冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花

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第11話 団長、“外出報告義務”を規則化しようとしたら、保護対象に「団長さんも帰宅報告してください」と逆条例を作られる

屋敷に戻った瞬間、騎士団は悟った。

――ああ、今日の団長は危険だ。
(※フィオナが無事でよかった、の裏返し)

ヴァルドは無表情のまま、廊下を歩く。
フィオナは外套の陰――ではなく、ちゃんと隣を歩いている。
だが、距離が近い。近すぎる。
近いのに、離せない。

セシルは、その“近いのに離せない”に胃を痛めていた。

(団長、今あなたは完全に“保護”の範囲を超えています)

しかし言えない。副官だから。生きたいから。

ブラムが後ろから、わざとらしく咳払いした。

「団長。保護対象の“外出”について、今後の規則を――」

ヴァルドが即答する。

「作る」

「はい!」

ブラムが嬉しそうに頷いた。

フィオナが、きょとんとする。

「規則?」

ヴァルドは淡々と言った。

「今後、お前は屋敷を出る前に報告しろ」

フィオナはぱちぱちと瞬きする。

「はい!」

返事が早すぎる。

ヴァルドが続ける。

「行き先、目的、同行者、帰宅予定時刻。必須だ」

セシルが、小声で呟く。

「……条例ですか」

ヴァルドが聞こえないふりをした。

フィオナは、真面目な顔で頷いた。

「わかりました!保護施設の外出届ですね!」

「屋敷だ」

「屋敷型保護施設!」

「その言い回しは禁止する」

「えっ、でも正式名称みたいになってきましたよ?」

騎士たちが、うんうんと頷く。
“民意”のうなずきである。

ヴァルドの眉間が深くなる。

「……なら、その正式名称ごと禁止する」

セシルが心の中で拍手した。

(団長、そこは強い)



しかし、規則化には落とし穴があった。

フィオナが、突然、手を挙げたのだ。

「じゃあ!」

「何だ」

「団長さんも、報告してください!」

廊下の空気が止まる。

ブラムが、口元を押さえた。笑いをこらえている。
セシルは天井を見上げた。胃が痛いのに、面白い。

ヴァルドは、低く言った。

「……俺が?」

「はい!」

フィオナは真剣だ。

「団長さんも、屋敷を出る前に“外出届”を出してください!」

「……必要ない」

「必要あります!」

フィオナが即答する。

「だって、団長さんがいないと、屋敷の空気が変わります!」

セシルの胃が、きゅっと鳴った。

(言った……この子、言った……)

ヴァルドの目が、すっと細くなる。

「……空気が変わる、とは」

フィオナは、指を折って説明する。

「静かになります!」

「それは良い」

「良くないです!」

フィオナがきっぱり言った。

「静かすぎると、冷えます!」

ヴァルドの喉が、詰まった。

あの夜の、言葉がよみがえる。
――冷える。
――危ないのは俺の方。

フィオナは、さらに畳みかける。

「団長さんがいないと、私、ちゃんと休憩できないです」

「……なぜ」

「団長さんが帰ってくるって思うと、頑張れるから!」

その言葉が、胸の奥に落ちた。
規律でも責任でもない場所に。

ブラムが、耐えきれずに言った。

「団長、帰宅報告しましょう」

ヴァルドが冷たく返す。

「黙れ」

ブラムは黙った。
黙ったが、肩が震えている。

セシルが小声で助言した。

「団長。ここは“否定”すると炎上します」

「炎上?」

「騎士団の心がです」

「……」

ヴァルドの沈黙が深い。
深い沈黙は、敗北に近い。

フィオナが、にこにこして言った。

「団長さん!報告の形式は簡単でいいです!」

「簡単?」

「はい!“今から行きます”“もうすぐ帰ります”“帰りました”の三つ!」

セシルが、心の中で叫んだ。

(それ、恋人の連絡です)

ブラムが、ついに笑った。

「団長、それ、騎士団公認の――」

「言うな」

ヴァルドが早口で止めた。
早口の団長は希少種だ。

フィオナは、無邪気に続ける。

「団長さん、私がいなくて、困りましたよね?」

「困っていない」

即答。

しかし、即答が“困っていた”の証拠だと、騎士団は知っている。

フィオナは首を傾げる。

「えっ、困ってないなら、王都封鎖しようとしなくて、よかったのに」

セシルが咳き込んだ。

「げほっ」

ブラムが、感動したように頷く。

「フィオナさん、言うねぇ」

ヴァルドのこめかみが、ぴくりと動く。

「……封鎖はしていない」

「しかけましたよね?」

「……していない」

「しかけましたよね!」

セシルが、胃を押さえながら小声で言う。

「団長、ここは負けてください」

ヴァルドが低く返す。

「負けではない。規律だ」

「(訳:照れ)」

「聞こえている」



結局、その日の夕方。

屋敷の廊下の掲示板に、また新しい紙が貼られた。

【屋敷(※保護施設ではない)外出・帰宅報告規則】

対象者:フィオナ
義務:外出前の報告、帰宅予定時刻の提示
罰則:次回外出禁止(団長の独断)

対象者:団長
義務:帰宅前の報告(簡易)
罰則:紅茶の温度がぬるい(フィオナの独断)

セシルは、紙を見て固まった。

「罰則……?」

ブラムが、誇らしげに頷く。

「民意です!」

「あなたが貼りましたよね」

「民意です!」

ヴァルドが掲示板を見る。
眉間が深くなる。
しかし、剥がさない。剥がせない。

フィオナが嬉しそうに言った。

「団長さん!これで安心です!」

ヴァルドは、低く言った。

「……命令される筋合いはない」

フィオナがにこっとする。

「命令じゃないです!規則です!」

「……」

セシルが心の中で翻訳する。

(訳:でも、これで少し安心する)



その夜。
騎士団長は、屋敷へ戻る道の途中で立ち止まった。

ポケットから小さな紙片を取り出す。
――書くのか。
書くのか?

騎士団長が“帰宅報告”など。
規律にそんな項目はない。
責任にもない。
……しかし、掲示板にはある。

ヴァルドは、短く書いた。

『もうすぐ戻る』

書いて、すぐに紙を丸めた。
鸚鵡返しのように心臓が鳴る。
自分で自分が理解できない。

伝書鳩が飛ぶ。

屋敷の門が見えた。
灯りが、いつもより温かい。

(……無事でいろ)

昨日の本音が、また胸の奥で鳴った。

そして、門をくぐった瞬間。

廊下の先から、フィオナが走ってきた。

「団長さん!おかえりなさい!」

ヴァルドは、無表情のまま言った。

「……戻った」

フィオナが、きらっと笑う。

「報告、守れましたね!」

「……規律だ」

セシルが遠くで呟いた。

「(訳:嬉しい)」

ヴァルドは聞こえないふりをして、外套を脱いだ。

――そして、紅茶の匂いがした。

(つづく)
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