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第6話 クッキーと、成果主義な励まし
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幸福配合省からの「八分」の報告を聞いた夜、
私はぜんぜん眠れなかった。
ベッドの中で何度も寝返りを打って、
枕を抱きしめて、最終的に行き着いた答えは――
(考えてても、何もわからない……)
だった。
副作用なのか、本音なのか。
線を引こうとすればするほど、余計にぐちゃぐちゃになる。
だから翌日、私は別のことに頭を使うことに決めた。
「――というわけで、“気持ちが少し軽くなるおやつ”を作ってみたいです!」
放課後、配合部の部室。
私は勢いだけで、そう宣言していた。
部長と先輩たちが、ぽかんとした顔でこちらを見る。
「……えっと、ミリアちゃん」
「はいっ」
「“というわけで”の“わけ”の部分をすっとばさなかった?」
「気持ちが重いときに、軽くなるおやつがあったらいいなと思って!」
「わけの部分、精神論だった……」
カリナ先輩が、肩を揺らして笑う。
でも、冗談だけじゃなくて、本気だ。
幸福配合みたいな大がかりなレシピじゃなくていい。
ただ、ひと口食べたら、少しだけ心が柔らかくなるような。
そんなおやつがあったら――
昨日みたいにパニックになったとき、きっと助かる。
「レシピの案は?」
「ええと、“落ち着きのミスト”と同じハーブを少しだけ混ぜて、
香りで気持ちがふわっとするクッキーとか……」
「なるほどね。幸福配合の簡易版、みたいな」
部長が顎に手を当てる。
「発表会の出し物候補にもなるかもしれないし、やってみたら?」
「本当ですか!」
「ただし、学内で出す前に、必ず安全性の確認と、味見を徹底すること。
“気持ちは軽くなったけど胃が重い”じゃ洒落にならないからね」
「が、がんばります!」
そうして私は、「気持ちが少し軽くなるおやつ」の試作を任された。
◇
「……が、がんばりますって言ったけど」
実際に器具を並べてみると、現実はなかなか厳しかった。
小麦粉、卵、砂糖。
そこに、少量のハーブパウダーと、香りの拡散を助ける配合液。
材料はシンプルなはずなのに――
「なんで、こうなるんでしょう……」
オーブンから出てきたクッキーは、
丸い……と言い張れなくもない、なにかだった。
境界線がところどころ崩れて、
ひとつひとつ、微妙にゆがんだ形をしている。
「味は……きっと、大丈夫なはず」
レシピ通りに計量したし、香りの配合も控えめにした。
焦げてもいないし、香りも悪くない。
問題は、見た目だけ。
「見た目“だけ”って、けっこう大問題なんですよねえ……」
発表会の出し物にするなら、可愛い見た目のほうが絶対いい。
でも、今日はまだ試作。
せめて、誰か一人くらいには味見をしてもらわないと。
(……誰か)
ここで「部の先輩」とか「友達」とかが浮かべば、
きっと普通の部員なのだろう。
でも、今、真っ先に頭に浮かんだのは――
「……レオン様」
自分で言って、顔が熱くなる。
「ダメダメダメ、何考えてるんですかミリア・フェルナン!」
両手で頬をぺちぺち叩いていると、
タイミングを見計らったみたいに、部室の扉がノックされた。
「フェルナン嬢。いるか」
「ひゃいっ!?」
変な声が出た。
扉の向こうから聞こえたのは、聞き慣れた低い声。
まさかと思いながら扉を開けると、
やっぱり、灰色の髪と整った横顔がそこにあった。
「れ、レオン様……!」
「そんなに驚くな」
「おど、おどろきますよ……!」
心臓がまだ準備運動中だったのに、いきなり全力疾走させられた気分だ。
「配合棟の担当教員に頼まれた。
明日の時間割の変更を、部長に伝えてくれと」
「あ、部長はもう職員室に行ってしまって。
伝言なら、わたしからお伝えします」
「そうか」
彼は部室の中に一歩入ると、
ふと、鼻先をくすぐる香りに気づいたように、視線を巡らせた。
「……甘い匂いがするな」
「っ!」
机の上の皿に視線が向かいそうになったので、
私は慌ててその前に立ちはだかった。
「き、気のせいです!」
「この濃度で気のせいはない」
「気のせいにしてください!」
「しない」
いつも通り、きっぱり否定される。
レオン様の視線が、私の肩越しに机の上へ滑っていく。
「それは?」
「な、なんでもないです」
「なんでもないものから、この匂いはしない」
「今日は言葉の切れ味が鋭すぎませんか……!」
もう誤魔化しきれないと悟り、
私は観念して、一歩横にずれた。
机の上の皿には、さっき焼き上がったばかりのクッキーたち。
形は、壊滅的。
でも、甘くて優しい香りは、たしかに漂っていた。
「……クッキー?」
「はい。“気持ちが少し軽くなるおやつ”の試作で……」
「なるほど」
彼は皿の上を一瞥したあと、私のほうを見る。
「味見は?」
「ま、まだです」
「なぜ」
「見た目が、こう……その……」
言葉を選んでいるあいだに、
レオン様は淡々と袖をまくり、椅子に腰を下ろした。
「ひとつ、取れ」
「え」
「絶対に不味くはならない配合を選んだんだろう」
「そ、それは、はい。一応、安全性重視で……」
「なら俺が確認する」
当たり前のような口調だった。
私は慌てて首を振る。
「で、でもっ。レオン様に、こんなへんてこな形のクッキーを……」
「形と効力は別だ」
「女子としては重要なんです!」
「俺は成果主義だ」
ぴしゃり。
「見るべきは味と効果。それが基準を満たしているなら、形状は二の次だ」
「形状っていう言い方がもう、なんか……」
「ほら」
彼は皿を指さした。
「一番、崩れていないものを選べ」
「……ないです」
「正直でよろしい」
くすっと、小さく笑ったような気がした。
仕方なく、私は比較的ましなものを一枚つまむ。
丸くしたつもりが、焼き縮んで星のような、花びらのような、
よくわからない輪郭になってしまったクッキー。
表面には、ところどころハーブの粉が見える。
「本当に、味見だけで……?」
「何を期待している」
「いえ、その、あんまり期待してないです……」
「言い方」
小さなやり取りの間にも、手は伸びてくる。
私は恐る恐る、そのクッキーを差し出した。
夕方の光が窓から差し込んで、
クッキーの表面に、オレンジ色の帯が走る。
焼き色と夕日が重なって、一瞬だけ、
とても美味しそうに見えた。
「いただきます」
静かな声とともに、クッキーはレオン様の手に渡る。
彼は何のためらいもなく、がぶりとひと口かじった。
「――――」
私の時間が止まる。
彼の顎が動くたび、心臓も一緒に上下しているみたいだ。
味はどうだろう。
しょっぱくないかな。
ハーブの香り、強すぎないかな。
そもそも、ちゃんとクッキーになってるのかな。
「……」
彼は黙々と咀嚼を続ける。
表情は、読めない。
眉も口元も、いつも通り整っている。
(無表情って、こういうとき本当にずるいです……)
やがて、ひと枚目を飲み込むと、
レオン様は、皿に残ったクッキーをじっと見つめた。
「もう一枚」
「えっ、い、いえっ、ひと枚だけで十分ですので!」
「誰が“十分”を決める」
「胃袋的に……?」
「まだ枠は空いている」
そう言って、二枚目を自分で取った。
またひと口、また咀嚼。
三枚目、四枚目。
目の前で、クッキーが着実に減っていく。
「れ、レオン様……あの、本当に無理しなくていいんですよ……?」
「無理をしているように見えるか」
「見えないのが余計こわいです……!」
皿の上がすっかりすっきりしたころ、
彼はようやく手を止めた。
湯気はもう消えているのに、
部室の中には、焼き菓子とハーブの混ざった香りが、まだふんわり残っている。
「ふう」
小さく息を吐いてから、
レオン様はこちらを見た。
「結論」
「ひ、ひゃい」
「“気持ちが少し軽くなるおやつ”としての基準は、十分に満たしている」
「ほ、本当ですか……?」
「味がいい。香りも過剰ではない。
食べたあと、頭の中のざわつきが少し整理される感覚がある」
「ざわつき……」
「それに」
彼は、使い終えた皿を指で軽く叩いた。
「これで、今日もちゃんと勉強が進む」
「え?」
「糖分と、適度な刺激。
お前の“失敗作”は、俺の成果に繋がっている」
「し、失敗作って言いました?」
「形だけな」
さらり。
「味と効果の点では、合格。
だから、“失敗”という評価は不適切だ」
「…………」
口の中に、じんわり甘いものが広がった。
クッキーを食べていないのに、不思議だ。
「お前が自分で“失敗だ”と決めつけて捨てていたら、
俺は今日、この効果を得られなかった」
低い声が、静かに続く。
「だから、その判断は、俺にとっては損失だ」
「そ、損失って……」
「成果主義的には、避けるべき判断だ」
言い方は、相変わらず真面目すぎるくらい真面目なのに。
その内容は、やけに優しい。
「お前の“失敗作”には、ちゃんと価値がある。
誰かの一日の成果を、少しだけ押し上げるくらいには」
「……」
胸の奥が、ぎゅっと鳴った気がした。
「だから、ちゃんと、出せ」
レオン様は、最後のひとくちを飲み込むと、
淡々とした口調で締めくくった。
「形が崩れていても、“捨てる前に評価に回す”こと。
これを、今後のルールにする」
「そ、そんなルール、聞いたことないです……」
「今作った」
普通に新設された。
でも――
捨てる前に、誰かに見てもらうルール。
失敗だと決めつける前に、価値を探してもらうルール。
それは、クッキーだけじゃなくて。
きっと、私自身にも必要なルールだ。
「……ありがとうございます」
小さく頭を下げると、窓の外から、夕日の光が差し込んだ。
クッキーの皿越しに見るオレンジ色の帯は、
さっきよりもずっと、柔らかくて、あたたかい。
「なにより」
レオン様が、ふっと笑った。
「美味かった。ごちそうさま」
「――っ」
その一言で、心の中の何かが、ふわりと軽くなった。
配合の効果じゃない。
幸福配合のせいでもない。
たぶん、これは。
クッキーと、一緒に飲み込んでしまいそうになった言葉たちを、
彼が拾い上げてくれたから。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
私はぜんぜん眠れなかった。
ベッドの中で何度も寝返りを打って、
枕を抱きしめて、最終的に行き着いた答えは――
(考えてても、何もわからない……)
だった。
副作用なのか、本音なのか。
線を引こうとすればするほど、余計にぐちゃぐちゃになる。
だから翌日、私は別のことに頭を使うことに決めた。
「――というわけで、“気持ちが少し軽くなるおやつ”を作ってみたいです!」
放課後、配合部の部室。
私は勢いだけで、そう宣言していた。
部長と先輩たちが、ぽかんとした顔でこちらを見る。
「……えっと、ミリアちゃん」
「はいっ」
「“というわけで”の“わけ”の部分をすっとばさなかった?」
「気持ちが重いときに、軽くなるおやつがあったらいいなと思って!」
「わけの部分、精神論だった……」
カリナ先輩が、肩を揺らして笑う。
でも、冗談だけじゃなくて、本気だ。
幸福配合みたいな大がかりなレシピじゃなくていい。
ただ、ひと口食べたら、少しだけ心が柔らかくなるような。
そんなおやつがあったら――
昨日みたいにパニックになったとき、きっと助かる。
「レシピの案は?」
「ええと、“落ち着きのミスト”と同じハーブを少しだけ混ぜて、
香りで気持ちがふわっとするクッキーとか……」
「なるほどね。幸福配合の簡易版、みたいな」
部長が顎に手を当てる。
「発表会の出し物候補にもなるかもしれないし、やってみたら?」
「本当ですか!」
「ただし、学内で出す前に、必ず安全性の確認と、味見を徹底すること。
“気持ちは軽くなったけど胃が重い”じゃ洒落にならないからね」
「が、がんばります!」
そうして私は、「気持ちが少し軽くなるおやつ」の試作を任された。
◇
「……が、がんばりますって言ったけど」
実際に器具を並べてみると、現実はなかなか厳しかった。
小麦粉、卵、砂糖。
そこに、少量のハーブパウダーと、香りの拡散を助ける配合液。
材料はシンプルなはずなのに――
「なんで、こうなるんでしょう……」
オーブンから出てきたクッキーは、
丸い……と言い張れなくもない、なにかだった。
境界線がところどころ崩れて、
ひとつひとつ、微妙にゆがんだ形をしている。
「味は……きっと、大丈夫なはず」
レシピ通りに計量したし、香りの配合も控えめにした。
焦げてもいないし、香りも悪くない。
問題は、見た目だけ。
「見た目“だけ”って、けっこう大問題なんですよねえ……」
発表会の出し物にするなら、可愛い見た目のほうが絶対いい。
でも、今日はまだ試作。
せめて、誰か一人くらいには味見をしてもらわないと。
(……誰か)
ここで「部の先輩」とか「友達」とかが浮かべば、
きっと普通の部員なのだろう。
でも、今、真っ先に頭に浮かんだのは――
「……レオン様」
自分で言って、顔が熱くなる。
「ダメダメダメ、何考えてるんですかミリア・フェルナン!」
両手で頬をぺちぺち叩いていると、
タイミングを見計らったみたいに、部室の扉がノックされた。
「フェルナン嬢。いるか」
「ひゃいっ!?」
変な声が出た。
扉の向こうから聞こえたのは、聞き慣れた低い声。
まさかと思いながら扉を開けると、
やっぱり、灰色の髪と整った横顔がそこにあった。
「れ、レオン様……!」
「そんなに驚くな」
「おど、おどろきますよ……!」
心臓がまだ準備運動中だったのに、いきなり全力疾走させられた気分だ。
「配合棟の担当教員に頼まれた。
明日の時間割の変更を、部長に伝えてくれと」
「あ、部長はもう職員室に行ってしまって。
伝言なら、わたしからお伝えします」
「そうか」
彼は部室の中に一歩入ると、
ふと、鼻先をくすぐる香りに気づいたように、視線を巡らせた。
「……甘い匂いがするな」
「っ!」
机の上の皿に視線が向かいそうになったので、
私は慌ててその前に立ちはだかった。
「き、気のせいです!」
「この濃度で気のせいはない」
「気のせいにしてください!」
「しない」
いつも通り、きっぱり否定される。
レオン様の視線が、私の肩越しに机の上へ滑っていく。
「それは?」
「な、なんでもないです」
「なんでもないものから、この匂いはしない」
「今日は言葉の切れ味が鋭すぎませんか……!」
もう誤魔化しきれないと悟り、
私は観念して、一歩横にずれた。
机の上の皿には、さっき焼き上がったばかりのクッキーたち。
形は、壊滅的。
でも、甘くて優しい香りは、たしかに漂っていた。
「……クッキー?」
「はい。“気持ちが少し軽くなるおやつ”の試作で……」
「なるほど」
彼は皿の上を一瞥したあと、私のほうを見る。
「味見は?」
「ま、まだです」
「なぜ」
「見た目が、こう……その……」
言葉を選んでいるあいだに、
レオン様は淡々と袖をまくり、椅子に腰を下ろした。
「ひとつ、取れ」
「え」
「絶対に不味くはならない配合を選んだんだろう」
「そ、それは、はい。一応、安全性重視で……」
「なら俺が確認する」
当たり前のような口調だった。
私は慌てて首を振る。
「で、でもっ。レオン様に、こんなへんてこな形のクッキーを……」
「形と効力は別だ」
「女子としては重要なんです!」
「俺は成果主義だ」
ぴしゃり。
「見るべきは味と効果。それが基準を満たしているなら、形状は二の次だ」
「形状っていう言い方がもう、なんか……」
「ほら」
彼は皿を指さした。
「一番、崩れていないものを選べ」
「……ないです」
「正直でよろしい」
くすっと、小さく笑ったような気がした。
仕方なく、私は比較的ましなものを一枚つまむ。
丸くしたつもりが、焼き縮んで星のような、花びらのような、
よくわからない輪郭になってしまったクッキー。
表面には、ところどころハーブの粉が見える。
「本当に、味見だけで……?」
「何を期待している」
「いえ、その、あんまり期待してないです……」
「言い方」
小さなやり取りの間にも、手は伸びてくる。
私は恐る恐る、そのクッキーを差し出した。
夕方の光が窓から差し込んで、
クッキーの表面に、オレンジ色の帯が走る。
焼き色と夕日が重なって、一瞬だけ、
とても美味しそうに見えた。
「いただきます」
静かな声とともに、クッキーはレオン様の手に渡る。
彼は何のためらいもなく、がぶりとひと口かじった。
「――――」
私の時間が止まる。
彼の顎が動くたび、心臓も一緒に上下しているみたいだ。
味はどうだろう。
しょっぱくないかな。
ハーブの香り、強すぎないかな。
そもそも、ちゃんとクッキーになってるのかな。
「……」
彼は黙々と咀嚼を続ける。
表情は、読めない。
眉も口元も、いつも通り整っている。
(無表情って、こういうとき本当にずるいです……)
やがて、ひと枚目を飲み込むと、
レオン様は、皿に残ったクッキーをじっと見つめた。
「もう一枚」
「えっ、い、いえっ、ひと枚だけで十分ですので!」
「誰が“十分”を決める」
「胃袋的に……?」
「まだ枠は空いている」
そう言って、二枚目を自分で取った。
またひと口、また咀嚼。
三枚目、四枚目。
目の前で、クッキーが着実に減っていく。
「れ、レオン様……あの、本当に無理しなくていいんですよ……?」
「無理をしているように見えるか」
「見えないのが余計こわいです……!」
皿の上がすっかりすっきりしたころ、
彼はようやく手を止めた。
湯気はもう消えているのに、
部室の中には、焼き菓子とハーブの混ざった香りが、まだふんわり残っている。
「ふう」
小さく息を吐いてから、
レオン様はこちらを見た。
「結論」
「ひ、ひゃい」
「“気持ちが少し軽くなるおやつ”としての基準は、十分に満たしている」
「ほ、本当ですか……?」
「味がいい。香りも過剰ではない。
食べたあと、頭の中のざわつきが少し整理される感覚がある」
「ざわつき……」
「それに」
彼は、使い終えた皿を指で軽く叩いた。
「これで、今日もちゃんと勉強が進む」
「え?」
「糖分と、適度な刺激。
お前の“失敗作”は、俺の成果に繋がっている」
「し、失敗作って言いました?」
「形だけな」
さらり。
「味と効果の点では、合格。
だから、“失敗”という評価は不適切だ」
「…………」
口の中に、じんわり甘いものが広がった。
クッキーを食べていないのに、不思議だ。
「お前が自分で“失敗だ”と決めつけて捨てていたら、
俺は今日、この効果を得られなかった」
低い声が、静かに続く。
「だから、その判断は、俺にとっては損失だ」
「そ、損失って……」
「成果主義的には、避けるべき判断だ」
言い方は、相変わらず真面目すぎるくらい真面目なのに。
その内容は、やけに優しい。
「お前の“失敗作”には、ちゃんと価値がある。
誰かの一日の成果を、少しだけ押し上げるくらいには」
「……」
胸の奥が、ぎゅっと鳴った気がした。
「だから、ちゃんと、出せ」
レオン様は、最後のひとくちを飲み込むと、
淡々とした口調で締めくくった。
「形が崩れていても、“捨てる前に評価に回す”こと。
これを、今後のルールにする」
「そ、そんなルール、聞いたことないです……」
「今作った」
普通に新設された。
でも――
捨てる前に、誰かに見てもらうルール。
失敗だと決めつける前に、価値を探してもらうルール。
それは、クッキーだけじゃなくて。
きっと、私自身にも必要なルールだ。
「……ありがとうございます」
小さく頭を下げると、窓の外から、夕日の光が差し込んだ。
クッキーの皿越しに見るオレンジ色の帯は、
さっきよりもずっと、柔らかくて、あたたかい。
「なにより」
レオン様が、ふっと笑った。
「美味かった。ごちそうさま」
「――っ」
その一言で、心の中の何かが、ふわりと軽くなった。
配合の効果じゃない。
幸福配合のせいでもない。
たぶん、これは。
クッキーと、一緒に飲み込んでしまいそうになった言葉たちを、
彼が拾い上げてくれたから。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
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