拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花

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第2話 看病中、甘えが上手すぎる

リナの家は、市場から歩いてすぐの雑居建物の二階にあった。

王都の“下町らしい”部屋だ。
天井は低め、窓は小さめ、家具は少なめ。花の香りだけはいつも満ちている。

「はい、ここ。とりあえず寝てください」

リナが布団を敷きながら言うと、エドはゆっくり周囲を見回した。
物珍しそうなのに、嫌そうではない。

「……綺麗な部屋だ」
「え、そうですか? 狭いですよ」
「狭いのが、落ち着く」

言い方が、やけに真剣だった。

リナはちょっとだけ眉をひそめた。
この人、たぶん普段……とても広い場所にいる。

それを想像すると、妙に胸がきゅっとした。

「はいはい、感想はあとで。お水飲めます? 熱あるから」
「……飲める」

エドは差し出されたコップを両手で持ち、慎重に口をつけた。
その所作が丁寧で、丁寧すぎて逆に心配になる。

“生活に慣れていない高級な人”みたいな。

「ゆっくりでいいですよ」
「……ゆっくりするの、得意じゃない」

そう言って目を伏せた瞬間、リナは思った。

(え、何それ。かわいい…)

かわいい、と思ってしまった自分に驚く。
年上の男の人に。

しかも倒れてた人に。

「……じゃあ今日は練習。ゆっくりする練習です」

リナがそう言うと、エドは小さく息を吐いた。
それは笑いなのか、降参なのか分からない音。

「……先生」
「先生!?」
「君が先生」

距離が近い。言葉が甘い。
そして声が落ち着きすぎている。

熱の人の声じゃない。

――いや、熱のせいで理性がほどけてるのかもしれない。

そう思うことにする。
そうしないと、心臓がもたない。

「はい、先生は今からおかゆ作ってきます」
「……待って」

リナが台所に行こうとすると、エドが布団の端を掴んだ。
それもまた、強くない。
でも“行かせない”程度に、ちょうどいい。

「どうしました?」
「……一人は、ちょっと」

その言い方が、ずるい。

リナは無意識に顔を柔らかくしてしまった。

「すぐ戻ります。おかゆ、作らないと」
「……ここで作って」

「え?」

台所は同じ部屋の隅にあるけれど、仕切りがある。
ほんの数歩でも、見えなくなる距離。

なのに。

「見えないの、嫌」

エドは淡々と言った。

淡々と言うから、余計にやばい。

(この人、熱のせいじゃなくて、素でこれ……!?)

リナの頭が一瞬フリーズした。

でも。

倒れてた人を、放っておけるほどリナは冷たくない。

「……わかりました。じゃあ、お布団ごと移動で」
「うん」

満足そうに目を細めるの、反則。

リナは鍋に米と水を入れ、ことこと煮はじめた。
その間も、エドの視線が外れない。

見られている。

それも、観察じゃなくて。

“安心の確認”みたいな。

「……そんなに見ないでください」
「見てない」
「見てます」
「……見てる」

認めた。

リナは思わず笑ってしまった。

「ほんと子どもみたい」
「子どもじゃない。年上だ」
「年上の人はもっと余裕があるものです」
「余裕、ない」

それを言う表情が真面目すぎて、リナは胸がきゅっとなる。

……余裕がない年上って、ずるい。

「じゃあ、余裕が出るまでここで寝ててください」
「……君が、よしよししたら出るかもしれない」

すん。

鍋の中のおかゆより先に、リナの脳内が沸騰した。

「よ、よしよしは……さっき市場で……」
「足りない」
「足りないって何ですか!」
「……必要量がある」

必要量って。

なにそれ。

あまりにも堂々と言われたせいで、リナは怒るタイミングを失った。

しかもエドは、毛布の中から少しだけ顔を出して、こう言った。

「……お願い。先生」

先生って言うな!

可愛すぎるから!

「……わ、わかりました! ちょっとだけですからね!」

リナは敗北し、エドの頭に手を伸ばした。

なで、なで。

「……よしよし」
「……うん」

エドは目を閉じた。

まるで、安心のスイッチが入ったみたいに呼吸が整っていく。
その様子があまりに無防備で、リナはわけが分からなくなった。

(え、なにこれ……看病してるだけなのに……なんで私が照れてるの……)

「……君、優しい」
「普通です」
「普通じゃない」

エドは静かに言った。

「……普通の人は、僕を拾わない」
「拾ってません! 倒れてたのを」
「拾った」

断言。

「……僕、捨てられたら困る」
「捨てませんよ!」
「うん。じゃあ大丈夫」

大丈夫、じゃない。

大丈夫じゃないのは⸻リナの心臓の方だ。


 ー・*・ー・*・ー


おかゆが煮えたころ、リナは卵を落とし、塩で味を整えた。
器によそって、ふうふう冷ましながら持っていく。

「はい、食べられそう?」
「……食べさせて」

リナは器を落としそうになった。

「え!?」
「手、力が入らない」
「さっきコップ持ってましたよね!?」
「……頑張ってた」
「頑張ってた!?」

頑張ってたって何。

それ、言い訳が上手すぎる。

リナは、疑いながらもエドの手を見る。
確かに、少し震えている気もする。

熱があるのは本当だ。

(……本当に具合悪いんだよね?)

そう思って、リナはスプーンを取った。

「……一口だけですよ」
「うん」

一口だけ、と言ったのに。

エドは当然の顔で口を開けた。
“当然の顔”が似合うのが腹立つ。

「あー……」

リナがスプーンを運ぶと、エドはおとなしく食べた。
そして、すぐ言う。

「……美味しい」
「よかったです」
「もう一口」
「……はいはい」

食べる。

褒める。

もう一口、と言う。

褒める。

――この人、褒めるタイミングが完璧すぎる。

リナは途中で気づいた。

(これ……私、手懐けられてる……?)

でも、気づいてしまった時点で遅い。

「君、喉も温かくなる」
「おかゆですからね」
「……心も温かくなる」

言葉が上手い。
上手いのに、照れた様子がない。

怖い。

「……エドさん、前からそんな風に人を口説いてるんですか?」
「口説いてない」
「じゃあ何ですか」
「……生きるため」

生きるために、よしよしを要求するのやめて。

リナは口を尖らせた。

「……そんなに必要なら、猫でも飼えばいいのに」
「猫は、逃げる」
「逃げませんよ、懐きます」
「……君は逃げない」

その言い方。

まっすぐすぎて、ずるい。

リナはそれ以上言えなくなった。


 ー・*・ー・*・ー


おかゆを半分ほど食べたところで、エドが小さく咳をした。
リナは慌てて水を差し出す。

「大丈夫ですか?」
「……大丈夫」
「大丈夫じゃない声です」
「……君がいるから大丈夫」

またそれ。

またその“安心に変換する言い方”。

リナは真面目に叱りたくなった。

「……そんなことばっかり言ってると、私、勘違いしますよ」
「して」
「え?」
「……勘違い、して」

リナは完全に止まった。

エドは目を閉じたまま、ふっと笑った。
熱で朦朧としているはずなのに、声だけはやけに落ち着いている。

「……君に捕まってると、安心する」
「捕まってるのは私のほうですよ!」
「……じゃあ、もっと捕まえる」

言い方が静かすぎるのに、内容が強い。

リナは完全に敗北した。

「……寝てください!!」

そう言って布団を整えると、エドは素直に横になった。
横になったのに、手だけはリナの袖を掴んでいる。

「離してください」
「……離したら、君がいなくなる」
「いなくなりません」
「……保証」
「保証って何ですか」
「……手、握ってる間だけでも」

リナは深く息を吐いた。

「……わかりました。ほんとに今日だけですからね」
「うん。今日だけ」

絶対、今日だけじゃない。

リナの本能がそう言っていた。

エドはリナの手を握ったまま、安心したように眠りに落ちた。
寝息は静かで、体温だけが少し高い。

リナはその顔を見つめて、心の中でそっとつぶやく。

(……なんで、こんなに守りたくなっちゃうんだろう)

窓の外では、市場の喧騒が遠くに聞こえている。
いつもの王都の日常。

その中で、リナの部屋だけが少し変だった。

――年上の男の人が、手を握ったまま眠っている。

しかも、幸せそうに。

リナはそっと毛布を直して、もう一度だけ小さく撫でた。

「……よしよし」

するとエドは眠ったまま、ほんの少しだけ口角を上げた。

まるで、最初からこうなるって知っていたみたいに。
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