冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花

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後日談(新婚編 第4話) 賑やかな式当日回:騎士団主導の結婚式、整列が完璧すぎて誰も泣き止めない(※団長は相変わらず無表情)

朝。
王都は、祭りみたいに騒がしかった。

噂が噂を呼び、花屋が花を抱え、菓子屋が菓子を積み、
通りの子どもまで「団長さま、奥さま!」と走り回っている。

そして屋敷の庭は――
騎士団の「本気」が怖いほど詰まっていた。

花道、整列、警備動線、誘導看板、非常時退避ルート。
なぜ結婚式で避難計画が必要なのか。
答え:団長の式だからだ。

セシルは朝から胃を押さえ、庭の中央に立っていた。

「……聞け。今日は“式”だ。戦場ではない」

騎士たちが全力敬礼する。

「はい!」

その返事の音圧が、すでに戦場のそれだった。

ブラムが目を輝かせて叫ぶ。

「副官!整列、完璧です!泣けます!」

「泣くな」

「無理です!」

セシルは天を仰いだ。

(今日、胃が死ぬ)



屋敷の中。

フィオナは、オルガ婆やに髪を整えてもらっていた。
白いドレス。
本当に自分が着ているのが不思議で、鏡の中の自分が少しだけ遠い。

「……似合ってますか?」

オルガ婆やが胸を張る。

「当然でございます。旦那様が息を止める程度には」

フィオナの頬が熱くなる。

「息……止めるの?」

「止めます。昨日も止めてました」

「昨日?」

「鏡の前を通ったとき、旦那様が“通路警備”を口実に廊下に立っておられました」

フィオナが目を丸くする。

「警備……?」

オルガ婆やは静かに頷いた。

「ええ。照れる方ですから」

フィオナは笑って、胸に手を当てた。



同じ頃。

ヴァルドは、屋敷の別室で外套を整えていた。
礼装。剣は帯びない。
帯びないのに、背筋が戦闘態勢だ。

セシルが入ってくる。

「団長。準備は」

ヴァルドは短く言う。

「済んだ」

セシルは一瞬ためらい、でも言った。

「団長。今日、逃げないでください」

ヴァルドの眉がわずかに動く。

「逃げない」

「“ここにいろ”で逃げないでください」

「……」

セシルは静かに畳みかける。

「命令ではなく、頼みでお願いします」

ヴァルドは、息を吸った。

「……分かっている」

分かっていると言う団長ほど、危ない。
しかし今日は――逃げない目をしていた。



庭。

王都の人々が集まり、騎士団が整列し、
花道の両脇で剣の敬礼――ではなく、今日は剣を持たない。
代わりに、手袋をした手が揃って胸の前に置かれている。

“本気の式”だ。

ブラムが司会台(なぜある)に立ち、声を張った。

「本日はお日柄も良く――」

セシルが即座に低声でツッコミを入れる。

「お日柄は関係ない」

ブラムが続ける。

「――騎士団長ヴァルド・グランツと、フィオナ殿の結びを祝し!」

拍手と歓声が上がる。

ヴァルドは花道の先に立っていた。
無表情。
だが、指先が少しだけ硬い。

胸がうるさい。
守る戦いなら慣れている。
だが、幸せを受け取る戦いは――慣れていない。

セシルが小声で言う。

「団長。今から来ます」

「……分かっている」

「息を止めないでください」

「止めない」

ブラムが小声で割り込む。

「団長、泣かないでくださいね!」

ヴァルドが低く言う。

「泣かない」

フィオナが歩いてくる気配がした瞬間、
ヴァルドの返事が一拍遅れた。

セシルは胃を押さえた。

(止めるなと言ったのに、心臓が止まってます)



花道の入口に、フィオナが現れた。

白いドレス。
髪に小さな花。
いつもより少しだけ、静かな表情。

庭が、しん……とする。

王都の人々も、騎士団も、息を飲む。
ブラムが泣き始める。

「うっ……尊い……!」

セシルが肘で止める。

「泣くな。司会だ」

「無理です!」

フィオナは花道を歩き出した。
一歩一歩が、普段より慎重で、でも確かだ。

ヴァルドはそれを、正面から見つめた。
目を逸らさない。
逃げない。
今日だけは。

近づくほど、胸が痛い。
痛いのに、温かい。

(……俺のところへ来ている)

その事実が、剣より重い。

フィオナが、花道の終わりで止まった。
すぐ目の前に、ヴァルドがいる。

「団長さん」

フィオナの声が小さい。
でも、ちゃんと届く。

ヴァルドは、低い声で返した。

「……フィオナ」

名前を呼ぶだけで、騎士団がざわつく。
王都の人々が手を口に当てる。
騎士団長は、名前を呼ぶと破壊力が増す。

ブラムが泣きながら言う。

「団長が名を呼んだ……!」

セシルが即座に言う。

「司会をしろ」



誓いの言葉。

本来、誰かが読み上げるはずだった。
だが、騎士団主導の式は“本人の言葉”にこだわった。

ヴァルドは、何度も練習した。
練習したのに、今――言葉が喉で詰まる。

フィオナが、そっと笑った。
昨日の夜の紅茶みたいに、やわらかい笑顔。

その笑顔で、ヴァルドは息を吸えた。

ヴァルドは、正面から言った。

「……ここにいてくれ」

庭が、静まり返る。

ヴァルドは続けた。
逃げないために、付け足す。

「命令ではない。……頼みだ」

フィオナの目が潤む。
頬が赤くなる。
でも、笑ったまま頷いた。

「はい!」

はっきりと。
明るく。
でも、震えている。

「……私の意思で!」

その瞬間、騎士団が崩れ落ちた。

「うわあああ!」

「奥さまの意思!!」

「団長、勝ちました!!」

セシルが低声で訂正する。

「勝ってない。負けてる。幸せに」

ブラムが泣きながら叫ぶ。

「翻訳係、必要ですか!?」

セシルが静かに言った。

「必要です。新婚編はこれからです」

「ですよね!!」



次は指輪――のはずが。

騎士団が持ち込んだのは、箱が三つ。
しかも全部違う。

ブラムが胸を張る。

「案A:騎士団章刻印!案B:剣の柄模様!案C:花の意匠!」

セシルが胃を押さえた。

「誰が三案も用意しろと言った」

騎士が一斉に敬礼する。

「我々です!」

フィオナが困ってヴァルドを見る。
ヴァルドは低く言った。

「……一つでいい」

「選べないです!」

「選べ」

「選べません!」

セシルが小声で言う。

「団長。選ぶのはあなたです。夫ですから」

ヴァルドが固まる。

「……夫」

その単語だけで耳が赤くなる。
赤くなったのに、逃げずに箱を一つ取った。

――花の意匠の指輪。

フィオナの目がぱっと明るくなる。

「……可愛い」

ヴァルドは、低く言った。

「……お前に似合う」

庭がまた崩れ落ちた。

「団長、褒めた!!」

「団長が直接褒めた!!」

「翻訳いらない!!」



指輪を交換し終えた瞬間、
騎士団の誰かが小声で叫んだ。

「抱きしめ命令……今では?」

セシルが低く返す。

「今です」

ブラムが司会を忘れて叫ぶ。

「今です!!団長!!」

ヴァルドは、一瞬だけ固まった。
周囲の視線。
王都の視線。
騎士団の期待。

でも――フィオナが、そっと手を差し出した。

「団長さん」

その呼び方が、いつも通りで。
それが、彼の“帰る場所”を作った。

ヴァルドは、言葉を捨てた。

無言で、フィオナを抱きしめた。

歓声が上がる。
拍手が鳴る。
泣き声が混ざる。

ヴァルドは、耳元で小さく言った。

「……好きだ」

フィオナが、赤い顔で笑った。

「今の、翻訳いりませんね」

ヴァルドの腕が、ほんの少しだけ強くなる。

ブラムが泣き叫ぶ。

「団長が好きって言ったぁぁぁ!!」

セシルが胃を押さえながら締める。

「……以上。式は成功です。治安も……たぶん、成功です」



式が終わり、庭に人が散っていく。
花びらが風に舞う。

ヴァルドは、フィオナの手を取ったまま、静かに言った。

「……帰る」

フィオナは笑った。

「はい。帰りましょう」

団長の“抱きしめ命令”は、今日から正式に――
王都公認の永久指名になった。

(つづく)
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