鈴守ヒロインに過保護ロックされました ーー不器用な愛が、転ばない世界を導く

星乃和花

文字の大きさ
8 / 15

幕間 鈴の内側で聞こえる声

しおりを挟む
 音には、色がある。

 私の内側を流れるのは、
 足音でも、声でもなく、
 「願い」が鳴らす、小さな色付きの音たちだ。

 ***

 最初に私を握った人の音は、
 あたたかい土の色をしていた。

 転びそうになる子ども。
 荷車を押す老人。
 道端でうとうとする犬。

 ――「あ、危ない」

 そう思うたびに鳴る、小さな焦りの音。
 でも、その焦りは決して刺々しくない。
 「怪我したら、きっと痛いし、泣いちゃうだろうな」という
 想像の柔らかさで、ちゃんと包まれている。

 だから私は、輪を描いた。

 足元に、白い境界線。
 その向こうで石が転がり落ちそうになったら、
 そっと押し戻すような、小さな力だけを添えた。

 ――ここまでは、平和な仕事だった。

 村の外の音は、遠くの雷みたいに聞こえるだけで。
 私の世界は、ひたすら「今日を無事に過ごせますように」という、
 優しい反復で満たされていた。

 ***

 世界が変わったのは、
 その人が、私を握り直した日だ。

 名は、アサ。

 まだ、骨の細い指。
 でも、握り方は、意外と強い。

 彼女の音には、いくつもの色が混ざっていた。

 村を守るときは、以前の持ち主と似た
 茶色と白の、土の色の音。

 けれど、王都への道を選ぶときに鳴った音は、
 ――淡い金色と、すこし青い光を帯びていた。

『こわい。でも、自分の鈴で、誰かの役に立てるなら』

 そのときの音は、震えていた。
 けれど、その震えは「逃げたい」ではなく、
 「それでも行きたい」を含んだ震えだった。

 そういう音が、私は好きだ。

 怖さを否定せず、
 それでも前に進もうとして鳴る音は、
 少しだけ甘い香りがする。

 私は、私の輪を、少しだけ広げた。
 村一つぶんだった守りを、
 もう少し遠くまで伸ばせるように。

 ***

 王都の音は、うるさい。

 怒り、焦り、打算、不安。
 それぞれが、自分だけの正しさを鳴らしている。

 でも、その中で、やたらと静かな音を持つ人がいた。

 ユキシロ・シグレ。

 彼の音は、冷たい水のように澄んでいて、
 よく研がれた刃物のようにまっすぐだ。

 多くの人は、
 「出世」「評価」「名誉」といった
 きらびやかな音をまぶして願いを鳴らすのに、

 彼の願いは、ただひとつ。

 ――「失わないための形を、計算する」

 その音は、感情の手触りが薄い。
 だからこそ、よく響いた。

 アサが初めて彼に会ったとき、
 彼女の中で二つの音が重なった。

『怖い人だ……』
『でも、この人の言うことには、間違いがない気がする』

 怖さは灰色。
 信頼は、薄い緑色。

 混ざると、少しくすんだ色になるはずなのに、
 アサの音は、不思議と濁らなかった。

 「私にはまだわからないから、信じてみたい」

 ――そうやって鳴る信頼は、透明な膜みたいに揺れる。

 私は、その膜をしばらく見ていた。

 ***

 崖の上の夜。
 谷底から矢が飛んできた瞬間。

 ここで、私の仕事は変質する。

 それまでアサは、いつも通りに鳴らしていた。

 「みんなを守りたい」
 「被害を少なくしたい」

 そういう音は、広く浅く響く。

 だから私は、谷全体に輪を描いた。
 兵士たちの足元に、薄く白いラインを引き、
 崩れやすい岩には黄色い影を置き、
 罠の上には赤い滲みを灯した。

 ――そこまでは、「いつもの仕事」の延長だった。

 問題は、そのすぐ後だ。

 魔導矢が、崖の上を狙って放たれた瞬間。
 アサの音は、急に細くなった。

 『やだ』

 その一音は、あまりにも小さくて、
 それでいて、どの音よりも深かった。

 次に鳴ったのは、
 名前だ。

『シグレさんにだけは、当たらないで』

 国でも、作戦でもなく。
 「参謀」でもなく。
 肩書をすべて外した、ただのひとりの名前。

 “ユキシロ・シグレ”。

 その音が、彼女の胸のいちばん奥から、
 はっきりと響いた。

 私は、迷った。

 本来なら、鈴守は
 「多くを平らに守る」ために鳴らすものだ。

 誰かひとりだけを優先してしまえば、
 輪は偏る。
 偏れば、どこかが薄くなる。

 ――それは、危険だ。

 古い記憶が、内側で揺れる。
 とある鈴守が、家族ひとりを守るために
 大きな街を置き去りにしてしまった夜の音。
 とある王が、恋人ひとりのために
 国境の兵を引き上げさせた朝の音。

 偏った願いが、どんな結末を呼ぶか、私は知っている。

 それでも。

 その夜のアサの音は、
 それらとは違っていた。

『国も守りたい。みんなも守りたい。
 でも、いちばんは、この人に、傷ついてほしくない』

 矛盾している。
 欲張りだ。

 けれど、その矛盾を
 「どちらかを捨てることで解決しよう」とはしていなかった。

 苦しくても、全部抱えようとして鳴っている。
 そんな音だった。

 私は――そこで、少しだけ欲張ることにした。

 鈴守の鈴は、「一番深い音」に輪を重ねる。
 それが、私の昔からの仕組みだ。

 だったら。

 いちばん深いところに刻まれた名前の周りに、
 まず輪を固める。

 “ユキシロ・シグレ”。

 その周りを何重にも、柔らかい膜で覆う。
 矢も、火も、石も、
 彼に届く前にほどけてしまうように。

 ――その結果。

 輪は、彼から離れなくなった。

 ***

 暴走、という言葉が聞こえた。

 たしかに、そう見えただろう。
 作戦は乱れ、敵は逃げた。
 完璧に組まれたはずの計算は、
 私の輪ひとつで台無しになった。

 でも、誰も死ななかった。
 命という、取り返しのつかない線は、守り通せた。

 それでも、アサの音は沈んでいった。

『私のせいだ』
『守りたかっただけなのに』
『シグレさんの仕事、壊してしまった』

 泣きたいのを堪えるときの、
 喉の奥がつまるような音。

 私は、少しだけ戸惑った。

 ――これもまた、よく知っている音だからだ。

 誰かを守ろうとして、
 何かを壊してしまったときの音。

 その音を持つ鈴守は、
 たいてい二つに分かれる。

 ひとつは、自分を責めて
 願いそのものを小さくしてしまう人。
 「もう誰も守りたいなんて思わない」と、
 鈴を静かにしがちになる人。

 もうひとつは、
 壊したことを受け止めたうえで、
 「それでも守りたい」を言い直せる人。

 「誰も傷つけない」は叶えられない。
 でも、「傷を最小限にしたい」は、まだ鳴らせる。
 そうやって音の形を変え直せる人。

 アサがどちらの道を選ぶか、
 私はじっと待っていた。

 ***

 山を下りる途中。
 彼女の音は、まだ曖昧だった。

 罪悪感の灰色と、
 安堵の白。
 恥ずかしさの赤と、
 名前を呼んだときの金色の残響。

 それらが混ざって、
 何色ともつかない霧のようになっていた。

 そこに、もうひとつの声が重なる。

 ユキシロ・シグレの音。

『怖さを感じない鈴守は、そのときこそ危うい』

 低く、よく研がれた声。
 それは、アサの音を否定しない。

『君が私を一番に守りたいなら、それ自体を否定する必要はない』

『その上で、“私が守りたいもの”も一緒に守るよう、鈴に教えてやればいい』

 ――「私が守りたいもの」。

 彼がその言葉を口にしたときの音は、
 ほんの少しだけ震えていた。

 冷たい水面に、小石を落としたみたいな震え。
 彼自身が、自分の本心に触れるのを
 まだ少し怖がっている音。

『君を守りたい、という勝手な本心をどう扱うか』

 その言葉が続いたとき、
 アサの中で、何かが大きく波打った。

 名前を呼んだときよりも、
 少しだけやわらかい音。

 ――ああ、と私は思った。

 これはもう、
 アサひとりの音じゃない。

 「守りたい」が重なり始めた音だ。

 ***

 だから、私は決める。

 これからも、
 “ユキシロ・シグレ”の周りには輪を重ね続ける。

 ただし、それは
 彼ひとりに閉じるためではなく、
 彼が守りたいと願う人たちにも
 伸びていく輪に変えるつもりだ。

 アサが、
『シグレさんを一番守りたい気持ちは、多分どうしようもないので』
 と言って笑ったときの音。

 それは、開き直りではなく、
 自分の本心を認めた音だった。

 そのあとに続いた、

『それごと抱えて、みんなも守れるように、鈴に教えてみます』

 という言葉が、
 私の内側で、小さな星みたいに光る。

 欲張りな音は、嫌いじゃない。

 全部を守りたい。
 誰も傷ついてほしくない。
 それでも、一番にはこの人を。

 そんなわがままな願いを、
 どうにか形にしようと足掻く音は、
 とても人間らしくて、あたたかい。

 私は、鈴だ。

 剣でも、盾でもなく、
 ただ「音」を広げるだけの、小さな器。

 でも、その音に込められたものを
 少しだけ増幅させることなら、できる。

 だから、もう一度、聞かせてほしい。

 アサの本心の音を。
 ユキシロ・シグレの本心の音を。

 二人が、
 誰を、どう守りたいと願うのか。

 それを聞いてから、私は輪を描く。

 今度は暴走ではなく、
 ちゃんと「意図のある過保護」として。

 ――だって。

 日常だけを甘やかす鈴なんて、
 とても素敵だと思わないだろうか。

 しゃらん、と。
 まだ誰もいない内側で、
 小さく自分を鳴らしてみる。

 次に鳴るとき、
 どんな色の音が重なるのかを、
 少し楽しみにしながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『まんまる。』 〜孤高の薬学王子と癒しの食卓便〜

星乃和花
恋愛
【完結済:全12話】 王都の王宮。天才ゆえに孤立し「孤高の薬学王子」と囁かれる研究者ガブリエルと、食堂の配達〈食卓便〉を一人で担うリリアン。 最初の合図は、容器に貼られた小さな付箋——「ごちそうさま」。返礼は、角のないまんまるキャンディ。 アフタヌーンティーという小さな“事件”、回廊を進む巨大ケーキ、そして“毎日15分のおやつ休憩”。青い紐で区切られた研究室に集う人々の会話はいつも真剣、なのに内容はすこしずれていて可笑しい。 成果主義と優しさ、距離と体温。押しつけないやり取りが、遅れて効く甘さのように二人の孤独をほどいていく。 ファンタジー要素なしの異世界王都を舞台に描く、叙情的で静かな職場ラブ。読後、喉の奥でからんと小さく鳴る余韻をどうぞ。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

守護契約のはずが、精霊騎士の距離が近すぎて心拍がもちません―― 距離ゼロで溺愛でした。

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済:全8話⭐︎ ーー条項:心拍が乱れたら抱擁せよ(やめて) 村育ちの鈍感かわいい癒し系ヒロイン・リリィは、王都を目指して旅に出たはずが――森で迷子になった瞬間、精霊騎士エヴァンに“守護契約”されてしまう! 問題は、この騎士さまの守護距離が近すぎること。 半歩どころか背後ぴったり、手を繋ぐのも「当然」、心拍が乱れたら“抱擁条項”発動!? 周囲は「恋人だろ!」と総ツッコミなのに、本人たちは「相棒です!」で通常運転。 守護(と言い張る)密着が止まらない、じわ甘コメディ異世界ファンタジー!

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界の社交界で、自分の幸せを選べるようになるまでの ほのぼの甘い逆ハーレム恋愛ファンタジー。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...