鈴守ヒロインに過保護ロックされました ーー不器用な愛が、転ばない世界を導く

星乃和花

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第2話 初任務と、守護の相性

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 王都に来てから三日目の朝。
 私は、はじめて「外での仕事」に連れていかれた。

「……ここが、城下の外れ」

 馬車の扉を開けると、乾いた風が頬を撫でた。
 高い城壁の陰、細い路地がいくつも折れ曲がっている。
 昼間なのに薄暗くて、足元の石畳にはひびが入り、ところどころ水たまりが残っている。

「アサ殿」

「はい」

 隣でシグレさんが、手短に状況を説明してくれた。

「この辺りで、身元不明の武装集団が目撃されている。
 奴らはまだ動いてはいないが、“動く前”に、どんな罠を仕込んでいるか把握したい」

「罠……」

 私は思わず鈴を握りしめる。
 村で扱うのは、せいぜい段差やぬかるみ。
 ここで言う“罠”は、きっともっと物騒なものだ。

「王都騎士団も調査しているが、奴らは『目に見える危険』しか嗅ぎ分けられない。
 君の鈴なら、もう少し細かく“安全と危険の境目”を教えてくれるだろう」

「わ、私なんかで、大丈夫でしょうか……」

「君でなければ駄目だ」

 即答だった。
 驚いて顔を上げると、彼はもう視線を路地の奥へ向けていた。

「“安全域”を可視化できる者は、国内でも君ひとりだ。
 それは、替えが利かないということだ」

「……替えが、利かない」

 村では、そんなふうに言われたことはない。
 「他の子がやってもいいけど、アサがやってくれたら嬉しいね」と言われたことならある。
 それはあたたかくて、甘い言葉だった。

 シグレさんの言う「替えが利かない」は、もっと冷たい。
 でも、どこか透明で、嘘がない感じがした。

「ユキシロ参謀、準備整いました」

 数人の騎士が、私たちの前に整列した。
 剣を携え、鎧の隙間からのぞく眼差しは鋭い。

「これより調査を開始する。
 鈴守アサ殿の指示には、私と同等の優先権を与える。従え」

 ざ、と一斉に返る敬礼。
 その中に、昨日訓練場で罠を飛び越えた兵士の姿も見えた。

「アサ様。本番ですね」

「ひゃ、ひゃい……」

「緊張してもいいですが、鈴だけは落とさないでくださいね」

 冗談めかした声に、少し肩の力が抜けた。
 私は胸の高さに鈴を持ち上げ、深呼吸を一つ。

(大丈夫。村のみんなを守ったみたいに──)

「いきます」

 しゃらん。

 鈴の音が、狭い路地に流れ込んでいく。
 目には見えない音の波が、石畳も、建物の影も、ひとつひとつ撫でていく。

 やがて、足元に薄い輪が浮かんだ。
 白。黄。ところどころ、赤黒い滲み。

「三歩先、右側の壁際は安全です。左側は……なにか、尖ったものが、隠れている感じがします。
 真ん中も避けてください。足を取られます」

「了解」

 シグレさんが迷いなく歩き出し、騎士たちも続く。
 私はその少し後ろから、鈴を鳴らしながら進んだ。



 路地を抜け、古い倉庫の裏手に出る。
 ここが「集団」が潜んでいると目されている場所だという。

 倉庫の壁には、古い看板と、今は使われていない扉。
 でも、私の目には、別のものが見えた。

(……嫌な色)

 地面に、薄い赤紫の靄のようなものが広がっている。
 そこに足を踏み入れれば、なにか「つかまる」気がした。

「ここは危険です。近寄らないでください」

 思わず声が強くなる。
 シグレさんが、その場でぴたりと足を止めた。

「どの程度だ」

「……えっと、もし踏み込んだら、足首くらいまで、何かが絡みついて。
 逃げるのに、時間がかかると思います」

「なるほど。拘束系の罠か」

 彼は顎に手を添え、一瞬だけ考え込む。
 次の瞬間には、すぐさま命令が飛んでいた。

「二番隊、左の路地から迂回。三番隊は屋根へ。
 罠の外側から倉庫を包囲しろ。
 アサ殿、そのまま“危険な輪郭”だけを示し続けてくれ」

「は、はい!」

 しゃらん、しゃらん──。

 鈴を鳴らすたび、危険の輪郭だけが濃く浮かび上がる。
 騎士たちは、それを“なぞるように”して動く。
 足元に描いた輪が、そのまま地図になっていくようだった。

(……すごい)

 自分の力に驚く暇もなく、状況は進む。
 屋根の上から、「いたぞ!」という声。
 倉庫の中から、人影がばらばらと溢れ出した。

「ユキシロだ!」

「くそ、参謀の犬め!」

 怒号と足音が混ざる。
 私は思わず後ずさりした。
 その腕を、誰かが支える。

「大丈夫です、アサ様。ここは安全域ですよ」

 さっきの兵士だった。
 足元には、私がさっき描いた白い輪が、淡く輝いている。

「前だけ見てください。危険な場所があれば、教えて」

「……はい!」

 怖い。でも、怖いのは私だけじゃない。
 私が鈴を鳴らさなければ、前に出る人たちの足元は、もっと真っ暗になる。

「そこの木箱の陰、危ないです! 避けて!」

「了解!」

 叫ぶ、鳴らす、また叫ぶ。
 走り回る騎士たちが、危険な場所をするりするりと避けていく。
 誰かが滑りかけた瞬間、私の鈴は勝手に小さく鳴り、足元に丸いクッションのような感触を作った。

「わっ……? 今、地面が──」

「後でだ。今は走れ」

 シグレさんの短い一声が飛ぶ。
 彼自身も、鈴の輪のぎりぎりを踏みながら、倉庫の入り口へ向かっていた。

 赤い滲みを避け、白い輪を踏み、黄の境目をすり抜ける。
 私は息を呑んで、その背中を見つめていた。

(……相性、いいのかも)

 危険と安全の境目を読む速度が、私のそれと同じくらい速い。
 私の描く輪の「先」を読んで、踏み込んでいく。
 まるで、私の鈴と、シグレさんの頭の中が、一本の線で繋がっているみたいだった。



 騒ぎは、思ったより早く収まった。
 倉庫の中にいた武装集団は、多くが捕らえられ、少数は逃げたらしい。
 でも、誰ひとり大きな怪我はしなかった。

「ふう……」

 力が抜けて、その場にしゃがみ込みそうになる。
 鈴も、じんじんと熱を帯びていた。

「アサ殿」

 気づけば、シグレさんが目の前に立っていた。
 鎧の隙間から汗が滲み、額には埃がついている。
 いつもの冷静な顔なのに、どこか呼吸が荒い。

「……お疲れさまでした」

 思わず、村の言い方が口から出る。
 シグレさんは一瞬きょとんとし、それから小さく笑ったような気がした。

「君の鈴がなければ、今ごろ罠にかかって手間取っていた。
 想定以上の働きだ」

「そ、そんな……。みなさんが強いからです。私は、鈴を鳴らしていただけで」

「“鳴らすだけ”が、どれほどの仕事か、君はまだ自覚していない」

 彼は視線を落とし、私の手元を見た。
 鈴は、少し色が濃くなっている。
 使い過ぎると、こうやって「疲れた色」を見せるのだ。

「負担をかけたな」

「大丈夫です。まだ、鳴ります」

「そういう言葉は、信用できない」

 ぴしゃりと切られて、少しむっとした。
 でも、すぐに続いた言葉が、胸の奥に刺さる。

「君が『まだ鳴ります』と言うとき、その半分は“自分を削れば鳴らせる”という意味だろう」

「……」

「それを続ければ、いつか鈴も、君も壊れる。
 私は、壊れる道具より、長く使える道具の方を好む」

 道具。
 やっぱりそうなんだ、と一瞬だけ胸が冷たくなる。

 でも、不思議と、全部が嫌なわけではなかった。
 彼は「壊れたら替えを探そう」とは言わなかった。
 「長く使いたい」と言った。

(どっちみち、失礼な言い方だけど……)

 くすりと笑いそうになる自分に気づいて、驚く。
 そんな私を見て、シグレさんが少しだけ目を細めた。

「笑う余裕があるなら、まだ大丈夫だな」

「あ、笑ってません!」

「そうか?」

「そうです!」

 口を尖らせると、今度こそ彼はわずかに口元を緩めた。
 淡い笑み。
 冗談なのか本気なのか、わからないまま、胸がほんの少しあたたかくなる。



 政庁に戻る馬車の中。
 窓の外を流れる王都の街並みを眺めながら、私は鈴をそっと撫でた。

「……ありがとう」

 小さく囁くと、しゃらん、と鈴が応えた。
 今日の音は、どこか誇らしげで、澄んでいる。

「自分に礼を言うとは、変わった鈴守だな」

 向かい側の座席から、シグレさんの声がした。

「えっ、聞こえてました?」

「この狭さで、聞こえない方がおかしい」

「うう……」

 耳まで赤くなる私を、彼は少しだけ面白そうに眺めたあと、窓の外へ視線を戻す。

「今日の結果は上々だ。
 これなら、もう少し踏み込んだ作戦にも耐えられる」

「もう少し……踏み込んだ……」

「君の鈴は、危険の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせる。
 それは、危険と隣り合わせに立つほど、真価を発揮するということでもある」

 静かな言い方だった。
 でも、その言葉の先には、私の知らない景色が広がっている気がした。

(危険と、隣り合わせ──)

 村では、できるだけ危ない場所から遠ざけるのが、鈴守の仕事だった。
 でも、この人は違う。
 危険のぎりぎりまで近づいて、その境界線を利用しようとしている。

 その境界線の上に、私と鈴を立たせようとしている。

「アサ殿」

「……はい」

「怖いか」

 不意の問いかけに、胸がちくりとした。
 怖くないと言えば嘘になる。
 でも、怖いだけでもない。
 今日、守れた命が、確かにあるから。

「……どっちも、です」

「どっちも?」

「怖いけど。怖いままでも、守れるなら、嬉しいです。
 すみません、うまく言えないんですけど」

 自分で言っていて、へんてこな答えだと思う。
 でも、それが本心だった。

 しばらく沈黙が流れる。
 やがて、シグレさんがぽつりと呟いた。

「……相性は悪くないな」

「え?」

「君と、この鈴と、我々の動きだ。
 怖いまま前に出る者は、案外少ない。
 君は自分の怖さを誤魔化さずに、なお前を見る。それは、扱いやすい」

「……あ、扱いやすい、ですか」

「褒めている」

「ほんとですか?」

「私なりにはな」

 よくわからない人だ。
 でも、不思議と嫌ではなかった。

 鈴が、ひとりでに小さく鳴る。
 しゃらん──。

 その音が、どこか「頷いている」ように感じられた。

(相性。悪くない……)

 今はまだ、そう思えるだけ。
 このときの私は知らない。
 この「相性の良さ」が、やがて鈴の暴走を招いて、ひとりの参謀だけを過保護に囲い込むことになるなんて──。

 その予兆はもう、静かに始まっていた。
 シグレさんが階段を降りるとき、ほんの一瞬、足元に柔らかな輪が浮かぶようになっていることに、誰も気づかないまま。
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