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後日談④ 副団長、胃を抱えたまま幸せを見守る
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(三人称寄り副団長視点)
恋人になったら、騎士団が落ち着くと思っていた。
――思っていたのに。
現実は“祝福モード”が常時発動している。
朝の点呼で団員がにやにやしている。訓練中に誰かが「姉さん!」と叫ぶ。廊下の掲示板にいつの間にか「おめでとう」の紙が増える。消しても増える。雑草か。
そして何より、騎士団長が堂々と彼氏面をしている。
……いや、恋人面か。どっちでもいい。胃が痛い。
副団長は朝一番に胃薬を補充した。小瓶はもう定位置だ。制服の内ポケットに入っている。騎士団の副団長として誇らしいことではないが、ここ最近は“誇り”より“生存”が優先である。
「……姉さんが幸せなら、まあ……」
ぼやきながら事務室に入ると、彼女はいつも通り書類を整えていた。机の角を揃え、紙の束を揃え、ペンの向きを揃える。あの癖は昔からだ。心がざわつくと、手が先に動いて世界を揃えようとする。
でも最近、彼女の整え方が少し変わった。
前は“必死”だった。今は――“戻す”ために整えている。
それが、副団長には嬉しい。
団員たちが雪崩れ込んできた。
「姉さん! おはようございます!」
「姉さん! 今日のお茶――」
言いかけた団員の声が、途中で消えた。
理由は簡単だ。
団長の視線。
騎士団長が事務室に入ってきた瞬間、空気がすっと締まり、団員の背筋がそろって伸びた。さっきまでわんぱくだった奴らが、急に“訓練中の顔”になるのは本当に便利で、そして腹立たしい。
団長は無表情のまま、低い声で言う。
「……自分で淹れろ」
「はい!!」
即答。即撤退。見事な統率。
副団長は心の中で拍手した。
よし。今日はまだ胃が生きている。
彼女が小さく笑った。戸惑い笑いじゃない。ちょっと呆れた笑いだ。これは成長だ。副団長は勝手にそう決めている。
団長がその笑いを見て、いつもの低い声で言いかけた。
「その顔は――」
「言わなくていいです」
彼女が先に止めた。
副団長は内心でガッツポーズをした。
言えた。
止められた。
しかも笑ってる。
団長が一瞬止まり、咳払いをして口を閉じた。止められて止まるのが、この男のすごいところだ。止められて逆ギレしない。真面目すぎる。
副団長は胸の奥が少しだけ温かくなった。
――良い方向に進んでる。
それなのに胃は痛い。なぜだ。
***
午前の業務が一区切りついた頃、例の制度化された休憩時間が来た。
以前の彼女なら、ここで一度、机に手を伸ばしてしまったはずだ。“あと少しだけ”が口癖だった。誰かに頼られると、頼られることが自分の価値だと思ってしまう癖があった。
副団長は知っている。
彼女は、役に立つことでしか自分の存在を許せなかった時期がある。幼馴染として、その空気を隣で吸ってきた。
だから彼女が今、休憩を選べることが、何より嬉しい。
彼女は書類を揃え、ペンを置いて、はっきり言った。
「休憩、行ってきます」
その一言が、たったそれだけが、副団長の胃に効いた。良い意味で。胃酸が少しだけ引っ込む感じがした。
「行ってこい」
副団長が言うより先に、団長が“当然”の顔でそう言った。
当然。
押し付けがましくない当然。
彼女が休むことを“特別扱い”にしない当然。
副団長は、そこに団長の成長を見た。
――こいつ、やっと“守り方”を覚えてきた。
守るって、囲い込むことじゃない。
休める世界を作ることだ。
団長は不器用だ。極端だ。言葉が少ない。たまに括弧が出る。恋愛を運用しそうになる。
でも結果として、彼女が楽になっている。
副団長はそれがありがたかった。
自分一人では無理だったからだ。幼馴染として支え続けても、“彼女の癖”は彼女自身の中に根を張っている。引き抜くのは、本人の時間が必要だった。
そこに団長が入ってきて、乱暴に見えて、でも確実に“守る側の世界”を作ってしまった。
……結果オーライだ。胃以外は。
***
休憩から戻ってきた彼女は、少しだけ頬が柔らかかった。何かを飲んだのか、菓子を食べたのか。備蓄は安心(効果:高)。ふざけた情報紙も、たまに当たるから腹が立つ。
彼女は自分の机へ向かわず、まず団長の方へ寄った。
副団長はそれを見て、勝手に身構えた。
――また何か重いこと言うなよ、団長。
彼女が小さな声で言った。
「……お待たせしました」
副団長は心の中で「かわいいかよ」と呟いた。口に出したら団員たちが尊死するので言わない。胃を守るのも副団長の仕事だ。
団長は真顔で返した。
「待っていない」
……はい出た。堅物。
副団長が内心でため息をついた、その時。
団長の耳が、赤い。
ほんの少しだけ。
でも確実に。
副団長は、危うく咳き込むところだった。
――お前、待ってたんじゃねえか。
彼女は戸惑って笑った。今日の笑いは、戸惑いだけじゃない。ちょっと嬉しそうな笑いだった。
団長が咳払いをした。照れ隠しだ。わかりやすすぎる。
副団長は胃を押さえた。
痛い。
でもこの痛みは、いつもの胃痛と違う。
胸の奥が温かくて、笑いがこみ上げる痛みだ。
副団長は心の中で、静かに結論を出した。
「……よし、胃薬代は団長持ちで」
口には出さない。出したら規定になる。
規定になったら、また掲示板が増える。
増えたら胃が死ぬ。
だから、心の中だけで決めておく。
――姉さんが笑ってるなら、それでいい。
副団長はそっと目を逸らし、いつもの仕事に戻った。
胃薬を握りしめながら。
恋人になったら、騎士団が落ち着くと思っていた。
――思っていたのに。
現実は“祝福モード”が常時発動している。
朝の点呼で団員がにやにやしている。訓練中に誰かが「姉さん!」と叫ぶ。廊下の掲示板にいつの間にか「おめでとう」の紙が増える。消しても増える。雑草か。
そして何より、騎士団長が堂々と彼氏面をしている。
……いや、恋人面か。どっちでもいい。胃が痛い。
副団長は朝一番に胃薬を補充した。小瓶はもう定位置だ。制服の内ポケットに入っている。騎士団の副団長として誇らしいことではないが、ここ最近は“誇り”より“生存”が優先である。
「……姉さんが幸せなら、まあ……」
ぼやきながら事務室に入ると、彼女はいつも通り書類を整えていた。机の角を揃え、紙の束を揃え、ペンの向きを揃える。あの癖は昔からだ。心がざわつくと、手が先に動いて世界を揃えようとする。
でも最近、彼女の整え方が少し変わった。
前は“必死”だった。今は――“戻す”ために整えている。
それが、副団長には嬉しい。
団員たちが雪崩れ込んできた。
「姉さん! おはようございます!」
「姉さん! 今日のお茶――」
言いかけた団員の声が、途中で消えた。
理由は簡単だ。
団長の視線。
騎士団長が事務室に入ってきた瞬間、空気がすっと締まり、団員の背筋がそろって伸びた。さっきまでわんぱくだった奴らが、急に“訓練中の顔”になるのは本当に便利で、そして腹立たしい。
団長は無表情のまま、低い声で言う。
「……自分で淹れろ」
「はい!!」
即答。即撤退。見事な統率。
副団長は心の中で拍手した。
よし。今日はまだ胃が生きている。
彼女が小さく笑った。戸惑い笑いじゃない。ちょっと呆れた笑いだ。これは成長だ。副団長は勝手にそう決めている。
団長がその笑いを見て、いつもの低い声で言いかけた。
「その顔は――」
「言わなくていいです」
彼女が先に止めた。
副団長は内心でガッツポーズをした。
言えた。
止められた。
しかも笑ってる。
団長が一瞬止まり、咳払いをして口を閉じた。止められて止まるのが、この男のすごいところだ。止められて逆ギレしない。真面目すぎる。
副団長は胸の奥が少しだけ温かくなった。
――良い方向に進んでる。
それなのに胃は痛い。なぜだ。
***
午前の業務が一区切りついた頃、例の制度化された休憩時間が来た。
以前の彼女なら、ここで一度、机に手を伸ばしてしまったはずだ。“あと少しだけ”が口癖だった。誰かに頼られると、頼られることが自分の価値だと思ってしまう癖があった。
副団長は知っている。
彼女は、役に立つことでしか自分の存在を許せなかった時期がある。幼馴染として、その空気を隣で吸ってきた。
だから彼女が今、休憩を選べることが、何より嬉しい。
彼女は書類を揃え、ペンを置いて、はっきり言った。
「休憩、行ってきます」
その一言が、たったそれだけが、副団長の胃に効いた。良い意味で。胃酸が少しだけ引っ込む感じがした。
「行ってこい」
副団長が言うより先に、団長が“当然”の顔でそう言った。
当然。
押し付けがましくない当然。
彼女が休むことを“特別扱い”にしない当然。
副団長は、そこに団長の成長を見た。
――こいつ、やっと“守り方”を覚えてきた。
守るって、囲い込むことじゃない。
休める世界を作ることだ。
団長は不器用だ。極端だ。言葉が少ない。たまに括弧が出る。恋愛を運用しそうになる。
でも結果として、彼女が楽になっている。
副団長はそれがありがたかった。
自分一人では無理だったからだ。幼馴染として支え続けても、“彼女の癖”は彼女自身の中に根を張っている。引き抜くのは、本人の時間が必要だった。
そこに団長が入ってきて、乱暴に見えて、でも確実に“守る側の世界”を作ってしまった。
……結果オーライだ。胃以外は。
***
休憩から戻ってきた彼女は、少しだけ頬が柔らかかった。何かを飲んだのか、菓子を食べたのか。備蓄は安心(効果:高)。ふざけた情報紙も、たまに当たるから腹が立つ。
彼女は自分の机へ向かわず、まず団長の方へ寄った。
副団長はそれを見て、勝手に身構えた。
――また何か重いこと言うなよ、団長。
彼女が小さな声で言った。
「……お待たせしました」
副団長は心の中で「かわいいかよ」と呟いた。口に出したら団員たちが尊死するので言わない。胃を守るのも副団長の仕事だ。
団長は真顔で返した。
「待っていない」
……はい出た。堅物。
副団長が内心でため息をついた、その時。
団長の耳が、赤い。
ほんの少しだけ。
でも確実に。
副団長は、危うく咳き込むところだった。
――お前、待ってたんじゃねえか。
彼女は戸惑って笑った。今日の笑いは、戸惑いだけじゃない。ちょっと嬉しそうな笑いだった。
団長が咳払いをした。照れ隠しだ。わかりやすすぎる。
副団長は胃を押さえた。
痛い。
でもこの痛みは、いつもの胃痛と違う。
胸の奥が温かくて、笑いがこみ上げる痛みだ。
副団長は心の中で、静かに結論を出した。
「……よし、胃薬代は団長持ちで」
口には出さない。出したら規定になる。
規定になったら、また掲示板が増える。
増えたら胃が死ぬ。
だから、心の中だけで決めておく。
――姉さんが笑ってるなら、それでいい。
副団長はそっと目を逸らし、いつもの仕事に戻った。
胃薬を握りしめながら。
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