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第16話(最終話) 冷徹団長の「ここにいろ」が「ここにいてくれ」に変わる日、騎士団公認の抱きしめ命令は永久指名になりました
その日、屋敷は朝から落ち着かなかった。
落ち着かない原因は二つある。
ひとつは、王都の噂。
もうひとつは――本人たちが、今日こそ“身の振り方”を決める日だということ。
「団長、婚約おめでとうございます!」
門をくぐるたび、騎士団の誰かが言う。
言うたびに、ヴァルドの眉間が深くなる。
「違う」
言いながら、止めない。
止めないから、今日も噂は加速する。
セシルは胃を押さえつつ、淡々と報告書をめくった。
(噂はもう止まりません。なら、正面から“確定”させた方が被害が少ない……はず)
ブラムは今日も元気だ。
「団長!本日は“正式決定”の日ですね!」
「黙れ」
「はい!」
黙ったが、顔は笑っている。
騎士団は、嬉しそうにそわそわしている。
なぜなら――団長の“抱きしめ命令”が、永久指名になるかもしれないからだ。
(本人たちには、まだそれが“命令”の範囲だと思われている)
♡
台所では、フィオナが紅茶を淹れていた。
今日は落ち着きスープではなく、落ち着き紅茶だ。
「団長さん、飲みます?」
ヴァルドは即答する。
「……飲む」
セシルが心の中で翻訳する。
(訳:君が淹れたから)
フィオナは、ふわっと笑う。
笑いながら、胸に手を当てた。
昨日――「いていい」と言ってもらった。
あの一言で、屋敷がもっと“家”みたいになった気がする。
でも、今日。
決める。
自分の意思で、ここにいると。
「フィオナ」
ヴァルドが、珍しく先に呼んだ。
「はい」
フィオナは背筋を伸ばした。
なぜか礼をしてしまうのは、もう習慣だ。
ヴァルドは、無表情のまま言う。
「……今日は、話がある」
フィオナの胸が、ぎゅっと鳴る。
「はい。私もです」
ヴァルドの指が、わずかに止まった。
“私も”が刺さったらしい。
♡
場所は、訓練場の端の小さな詰所。
騎士団が集まらないように――という名目で選んだはずなのに。
なぜか、外が騒がしい。
「団長が今、告白するらしいぞ」
「するのか!?」
「抱きしめ命令が更新される!」
「永久指名……!」
セシルが外で叫びそうになるのを堪え、低い声で言った。
「静かに。息をするな」
ブラムが小声で返す。
「副官、息しないと死にます」
「死なない程度にしろ」
「無理です」
セシルは胃を押さえた。
(今日は胃が勝てない)
♡
詰所の中。
ヴァルドは椅子に座らず、立ったままだった。
鎧は着ていない。
代わりに、いつもの外套。
それが今日だけ、少しだけ柔らかく見える。
フィオナは、椅子に座った。
座りながら、手を膝の上で握った。
逃げない。
今日は逃げない。
ヴァルドは、しばらく沈黙した。
言葉を探している。
いつもの命令に逃げたいのを、必死に堪えている。
フィオナは待った。
今日は、待てる。
やがて、ヴァルドが口を開いた。
声は低い。だが、震えていない。
「……お前の身の振り方を、決める」
フィオナは、まっすぐ頷いた。
「はい」
ヴァルドは続けた。
「王都の噂がどうであれ、騎士団が何を言おうと……」
外で「何を言おうと!」と誰かが復唱した気がした。
セシルが全力で黙らせた気配がした。
ヴァルドは、視線をフィオナに戻す。
「……俺は、お前を“保護”しているつもりだった」
フィオナは、静かに言った。
「うん。知ってます」
ヴァルドの喉が少し詰まる。
知ってます、が優しすぎる。
彼は、ゆっくりと言葉を置いた。
「だが、もう……違う」
フィオナの胸が、ふわっと熱くなる。
ヴァルドは、息を吸った。
そして、ついに。
命令ではない言葉を言った。
「……ここにいてくれ」
フィオナの目が大きくなる。
ヴァルドは、続けて付け足す。
「命令ではない。……頼みだ」
その言い方が、ずるかった。
冷徹騎士団長が、“頼み”と言う。
それは剣より重い。
フィオナは、胸の奥がいっぱいになって、でも笑った。
笑ってしまうくらい、嬉しい。
「はい!」
満面の笑みだった。
「……私の意思で!」
ヴァルドの肩が、わずかに落ちた。
緊張がほどけたのが分かる。
そして、目がほんの少し柔らかくなる。
――外が、爆発した。
「おおおおお!!」
「団長が“頼み”って言った!!」
「翻訳係ーー!!」
扉の向こうで、ブラムが叫ぶ。
「翻訳係、おしまいですか!?」
セシルの声が、間髪入れずに返す。
「無理です。新婚編の団長語が始まります」
「新婚編!?」
「新婚編!!?」
「副官、まだ式してません!!」
「黙れ。気持ちが先だ」
詰所の中まで、笑い声と足音が波みたいに押し寄せた。
フィオナは思わず笑ってしまう。
「みんな……元気ですね」
ヴァルドは低く言った。
「……騒がしい」
「団長さんも、ちょっと嬉しそうです」
「嬉しくない」
即答。
即答が、嬉しいの証拠。
フィオナは、立ち上がった。
そして、少しだけ近づいた。
「団長さん」
ヴァルドが、視線を落とす。
「……何だ」
フィオナは、小さく息を吸って言った。
「私ね、拾われた日、“落とし物です”って言いました」
「……ああ」
「でも、落とし物はもう、返しました」
ヴァルドの目が、わずかに揺れる。
フィオナは、笑ったまま、胸に手を当てる。
「だから、今日の返事は――ほんとに私の意思です」
ヴァルドは、しばらく固まった。
そして、次の瞬間。
言葉より先に、腕が動いた。
無言で。
まっすぐに。
フィオナを抱きしめた。
ぎゅ、ではない。
でも、逃げられない強さ。
騎士団公認の“抱きしめ命令”が、ここで完全に更新される。
フィオナは一瞬息を止め――すぐに、外套の胸に額を寄せた。
「……団長さん」
ヴァルドが、耳元で小さく言った。
「……好きだ」
フィオナの胸が、ぱっと明るくなる。
そして、ふふ、と笑って言った。
「今の、翻訳いりませんね」
ヴァルドの腕が、ほんの少しだけ強くなる。
外で、騎士団が歓声を漏らす。
「今の聞いた!?」
「聞いた!!」
「団長、好きだって言った!!」
「翻訳係、仕事ある!!」
セシルの声が冷静に落ちる。
「……あります。むしろ増えます」
ブラムが泣きながら叫ぶ。
「副官!新婚編、長期連載ですか!?」
「知らん。胃に聞け」
「胃が泣いてます!」
♡
その夜。
屋敷の台所には、いつも通り紅茶の匂いがあった。
でも、いつもと違う。
「ここにいろ」が、「ここにいてくれ」に変わった。
命令じゃなくて、頼み。
頼みじゃなくて、願い。
フィオナはカップを置いて、笑った。
「団長さん。今日から、保護施設じゃなくて――」
ヴァルドが即答する。
「屋敷だ」
「はい。屋敷です」
フィオナは、少し照れて、でも嬉しそうに言った。
「……私の、帰る場所」
ヴァルドは無表情のまま、そっと言った。
「……俺の、そば」
フィオナが赤くなる。
「団長さん、それは命令ですか?」
ヴァルドが少しだけ目を逸らす。
「……頼みだ」
フィオナは、満面の笑みで頷いた。
「はい。……私の意思で!」
騎士団公認の抱きしめ命令は、永久指名になった。
(おわり/後日談有り→)
落ち着かない原因は二つある。
ひとつは、王都の噂。
もうひとつは――本人たちが、今日こそ“身の振り方”を決める日だということ。
「団長、婚約おめでとうございます!」
門をくぐるたび、騎士団の誰かが言う。
言うたびに、ヴァルドの眉間が深くなる。
「違う」
言いながら、止めない。
止めないから、今日も噂は加速する。
セシルは胃を押さえつつ、淡々と報告書をめくった。
(噂はもう止まりません。なら、正面から“確定”させた方が被害が少ない……はず)
ブラムは今日も元気だ。
「団長!本日は“正式決定”の日ですね!」
「黙れ」
「はい!」
黙ったが、顔は笑っている。
騎士団は、嬉しそうにそわそわしている。
なぜなら――団長の“抱きしめ命令”が、永久指名になるかもしれないからだ。
(本人たちには、まだそれが“命令”の範囲だと思われている)
♡
台所では、フィオナが紅茶を淹れていた。
今日は落ち着きスープではなく、落ち着き紅茶だ。
「団長さん、飲みます?」
ヴァルドは即答する。
「……飲む」
セシルが心の中で翻訳する。
(訳:君が淹れたから)
フィオナは、ふわっと笑う。
笑いながら、胸に手を当てた。
昨日――「いていい」と言ってもらった。
あの一言で、屋敷がもっと“家”みたいになった気がする。
でも、今日。
決める。
自分の意思で、ここにいると。
「フィオナ」
ヴァルドが、珍しく先に呼んだ。
「はい」
フィオナは背筋を伸ばした。
なぜか礼をしてしまうのは、もう習慣だ。
ヴァルドは、無表情のまま言う。
「……今日は、話がある」
フィオナの胸が、ぎゅっと鳴る。
「はい。私もです」
ヴァルドの指が、わずかに止まった。
“私も”が刺さったらしい。
♡
場所は、訓練場の端の小さな詰所。
騎士団が集まらないように――という名目で選んだはずなのに。
なぜか、外が騒がしい。
「団長が今、告白するらしいぞ」
「するのか!?」
「抱きしめ命令が更新される!」
「永久指名……!」
セシルが外で叫びそうになるのを堪え、低い声で言った。
「静かに。息をするな」
ブラムが小声で返す。
「副官、息しないと死にます」
「死なない程度にしろ」
「無理です」
セシルは胃を押さえた。
(今日は胃が勝てない)
♡
詰所の中。
ヴァルドは椅子に座らず、立ったままだった。
鎧は着ていない。
代わりに、いつもの外套。
それが今日だけ、少しだけ柔らかく見える。
フィオナは、椅子に座った。
座りながら、手を膝の上で握った。
逃げない。
今日は逃げない。
ヴァルドは、しばらく沈黙した。
言葉を探している。
いつもの命令に逃げたいのを、必死に堪えている。
フィオナは待った。
今日は、待てる。
やがて、ヴァルドが口を開いた。
声は低い。だが、震えていない。
「……お前の身の振り方を、決める」
フィオナは、まっすぐ頷いた。
「はい」
ヴァルドは続けた。
「王都の噂がどうであれ、騎士団が何を言おうと……」
外で「何を言おうと!」と誰かが復唱した気がした。
セシルが全力で黙らせた気配がした。
ヴァルドは、視線をフィオナに戻す。
「……俺は、お前を“保護”しているつもりだった」
フィオナは、静かに言った。
「うん。知ってます」
ヴァルドの喉が少し詰まる。
知ってます、が優しすぎる。
彼は、ゆっくりと言葉を置いた。
「だが、もう……違う」
フィオナの胸が、ふわっと熱くなる。
ヴァルドは、息を吸った。
そして、ついに。
命令ではない言葉を言った。
「……ここにいてくれ」
フィオナの目が大きくなる。
ヴァルドは、続けて付け足す。
「命令ではない。……頼みだ」
その言い方が、ずるかった。
冷徹騎士団長が、“頼み”と言う。
それは剣より重い。
フィオナは、胸の奥がいっぱいになって、でも笑った。
笑ってしまうくらい、嬉しい。
「はい!」
満面の笑みだった。
「……私の意思で!」
ヴァルドの肩が、わずかに落ちた。
緊張がほどけたのが分かる。
そして、目がほんの少し柔らかくなる。
――外が、爆発した。
「おおおおお!!」
「団長が“頼み”って言った!!」
「翻訳係ーー!!」
扉の向こうで、ブラムが叫ぶ。
「翻訳係、おしまいですか!?」
セシルの声が、間髪入れずに返す。
「無理です。新婚編の団長語が始まります」
「新婚編!?」
「新婚編!!?」
「副官、まだ式してません!!」
「黙れ。気持ちが先だ」
詰所の中まで、笑い声と足音が波みたいに押し寄せた。
フィオナは思わず笑ってしまう。
「みんな……元気ですね」
ヴァルドは低く言った。
「……騒がしい」
「団長さんも、ちょっと嬉しそうです」
「嬉しくない」
即答。
即答が、嬉しいの証拠。
フィオナは、立ち上がった。
そして、少しだけ近づいた。
「団長さん」
ヴァルドが、視線を落とす。
「……何だ」
フィオナは、小さく息を吸って言った。
「私ね、拾われた日、“落とし物です”って言いました」
「……ああ」
「でも、落とし物はもう、返しました」
ヴァルドの目が、わずかに揺れる。
フィオナは、笑ったまま、胸に手を当てる。
「だから、今日の返事は――ほんとに私の意思です」
ヴァルドは、しばらく固まった。
そして、次の瞬間。
言葉より先に、腕が動いた。
無言で。
まっすぐに。
フィオナを抱きしめた。
ぎゅ、ではない。
でも、逃げられない強さ。
騎士団公認の“抱きしめ命令”が、ここで完全に更新される。
フィオナは一瞬息を止め――すぐに、外套の胸に額を寄せた。
「……団長さん」
ヴァルドが、耳元で小さく言った。
「……好きだ」
フィオナの胸が、ぱっと明るくなる。
そして、ふふ、と笑って言った。
「今の、翻訳いりませんね」
ヴァルドの腕が、ほんの少しだけ強くなる。
外で、騎士団が歓声を漏らす。
「今の聞いた!?」
「聞いた!!」
「団長、好きだって言った!!」
「翻訳係、仕事ある!!」
セシルの声が冷静に落ちる。
「……あります。むしろ増えます」
ブラムが泣きながら叫ぶ。
「副官!新婚編、長期連載ですか!?」
「知らん。胃に聞け」
「胃が泣いてます!」
♡
その夜。
屋敷の台所には、いつも通り紅茶の匂いがあった。
でも、いつもと違う。
「ここにいろ」が、「ここにいてくれ」に変わった。
命令じゃなくて、頼み。
頼みじゃなくて、願い。
フィオナはカップを置いて、笑った。
「団長さん。今日から、保護施設じゃなくて――」
ヴァルドが即答する。
「屋敷だ」
「はい。屋敷です」
フィオナは、少し照れて、でも嬉しそうに言った。
「……私の、帰る場所」
ヴァルドは無表情のまま、そっと言った。
「……俺の、そば」
フィオナが赤くなる。
「団長さん、それは命令ですか?」
ヴァルドが少しだけ目を逸らす。
「……頼みだ」
フィオナは、満面の笑みで頷いた。
「はい。……私の意思で!」
騎士団公認の抱きしめ命令は、永久指名になった。
(おわり/後日談有り→)
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