冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花

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第16話(最終話) 冷徹団長の「ここにいろ」が「ここにいてくれ」に変わる日、騎士団公認の抱きしめ命令は永久指名になりました

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その日、屋敷は朝から落ち着かなかった。

落ち着かない原因は二つある。
ひとつは、王都の噂。
もうひとつは――本人たちが、今日こそ“身の振り方”を決める日だということ。

「団長、婚約おめでとうございます!」

門をくぐるたび、騎士団の誰かが言う。
言うたびに、ヴァルドの眉間が深くなる。

「違う」

言いながら、止めない。
止めないから、今日も噂は加速する。

セシルは胃を押さえつつ、淡々と報告書をめくった。

(噂はもう止まりません。なら、正面から“確定”させた方が被害が少ない……はず)

ブラムは今日も元気だ。

「団長!本日は“正式決定”の日ですね!」

「黙れ」

「はい!」

黙ったが、顔は笑っている。
騎士団は、嬉しそうにそわそわしている。

なぜなら――団長の“抱きしめ命令”が、永久指名になるかもしれないからだ。

(本人たちには、まだそれが“命令”の範囲だと思われている)



台所では、フィオナが紅茶を淹れていた。
今日は落ち着きスープではなく、落ち着き紅茶だ。

「団長さん、飲みます?」

ヴァルドは即答する。

「……飲む」

セシルが心の中で翻訳する。

(訳:君が淹れたから)

フィオナは、ふわっと笑う。
笑いながら、胸に手を当てた。

昨日――「いていい」と言ってもらった。
あの一言で、屋敷がもっと“家”みたいになった気がする。

でも、今日。

決める。
自分の意思で、ここにいると。

「フィオナ」

ヴァルドが、珍しく先に呼んだ。

「はい」

フィオナは背筋を伸ばした。
なぜか礼をしてしまうのは、もう習慣だ。

ヴァルドは、無表情のまま言う。

「……今日は、話がある」

フィオナの胸が、ぎゅっと鳴る。

「はい。私もです」

ヴァルドの指が、わずかに止まった。
“私も”が刺さったらしい。



場所は、訓練場の端の小さな詰所。
騎士団が集まらないように――という名目で選んだはずなのに。

なぜか、外が騒がしい。

「団長が今、告白するらしいぞ」

「するのか!?」

「抱きしめ命令が更新される!」

「永久指名……!」

セシルが外で叫びそうになるのを堪え、低い声で言った。

「静かに。息をするな」

ブラムが小声で返す。

「副官、息しないと死にます」

「死なない程度にしろ」

「無理です」

セシルは胃を押さえた。

(今日は胃が勝てない)



詰所の中。

ヴァルドは椅子に座らず、立ったままだった。
鎧は着ていない。
代わりに、いつもの外套。
それが今日だけ、少しだけ柔らかく見える。

フィオナは、椅子に座った。
座りながら、手を膝の上で握った。

逃げない。
今日は逃げない。

ヴァルドは、しばらく沈黙した。
言葉を探している。
いつもの命令に逃げたいのを、必死に堪えている。

フィオナは待った。
今日は、待てる。

やがて、ヴァルドが口を開いた。
声は低い。だが、震えていない。

「……お前の身の振り方を、決める」

フィオナは、まっすぐ頷いた。

「はい」

ヴァルドは続けた。

「王都の噂がどうであれ、騎士団が何を言おうと……」

外で「何を言おうと!」と誰かが復唱した気がした。
セシルが全力で黙らせた気配がした。

ヴァルドは、視線をフィオナに戻す。

「……俺は、お前を“保護”しているつもりだった」

フィオナは、静かに言った。

「うん。知ってます」

ヴァルドの喉が少し詰まる。
知ってます、が優しすぎる。

彼は、ゆっくりと言葉を置いた。

「だが、もう……違う」

フィオナの胸が、ふわっと熱くなる。

ヴァルドは、息を吸った。
そして、ついに。

命令ではない言葉を言った。

「……ここにいてくれ」

フィオナの目が大きくなる。

ヴァルドは、続けて付け足す。

「命令ではない。……頼みだ」

その言い方が、ずるかった。
冷徹騎士団長が、“頼み”と言う。
それは剣より重い。

フィオナは、胸の奥がいっぱいになって、でも笑った。
笑ってしまうくらい、嬉しい。

「はい!」

満面の笑みだった。

「……私の意思で!」

ヴァルドの肩が、わずかに落ちた。
緊張がほどけたのが分かる。
そして、目がほんの少し柔らかくなる。

――外が、爆発した。

「おおおおお!!」

「団長が“頼み”って言った!!」

「翻訳係ーー!!」

扉の向こうで、ブラムが叫ぶ。

「翻訳係、おしまいですか!?」

セシルの声が、間髪入れずに返す。

「無理です。新婚編の団長語が始まります」

「新婚編!?」

「新婚編!!?」

「副官、まだ式してません!!」

「黙れ。気持ちが先だ」

詰所の中まで、笑い声と足音が波みたいに押し寄せた。
フィオナは思わず笑ってしまう。

「みんな……元気ですね」

ヴァルドは低く言った。

「……騒がしい」

「団長さんも、ちょっと嬉しそうです」

「嬉しくない」

即答。
即答が、嬉しいの証拠。

フィオナは、立ち上がった。
そして、少しだけ近づいた。

「団長さん」

ヴァルドが、視線を落とす。

「……何だ」

フィオナは、小さく息を吸って言った。

「私ね、拾われた日、“落とし物です”って言いました」

「……ああ」

「でも、落とし物はもう、返しました」

ヴァルドの目が、わずかに揺れる。

フィオナは、笑ったまま、胸に手を当てる。

「だから、今日の返事は――ほんとに私の意思です」

ヴァルドは、しばらく固まった。
そして、次の瞬間。

言葉より先に、腕が動いた。

無言で。
まっすぐに。
フィオナを抱きしめた。

ぎゅ、ではない。
でも、逃げられない強さ。
騎士団公認の“抱きしめ命令”が、ここで完全に更新される。

フィオナは一瞬息を止め――すぐに、外套の胸に額を寄せた。

「……団長さん」

ヴァルドが、耳元で小さく言った。

「……好きだ」

フィオナの胸が、ぱっと明るくなる。

そして、ふふ、と笑って言った。

「今の、翻訳いりませんね」

ヴァルドの腕が、ほんの少しだけ強くなる。

外で、騎士団が歓声を漏らす。

「今の聞いた!?」

「聞いた!!」

「団長、好きだって言った!!」

「翻訳係、仕事ある!!」

セシルの声が冷静に落ちる。

「……あります。むしろ増えます」

ブラムが泣きながら叫ぶ。

「副官!新婚編、長期連載ですか!?」

「知らん。胃に聞け」

「胃が泣いてます!」



その夜。

屋敷の台所には、いつも通り紅茶の匂いがあった。
でも、いつもと違う。

「ここにいろ」が、「ここにいてくれ」に変わった。

命令じゃなくて、頼み。
頼みじゃなくて、願い。

フィオナはカップを置いて、笑った。

「団長さん。今日から、保護施設じゃなくて――」

ヴァルドが即答する。

「屋敷だ」

「はい。屋敷です」

フィオナは、少し照れて、でも嬉しそうに言った。

「……私の、帰る場所」

ヴァルドは無表情のまま、そっと言った。

「……俺の、そば」

フィオナが赤くなる。

「団長さん、それは命令ですか?」

ヴァルドが少しだけ目を逸らす。

「……頼みだ」

フィオナは、満面の笑みで頷いた。

「はい。……私の意思で!」

騎士団公認の抱きしめ命令は、永久指名になった。

(おわり/後日談有り→)
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