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第12話 噂が暴走して「団長、婚約おめでとうございます!」と言われ、本人たちは話が噛み合っていない
朝の城下町は、平和だった。
……平和すぎて、油断していた。
屋敷の門を出た瞬間、フィオナがきらっと目を輝かせた。
「団長さん!今日は“外出届”提出済みです!」
「……聞いた」
「行き先:城下。目的:買い出し。同行者:団長さん!帰宅予定時刻:夕方!」
ヴァルドは、短く頷く。
「よし」
その“よし”が出るだけで、周囲の騎士たちがニヤニヤするのはなぜだ。
セシルはすでに諦めている。
(団長語:よし
訳:一緒に行けて嬉しい)
もちろん口には出さない。今日は生きたい。
♡
城下に入った瞬間、空気が変わった。
ざわめきが増え、視線が刺さる。
「……団長様?」
「隣の女性は……」
「まさか……!」
その“まさか”が、数秒で“確信”に変わるのが城下町の怖さだ。
最初に飛んできたのは、花束だった。
「団長様!婚約おめでとうございます!」
ヴァルドが、ぴたりと止まる。
「……は?」
フィオナが、両手で花束を受け取り、にこにこした。
「わぁ!ありがとうございます!」
次に飛んできたのは、菓子の包みだった。
「お祝いです!甘いの、たくさんどうぞ!」
フィオナが目を輝かせる。
「わぁ!保護施設の備品が増えます!」
「屋敷だ」
「屋敷型保護施設!」
「その言い回しは禁止――」
ヴァルドが言い切る前に、さらに飛んできた。
「団長、婚約おめでとうございます!」
「団長様、末永く!」
「式はいつですか!?」
ヴァルドの眉間が、深くなる。
否定しろ。
否定して、噂を止めろ。
規律のために。王都の平穏のために。
――だが。
「婚約」という言葉が胸を叩いた瞬間、
なぜか胸の奥が痛んだ。
(……なぜ)
痛む理由が分からない。
分からないから、もっと嫌だ。
フィオナが首を傾げた。
「団長さん、婚約って……」
「違う」
ヴァルドは即答した。
即答しすぎて、なんだか怪しい。
フィオナは、ぱちぱちと瞬きして、納得した顔をした。
「なるほど!“保護契約の更新”ですね!」
ヴァルドが、固まった。
「……保護契約?」
「はい!だって最近、私、外出届も出してますし!帰宅報告もありますし!規則も増えました!」
「それは、契約ではない」
「でも、保護施設っぽいです!」
「屋敷だ」
「屋敷型保護施設!」
ヴァルドの眉間が、限界を迎えかける。
そのとき、ドレス屋の店主が、両手を広げて現れた。
「おめでとうございます!当店、婚約衣装のご用意がございます!」
そして、封筒を差し出した。
【ご招待状:花嫁衣装 試着会(団長様特別枠)】
セシルは、心の中で叫んだ。
(特別枠って何!?)
フィオナが封筒を受け取り、嬉しそうに言う。
「わぁ!施設の制服ですか?」
「制服ではない」
ヴァルドの声が低くなる。
フィオナがきょとんとする。
「じゃあ、何ですか?」
ヴァルドは答えられなかった。
答えた瞬間、すべてが確定する気がしたからだ。
(確定……?)
胸がまた痛む。
否定すべきなのに、否定したくない――そんな感覚が混ざる。
規律違反だ。
騎士団長として、最悪だ。
セシルが小声で言った。
「団長。否定してください。王都が暴走します」
ヴァルドは低く返す。
「……分かっている」
分かっているのに、口が動かない。
フィオナが、にこにこしながら周囲へ頭を下げる。
「ありがとうございます!団長さん、保護契約、更新します!」
「更新……?」
民がざわつく。
「更新って何?」
「契約更新って……正式に……?」
「婚約ってこと!?」
噂が、さらに燃える。
燃えるのが城下の文化だ。怖い。
♡
さらに問題は、騎士団内にも飛び火していた。
買い出しに同行していた若い騎士が、目を輝かせて言う。
「団長!式の段取り、必要ですよね!」
ヴァルドが、ぴくりとする。
「……式?」
「はい!招待客、騎士団で整理します!」
別の騎士が言う。
「会場は訓練場でどうでしょう!」
「やめろ」
「屋敷の庭が良いです!」
「やめろ」
「花は王都の花屋に!」
「やめろ」
止めても止まらない。
“やめろ”が短いほど、騎士たちは“照れ”だと解釈する。
セシルが、胃を押さえながら呟く。
「団長、やめろが“やれ”に聞こえています」
ヴァルドが低く言った。
「……壊すぞ」
「会場をですか!?」
「会話をだ」
「会話は壊せません!」
セシルが真顔で返した。現場は地獄だ。
ブラムが、やけに楽しそうに言う。
「団長、婚約おめでとうございます」
ヴァルドが即答する。
「黙れ」
ブラムは黙る。
黙るが、目が笑っている。
絶対に後で掲示板に貼る顔だ。
♡
逃げるように店を回り、必要な品を買い、ようやく帰路につく。
――その帰り道でも、祝福は止まらなかった。
「おめでとうございます!」
「団長様、花嫁様、お幸せに!」
フィオナが毎回まじめに返す。
「ありがとうございます!保護契約、頑張ります!」
ヴァルドは、もう否定するのを諦めかけていた。
否定しようとすると、胸が痛い。
痛いのが、悔しい。
屋敷の門が見えた頃、フィオナが小さく言った。
「団長さん、みんな、優しいですね」
「……噂好きなだけだ」
「でも、祝ってくれるって、あったかいです」
ヴァルドの胸が、また痛む。
今度は、少し違う痛みだ。
あったかい痛み。
フィオナが首を傾げる。
「団長さん、疲れました?」
「……疲れていない」
「嘘です」
「嘘ではない」
「じゃあ、紅茶、飲みます?」
ヴァルドは、短く言った。
「……飲む」
即答。
フィオナが、ふわっと笑った。
「はい!」
♡
夜。
屋敷の台所。
フィオナは紅茶を淹れながら、今日も明るい声で言う。
「団長さん!婚約って噂、びっくりでしたね!」
「……」
「でも、保護契約の更新なら、確かに“おめでとう”かも!」
「……契約ではない」
「えっ、じゃあ何ですか?」
ヴァルドは、また答えられなかった。
答えたら、確定する。
確定したら――もう戻れない。
フィオナが、カップを差し出す。
「団長さん、どうぞ」
ヴァルドは受け取り、一口飲んだ。
……温かい。
そして、言葉が漏れた。
命令ではなく、珍しく“宣言”の形で。
「……必要なものは用意する」
フィオナが目を丸くする。
「えっ、施設の備品ですか?」
「……」
ヴァルドは、無表情のまま黙った。
黙り方が、否定ではない。
セシルが、台所の端で静かに呟く。
「(訳:結婚の準備です)」
ヴァルドが即座に言った。
「黙れ」
フィオナがぱちぱちと瞬きして、ふわっと笑った。
「団長さん、何を用意してくれるんですか?」
ヴァルドは、答えの代わりに、いつもの命令で締めた。
「……ここにいろ」
フィオナは、当たり前のように笑う。
「はい!ここにいます!」
その返事が、胸の痛みを少しだけ和らげた。
――だから余計に、危ない。
(つづく)
……平和すぎて、油断していた。
屋敷の門を出た瞬間、フィオナがきらっと目を輝かせた。
「団長さん!今日は“外出届”提出済みです!」
「……聞いた」
「行き先:城下。目的:買い出し。同行者:団長さん!帰宅予定時刻:夕方!」
ヴァルドは、短く頷く。
「よし」
その“よし”が出るだけで、周囲の騎士たちがニヤニヤするのはなぜだ。
セシルはすでに諦めている。
(団長語:よし
訳:一緒に行けて嬉しい)
もちろん口には出さない。今日は生きたい。
♡
城下に入った瞬間、空気が変わった。
ざわめきが増え、視線が刺さる。
「……団長様?」
「隣の女性は……」
「まさか……!」
その“まさか”が、数秒で“確信”に変わるのが城下町の怖さだ。
最初に飛んできたのは、花束だった。
「団長様!婚約おめでとうございます!」
ヴァルドが、ぴたりと止まる。
「……は?」
フィオナが、両手で花束を受け取り、にこにこした。
「わぁ!ありがとうございます!」
次に飛んできたのは、菓子の包みだった。
「お祝いです!甘いの、たくさんどうぞ!」
フィオナが目を輝かせる。
「わぁ!保護施設の備品が増えます!」
「屋敷だ」
「屋敷型保護施設!」
「その言い回しは禁止――」
ヴァルドが言い切る前に、さらに飛んできた。
「団長、婚約おめでとうございます!」
「団長様、末永く!」
「式はいつですか!?」
ヴァルドの眉間が、深くなる。
否定しろ。
否定して、噂を止めろ。
規律のために。王都の平穏のために。
――だが。
「婚約」という言葉が胸を叩いた瞬間、
なぜか胸の奥が痛んだ。
(……なぜ)
痛む理由が分からない。
分からないから、もっと嫌だ。
フィオナが首を傾げた。
「団長さん、婚約って……」
「違う」
ヴァルドは即答した。
即答しすぎて、なんだか怪しい。
フィオナは、ぱちぱちと瞬きして、納得した顔をした。
「なるほど!“保護契約の更新”ですね!」
ヴァルドが、固まった。
「……保護契約?」
「はい!だって最近、私、外出届も出してますし!帰宅報告もありますし!規則も増えました!」
「それは、契約ではない」
「でも、保護施設っぽいです!」
「屋敷だ」
「屋敷型保護施設!」
ヴァルドの眉間が、限界を迎えかける。
そのとき、ドレス屋の店主が、両手を広げて現れた。
「おめでとうございます!当店、婚約衣装のご用意がございます!」
そして、封筒を差し出した。
【ご招待状:花嫁衣装 試着会(団長様特別枠)】
セシルは、心の中で叫んだ。
(特別枠って何!?)
フィオナが封筒を受け取り、嬉しそうに言う。
「わぁ!施設の制服ですか?」
「制服ではない」
ヴァルドの声が低くなる。
フィオナがきょとんとする。
「じゃあ、何ですか?」
ヴァルドは答えられなかった。
答えた瞬間、すべてが確定する気がしたからだ。
(確定……?)
胸がまた痛む。
否定すべきなのに、否定したくない――そんな感覚が混ざる。
規律違反だ。
騎士団長として、最悪だ。
セシルが小声で言った。
「団長。否定してください。王都が暴走します」
ヴァルドは低く返す。
「……分かっている」
分かっているのに、口が動かない。
フィオナが、にこにこしながら周囲へ頭を下げる。
「ありがとうございます!団長さん、保護契約、更新します!」
「更新……?」
民がざわつく。
「更新って何?」
「契約更新って……正式に……?」
「婚約ってこと!?」
噂が、さらに燃える。
燃えるのが城下の文化だ。怖い。
♡
さらに問題は、騎士団内にも飛び火していた。
買い出しに同行していた若い騎士が、目を輝かせて言う。
「団長!式の段取り、必要ですよね!」
ヴァルドが、ぴくりとする。
「……式?」
「はい!招待客、騎士団で整理します!」
別の騎士が言う。
「会場は訓練場でどうでしょう!」
「やめろ」
「屋敷の庭が良いです!」
「やめろ」
「花は王都の花屋に!」
「やめろ」
止めても止まらない。
“やめろ”が短いほど、騎士たちは“照れ”だと解釈する。
セシルが、胃を押さえながら呟く。
「団長、やめろが“やれ”に聞こえています」
ヴァルドが低く言った。
「……壊すぞ」
「会場をですか!?」
「会話をだ」
「会話は壊せません!」
セシルが真顔で返した。現場は地獄だ。
ブラムが、やけに楽しそうに言う。
「団長、婚約おめでとうございます」
ヴァルドが即答する。
「黙れ」
ブラムは黙る。
黙るが、目が笑っている。
絶対に後で掲示板に貼る顔だ。
♡
逃げるように店を回り、必要な品を買い、ようやく帰路につく。
――その帰り道でも、祝福は止まらなかった。
「おめでとうございます!」
「団長様、花嫁様、お幸せに!」
フィオナが毎回まじめに返す。
「ありがとうございます!保護契約、頑張ります!」
ヴァルドは、もう否定するのを諦めかけていた。
否定しようとすると、胸が痛い。
痛いのが、悔しい。
屋敷の門が見えた頃、フィオナが小さく言った。
「団長さん、みんな、優しいですね」
「……噂好きなだけだ」
「でも、祝ってくれるって、あったかいです」
ヴァルドの胸が、また痛む。
今度は、少し違う痛みだ。
あったかい痛み。
フィオナが首を傾げる。
「団長さん、疲れました?」
「……疲れていない」
「嘘です」
「嘘ではない」
「じゃあ、紅茶、飲みます?」
ヴァルドは、短く言った。
「……飲む」
即答。
フィオナが、ふわっと笑った。
「はい!」
♡
夜。
屋敷の台所。
フィオナは紅茶を淹れながら、今日も明るい声で言う。
「団長さん!婚約って噂、びっくりでしたね!」
「……」
「でも、保護契約の更新なら、確かに“おめでとう”かも!」
「……契約ではない」
「えっ、じゃあ何ですか?」
ヴァルドは、また答えられなかった。
答えたら、確定する。
確定したら――もう戻れない。
フィオナが、カップを差し出す。
「団長さん、どうぞ」
ヴァルドは受け取り、一口飲んだ。
……温かい。
そして、言葉が漏れた。
命令ではなく、珍しく“宣言”の形で。
「……必要なものは用意する」
フィオナが目を丸くする。
「えっ、施設の備品ですか?」
「……」
ヴァルドは、無表情のまま黙った。
黙り方が、否定ではない。
セシルが、台所の端で静かに呟く。
「(訳:結婚の準備です)」
ヴァルドが即座に言った。
「黙れ」
フィオナがぱちぱちと瞬きして、ふわっと笑った。
「団長さん、何を用意してくれるんですか?」
ヴァルドは、答えの代わりに、いつもの命令で締めた。
「……ここにいろ」
フィオナは、当たり前のように笑う。
「はい!ここにいます!」
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――だから余計に、危ない。
(つづく)
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