い」
「えへへ」
「褒めていない」
「でも、団長さんが警戒してくれるから大丈夫です!」
ヴァルドの眉間が、ほんの少しだけ深くなる。
――それは、叱りたいのに叱れないときの顔だ。
「……セシル」
「はい」
「同行しろ」
セシルは、笑顔で死んだ。
「はい(訳:団長、買い物に“口実”つけないでください)」
♡
こうして、団長の買い物隊が編成された。
隊長:ヴァルド
副官:セシル
護衛:ブラム含む騎士四名(※ブラムが勝手に増員)
フィオナは門の内側で見送る役――の、はずだった。
「団長さん、これ、お財布です!」
フィオナが飛び出してきて、巾着袋を差し出す。
しかも、近い。近すぎる。
ヴァルドの手が伸び、巾着を受け取るより先に――フィオナの肩を、軽く押さえた。
「……外へ出るな」
「えっ、今、門の外ですか?」
「外だ」
「じゃあ、戻ります!」
フィオナが一歩下がる。
しかしすぐ、また顔を出す。
「団長さん、あと――砂糖は白いのと茶色いの、どっちがいいですか?」
「……両方」
「わぁ!」
フィオナの笑顔が、ぱっと広がる。
その笑顔に、ヴァルドの胸がわずかに詰まる。
――買い物に、行きたくなくなる。
戻りたくなる。
意味が分からない。
分からないから、命令で抑える。
「……ここにいろ」
フィオナは、はい!と元気よく返事をした。
その背後で、騎士たちが囁き合う。
「今日も抱きしめ命令が出た」
「門の前で出るの強い」
「団長、溺愛が隠しきれてない」
セシルが低い声で言った。
「聞こえていますよ」
騎士たちは、一斉に黙った。
♡
市場は昼の顔をしていた。
人が多い。声が多い。匂いが多い。
パンの匂い、果物の匂い、焼き肉の匂い、花の匂い。
――そして、騎士の匂い。
ヴァルドたちが通ると、人波が割れた。
「えっ、騎士団……?」
「団長様だ……騎士をたくさんお連れになって」
「何が起きたの?」
そのざわめきを、セシルは嫌な予感で聞いていた。
ブラムが小声で言う。
「団長、市場の方々から視線を感じます」
「迅速に済ませる」
「迅速……はい」
迅速に済ませるはずが、問題は別のところから起きた。
露店の菓子屋の前で、ヴァルドが足を止めた。
「……砂糖」
菓子屋の店主が、ぱっと顔を上げ、次の瞬間、青ざめた。
「だ、団長様!?こ、これは……失礼しました!」
「砂糖を」
「はっ!白砂糖、茶糖、香り砂糖、ございます!」
店主が勢いよく並べる。
そこまではいい。
問題は、その“勢い”が人を呼んだことだ。
「団長様が買い物……?」
「え、あの人、団長様だよね?」
「誰かに贈り物?」
「……え、まさか」
その“まさか”は、市場の民の燃料だ。
噂は、火のように広がる。
「団長様が甘い物を!?」
「婚約者がいるんじゃ……」
「王女様?」
「え、王女様の護衛?」
「いや、王女様本人が来るのでは……!」
セシルは、額を押さえた。
「……団長。これは」
「何だ」
「噂が、噂を呼んでいます」
「放っておけ」
「放っておくと、“王女の外出”になります」
ヴァルドは、ほんの少しだけ眉を動かした。
「……王女?」
ブラムが真顔で頷く。
「団長、民の想像は自由です」
「自由を許可した覚えはない」
「許可を求めるものではありません」
セシルは、笑顔で死にながら言った。
♡
次の店――果物屋。
次の店――茶葉屋。
次の店――布屋(なぜか店主が布を勧めてくる)。
そのたびに、人だかりが増える。
「団長様!こちらの布は肌触りが――」
「要らない」
「いえ!保護対象の方にぜひ!」
「……誰の話だ」
店主が、きらきらした目で言った。
「団長様が保護している方がいらっしゃると!」
セシルの胃が、きゅっと縮む。
「……どこで」
「騎士団の皆様が、楽しそうに!」
ブラムが、そっと視線を逸らした。
……やはり、騎士団内から漏れている。
ヴァルドは、短く言った。
「余計なことを喋るな」
ブラムが、敬礼する。
「はい!」
絶対に止まらない返事だ。
そして、決定打は花屋だった。
花屋の店先で、若い娘たちが小さく叫んだ。
「団長様だ!」
「わぁ……本物……」
「今日、何かの式典……?」
「王女様の外出って本当?」
セシルが、小声で呟く。
「……もう、王女が来る前提になっています」
ヴァルドが、低く言った。
「くだらない」
「くだらないですが、止まらないです」
「止めろ」
「団長、私に無茶を言わないでください」
セシルの声に、少しだけ本音が混じった。
ヴァルドは、黙った。
そして――わずかに視線を遠くへ投げる。
(フィオナがいないのが、助かる)
……と思った瞬間。
人波の向こうで、聞き覚えのある声がした。
「わぁ……市場、いい匂い!」
セシルの背筋が凍った。
「……フィオナ?」
ヴァルドの目が、鋭くなる。
人波が割れて、フィオナが現れた。
手には、何かの包み。
顔は、いつも通りの朗らかさ。
「団長さん!追いつきました!」
「……なぜ、ここにいる」
フィオナは、胸を張る。
「保護施設の外出は同行者が必要なので、追いつきました!」
「……誰が許可した」
「婆やさんです!」
(あの人……)
セシルは、遠い目をした。
周囲の視線が、一斉にフィオナへ集まる。
そして、次の瞬間――ざわっ、と声が上がった。
「……あの方が」
「団長様の……」
「王女様!?」
フィオナが、ぱちぱちと瞬きする。
「えっ、王女様?」
誰かが、花束を差し出した。
「おめでとうございます!」
別の誰かが、菓子を差し出した。
「祝福を!」
フィオナは慌てて両手を振る。
「ち、違います!私は落とし物で――」
「落とし物?」
「王女様が落とし物……?」
「え、神話?」
誤解が、誤解を呼ぶ。
セシルの胃が、静かに崩壊していく。
ヴァルドは、一歩前に出た。
「……下がれ」
一言で、人波が引く。
団長の威圧は、こういう時だけ便利だ。
フィオナが小声で言う。
「団長さん、私、なにかしましたか?」
ヴァルドは、短く言った。
「……出るなと言った」
フィオナは、しゅんとする。
その“しゅん”が、胸に刺さる。
セシルが、心の中で叫ぶ。
(団長、ここで“泣かせる”と士気が落ちます!騎士団が死にます!)
ブラムが、そっとフィオナへ包みを指差した。
「それは何だ」
フィオナは、ぱっと顔を上げる。
「あっ、これ!団長さんが買い物に行くって言ったから、私も役に立とうと思って――差し入れです!」
包みを開くと、中から出てきたのは――小さな焼き菓子。
砂糖を控えめにした、素朴なクッキー。
「団長さん、甘いの苦手かなって思って」
ヴァルドは、言葉を失った。
……甘い物が苦手だと、誰が言った。
言っていない。
でも、彼女は勝手に気づいて、勝手に配慮している。
それが、善意の暴走。
なのに、優しい。
ヴァルドは、無表情のまま、包みを受け取った。
「……戻る」
フィオナが頷く。
「はい!」
「二度と、勝手に離れるな」
フィオナが目を丸くして、それから、ふわっと笑った。
「はい!団長さんのそばにいます!」
周囲の人々が、再びざわつく。
「今の、告白……?」
「団長様、言った……?」
セシルが、そっと掲示板用のメモを取る。
(団長語:二度と勝手に離れるな
訳:心配で死ぬ。……離すな)
ヴァルドは、フィオナの肩に手を置き――外套の陰へ、さりげなく引き寄せた。
ほんの一瞬。
触れた腕が、確かに“抱きしめ”に近い。
フィオナは、当たり前のようにそこに収まる。
「団長さん、あったかいですね」
「……黙れ」
「褒めてます!」
「褒めていない」
セシルは天を仰いだ。
「(訳:もう隠す気がない)」
♡
屋敷へ戻る道中、フィオナはクッキーの残りを騎士たちに配った。
ブラムが、噛みしめながら言う。
「……うまい」
「でしょう!元気が出る味です!」
騎士たちの目が、少し潤む。
セシルが呟いた。
「……次は、料理で騎士団が泣きますね」
ヴァルドが、低く言った。
「泣かせるな」
フィオナが、元気よく頷く。
「泣かせません!笑顔にします!」
セシルは、心の中でそっと訂正した。
(泣くのは、嬉し泣きです)
ヴァルドは無表情のまま――
手の中の包みを、なぜか少しだけ強く握った。
(つづく)
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これは、不遇の令嬢が本当の愛を見つけ、世界で一番幸せになるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるような溺愛があなたを待っています。