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後日談(新婚編 第4話) 賑やかな式当日回:騎士団主導の結婚式、整列が完璧すぎて誰も泣き止めない(※団長は相変わらず無表情)
朝。
王都は、祭りみたいに騒がしかった。
噂が噂を呼び、花屋が花を抱え、菓子屋が菓子を積み、
通りの子どもまで「団長さま、奥さま!」と走り回っている。
そして屋敷の庭は――
騎士団の「本気」が怖いほど詰まっていた。
花道、整列、警備動線、誘導看板、非常時退避ルート。
なぜ結婚式で避難計画が必要なのか。
答え:団長の式だからだ。
セシルは朝から胃を押さえ、庭の中央に立っていた。
「……聞け。今日は“式”だ。戦場ではない」
騎士たちが全力敬礼する。
「はい!」
その返事の音圧が、すでに戦場のそれだった。
ブラムが目を輝かせて叫ぶ。
「副官!整列、完璧です!泣けます!」
「泣くな」
「無理です!」
セシルは天を仰いだ。
(今日、胃が死ぬ)
♡
屋敷の中。
フィオナは、オルガ婆やに髪を整えてもらっていた。
白いドレス。
本当に自分が着ているのが不思議で、鏡の中の自分が少しだけ遠い。
「……似合ってますか?」
オルガ婆やが胸を張る。
「当然でございます。旦那様が息を止める程度には」
フィオナの頬が熱くなる。
「息……止めるの?」
「止めます。昨日も止めてました」
「昨日?」
「鏡の前を通ったとき、旦那様が“通路警備”を口実に廊下に立っておられました」
フィオナが目を丸くする。
「警備……?」
オルガ婆やは静かに頷いた。
「ええ。照れる方ですから」
フィオナは笑って、胸に手を当てた。
♡
同じ頃。
ヴァルドは、屋敷の別室で外套を整えていた。
礼装。剣は帯びない。
帯びないのに、背筋が戦闘態勢だ。
セシルが入ってくる。
「団長。準備は」
ヴァルドは短く言う。
「済んだ」
セシルは一瞬ためらい、でも言った。
「団長。今日、逃げないでください」
ヴァルドの眉がわずかに動く。
「逃げない」
「“ここにいろ”で逃げないでください」
「……」
セシルは静かに畳みかける。
「命令ではなく、頼みでお願いします」
ヴァルドは、息を吸った。
「……分かっている」
分かっていると言う団長ほど、危ない。
しかし今日は――逃げない目をしていた。
♡
庭。
王都の人々が集まり、騎士団が整列し、
花道の両脇で剣の敬礼――ではなく、今日は剣を持たない。
代わりに、手袋をした手が揃って胸の前に置かれている。
“本気の式”だ。
ブラムが司会台(なぜある)に立ち、声を張った。
「本日はお日柄も良く――」
セシルが即座に低声でツッコミを入れる。
「お日柄は関係ない」
ブラムが続ける。
「――騎士団長ヴァルド・グランツと、フィオナ殿の結びを祝し!」
拍手と歓声が上がる。
ヴァルドは花道の先に立っていた。
無表情。
だが、指先が少しだけ硬い。
胸がうるさい。
守る戦いなら慣れている。
だが、幸せを受け取る戦いは――慣れていない。
セシルが小声で言う。
「団長。今から来ます」
「……分かっている」
「息を止めないでください」
「止めない」
ブラムが小声で割り込む。
「団長、泣かないでくださいね!」
ヴァルドが低く言う。
「泣かない」
フィオナが歩いてくる気配がした瞬間、
ヴァルドの返事が一拍遅れた。
セシルは胃を押さえた。
(止めるなと言ったのに、心臓が止まってます)
♡
花道の入口に、フィオナが現れた。
白いドレス。
髪に小さな花。
いつもより少しだけ、静かな表情。
庭が、しん……とする。
王都の人々も、騎士団も、息を飲む。
ブラムが泣き始める。
「うっ……尊い……!」
セシルが肘で止める。
「泣くな。司会だ」
「無理です!」
フィオナは花道を歩き出した。
一歩一歩が、普段より慎重で、でも確かだ。
ヴァルドはそれを、正面から見つめた。
目を逸らさない。
逃げない。
今日だけは。
近づくほど、胸が痛い。
痛いのに、温かい。
(……俺のところへ来ている)
その事実が、剣より重い。
フィオナが、花道の終わりで止まった。
すぐ目の前に、ヴァルドがいる。
「団長さん」
フィオナの声が小さい。
でも、ちゃんと届く。
ヴァルドは、低い声で返した。
「……フィオナ」
名前を呼ぶだけで、騎士団がざわつく。
王都の人々が手を口に当てる。
騎士団長は、名前を呼ぶと破壊力が増す。
ブラムが泣きながら言う。
「団長が名を呼んだ……!」
セシルが即座に言う。
「司会をしろ」
♡
誓いの言葉。
本来、誰かが読み上げるはずだった。
だが、騎士団主導の式は“本人の言葉”にこだわった。
ヴァルドは、何度も練習した。
練習したのに、今――言葉が喉で詰まる。
フィオナが、そっと笑った。
昨日の夜の紅茶みたいに、やわらかい笑顔。
その笑顔で、ヴァルドは息を吸えた。
ヴァルドは、正面から言った。
「……ここにいてくれ」
庭が、静まり返る。
ヴァルドは続けた。
逃げないために、付け足す。
「命令ではない。……頼みだ」
フィオナの目が潤む。
頬が赤くなる。
でも、笑ったまま頷いた。
「はい!」
はっきりと。
明るく。
でも、震えている。
「……私の意思で!」
その瞬間、騎士団が崩れ落ちた。
「うわあああ!」
「奥さまの意思!!」
「団長、勝ちました!!」
セシルが低声で訂正する。
「勝ってない。負けてる。幸せに」
ブラムが泣きながら叫ぶ。
「翻訳係、必要ですか!?」
セシルが静かに言った。
「必要です。新婚編はこれからです」
「ですよね!!」
♡
次は指輪――のはずが。
騎士団が持ち込んだのは、箱が三つ。
しかも全部違う。
ブラムが胸を張る。
「案A:騎士団章刻印!案B:剣の柄模様!案C:花の意匠!」
セシルが胃を押さえた。
「誰が三案も用意しろと言った」
騎士が一斉に敬礼する。
「我々です!」
フィオナが困ってヴァルドを見る。
ヴァルドは低く言った。
「……一つでいい」
「選べないです!」
「選べ」
「選べません!」
セシルが小声で言う。
「団長。選ぶのはあなたです。夫ですから」
ヴァルドが固まる。
「……夫」
その単語だけで耳が赤くなる。
赤くなったのに、逃げずに箱を一つ取った。
――花の意匠の指輪。
フィオナの目がぱっと明るくなる。
「……可愛い」
ヴァルドは、低く言った。
「……お前に似合う」
庭がまた崩れ落ちた。
「団長、褒めた!!」
「団長が直接褒めた!!」
「翻訳いらない!!」
♡
指輪を交換し終えた瞬間、
騎士団の誰かが小声で叫んだ。
「抱きしめ命令……今では?」
セシルが低く返す。
「今です」
ブラムが司会を忘れて叫ぶ。
「今です!!団長!!」
ヴァルドは、一瞬だけ固まった。
周囲の視線。
王都の視線。
騎士団の期待。
でも――フィオナが、そっと手を差し出した。
「団長さん」
その呼び方が、いつも通りで。
それが、彼の“帰る場所”を作った。
ヴァルドは、言葉を捨てた。
無言で、フィオナを抱きしめた。
歓声が上がる。
拍手が鳴る。
泣き声が混ざる。
ヴァルドは、耳元で小さく言った。
「……好きだ」
フィオナが、赤い顔で笑った。
「今の、翻訳いりませんね」
ヴァルドの腕が、ほんの少しだけ強くなる。
ブラムが泣き叫ぶ。
「団長が好きって言ったぁぁぁ!!」
セシルが胃を押さえながら締める。
「……以上。式は成功です。治安も……たぶん、成功です」
♡
式が終わり、庭に人が散っていく。
花びらが風に舞う。
ヴァルドは、フィオナの手を取ったまま、静かに言った。
「……帰る」
フィオナは笑った。
「はい。帰りましょう」
団長の“抱きしめ命令”は、今日から正式に――
王都公認の永久指名になった。
(つづく)
王都は、祭りみたいに騒がしかった。
噂が噂を呼び、花屋が花を抱え、菓子屋が菓子を積み、
通りの子どもまで「団長さま、奥さま!」と走り回っている。
そして屋敷の庭は――
騎士団の「本気」が怖いほど詰まっていた。
花道、整列、警備動線、誘導看板、非常時退避ルート。
なぜ結婚式で避難計画が必要なのか。
答え:団長の式だからだ。
セシルは朝から胃を押さえ、庭の中央に立っていた。
「……聞け。今日は“式”だ。戦場ではない」
騎士たちが全力敬礼する。
「はい!」
その返事の音圧が、すでに戦場のそれだった。
ブラムが目を輝かせて叫ぶ。
「副官!整列、完璧です!泣けます!」
「泣くな」
「無理です!」
セシルは天を仰いだ。
(今日、胃が死ぬ)
♡
屋敷の中。
フィオナは、オルガ婆やに髪を整えてもらっていた。
白いドレス。
本当に自分が着ているのが不思議で、鏡の中の自分が少しだけ遠い。
「……似合ってますか?」
オルガ婆やが胸を張る。
「当然でございます。旦那様が息を止める程度には」
フィオナの頬が熱くなる。
「息……止めるの?」
「止めます。昨日も止めてました」
「昨日?」
「鏡の前を通ったとき、旦那様が“通路警備”を口実に廊下に立っておられました」
フィオナが目を丸くする。
「警備……?」
オルガ婆やは静かに頷いた。
「ええ。照れる方ですから」
フィオナは笑って、胸に手を当てた。
♡
同じ頃。
ヴァルドは、屋敷の別室で外套を整えていた。
礼装。剣は帯びない。
帯びないのに、背筋が戦闘態勢だ。
セシルが入ってくる。
「団長。準備は」
ヴァルドは短く言う。
「済んだ」
セシルは一瞬ためらい、でも言った。
「団長。今日、逃げないでください」
ヴァルドの眉がわずかに動く。
「逃げない」
「“ここにいろ”で逃げないでください」
「……」
セシルは静かに畳みかける。
「命令ではなく、頼みでお願いします」
ヴァルドは、息を吸った。
「……分かっている」
分かっていると言う団長ほど、危ない。
しかし今日は――逃げない目をしていた。
♡
庭。
王都の人々が集まり、騎士団が整列し、
花道の両脇で剣の敬礼――ではなく、今日は剣を持たない。
代わりに、手袋をした手が揃って胸の前に置かれている。
“本気の式”だ。
ブラムが司会台(なぜある)に立ち、声を張った。
「本日はお日柄も良く――」
セシルが即座に低声でツッコミを入れる。
「お日柄は関係ない」
ブラムが続ける。
「――騎士団長ヴァルド・グランツと、フィオナ殿の結びを祝し!」
拍手と歓声が上がる。
ヴァルドは花道の先に立っていた。
無表情。
だが、指先が少しだけ硬い。
胸がうるさい。
守る戦いなら慣れている。
だが、幸せを受け取る戦いは――慣れていない。
セシルが小声で言う。
「団長。今から来ます」
「……分かっている」
「息を止めないでください」
「止めない」
ブラムが小声で割り込む。
「団長、泣かないでくださいね!」
ヴァルドが低く言う。
「泣かない」
フィオナが歩いてくる気配がした瞬間、
ヴァルドの返事が一拍遅れた。
セシルは胃を押さえた。
(止めるなと言ったのに、心臓が止まってます)
♡
花道の入口に、フィオナが現れた。
白いドレス。
髪に小さな花。
いつもより少しだけ、静かな表情。
庭が、しん……とする。
王都の人々も、騎士団も、息を飲む。
ブラムが泣き始める。
「うっ……尊い……!」
セシルが肘で止める。
「泣くな。司会だ」
「無理です!」
フィオナは花道を歩き出した。
一歩一歩が、普段より慎重で、でも確かだ。
ヴァルドはそれを、正面から見つめた。
目を逸らさない。
逃げない。
今日だけは。
近づくほど、胸が痛い。
痛いのに、温かい。
(……俺のところへ来ている)
その事実が、剣より重い。
フィオナが、花道の終わりで止まった。
すぐ目の前に、ヴァルドがいる。
「団長さん」
フィオナの声が小さい。
でも、ちゃんと届く。
ヴァルドは、低い声で返した。
「……フィオナ」
名前を呼ぶだけで、騎士団がざわつく。
王都の人々が手を口に当てる。
騎士団長は、名前を呼ぶと破壊力が増す。
ブラムが泣きながら言う。
「団長が名を呼んだ……!」
セシルが即座に言う。
「司会をしろ」
♡
誓いの言葉。
本来、誰かが読み上げるはずだった。
だが、騎士団主導の式は“本人の言葉”にこだわった。
ヴァルドは、何度も練習した。
練習したのに、今――言葉が喉で詰まる。
フィオナが、そっと笑った。
昨日の夜の紅茶みたいに、やわらかい笑顔。
その笑顔で、ヴァルドは息を吸えた。
ヴァルドは、正面から言った。
「……ここにいてくれ」
庭が、静まり返る。
ヴァルドは続けた。
逃げないために、付け足す。
「命令ではない。……頼みだ」
フィオナの目が潤む。
頬が赤くなる。
でも、笑ったまま頷いた。
「はい!」
はっきりと。
明るく。
でも、震えている。
「……私の意思で!」
その瞬間、騎士団が崩れ落ちた。
「うわあああ!」
「奥さまの意思!!」
「団長、勝ちました!!」
セシルが低声で訂正する。
「勝ってない。負けてる。幸せに」
ブラムが泣きながら叫ぶ。
「翻訳係、必要ですか!?」
セシルが静かに言った。
「必要です。新婚編はこれからです」
「ですよね!!」
♡
次は指輪――のはずが。
騎士団が持ち込んだのは、箱が三つ。
しかも全部違う。
ブラムが胸を張る。
「案A:騎士団章刻印!案B:剣の柄模様!案C:花の意匠!」
セシルが胃を押さえた。
「誰が三案も用意しろと言った」
騎士が一斉に敬礼する。
「我々です!」
フィオナが困ってヴァルドを見る。
ヴァルドは低く言った。
「……一つでいい」
「選べないです!」
「選べ」
「選べません!」
セシルが小声で言う。
「団長。選ぶのはあなたです。夫ですから」
ヴァルドが固まる。
「……夫」
その単語だけで耳が赤くなる。
赤くなったのに、逃げずに箱を一つ取った。
――花の意匠の指輪。
フィオナの目がぱっと明るくなる。
「……可愛い」
ヴァルドは、低く言った。
「……お前に似合う」
庭がまた崩れ落ちた。
「団長、褒めた!!」
「団長が直接褒めた!!」
「翻訳いらない!!」
♡
指輪を交換し終えた瞬間、
騎士団の誰かが小声で叫んだ。
「抱きしめ命令……今では?」
セシルが低く返す。
「今です」
ブラムが司会を忘れて叫ぶ。
「今です!!団長!!」
ヴァルドは、一瞬だけ固まった。
周囲の視線。
王都の視線。
騎士団の期待。
でも――フィオナが、そっと手を差し出した。
「団長さん」
その呼び方が、いつも通りで。
それが、彼の“帰る場所”を作った。
ヴァルドは、言葉を捨てた。
無言で、フィオナを抱きしめた。
歓声が上がる。
拍手が鳴る。
泣き声が混ざる。
ヴァルドは、耳元で小さく言った。
「……好きだ」
フィオナが、赤い顔で笑った。
「今の、翻訳いりませんね」
ヴァルドの腕が、ほんの少しだけ強くなる。
ブラムが泣き叫ぶ。
「団長が好きって言ったぁぁぁ!!」
セシルが胃を押さえながら締める。
「……以上。式は成功です。治安も……たぶん、成功です」
♡
式が終わり、庭に人が散っていく。
花びらが風に舞う。
ヴァルドは、フィオナの手を取ったまま、静かに言った。
「……帰る」
フィオナは笑った。
「はい。帰りましょう」
団長の“抱きしめ命令”は、今日から正式に――
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(つづく)
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