冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花

文字の大きさ
21 / 21

後日談(新婚編 第5話・エピローグ) 「ここにいてくれ」が日常になる日、ふたりは静かな午後に帰っていく

しおりを挟む
式の翌朝。
王都は、昨日の熱を少しだけ残しながら、もういつもの顔をしていた。

花屋の前に残るリボン。
菓子屋の窓に貼られた「祝・団長さま」の紙。
通りの子どもが、まだ小声で「奥さま」と囁く声。

でも――屋敷の台所は、変わらない。

湯が沸く音。
カップが触れ合う小さな音。
紅茶の香りが、今日もゆっくり広がる。

フィオナはエプロンを結びながら、ふと笑った。

「……結婚式って、夢みたいですね」

ヴァルドは、いつもの席で紅茶を飲んでいる。
無表情。
けれど、指輪が指に光っているのが、現実を教えてくる。

「夢ではない」

「うん。……じゃあ、奇跡かな」

ヴァルドは即答しない。
即答しないかわりに、ほんの少しだけ耳が赤い。

「……大げさだ」

「団長さんは、すぐ“大げさ”って言う」

「……規律だ」

「規律に“大げさ”もあるんですね」

「ある」

フィオナは笑って、湯気の向こうから彼を見た。
この人は、相変わらずだ。
相変わらずで――だから安心する。



昼前。
騎士団から荷物が届いた。

大きな箱。
箱の側面に、堂々と貼られた紙。

【新婚生活支援物資(騎士団)】
備考:団長の拒否は“照れ”として扱う

フィオナが箱を見て固まった。

「……支援物資?」

ヴァルドが見て固まった。

「……聞いていない」

フィオナが恐る恐る聞く。

「開けても……いいですか?」

ヴァルドは低く言った。

「……警戒しろ」

「警戒しながら開けます!」

フィオナは元気よく頷き、箱を開けた。

中身は――

・紅茶の茶葉(高級)
・蜂蜜(瓶がやけに大きい)
・毛布(なぜか二枚重ね)
・予備の手袋(団長用・新品)
・「夫婦の会話例:団長語翻訳表(最新版)」
・菓子塔(小型)
・そして、最後に、手紙

フィオナが手紙を開く。
文字はセシルの筆跡だった。

「祝。
翻訳係は解散できません。
しかし、必要がない瞬間が増えることを祈ります。
追伸:蜂蜜は“照れ隠しの甘さ補給”に効きます。」

フィオナが吹き出した。

「セシルさん……!」

ヴァルドが低く言う。

「……余計なことを」

だが、箱の中の毛布を見て――
ヴァルドの指先がわずかに止まる。

毛布は、二枚重ね。
“二人で使え”と言っているみたいで。
言われているみたいで。
胸が、少しだけ熱くなる。

フィオナが笑って言った。

「団長さん、騎士団のみんな、優しいですね」

ヴァルドは、少しだけ目を逸らす。

「……騒がしいだけだ」

「騒がしい優しさ、好きです」

ヴァルドは返事をしない。
返事をしないけれど、紅茶を一口飲んだ。
それが、肯定の合図だとフィオナはもう知っている。



午後。
屋敷の庭に、昨日の花びらが少しだけ残っていた。

フィオナは庭に出て、花びらを拾った。
拾いながら、ふと思い出す。

自分は、拾われたと思っていた。
でも今は――

拾われたのではなく、迎えられたのだと分かる。

後ろから足音がして、ヴァルドが来た。

「……何をしている」

「花びら、拾ってます」

「……捨てればいい」

フィオナは首を振った。

「捨てたくないです。思い出だから」

ヴァルドが黙る。
“思い出”という言葉は、彼の鎧の隙間に入ってくる。

フィオナは花びらを小さな皿に集めて、微笑んだ。

「ねえ、団長さん。
私、最初に拾われたとき……“落とし物です”って言いましたよね」

ヴァルドは短く言う。

「言った」

「落とし物、今なら分かります。
私、あのとき、自分を落としてた」

ヴァルドの目がわずかに揺れる。

フィオナは、花びらを見ながら続けた。

「団長さんに拾ってもらって、
ここにいていいって言ってもらって、
……ここにいてくれって頼まれて、
やっと、自分で自分を拾えた気がします」

ヴァルドの喉が詰まる。
詰まるのに、言葉を探す。

「……俺は」

フィオナが顔を上げる。

ヴァルドは、正面から言った。

「……俺は、お前を拾ったんじゃない」

フィオナが瞬く。

ヴァルドは、少しだけ息を吸って言った。

「……見つけた」

その一言は、命令じゃない。
規律でもない。
ただの、本音だった。

フィオナの胸が、じんと熱くなる。

「……見つけてくれて、ありがとう」

ヴァルドは返事の代わりに、フィオナの手を取った。
指輪が、指輪同士で小さく触れる。
それだけで、ふたりの距離が“確定”する。

でも、その確定は怖くなかった。
温かい確定だった。



フィオナは、少しだけふざけて聞く。



「団長さん。今日の命令は何ですか?」



ヴァルドは眉間を寄せる。
命令、と言われると照れる。
だが、今日は逃げない。

「……命令ではない」

「じゃあ、頼みですか?」

「……ああ」

フィオナは目を細める。

「じゃあ、言って」

ヴァルドは、短く言った。

「……ここにいてくれ」

フィオナは満面の笑みで頷く。

「はい。……私の意思で!」

ヴァルドの口元が、ほんの少しだけ緩む。

フィオナは、ふと静かに言った。

「ねえ団長さん。
“ここにいてくれ”って、毎日言ってくれなくてもいいですよ」

ヴァルドが固まる。

フィオナは続ける。

「だって、私はもう、ここにいるから。
ここにいたいから」

ヴァルドは、息を止めかけて――
すぐに、吐いた。

そして、言葉ではなく行動で返す。

無言で、フィオナを抱きしめた。

抱きしめ命令。
永久指名。
でも今は、命令でも指名でもなくて。

ただ、愛し方だった。

ヴァルドが耳元で、小さく言った。

「……好きだ」

フィオナは笑う。
涙は落ちない。
落ちなくても、胸がいっぱいだ。

「今の、翻訳いりませんね」

ヴァルドの腕が、少しだけ強くなる。

「……ああ」

庭の木々が揺れて、
午後の光がふたりの指輪をきらりと照らした。

騎士団がいなくても、王都が静かでも、
ふたりの“ここ”は続いていく。

「ここにいてくれ」
「はい。私の意思で」

それが、日常になった。

(おわり)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』

星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】 経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。 なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。 「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」 階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。 全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに! 「頬が赤い。必要だ」 「君を、大事にしたい」 真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。 さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!? これは健康管理?それとも恋愛? ――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。

守護契約のはずが、精霊騎士の距離が近すぎて心拍がもちません―― 距離ゼロで溺愛でした。

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済:全8話⭐︎ ーー条項:心拍が乱れたら抱擁せよ(やめて) 村育ちの鈍感かわいい癒し系ヒロイン・リリィは、王都を目指して旅に出たはずが――森で迷子になった瞬間、精霊騎士エヴァンに“守護契約”されてしまう! 問題は、この騎士さまの守護距離が近すぎること。 半歩どころか背後ぴったり、手を繋ぐのも「当然」、心拍が乱れたら“抱擁条項”発動!? 周囲は「恋人だろ!」と総ツッコミなのに、本人たちは「相棒です!」で通常運転。 守護(と言い張る)密着が止まらない、じわ甘コメディ異世界ファンタジー!

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜

鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。 そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。 秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。 一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。 ◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

処理中です...