鈴守ヒロインに過保護ロックされました ーー不器用な愛が、転ばない世界を導く

星乃和花

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第3話 危険地帯に鈴を連れて

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 初任務から数日。
 私は王都の生活に、ほんの少しだけ慣れ始めていた。

 朝は神殿から借り受けた簡素な部屋で目を覚まし、
 政庁に出仕して、訓練場や資料室で鈴の性質を測られる。
 休憩時間には、窓から見える人の流れをぼんやり眺める。

 そんな中で、ひとつだけ変わったことがある。

(……まただ)

 政庁の大階段を降りていたとき、前を行くシグレさんの足元で、ふっと光が揺れた。
 彼が一瞬バランスを崩しかけた、その瞬間だけ。
 見えない輪が、靴底をそっと支え、転ばせないようにしている。

「参謀殿、最近よく踏み外しますね」

「問題ない」

 兵士が苦笑まじりに声をかけても、本人は気にしていない様子だ。
 でも私は、鈴をぎゅっと握りしめる。

(……鳴らしてないのに)

 意識して鳴らしたわけじゃない。
 それでも、鈴は勝手に「安全域」を作っていた。
 しかも、なぜかシグレさんの足元にだけ。

(なんで?)

 不思議で、不安で、でも誰にも言えない。
 そんな違和感を抱えたまま迎えた、その日の午後。

「アサ殿。上に来い」

 執務室で書類を抱えていた私に、シグレさんが声をかけた。
 その声には、いつもより少しだけ硬さがあった。

「はい。えっと、この書類は──」

「あとでいい。先に話すことがある」

 淡々とした口調のまま、彼は私を会議室のひとつへと導いた。
 部屋の中央には、大きな地図が広げられている。
 王都周辺の地形。街道。森。山脈。

「……作戦会議、ですか?」

「簡易説明だ。君にも理解しておいてもらう必要がある」

 地図の上に置かれた彼の指が、一点をとん、と叩く。
 王都から少し離れた、山あいの谷。

「ここが、今回の“危険地帯”だ」

「危険地帯……」

「山賊に偽装した武装組織の拠点がある。
 先日の倉庫の連中も、その一派だ」

 私は息を呑んだ。
 そういえば、あのとき捕らえられた人たちの多くは黙秘を続けていた。
 けれど、少しずつ情報はにじみ出し、その先にこうして“点”が浮かび上がってきたらしい。

「彼らはただの盗賊ではない。
 王都の物流を断ち、混乱させ、政権を揺らそうとしている」

「政権を……揺らす?」

「平たく言えば、“偉い人を引きずり下ろしたい者たち”だ」

 シグレさんの声には、わずかに冷たい棘が混じる。
 それが、誰に向けられた棘なのかはわからない。

「彼らは慎重だ。正面から兵を送っても、罠を張り巡らせ、こちらの出方を伺うだろう。
 そこで──」

 彼は私の方をまっすぐに見た。

「君と、その鈴を“囮”にする」

 心臓が、どくん、と大きく跳ねた。

「……囮」

「君の鈴は、複数の罠を“見せる”ことができる。
 敵はそれを恐れ、欲しがる。
 彼らは必ず、君を奪うか、無力化しようと動くだろう」

 言葉は淡々としているのに、その内容は、足元を掬うようなものだった。

「つまり、私を危ない場所に連れていって、敵を呼び寄せる……ということ、ですか?」

「そうだ」

 即答だった。
 少しは濁すかと思っていたのに、彼は一切の飾りをつけない。

「危ないのは承知だ。
 だが、君がいれば、こちらの被害は最小限に抑えられる。
 君を囮にする一方で、君の鈴でこちらの守りも固める」

 合理的。
 とても冷たくて、とても正しい理屈。

「もちろん、可能な限り安全を確保した上でだ。
 山の外れに陣を敷き、君にはそこから“安全域”を広げてもらう。
 君自身を危険の真ん中には置かない」

 そこまで言って、彼は一拍おいた。

「だが──危険の“すぐ隣”には立ってもらうことになる」

 危険の、すぐ隣。

 足元から冷たいものが立ち上ってくるような感覚。
 同時に、それを打ち消すように、胸の奥で何かが熱を帯びた。

(私の鈴で、みんなを守れるなら)

 村の子どもたちを守ったあの日々。
 市場で荷車を押したおじさん。
 みんなの笑顔。

 その「延長線上」に、今度は見知らぬ人たちの命があるのだとしたら──。

「……怖いです」

 正直に言葉が出た。
 シグレさんの目が、僅かに細くなる。

「怖いまま前に出るのは、前回で理解したはずだが」

「でも、怖いままでも、守れるなら、嬉しいです。
 ……それも、前回でわかりました」

 自分でも驚くくらい、まっすぐな声だった。
 鈴が胸の中で、小さく震える。

 シグレさんは、少しだけ視線を泳がせ、それから小さく息を吐いた。

「君は──本当に、扱いづらい」

「えっ」

「普通は、もっと躊躇う。
 “国のために命を賭けてくれないか”と言われて、そう簡単に頷くべきではない」

「……あ、たしかに」

 言われて初めて気づく。
 私は今、ほとんど即答しかけていたのだ。

「命を賭ける、なんて立派なものじゃないです。
 ただ、私の鈴が役に立つなら、使ってほしいだけで……」

「それを“立派”と言うのだ」

 静かな声だった。
 責めるわけでも、宥めるわけでもない。

「君は自分の価値を軽く見積もりすぎる。
 替えが利かないと、何度言えば──」

 そこで彼は、はっとしたように言葉を切った。
 一瞬だけ、表情が揺らぐ。

「……いや、すまない」

「?」

「今のは私の失言だ。
 “替えが利かない道具”という言い方は、やめると決めた」

 珍しいことに、彼が自分から言葉を訂正した。
 心のどこかで、なにかがぽとりと落ちる音がした。

「君は道具ではない。
 その力を、国のために“借りたい”と願う、一人の参謀の勝手な都合だ」

「参謀の……勝手な、都合」

「そうだ。
 君の鈴があれば、守れる命が増える。
 私の作戦が成功する可能性も、高まる。
 だから私は、君に来てほしいと“願っている”」

 そこまで言って、彼は少しだけ目を伏せた。

「だが、願いは強制ではない。
 最後に決めるのは、君自身だ」

 空気が静まり返る。
 会議室の時計の音が、やけに大きく響いた。

(決めるのは、私)

 村を出るときもそうだった。
 神官長様は、「嫌なら断ってもいい」と言ってくれた。
 それでも私は、自分の意思で鈴を握り、「行かせてください」と言った。

 その結果が、今ここに繋がっている。

 ならば、今回も同じ。

 怖い。それでも──。

「……行きます」

 私は鈴を握りしめた。
 手のひらに、ひんやりとした重み。

「私と、鈴で。できる限り、守ります。
 囮でも、なんでも。
 シグレさんの作戦が成功して、誰かが助かるなら……私、それが、嬉しいです」

 言い終えたとき、喉がひりひりしていた。
 きっと顔も真っ赤だ。

 シグレさんは、しばし沈黙したまま私を見つめていた。
 やがて、ゆっくりと目を細める。

「……了解した」

 その声は、いつもより少しだけ柔らかい。

「どうしても行きたいという君の意思を確認した。
 これで、心ある者から責められても、“強制した”とは言われずに済む」

「えっ、そっちですか」

「冗談だ。半分はな」

「半分は本気なんですね……」

 思わず苦笑が漏れる。
 鈴が胸の中で、しゃらんと小さく鳴いた。
 まるで「それでいいの?」と問うように。

(大丈夫。……シグレさんがいるし)

 そう思った瞬間。
 鈴の奥で、なにかが強く光った気がした。



 出発は三日後と決まった。

 それまでの間、私は山道を想定した訓練を続けることになった。
 石畳ではなく、砂利道。ぬかるみ。崖際。
室内に作られた仮想の地形で、鈴を鳴らし続ける。

「アサ殿、右側は崩れます。左へ寄れ」

「は、はい!」

 シグレさんが、いつもの冷静さで指示を飛ばす。
 その横顔は、訓練場にいるときが一番生き生きしている気がした。

 彼にとって、作戦を練り、組み立て、動かすことは、きっと生きている実感そのものなのだろう。

(……そんな大事な“仕事”の一部に、私がいるんだ)

 怖さと同じくらい、胸にあたたかいものが広がる。

 鈴は、それに呼応するように、ますますよく鳴くようになっていった。
 ときどき、意図しないタイミングで。
 特に──。

「参謀殿、そこ段差──」

 がくん。

「あ」

 階段の途中で足を滑らせたシグレさんの足元に、ふわりと光の輪が広がった。
 空気のクッションが彼を支え、そのまま一段下に静かに降ろす。

「……またか」

「す、すみません! いま、私鳴らしたわけじゃなくて……」

「いや。助かったのは事実だ」

 彼は小さく息をつき、手すりに軽く触れた。

「どうやら君の鈴は、私の転倒を看過できない性格らしい」

「せ、性格……」

「人の悪意だけでなく、階段の悪意にも敏感なのだろう」

 さらりと妙なことを言う。
 でも、内心では私も同じ印象を抱いていた。

(……なんでこんなに、シグレさんばっかり)

 騎士たちがつまずきそうになっても、鈴はそこまで敏感に反応しない。
 でも、彼がちょっと足を踏み外しただけで、すぐに輪が生まれる。

 まるで、鈴自身が「最優先で守るべき相手」を勝手に選んでいるみたいだった。

(やめて。そんな勝手に決めないで)

 胸の奥で、小さく祈る。
 でも、鈴は楽しそうに鳴いた。

 しゃらん。しゃらら──。

 その音が意味するところを、このときの私はまだわかっていなかった。

 ただ、三日後。
 危険地帯へ向かう山道で、その「勝手な優先順位」が、作戦のすべてをひっくり返すことになる。

 鈴が「この人だけは絶対に転ばせない」と決めてしまった、その人を守るために。
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