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第14話 ヒロインの「ありがとう」が団長を壊す(良い意味で)
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団長に“送る”と言われたその日。
私は結局、副団長までついてきて、三人で帰ることになった。
理由は簡単だ。
「団長、姉さんは繊細です。今日は“圧”を抑えてください」
「圧はない」
「あります」
「ない」
「あります!」
「……監督している」
「監督も圧です!!」
副団長が胃を押さえながら、団長の“圧”を分散させるために同行した。
私は申し訳なくて「大丈夫」と言いかけたけど、言う前に二人が同時に言った。
「大丈夫じゃない」
息が合うな。
そして翌日。
事件未満の影は片付けられたらしい。
詳細は教えてもらえなかった。
団長は「俺が処理した」とだけ言った。
副団長は「姉さんは知らなくていい」と言った。
……優しさは、時々、情報を隠す形になる。
それがありがたいのに、少しだけ怖い。
受け取るのが難しい。
だから私は、私にできる範囲で“返したい”と思った。
恩返し――なんて大げさなことじゃなくていい。
ただ、ありがとう、と。
言葉にして、形にして。
でも。
私は“無理をしない”が下手だ。
手作りのお菓子?
……それは頑張りすぎる。
団長の差し入れの山に対抗するのも違う。
それに、私は料理人じゃない。
だから、私は王都の商店街で、ちいさな包みをひとつだけ買った。
高級店じゃない。
普段使いの、素朴な焼き菓子。
誰かの“特別”じゃなくて、日常の中の“ほっとする甘さ”。
――これなら、返せる気がした。
事務室に着くと、団員たちがいつものように雪崩れ込んできた。
「姉さん、おはようございます!」
「姉さん、今日の菓子のおすすめは!?」
「おすすめ制度、やめて!」
副団長がすかさず言う。
「お前ら、姉さんに“おすすめ”を求めるな。休憩は休憩だ」
「副団長、鬼!」
「鬼でいい!!」
そこへ、空気がすっと整う。
団長が入ってきた。
いつも通り無表情。
いつも通り静か。
――でも私は、昨日の影の冷たさを思い出して、胸の奥が少しだけ縮んだ。
団長はそれを見たのかもしれない。
斜め後ろに立たず、少し離れて立った。
加減。
距離。
私が息をしやすいように。
私はそのことが、嬉しくて、苦しくて。
だから、言うことにした。
今。
「……団長」
「何だ」
私は机の引き出しではなく、鞄から小さな包みを取り出した。
包み紙は素朴で、リボンも小さい。
それが、なんだか恥ずかしい。
「……これ」
「……」
「昨日、……いろいろ、ありがとうございました」
声が小さく震えた。
でも、言えた。
団長が包みを見つめたまま固まる。
固まるの、珍しい。
団長はいつも“処理が早い”のに。
副団長が小さく呟く。
「……姉さん、今、団長の処理速度が落ちました」
「副団長、実況しないで……」
団長はゆっくり手を伸ばし、包みを受け取った。
そして――
受け取った瞬間、耳が赤くなった。
「え」
私の声が間抜けに出た。
団長の耳が、赤い。
団長は無表情を保とうとしている。
保とうとしているのに、耳が裏切っている。
可愛いとか言ったら、また怒られそうだけど――
団員たちが静かに息を飲んだ。
「……団長の耳……」
「赤い……」
「尊死……」
「尊死って言うな!!」
副団長が反射でツッコむ。
でも自分も口元が緩んでいる。
団長は低い声で言った。
「……これは」
「差し入れ、です」
「差し入れ」
「はい。小さいですけど……」
団長が包みを握り直す。
握り方が、危険物を扱う時みたいに慎重。
「……君が、選んだのか」
「はい」
「……」
「無理はしてないです」
「……」
「ちゃんと、日常の範囲です」
言い訳みたいに言ってしまう。
でも、私にはそれが大事だった。
団長は低い声で言った。
「……良い」
良い、って。
評価みたいなのに、今日は“甘い”。
団長は続けた。
「受け取る」
「……はい」
「大切にする」
「え」
「大切にする」
同じことを二回言う。
重い。
胸が熱い。
副団長が苦い顔で言った。
「団長、重いです」
「重くない」
「重いです」
「……事実だ」
「事実を重くするな!!」
団員たちがざわざわし始める。
「団長、姉さんの差し入れ、宝物にする気だ!」
「姉さん、すごい!」
「姉さん、団長を赤くした!」
「赤くしたって言うな!」
私は恥ずかしくて、戸惑って笑ってしまった。
すると、団長が低い声で言う。
「その顔は、良い」
「……言わないでくださいって言ったのに」
「……忘れた」
「忘れないでください」
「……努力する」
努力。
団長が努力って言うの、やっぱり可笑しい。
私は笑って、息を吐いた。
その時、扉が軽快に開いた。
「やっほー! なに、今の差し入れイベント! 最高!」
第三王子が、最悪のタイミングで入ってきた。
「殿下!!」
副団長が叫ぶ。
「今は来ないでください!!」
「来ちゃった」
王子は団長の耳を見て、目を輝かせた。
「わ、赤い! 団長、赤い!」
「赤くない」
「赤いよ」
「赤くない」
「赤い」
「……」
団長が黙る。
黙るのが、肯定。
王子が私ににやにや言う。
「事務さん、やるじゃん。団長を“壊した”ね」
「壊してません!」
「壊したよ。ほら、無表情が揺れてる」
「揺れてません」
「揺れてる」
「揺れてません」
副団長が頭を抱える。
「殿下、煽らないでください」
「煽ってないよ。祝ってる」
「祝うな!!」
王子は団長に肩を寄せる(寄せようとして圧で止まる)。
「団長、良かったね。これ、個別の差し入れだよ。例外(効果:最強)」
「その言い方をするな」
「最強だよ? 恋って最強」
「殿下」
副団長が低い声で言った。
「恋の講義を始めないでください」
王子は笑って、私に小さく囁く。
「ねえ事務さん。今の“ありがとう”、ちゃんと届いた?」
「……たぶん」
「うん。団長、耳が答えだよ」
「殿下!!」
私は恥ずかしくて、机の角を整えた。
でも胸の奥は、少しだけ軽い。
返せた。
ほんの少しだけ。
団長は包みを机の引き出しに入れようとして――止まった。
そして、胸の内ポケットに入れた。
「そこ!?」
副団長が叫ぶ。
「団長、そこは仕事中に入れる場所です!!」
「大切にする」
「大切にしすぎです!!」
団員たちが尊死しかける。
「うわ……胸ポケット……」
「姉さん……団長の心臓に入った……」
「入ってない!!」
私は笑いながら、ようやく息が吸えた。
事件未満の影は、まだ記憶に残っている。
でもその上に、今日の“ありがとう”が重なった。
団長の耳が赤くなったことが、妙に救いだった。
――この人も、ちゃんと人なんだ。
冷徹の噂なんて、ただの噂だ。
私の前では、こんなにも不器用で、真面目で、変で。
そして、優しい。
私は結局、副団長までついてきて、三人で帰ることになった。
理由は簡単だ。
「団長、姉さんは繊細です。今日は“圧”を抑えてください」
「圧はない」
「あります」
「ない」
「あります!」
「……監督している」
「監督も圧です!!」
副団長が胃を押さえながら、団長の“圧”を分散させるために同行した。
私は申し訳なくて「大丈夫」と言いかけたけど、言う前に二人が同時に言った。
「大丈夫じゃない」
息が合うな。
そして翌日。
事件未満の影は片付けられたらしい。
詳細は教えてもらえなかった。
団長は「俺が処理した」とだけ言った。
副団長は「姉さんは知らなくていい」と言った。
……優しさは、時々、情報を隠す形になる。
それがありがたいのに、少しだけ怖い。
受け取るのが難しい。
だから私は、私にできる範囲で“返したい”と思った。
恩返し――なんて大げさなことじゃなくていい。
ただ、ありがとう、と。
言葉にして、形にして。
でも。
私は“無理をしない”が下手だ。
手作りのお菓子?
……それは頑張りすぎる。
団長の差し入れの山に対抗するのも違う。
それに、私は料理人じゃない。
だから、私は王都の商店街で、ちいさな包みをひとつだけ買った。
高級店じゃない。
普段使いの、素朴な焼き菓子。
誰かの“特別”じゃなくて、日常の中の“ほっとする甘さ”。
――これなら、返せる気がした。
事務室に着くと、団員たちがいつものように雪崩れ込んできた。
「姉さん、おはようございます!」
「姉さん、今日の菓子のおすすめは!?」
「おすすめ制度、やめて!」
副団長がすかさず言う。
「お前ら、姉さんに“おすすめ”を求めるな。休憩は休憩だ」
「副団長、鬼!」
「鬼でいい!!」
そこへ、空気がすっと整う。
団長が入ってきた。
いつも通り無表情。
いつも通り静か。
――でも私は、昨日の影の冷たさを思い出して、胸の奥が少しだけ縮んだ。
団長はそれを見たのかもしれない。
斜め後ろに立たず、少し離れて立った。
加減。
距離。
私が息をしやすいように。
私はそのことが、嬉しくて、苦しくて。
だから、言うことにした。
今。
「……団長」
「何だ」
私は机の引き出しではなく、鞄から小さな包みを取り出した。
包み紙は素朴で、リボンも小さい。
それが、なんだか恥ずかしい。
「……これ」
「……」
「昨日、……いろいろ、ありがとうございました」
声が小さく震えた。
でも、言えた。
団長が包みを見つめたまま固まる。
固まるの、珍しい。
団長はいつも“処理が早い”のに。
副団長が小さく呟く。
「……姉さん、今、団長の処理速度が落ちました」
「副団長、実況しないで……」
団長はゆっくり手を伸ばし、包みを受け取った。
そして――
受け取った瞬間、耳が赤くなった。
「え」
私の声が間抜けに出た。
団長の耳が、赤い。
団長は無表情を保とうとしている。
保とうとしているのに、耳が裏切っている。
可愛いとか言ったら、また怒られそうだけど――
団員たちが静かに息を飲んだ。
「……団長の耳……」
「赤い……」
「尊死……」
「尊死って言うな!!」
副団長が反射でツッコむ。
でも自分も口元が緩んでいる。
団長は低い声で言った。
「……これは」
「差し入れ、です」
「差し入れ」
「はい。小さいですけど……」
団長が包みを握り直す。
握り方が、危険物を扱う時みたいに慎重。
「……君が、選んだのか」
「はい」
「……」
「無理はしてないです」
「……」
「ちゃんと、日常の範囲です」
言い訳みたいに言ってしまう。
でも、私にはそれが大事だった。
団長は低い声で言った。
「……良い」
良い、って。
評価みたいなのに、今日は“甘い”。
団長は続けた。
「受け取る」
「……はい」
「大切にする」
「え」
「大切にする」
同じことを二回言う。
重い。
胸が熱い。
副団長が苦い顔で言った。
「団長、重いです」
「重くない」
「重いです」
「……事実だ」
「事実を重くするな!!」
団員たちがざわざわし始める。
「団長、姉さんの差し入れ、宝物にする気だ!」
「姉さん、すごい!」
「姉さん、団長を赤くした!」
「赤くしたって言うな!」
私は恥ずかしくて、戸惑って笑ってしまった。
すると、団長が低い声で言う。
「その顔は、良い」
「……言わないでくださいって言ったのに」
「……忘れた」
「忘れないでください」
「……努力する」
努力。
団長が努力って言うの、やっぱり可笑しい。
私は笑って、息を吐いた。
その時、扉が軽快に開いた。
「やっほー! なに、今の差し入れイベント! 最高!」
第三王子が、最悪のタイミングで入ってきた。
「殿下!!」
副団長が叫ぶ。
「今は来ないでください!!」
「来ちゃった」
王子は団長の耳を見て、目を輝かせた。
「わ、赤い! 団長、赤い!」
「赤くない」
「赤いよ」
「赤くない」
「赤い」
「……」
団長が黙る。
黙るのが、肯定。
王子が私ににやにや言う。
「事務さん、やるじゃん。団長を“壊した”ね」
「壊してません!」
「壊したよ。ほら、無表情が揺れてる」
「揺れてません」
「揺れてる」
「揺れてません」
副団長が頭を抱える。
「殿下、煽らないでください」
「煽ってないよ。祝ってる」
「祝うな!!」
王子は団長に肩を寄せる(寄せようとして圧で止まる)。
「団長、良かったね。これ、個別の差し入れだよ。例外(効果:最強)」
「その言い方をするな」
「最強だよ? 恋って最強」
「殿下」
副団長が低い声で言った。
「恋の講義を始めないでください」
王子は笑って、私に小さく囁く。
「ねえ事務さん。今の“ありがとう”、ちゃんと届いた?」
「……たぶん」
「うん。団長、耳が答えだよ」
「殿下!!」
私は恥ずかしくて、机の角を整えた。
でも胸の奥は、少しだけ軽い。
返せた。
ほんの少しだけ。
団長は包みを机の引き出しに入れようとして――止まった。
そして、胸の内ポケットに入れた。
「そこ!?」
副団長が叫ぶ。
「団長、そこは仕事中に入れる場所です!!」
「大切にする」
「大切にしすぎです!!」
団員たちが尊死しかける。
「うわ……胸ポケット……」
「姉さん……団長の心臓に入った……」
「入ってない!!」
私は笑いながら、ようやく息が吸えた。
事件未満の影は、まだ記憶に残っている。
でもその上に、今日の“ありがとう”が重なった。
団長の耳が赤くなったことが、妙に救いだった。
――この人も、ちゃんと人なんだ。
冷徹の噂なんて、ただの噂だ。
私の前では、こんなにも不器用で、真面目で、変で。
そして、優しい。
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