冷徹と噂の堅物騎士団長、恩返しのつもりが彼氏面で騎士団の運用規定になりました(副団長の胃が先に限界)

星乃和花

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第12話 第三王子の後始末が上手すぎる(噂だけ追い風に残す男)

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 噂は、火より早い。

 そして火をつけるのは、だいたい第三王子だ。

 ――翌朝、私はそれを身をもって知った。

 騎士団の受付に、いつもより人が多い。
 しかも、用件が「申請」じゃなくて「見学」だ。

「本日、騎士団長殿の……ええと……」
「ええと?」
「……ご婚約の……」
「えっ」

 私の声が裏返った。
 受付の机の下で、副団長が頭を抱える音がした。

「婚約って何!?」
 副団長が呻く。
「姉さん、昨日の講座だよ。あれが噂になって、勝手に“団長の婚約講座”に変換された」
「変換の精度が雑すぎる!」

 団員たちが後ろでわちゃわちゃしている。
「団長、婚約!?」
「姉さん、婚約!?」
「え、もう式!?」
「式って言うな! 誰が決めた!」

 私は必死に平静を装って、来客に言った。
「誤解です。騎士団には……そのような……」
 言いかけたところで、受付の扉が開く。

「おはよう。にぎやかだね」

 にこにこ。

 第三王子が来た。

 副団長が反射で言った。
「殿下、来ないでください」
「来ちゃった」
「来ないでください!!」

 王子は受付の列を見て、満足そうに頷く。
「へえ。もう噂、回ったんだ」
「殿下!!」
 副団長の声が、怒りで震える。
「あなた、また何を言ったんですか!!」
「俺は何も言ってないよ」
「じゃあ何で“団長婚約”なんですか!!」
「みんなが勝手に言ってる」
「勝手に言うように誘導するの、得意ですよね!!」

 王子が肩をすくめ、私に目配せした。
 ――ごめんね、でも面白いでしょ?

 面白くない。

 その時、受付の空気がもう一段階、締まった。

 団長が来た。

 いつも通り無表情。
 いつも通り静か。
 でも今日は、眉間の角度がほんの少しだけ“危ない”。

 団長は受付の列を一瞥し、低い声で言った。
「何の列だ」
「……見学希望です」
 私が言うと、団長が即座に言った。
「却下」
「即却下!!」

 副団長が小声で私に言う。
「姉さん、団長、今めちゃくちゃ不機嫌です」
「うん、わかる……」

 団員が小声で囁く。
「団長、婚約の噂、否定するのかな……」
「団長、否定する時、言葉が重いから……」

 怖いこと言わないで!

 王子が団長の前に立ち、にこにこ言った。
「団長、おはよう。噂、すごいね」
「……殿下」
 団長の声が低い。
「止めてください」
「止めるよ。後始末しに来た」
「後始末、最初からしてください」
「それは楽しくない」

 副団長が叫んだ。
「楽しくするな!!」

 王子は列の人々に向き直り、柔らかい声で言った。
「みなさま。お騒がせしてすみません。噂が先走ったようですね」
 列がざわつく。
「では、婚約では……?」
「婚約ではありません」
 王子はさらっと言い切った。
「騎士団長は、業務に忠実で、私生活を噂にされるのが苦手ですから」

 苦手ですから、って言い方、妙に説得力がある。
 列の空気がすっと落ち着く。

 ……さすが、後始末が上手い。

 副団長が小さく呟く。
「殿下、火をつけてから消すのが上手すぎる……」
「褒めてる?」
「褒めてません。呆れてます」

 王子は続けた。
「ただし」
 ――ただし?
 嫌な予感。

「騎士団には最近、良い変化がありまして」
 王子はにこにこ言う。
「事務担当が無理をしないよう、休憩制度を整えたんです。素晴らしいでしょう?」
「殿下!!」
 副団長が叫ぶ。
「それ、言わなくていいです!!」
「言うよ。良いことだから」

 列の人々が頷く。
「まあ、素敵……」
「騎士団、優しい……」
「騎士団長も変わられたのですね」

 変わった?
 変わったのは、たぶん、私の周りだけだ。

 王子は最後に、追い風だけ残すように言った。
「ですので、噂は婚約ではなく――“騎士団の環境改善”だと思ってください」
「環境改善!?」
 副団長が呻く。
「殿下、恋愛を環境改善にすり替えないでください!!」

 王子は私に小さくウインクした。
「安心して。変な噂は消す。必要な噂だけ残す」
「必要な噂って何ですか!!」

 団長が低い声で言った。
「殿下」
「なに?」
「……余計なことは、言わないでください」
「余計なこと?」
 王子が首を傾げる。
「俺、今“婚約じゃない”ってちゃんと言ったよ?」
「その後だ」
「その後?」
「……君が、良い変化、という部分だ」

 団長が私を見る。
 視線が鋭いのに、言葉が少しだけ迷う。

「……彼女を、見世物にしないでください」

 私は息を止めた。

 見世物。
 そう言われると、さっきまでの列の視線が急に重く感じる。

 王子は一瞬だけ真面目な顔になって、団長に言った。
「ごめん。そこは俺の悪い癖だ」
「……」
「でも、安心して。事務さんは“見世物”じゃなくて、“誇り”だよ」

 誇り。
 そんな言葉、私には大きすぎる。

 私は反射で笑いそうになって、でも笑えなくて、机の上を整えた。
 整える癖。
 自分の心を、机の角に揃える癖。

 副団長が小さく言った。
「姉さん、見なくていい。列の視線」
「……うん」
「俺が返す」
「副団長……ありがとう」
「当然。味方だから」

 団長が低い声で言った。
「俺も返す」
「返す……?」
「視線」

 団長が受付の前に一歩出た。
 列の人々が息を飲む。

 団長は、無表情のまま言った。
「騎士団の事務担当は、業務上必要だ。以上」
「以上!?」
 副団長が叫ぶ。
「それ、冷徹団長の宣言です!!」

 列の人々が「はは……」と引きつった笑いを漏らす。
 でもそれで、視線の熱が少しだけ冷めた。
 団長の“圧”は、噂を鎮火する効果も高い。

 王子が満足そうに頷く。
「うん。火消し、完了」
「殿下、最初から火をつけないでください」
 副団長が言う。
「わかった。次は小さめにする」
「小さめでもつけないでください!!」

 列が解散し、受付にいつもの静けさが戻った。

 私は深呼吸して、団長に小さく言った。
「……団長、さっき……ありがとうございました」
「当然だ」
「当然って……」
「君が困るのは、本意ではない」
「……」

 甘い言葉じゃない。
 でも、胸の奥にすっと入ってくる。

 王子が帰り際に、私にだけ聞こえる声で言った。
「事務さん。噂は消したけどね」
「……はい」
「団長の気持ちは、消せないよ」
「殿下……」
「続き、待ってて」

 ……続き。

 私はまた胸が忙しくなる。
 だけど今日は、噂に潰されないように、団長と副団長が前に立ってくれた。

 それが、少しだけ嬉しい。

 そして少しだけ――怖い。
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