拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花

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第4話 市場の人たちが“飼い主”扱いしてくる

翌朝。

リナが市場へ向かう途中、すでに嫌な予感がしていた。

なぜなら、道行く人が、みんな微妙に笑っている。

笑いを隠す気配がある。
目が合うと、ふっと口元が緩む。

――昨日のやつだ。

あの“美形が花屋の横に立っていた事件”が、王都の下町に広がっている。

(最悪……)

リナは急ぎ足になった。

そして屋台に着いた瞬間、案の定。

「おはよー! 奥さん!」
「ちがいます!!!」

パン屋のおばさんの一発目が、強すぎる。

リナは屋台の柱に手をついて深呼吸した。
まだ営業開始前なのに、すでに体力が削られている。

「奥さんじゃないですってば……」
「じゃあ何? 飼い主?」
「飼い主でもありません!!!」

八百屋の兄ちゃんが、にやにやしながらリンゴを投げてよこす。

「おーい花屋。今日も“あの男”連れてくる?」
「連れてきません! 帰ってもらいます!」
「うんうん、そう言って昨日も連れて帰ってたな」

違う。違うんだ。

連れて帰ったんじゃない。
“帰ろう”って袖をつままれて、なんかこう……自然に……

(自然じゃない!!!)

リナが悔しがっていると、向かいの魚屋のおじさんが大きな声で言った。

「おーい! 今日は毛布いるか!?」
「いりません!!!」

市場の大人たちが、楽しそうに笑い合う。

この人たち、絶対に“恋バナ”が好きだ。
下町の平和は、よそ者の恋で保たれている。

リナは悔しさを噛みしめながら、花の水を替えた。
葉を整えて、束を組み直して、深呼吸して。

「よし……今日は普通に働く……」

そう、普通に働く。

普通の朝。

普通の花屋。

普通に――

「……おはよう」

背後から、落ち着きすぎた声がした。

リナは、ゆっくり振り返った。

エドがいた。

当然のように。

すでに“通勤”みたいな顔で。

しかも、今日は昨日よりさらに地味な帽子をかぶっている。
上着も地味。手袋も地味。表情も控えめ。

努力は感じる。

……努力は。

でも、顔は地味にならない。

「……来た!!!」

リナは両手で顔を覆った。

「来ないって言いましたよね!?」
「……言った」
「なのに!」
「……来た」

反省してない。

パン屋のおばさんが、手を叩いて喜ぶ。

「はい来たー! 今日も来たー!」
「来ると思ったー!」
「奥さんの花屋、繁盛するぞー!」

奥さんじゃない!!!

リナが叫ぼうとした瞬間、エドが静かに一歩近づいた。

「……今日、眠れた」
「それは……よかったですね」
「……君が、よしよししたから」

余計なこと言うな!!!

市場の空気が、一段階あたたかくなる。

「よしよししたんだってさ!」
「やるじゃないか!」
「毎晩やってんのかい?」

毎晩じゃない!!!

「してません!!!」
「……した」
「一回だけです!」
「……一回、じゃない」

え?

リナは凍った。

エドは何事もないように続ける。

「昨日、帰ってから一回。寝る前にもう一回」
「え!?」
「……覚えてない?」

覚えてない、というより。

あれは――

エドが“しおしお”になって、布団に潜って、袖をつまんで。

『……今日、頑張った』
って言うから、仕方なく……

(うわぁぁぁぁ思い出したぁぁぁ!!!)

リナは顔が熱くなる。
市場の人たちが歓声を上げる。

「二回!!!」
「奥さん、やり手!」
「おいおい、旦那さん完全に飼われてるじゃねぇか!」

飼ってない!!!

飼ってないのに、飼ってるみたいになってる!!!


 ー・*・ー・*・ー


営業開始。

いつも通り、花を並べて、客を迎える。

……はずが。

今日は客の様子が違った。

お客さんの視線が、花よりエドに向いている。

「……あの、花束ください」
「はい、どんな感じにしますか?」
「……その、後ろの方……誰ですか?」

リナは即答した。

「ただの、拾いものです」
「拾いもの……?」

失言だった。

客が目を輝かせる。

「拾いもの!?」
「昨日の噂、本当だったのね!」
「え、花屋で拾えるの!?」

拾えません!!!

隣でエドが、落ち着いた声で補足した。

「……拾われた」
「黙ってください!」

リナが即ツッコミを入れると、客たちは笑った。

「仲いいのねぇ」
「夫婦みたい」
「奥さん、可愛い」

奥さんじゃない!!!

リナは何度目か分からない否定をしながら、花束を作った。

エドは手伝わない。

手伝わないのに、ちゃんと“いる”。

忙しいリナの邪魔にならないように、でも離れない距離で。

それが、妙に……安心するのが腹立つ。

(なんで腹立つのに安心するの!?)

リナが花束を渡すと、客は支払いのついでに囁いた。

「……いい男捕まえたわね」
リナ「捕まえてません!!」
客「捕まってるのは彼のほうよ」
リナ「……それも違います!!」

客は楽しそうに去っていく。

そして次の客も。

「この花束、恋人に」
リナ「はい」
客「……あの人、嫉妬します?」
リナ「しません!!!」
エド「する」
リナ「するんですか!?」
エド「……たぶん」

客たちは爆笑した。

リナの心が折れかけた。


 ー・*・ー・*・ー


昼。

客の波が落ち着いたタイミングで、エドが小さく言った。

「……喉、渇いた」
「水あります」
「……君が、飲ませて」

リナは固まった。

「……何言ってるんですか」
「手が……ふさがってる」
「ふさがってませんよね!?」
「……ふさがってる」

エドは、なぜか花束用のリボンを指に絡めていた。
ほどけばいいだけ。

でも本人は“困ってる顔”をしている。

リナは理解した。

(これ、わざとだ)

策略だ。

甘え策略だ。

それでもリナは、負ける。

なぜなら、困ってる顔が……かわいいから。

「……もう! 一回だけですからね!」

リナはコップを持って、エドの口元へ運んだ。

エドは静かに飲んだ。

そして、ふっと目を細める。

「……美味しい」
「水ですよ」
「……君がくれたから」

その瞬間、周囲から拍手が起こった。

「出た!!!」
「出たよ名言!!!」
「奥さん、今のは強い!!!」

リナはぶわっと赤くなった。

「見ないでください!!!」
「見てない」
「見てます!!!」
「……見てる」

エド、やめて。

市場の空気が完全に“祝福ムード”になっている。

もう終わりだ。


 ー・*・ー・*・ー


午後。

花屋の前に、ひときわ背の高い男が現れた。

騎士だった。

鎧ではなく、街用の服だが、背筋が違う。
目も鋭い。

市場の人たちが、ひそひそし始める。

「……騎士?」
「花屋に騎士……?」
「なにごと?」

騎士はリナの前に立ち、深く頭を下げた。

「失礼いたします。……こちらに、“エド”という男はおりますか」

リナの背中が冷たくなる。

(え、なに……)

リナが言葉を探している間に、エドが静かに前へ出た。

「……いる」
「当主様……!」

騎士の声が震えた。

市場の空気が、ぴたりと止まる。

「……当主?」

誰かが呟いた。

騎士は、周囲を気にするように声を落とした。

「お探ししておりました。侯爵家の屋敷が、混乱しております」
「……混乱?」
「当主様がいないと、政治が……」

政治。

侯爵家。

当主。

リナの頭が真っ白になる。

(え? え? え?)

拾ったのは年上貴族だった。

いや、貴族どころじゃない。
当主って、トップってことだ。

その当主が。

花屋で。

水を飲ませてもらって。

よしよしを要求して。

(……????)

リナは口を開いた。

「え、えっと……エドさん……?」
「……うん」

エドはいつも通りの顔で頷いた。
いつも通りすぎる。

騎士が続ける。

「お戻りください。すぐに」
「……帰らない」
「当主様!?」

騎士が悲鳴みたいな声を出した。

エドは落ち着きすぎた声で言う。

「……僕、ここが居心地いい」
「居心地で国家を止めないでください!!!」

リナが叫んだ。

市場の人たちが、今度は別の意味で盛り上がった。

「国家!?」
「花屋が国家規模!?」
「リナちゃん、やばいの拾ったね!!!」

拾ってない!!!

でも、やばい。

やばすぎる。

騎士はリナを見て、困り果てた顔で言った。

「……失礼ですが、あなたが……当主様を?」
リナ「違います!!!」
エド「……拾った」
リナ「拾ってません!!!」

エドがぼそっと言う。

「……僕の飼い主」
リナ「やめてください!!!」

騎士の顔が、さらに青くなる。

「当主様……そんな……」

エドは、リナの袖をつまんだ。

いつもの癖みたいに。

「……帰ろう」
リナ「どこにですか」
エド「……君の家」

騎士が膝から崩れ落ちそうになった。

市場の人たちは手を叩いて笑った。

リナだけが泣きそうだった。

(私、どうしたらいいの……!?)

エドはいつも通り、静かに言った。

「……大丈夫。君がいる」
リナ「大丈夫じゃないです!!」
エド「……僕は大丈夫」

当主の大丈夫は信用できない。


 ー・*・ー・*・ー


その日の夕方。

結局エドは、騎士を“後で話す”の一言で帰らせた。
騎士は帰り際、何度も振り返っていた。

まるで、世界の終わりを見る目で。

リナは家に戻り、扉を閉めた瞬間、床に座り込んだ。

「……エドさん……あなた……何者なんですか……」
「……年上」
「それは見れば分かります!!」
「……君の人」
「分からないです!!」

エドはリナの隣にしゃがみ、ふと真面目な顔になった。

「……怖い?」
「怖いというか……困ってます!!!」
「……困ってる顔も、可愛い」

やめろ。

やめろぉ。

リナは顔を覆った。

そして、エドが小さく言う。

「……よしよし、して」
「今そんな場合じゃ――」
「……お願い」

そのお願いが、あまりにもいつも通りで。

リナは。

結局。

手を伸ばしてしまう。

「……よしよし」
「……うん」

エドは目を閉じた。

世界で一番安心した顔で。

リナは思った。

(……あ、私……本当に捕まってる)
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