冷徹と噂の堅物騎士団長、恩返しのつもりが彼氏面で騎士団の運用規定になりました(副団長の胃が先に限界)

星乃和花

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第13話 事件未満の小さな影(団長、静かに片付け)

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 噂の火は消えた。

 第三王子が器用に鎮火し、団長が圧で灰にし、副団長が胃を犠牲にして平穏を取り戻した。

 ――だからもう、しばらくは平和だと思っていた。

 そんな都合よくいくわけがない。
 なぜならここは、騎士団だ。
 平和が続くと、何かが起こる。

 起こったのは、事件未満。

 小さくて、陰湿で、でも確実に嫌なやつ。

 午前中、私は受付でいつものように申請書類を受け取り、分類していた。
 副団長が制度化してくれた休憩時間も、ちゃんと取っている。
 団員も当番制で手当を回している。
 ――うまく回っている。

 そのはずだった。

「……あれ」

 私の指が止まった。

 備品申請の束が、足りない。

 数が合わない。
 受付で受け取ったはずの書類が、一枚だけ――ない。

 私の背中に冷たい汗が浮かぶ。
 こういうミスは、積み重なると信用に関わる。
 私の仕事は、信頼の上に立っている。
 ここで“抜け”が出るのは――怖い。

「……どうしよう」

 私は机の上を整え直し、束をもう一度数える。
 間違いない。足りない。
 私は息を吸って、声を出そうとした。

「副団長――」

 その時、机の端に、何かが置かれた。

 白い封筒。

 見覚えのない封筒。
 誰かが、私の机に“そっと”置いた。

 手紙?
 でも、騎士団の封筒じゃない。

 私は手を伸ばしかけて、止まった。

 ……怖い。

 怖いけど、放っておけない。
 私はそっと封筒を持ち上げた。

 封が、薄い糊で軽く閉じられている。
 雑。
 それが逆に嫌だ。

 中の紙を引き出す。

 そこに書かれていた文字は、乱暴だった。

『余計なことをするな』

 たった一行。

 喉が、ひゅっと鳴った。
 心臓が一瞬、止まった気がした。

 余計なこと?
 私が?
 何を?

 私は机の端を握りしめた。
 笑おうとして、できない。
 呼吸が浅くなる。

 “事件未満”なのに、胸の奥がひどく冷える。

 その瞬間。

 空気が、すっと整った。

 団長が来た。

 音もなく、いつものように。
 でも今日は、いつもの“監督”の位置じゃない。
 私のすぐ隣に、静かに立った。

「……どうした」

 声は低く、淡々。
 でも、いつもより少しだけ――鋭い。

 私は言おうとした。
 大丈夫、って。
 いつもの癖で。

 でも、あの言葉が頭をよぎった。

『『大丈夫』が嘘になる』

 私は、息を吐いた。

「……書類が、一枚なくて」
 声が小さく震える。
「それと……これ」

 私は封筒を差し出した。

 団長がそれを受け取り、紙を読む。
 無表情のまま、目だけが少しだけ冷える。

 そして、淡々と言った。

「触るな」

「え?」
「今後、こういうものは触るな」
「でも……」
「俺が処理する」

 処理。
 その言葉が、今日は怖くない。

 団長が紙を折り、封筒ごとしまう。
 仕草が、迷いなく“片付ける”動きだ。

 副団長が気づいて駆け寄ってきた。
「姉さん、どうした?」
 私が言う前に、団長が言った。

「手紙だ」
「……手紙?」
 副団長の表情が一気に硬くなる。
「内容は」
「俺が持つ」
「団長、俺も――」
「副団長」
 団長の声が低い。
「彼女の前で、顔を硬くするな」

 副団長が口を閉じた。
 でも、目だけが怒っている。

 団長は私に視線を戻す。
「怖いか」
「……少し」
「なら、ここから先は俺がやる」

 私はうなずいた。
 うなずけたことに、自分で驚いた。

 団長が“やる”と言うと、全部やってしまう。
 極端。
 でも今は、その極端がありがたい。

 団長は受付の端に立ち、視線を巡らせた。
 ただそれだけで、空気が変わる。

 団員たちがそわそわし、しかし誰も声を出さない。
 団長の圧は、騒がしさも鎮める。

 団長が淡々と言う。
「副団長」
「はい」
「書類の紛失。受理の記録は?」
「あります。姉さんが受け取った記録も残ってる」
「なら、ここで消えた」
「……はい」

 団長は短く頷き、指示を出した。
「受付周辺、動線を確認。出入りした者を洗い出す」
「了解」
 副団長が即座に動く。

 私は机の前で固まったまま、ただ見ていた。

 団長が、仕事の顔になっている。
 冷徹と噂の顔。
 でも――怖くない。

 怖いのは、手紙の方だった。

 私は手を握りしめ、ふと、引き出しの菓子に触れた。

 備蓄:安心。

 変な情報紙の言葉が、今日だけは役に立つ。
 私は小さく息を吐き、菓子を一つ口に入れた。

 甘さが、喉を通る。

 少しだけ、呼吸が戻った。

 団長がそれを見て、低い声で言った。
「良い」
「……え」
「食べろ」
「……はい」

 それは“彼氏面”じゃない。
 ただの指示みたいに聞こえるのに、妙に優しい。

 しばらくして、副団長が戻ってきた。
「団長。書類は……」
「見つけた」
「え?」
 私が声を上げる。

 団長は机の上に、例の申請書類を置いた。
 折れも汚れもない。きれいなまま。

「どこに……?」
「受付の棚の裏」
「裏!? なんでそんなところに……」
「意図的だ」

 副団長が歯を食いしばる。
「……誰が」
「特定する」
 団長の声は淡々としている。
 でも、空気が冷える。

 私は喉が詰まった。
「……私、何か……悪いことを……」
「違う」
 団長が即答した。

 即答が、今日は救いだった。

「君は悪くない」
「でも……余計なことをするなって……」
「余計ではない」
「……」
「君がここにいることは、正しい」

 正しい。
 そんな言葉、私には重い。

 重いのに、団長の声で言われると、逃げられない。

 団長は少しだけ声を落とした。
「……君の優しさを、疎ましく思う者がいるだけだ」
「……」
「俺は、許さない」

 許さない。

 その言葉が怖いのではなく、
 私のために怒っていることが、怖い。

 私は震える息で言った。
「団長……そんなに怒らないで……」
「怒っていない」
「怒ってます」
「……処理している」
「処理って言葉、万能すぎます」

 副団長が静かに言った。
「姉さん。これ、姉さんのせいじゃない」
「……うん」
「俺たちの仕事だ。守るのは」
「守る……」

 団長が私を見た。
「君は、ここにいていい」
「……」
「むしろ、いてほしい」

 ――いてほしい。

 語尾。

 第三王子の紙にあった“柔らかい語尾”。

 団長が、覚えている。

 私は胸がきゅっとなって、でも泣きたくなくて、戸惑って笑った。
 癖の笑い。

 団長が低い声で言う。
「その顔は、良い」
「……言うと思いました」
「言う」

 副団長が小さく笑った。
「姉さん、団長、今めちゃくちゃ“彼氏面”してます」
「していない」
「してます」
「していない」
「してます」
「……監督している」
「もうそれでいいです!」

 私は笑いながら、手紙のことを思い出して、胸の奥がまだ少し冷えた。

 でも、団長が“ここから先は俺がやる”と言った瞬間、
 その冷えが少しだけ溶けた気がした。

 守られてる。

 そう自覚するのは、怖い。
 でも――少しだけ、嬉しい。

 団長は私に言った。
「今日は、早く上がれ」
「え」
「送る」
「送る!?」
「送る」
「監督の範囲を超えてます!」
「超えていない」

 副団長が遠くで呻いた。
「……団長、今日のは本当に送ってやってください。姉さん、心が疲れてる」
「心は対象外じゃなかったの?」
「今日は対象です!!」

 私は、また笑ってしまった。

 事件未満の影は、確かにあった。
 でもそれ以上に――
 私の周りの“守る”が、確かに形になっている。

 それが、少しだけ怖くて。
 少しだけ、救いだった。
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