拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花

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後日談 婚約発表で王都が揺れる(※花屋は通常営業です)

王都の朝は、音が良い。

石畳を叩く靴音、パンの焼ける匂い、笑い声。
そして今日の市場には――

“ざわめき”が混ざっていた。

「ねえ、聞いた?」
「聞いた聞いた!」
「花屋のリナちゃん、あの侯爵様と――」

リナは屋台の奥で、そっと頭を抱えた。

(……お願いだから、“その話”は今しないで……)

指輪の箱は、胸の内ポケットに入っている。
重くはない。軽い。
でも、心臓の鼓動だけは重くなる。

――持ってるだけ。
――持ってるだけ、って言ったのに。

市場の噂は「持ってるだけ」で止まるほど優しくない。

「リナちゃん、おはよー!」
パン屋のおばさんが、いつもより嬉しそうに登場した。

「おはようございます……」
「今日も“奥さん”業務?」
「奥さんじゃないです!!!」

一応、否定はする。
しないと自分が自分じゃなくなる気がするから。

でも否定しながら、リナはふっと思ってしまう。

(……“奥さん”って呼ばれても、前ほど嫌じゃない)

それがいちばん困る。


 ー・*・ー・*・ー


開店準備をしていると、背後から落ち着きすぎた声。

「……おはよう」

エド。

当然のように。

今日は地味な帽子も地味な上着もない。
当主モード……なのに、表情だけがゆるい。

リナは即ツッコミを入れる。

「なんで当主モードで市場に来るんですか!」
「……発表がある」
「発表!?」

心臓が嫌な跳ね方をした。

(まさか、婚約を今ここで!?)

エドは頷く。

「……うん」
「うんじゃないです!!!」
「……緊張してる?」
「してます!!!」

リナが正直に言うと、エドは少しだけ嬉しそうに目を細めた。

「……可愛い」
「今言わないでください!!」

市場のみんなが、もう見ている。
見ているどころか、待っている。

魚屋のおじさんは腕組みして、謎に神妙な顔だ。

「来たな……」
「何がですか!?」
「歴史だよ」

歴史って何。


 ー・*・ー・*・ー


そこへ、護衛騎士たちが到着した。
いつもより人数が増えている。

そして、執事もいる。

完璧な微笑みを貼り付けたまま、リナに一礼した。

「リナ様。本日もご機嫌うるわしく」
「ご機嫌うるわしくないです……」

執事は、声を落として続ける。

「当主様が市場に現れる際、王都全体の治安が上がる現象が確認されております」
「やめてください!!!」
「いえ、事実でございます」

やめてほしい。

執事はさらに、追い打ちをかけるように言った。

「そして“リナ様のよしよし”が入ると、当主様の決断速度が上がります」
「だからやめてください!!!」

エドが、横で小さく頷いた。

「……重要事項」
「重要事項って言わないでください!!」

騎士の一人が、胃を押さえながら呟いた。

「……本当に、国が……花屋で回っている……」

回ってない。

回ってないはずなのに、回ってるように見えるのが怖い。


 ー・*・ー・*・ー


昼前。

市場に、貴族が来た。

今日はいつもと雰囲気が違う。
ただ“面会”に来た感じじゃない。

“公式な場”の顔だ。

リナは完全に固まった。

「……エドさん、本当に何をするんですか」
「……言う」
「何を!?」
「……君のこと」

言わなくていい!!!

でも言う気だ!!!!

リナは逃げたくなった。
けれど足が動かない。

エドは一歩前に出て、貴族たちに向かって淡々と告げた。

「……本日、報告がある」

市場が静まり返った。

パン屋の焼き上がりタイミングすら止まった気がした。

エドは続ける。

「……リナを、正式に守る」

守る。

その言葉だけで、リナの胸がぎゅっとなる。

貴族の一人が慎重に問う。

「当主殿、つまり――」
「……婚約を、前提にする」

前提。

“前提”という言葉が、妙にリアルだった。

市場の人たちが、息を呑む。

そして次の瞬間――

「きゃああああ!!!」
パン屋のおばさんが叫んだ。

魚屋のおじさんは拳を握りしめた。

「勝ったな!!!」
「何と戦ってたんですか!!」

八百屋の兄ちゃんが大声で笑う。

「奥さん、おめでとー!!!」
「奥さんじゃないです!!!」

リナが叫んでいる間に、貴族たちは深く頭を下げた。

「おめでとうございます」
「王都の安定を確認いたしました」
「安心です」

最後の一言、怖い。

“王都の安定を確認”って、何。

リナは震える声で言った。

「国の話やめてください!!!」
「……国のため」
「やめて!!!」


 ー・*・ー・*・ー


その時、エドがリナのほうを向いた。

市場の真ん中で。

大勢の前で。

でも声だけは、リナにだけ届く温度で。

「……怖い?」
「怖いです……」
「……大丈夫」

エドは静かに手を伸ばす――

……伸ばすだけ。

触れない。

触れたらリナが倒れるのを分かっているみたいに。

代わりに、エドは言った。

「……君のペースでいい」
「……ほんとに?」
「……うん」

その“うん”が、あまりにも優しくて。

リナは、気づいたら小さく頷いていた。

「……じゃあ、少しだけ」
「……うん」

エドの顔が、ほっとした顔になる。

その表情の変化を見て、市場の人たちがざわついた。

「今の顔見た!?」
「当主が“恋人の前の顔”になった!」
「尊い!!!」

尊いのはやめて。

現実が溶ける。


 ー・*・ー・*・ー


発表が終わっても、市場は通常営業だ。

リナは花束を作り続ける。
エドは“当主の椅子”に座り続ける。
騎士は胃を痛め続ける。
執事は微笑み続ける。

そして客が来る。

「花束をください。婚約祝いに」
「誰のですか?」
「あなたのです」

リナは顔を真っ赤にする。

「違います!!!」
「違わない」
エドが淡々と言った。

リナは叫ぶ。

「言わないでください!!!」
「……言いたい」
「どうして!!」
「……嬉しいから」

その言葉が、ずるい。

リナはもう、負ける。

「……もう」
「……よしよし?」
「しません!!!」
「……する」
「しないです!!!」
「……お願い」

お願い、が弱い声になってるのが反則。

リナは深く息を吐き、エドの頭を小さく撫でた。

「……よしよし」
「……うん」

エドは目を閉じて、いつもの安心した顔になる。

それを見た貴族たちが、真顔で頷いた。

「確認できました」
「王都は今日も安定です」

確認しないで。

やめて。

リナは泣き笑いになった。


 ー・*・ー・*・ー


夜。

リナが家に戻ると、エドも当然のように玄関で靴を脱ぐ。

「……ただいま」
「ただいまじゃありません!!!」
「……帰ってきた」
「帰ってきたって……ここ私の家です!」

でもエドは、少しだけ真面目な顔になる。

「……君の家は、僕の居場所」
「……」

リナは言い返せない。

言い返せないけど、悔しいので小さく言う。

「……居場所料金、払ってください」
「……払う」
「何で払うんですか」
「……撫でてもらう」
「支払いの概念どうなってるんですか!!」

エドはふっと笑う。

「……じゃあ、僕が払う」
「何を?」
「……安心」

そう言って、リナの手をそっと握った。

強くない。
逃げられるくらいの力。
でも、離れたくないくらいの温度。

リナは小さく息を吐く。

「……私、まだよく分かりません」
「……うん」
「でも……今日、嫌じゃなかったです」
「……うん」

エドが、子どもみたいに嬉しそうに目を細めた。

その顔が、ずるい。

リナは、負けた。

「……じゃあ、今日も一回だけ」
「……うん。今日だけ」

信用ゼロ。

でも、今日だけでいい。

リナはそっと、エドの髪を撫でた。

「……よしよし」
「……うん」

エドは目を閉じて、世界で一番安心した顔になった。

そしてリナは、こっそり思うのだ。

(私、よしよししてただけなのに――)

――どうしてこんなに、守られてるんだろう。






翌日も、王都の市場は賑やかで。
花屋は通常営業で。
侯爵当主は椅子に座っていて。

「……今日も頑張ってる」
「まだ開店前です!!」
「……えらい」
「雑!!」

そして今日も、リナの“安心”で王都は回ってしまう。

……たぶん。



*おしまい(でも続く)*



→次回後日談より
 リナ視点の甘々回です
 ほんのりと“”夜“”の雰囲気
 《※全年齢向け》
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