冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花

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後日談(新婚編 第5話・エピローグ) 「ここにいてくれ」が日常になる日、ふたりは静かな午後に帰っていく

式の翌朝。
王都は、昨日の熱を少しだけ残しながら、もういつもの顔をしていた。

花屋の前に残るリボン。
菓子屋の窓に貼られた「祝・団長さま」の紙。
通りの子どもが、まだ小声で「奥さま」と囁く声。

でも――屋敷の台所は、変わらない。

湯が沸く音。
カップが触れ合う小さな音。
紅茶の香りが、今日もゆっくり広がる。

フィオナはエプロンを結びながら、ふと笑った。

「……結婚式って、夢みたいですね」

ヴァルドは、いつもの席で紅茶を飲んでいる。
無表情。
けれど、指輪が指に光っているのが、現実を教えてくる。

「夢ではない」

「うん。……じゃあ、奇跡かな」

ヴァルドは即答しない。
即答しないかわりに、ほんの少しだけ耳が赤い。

「……大げさだ」

「団長さんは、すぐ“大げさ”って言う」

「……規律だ」

「規律に“大げさ”もあるんですね」

「ある」

フィオナは笑って、湯気の向こうから彼を見た。
この人は、相変わらずだ。
相変わらずで――だから安心する。



昼前。
騎士団から荷物が届いた。

大きな箱。
箱の側面に、堂々と貼られた紙。

【新婚生活支援物資(騎士団)】
備考:団長の拒否は“照れ”として扱う

フィオナが箱を見て固まった。

「……支援物資?」

ヴァルドが見て固まった。

「……聞いていない」

フィオナが恐る恐る聞く。

「開けても……いいですか?」

ヴァルドは低く言った。

「……警戒しろ」

「警戒しながら開けます!」

フィオナは元気よく頷き、箱を開けた。

中身は――

・紅茶の茶葉(高級)
・蜂蜜(瓶がやけに大きい)
・毛布(なぜか二枚重ね)
・予備の手袋(団長用・新品)
・「夫婦の会話例:団長語翻訳表(最新版)」
・菓子塔(小型)
・そして、最後に、手紙

フィオナが手紙を開く。
文字はセシルの筆跡だった。

「祝。
翻訳係は解散できません。
しかし、必要がない瞬間が増えることを祈ります。
追伸:蜂蜜は“照れ隠しの甘さ補給”に効きます。」

フィオナが吹き出した。

「セシルさん……!」

ヴァルドが低く言う。

「……余計なことを」

だが、箱の中の毛布を見て――
ヴァルドの指先がわずかに止まる。

毛布は、二枚重ね。
“二人で使え”と言っているみたいで。
言われているみたいで。
胸が、少しだけ熱くなる。

フィオナが笑って言った。

「団長さん、騎士団のみんな、優しいですね」

ヴァルドは、少しだけ目を逸らす。

「……騒がしいだけだ」

「騒がしい優しさ、好きです」

ヴァルドは返事をしない。
返事をしないけれど、紅茶を一口飲んだ。
それが、肯定の合図だとフィオナはもう知っている。



午後。
屋敷の庭に、昨日の花びらが少しだけ残っていた。

フィオナは庭に出て、花びらを拾った。
拾いながら、ふと思い出す。

自分は、拾われたと思っていた。
でも今は――

拾われたのではなく、迎えられたのだと分かる。

後ろから足音がして、ヴァルドが来た。

「……何をしている」

「花びら、拾ってます」

「……捨てればいい」

フィオナは首を振った。

「捨てたくないです。思い出だから」

ヴァルドが黙る。
“思い出”という言葉は、彼の鎧の隙間に入ってくる。

フィオナは花びらを小さな皿に集めて、微笑んだ。

「ねえ、団長さん。
私、最初に拾われたとき……“落とし物です”って言いましたよね」

ヴァルドは短く言う。

「言った」

「落とし物、今なら分かります。
私、あのとき、自分を落としてた」

ヴァルドの目がわずかに揺れる。

フィオナは、花びらを見ながら続けた。

「団長さんに拾ってもらって、
ここにいていいって言ってもらって、
……ここにいてくれって頼まれて、
やっと、自分で自分を拾えた気がします」

ヴァルドの喉が詰まる。
詰まるのに、言葉を探す。

「……俺は」

フィオナが顔を上げる。

ヴァルドは、正面から言った。

「……俺は、お前を拾ったんじゃない」

フィオナが瞬く。

ヴァルドは、少しだけ息を吸って言った。

「……見つけた」

その一言は、命令じゃない。
規律でもない。
ただの、本音だった。

フィオナの胸が、じんと熱くなる。

「……見つけてくれて、ありがとう」

ヴァルドは返事の代わりに、フィオナの手を取った。
指輪が、指輪同士で小さく触れる。
それだけで、ふたりの距離が“確定”する。

でも、その確定は怖くなかった。
温かい確定だった。



フィオナは、少しだけふざけて聞く。



「団長さん。今日の命令は何ですか?」



ヴァルドは眉間を寄せる。
命令、と言われると照れる。
だが、今日は逃げない。

「……命令ではない」

「じゃあ、頼みですか?」

「……ああ」

フィオナは目を細める。

「じゃあ、言って」

ヴァルドは、短く言った。

「……ここにいてくれ」

フィオナは満面の笑みで頷く。

「はい。……私の意思で!」

ヴァルドの口元が、ほんの少しだけ緩む。

フィオナは、ふと静かに言った。

「ねえ団長さん。
“ここにいてくれ”って、毎日言ってくれなくてもいいですよ」

ヴァルドが固まる。

フィオナは続ける。

「だって、私はもう、ここにいるから。
ここにいたいから」

ヴァルドは、息を止めかけて――
すぐに、吐いた。

そして、言葉ではなく行動で返す。

無言で、フィオナを抱きしめた。

抱きしめ命令。
永久指名。
でも今は、命令でも指名でもなくて。

ただ、愛し方だった。

ヴァルドが耳元で、小さく言った。

「……好きだ」

フィオナは笑う。
涙は落ちない。
落ちなくても、胸がいっぱいだ。

「今の、翻訳いりませんね」

ヴァルドの腕が、少しだけ強くなる。

「……ああ」

庭の木々が揺れて、
午後の光がふたりの指輪をきらりと照らした。

騎士団がいなくても、王都が静かでも、
ふたりの“ここ”は続いていく。

「ここにいてくれ」
「はい。私の意思で」

それが、日常になった。

(おわり)
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