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第八話 星祭りは屋根の上で
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朝、アデラは炭筆をくるりと回して、いつもの“開式”から。
《第二十二条:高い場所は“三点支持”と“命綱”。》
《第二十三条:光は“見るだけ”じゃなく“作ってもいい”。》
「本日は“屋根の上影絵劇場”の開業準備です」
「まず安全。次に楽しい。最後に自慢」
「自慢、だいじ」
エリは細い竹と薄板で軽い枠を組み、隅に雲母片を縫い付ける。
アデラは黒い紙を切り抜いて、パン、鳥、山、家――そして“雷に勝つ傘”のシルエット。
「この傘、勝つ?」
「勝つ(気持ちの問題)」
「気持ちの問題は、だいたい勝つ」
枠の裏に油ランプを置き、昼の室内でテスト。
壁に映る影が、ふわりと揺れて笑う。
「おお……」
「世界の目(窓)から見ても綺麗。――屋根に持っていく前に、もう一条」
エリが板に書く。
《第二十四条:祭りの日は“無理を盛らない”。楽しみは翌日も残す。》
「翌日も残す……いいね。影、明日も上映する!」
「長期公演になってきた」
◇
昼すぎ、村へ。
ブーランの店先は星形の紙灯りがふわふわ、リゼットが両手を広げる。
「影絵の枠、できたのかい?」
「はい。雲母のパッチ入り」
「じゃあ“甘い応援”の差し入れ。星型クッキーと蜂蜜飴。――あ、エリ、梯子の紐、もう一段短く結びな。高いところは“余裕を怖がる”のがうまい人」
「肝に銘じます」
古道具屋のソルは、古いランタンの芯を替えてくれた。
「風が強くなったら火を落とせ。影を“休ませる勇気”も演者の仕事」
「休ませる勇気、良い言葉」
子どもたちがぞろぞろ寄ってくる。
「今夜、屋根でやるの?」
「“見上げすぎ禁止区域”を設定します」
「なにそれ」
「流れ星が怖い人に配慮した“見ない方向”ゾーン」
「新しい安全概念だ」
◇
夕暮れ、山の稜線が紫に沈む。
小屋の前で最終点検。
命綱、良し。梯子の角度、良し。火の消し壺、良し。水、良し。標語板、良し。
「上がるよ。三、二、一――はい」
「はい」
屋根の上は、ひんやりとした風がよく通った。
遠くの村には小さな灯りがいくつも灯り、星祭りのざわめきが遅れて届く。
「アデラ、怖くなったら、すぐ言う(第十八条)」
「はい。合図、出す」
枠を棟の低い位置に固定し、油ランプに火。
薄い幕に、パンと鳥が踊り、山と家が寄り添い、傘が雷に勝つ(※比喩)。
「はじまりの合図は――“どうぞ”(付記参照)」
「“ありがとう”で返す」
アデラが棒を操り、影のパンが増え、鳥が舞い、家の煙突から“安心の煙”がのぼる。
エリは台詞を添える。
「ここは辺境の山。危機管理ゼロの令嬢と、自責の念が渦巻く優しい男子が住んでいます」
「ふたりは“まず生きて、次に直す”(第一条)」
ふたりの声が重なるたび、下の草地に集まった村の子らがくすくす笑う。
風が一瞬強くなり、影が揺れる。
エリが火を少しだけ落とす。
「“休ませる勇気”」
「うん。――再開!」
影の傘が、ちいさな稲妻の形をやさしく撫でて通り過ぎる。
アデラの視線は“見ない方向”に固定されているが、笑顔はまっすぐ観客へ向く。
「エリ、楽しい」
「“人を楽しませる前に、自分が楽しいか確認”(第二十三条)クリアだね」
◇
上演の合間、ふと空が白く瞬く。
アデラの指が、合図のように一拍、エリの手首を叩いた。
「いち、に、さん、し、ご――」
遅れて、低い音。遠い。
「遠い。大丈夫」
「大丈夫」
約束の“抱きしめ”は夜の雷限定――のつもりだったが、エリはそっと肩で支え、手のひらを重ねる。
灯りの影が、二つ、近づく。
「……つづけよう」
「うん」
アデラが棒を持ち直すと、影の家の窓が“世界の目”みたいにぱっちり開き、小さな鳥がそこにとまった。
下からリゼットの声。「上手いよー!」
バルドの野太い声。「梁が誇ってるぞー!」
サビーネの鈴声。「命が笑っておる!」
「命、笑ってるって」
「いいレビュー」
◇
終演。
ランタンの火を落とし、余熱の匂いと甘い風。
草地の拍手がふわっと届いて、やがて薄く散る。
エリは枠の固定を外し、アデラは火元を確認してから、うん、と息を吐いた。
「“無理を盛らない”(第二十四条)まで守れた」
「総合優勝」
「何の大会」
「安全と楽しいの二種目複合」
「金メダル二枚だ」
二人で笑って、梯子へ。
降りる前に、アデラがそっと言う。
「エリ。……見ない方向、守れた」
「えらい」
「でも、光ってるの、感じた」
「感じるのは、こっちで分け合える」
手が重なり、三点支持で慎重に降りる。
足が地面に着いた瞬間、草が柔らかく鳴いた。
◇
小屋に戻ると、窓のパッチワークが夜の熱を優しく冷ましていた。
リゼットの星クッキーを齧りながら、今日の“よかった”を交換する。
「わたし、“光は作ってもいい”が、好き。怖い光は見ないで、やさしい光を作る」
「俺は“三点支持と命綱”を守れたこと。……昔の俺は、勢いで登って、勢いで痛んで、勢いで黙った。今日は、登って、守って、笑えた」
「標語の勝ち」
「勝ちって言うのも変だけど、うん、勝ち」
アデラが板にペン先を置く。
「締め、書いていい?」
「どうぞ」
《第二十五条:祭りは“安全と笑顔”で完成する。》
《付記:流れ星は“見ない”。でも、願いは“言っていい”。》
エリが、少し驚いた顔でこちらを見る。
アデラは照れて笑った。
「願い、言っていい?」
「うん」
「明日も、二人で」
「叶いました」
ふたりは同時に笑って、窓の下の棚に影絵の枠を立てかけた。
屋根は静かに呼吸し、梁は“家になる覚悟”のまま動かない。
外では、遠い祭りの余韻がまだ続いている。
流れ星は――見ない。
けれど、願いは、ちゃんとここに置いた。
家は、また少し“家”に寄った。
《第二十二条:高い場所は“三点支持”と“命綱”。》
《第二十三条:光は“見るだけ”じゃなく“作ってもいい”。》
「本日は“屋根の上影絵劇場”の開業準備です」
「まず安全。次に楽しい。最後に自慢」
「自慢、だいじ」
エリは細い竹と薄板で軽い枠を組み、隅に雲母片を縫い付ける。
アデラは黒い紙を切り抜いて、パン、鳥、山、家――そして“雷に勝つ傘”のシルエット。
「この傘、勝つ?」
「勝つ(気持ちの問題)」
「気持ちの問題は、だいたい勝つ」
枠の裏に油ランプを置き、昼の室内でテスト。
壁に映る影が、ふわりと揺れて笑う。
「おお……」
「世界の目(窓)から見ても綺麗。――屋根に持っていく前に、もう一条」
エリが板に書く。
《第二十四条:祭りの日は“無理を盛らない”。楽しみは翌日も残す。》
「翌日も残す……いいね。影、明日も上映する!」
「長期公演になってきた」
◇
昼すぎ、村へ。
ブーランの店先は星形の紙灯りがふわふわ、リゼットが両手を広げる。
「影絵の枠、できたのかい?」
「はい。雲母のパッチ入り」
「じゃあ“甘い応援”の差し入れ。星型クッキーと蜂蜜飴。――あ、エリ、梯子の紐、もう一段短く結びな。高いところは“余裕を怖がる”のがうまい人」
「肝に銘じます」
古道具屋のソルは、古いランタンの芯を替えてくれた。
「風が強くなったら火を落とせ。影を“休ませる勇気”も演者の仕事」
「休ませる勇気、良い言葉」
子どもたちがぞろぞろ寄ってくる。
「今夜、屋根でやるの?」
「“見上げすぎ禁止区域”を設定します」
「なにそれ」
「流れ星が怖い人に配慮した“見ない方向”ゾーン」
「新しい安全概念だ」
◇
夕暮れ、山の稜線が紫に沈む。
小屋の前で最終点検。
命綱、良し。梯子の角度、良し。火の消し壺、良し。水、良し。標語板、良し。
「上がるよ。三、二、一――はい」
「はい」
屋根の上は、ひんやりとした風がよく通った。
遠くの村には小さな灯りがいくつも灯り、星祭りのざわめきが遅れて届く。
「アデラ、怖くなったら、すぐ言う(第十八条)」
「はい。合図、出す」
枠を棟の低い位置に固定し、油ランプに火。
薄い幕に、パンと鳥が踊り、山と家が寄り添い、傘が雷に勝つ(※比喩)。
「はじまりの合図は――“どうぞ”(付記参照)」
「“ありがとう”で返す」
アデラが棒を操り、影のパンが増え、鳥が舞い、家の煙突から“安心の煙”がのぼる。
エリは台詞を添える。
「ここは辺境の山。危機管理ゼロの令嬢と、自責の念が渦巻く優しい男子が住んでいます」
「ふたりは“まず生きて、次に直す”(第一条)」
ふたりの声が重なるたび、下の草地に集まった村の子らがくすくす笑う。
風が一瞬強くなり、影が揺れる。
エリが火を少しだけ落とす。
「“休ませる勇気”」
「うん。――再開!」
影の傘が、ちいさな稲妻の形をやさしく撫でて通り過ぎる。
アデラの視線は“見ない方向”に固定されているが、笑顔はまっすぐ観客へ向く。
「エリ、楽しい」
「“人を楽しませる前に、自分が楽しいか確認”(第二十三条)クリアだね」
◇
上演の合間、ふと空が白く瞬く。
アデラの指が、合図のように一拍、エリの手首を叩いた。
「いち、に、さん、し、ご――」
遅れて、低い音。遠い。
「遠い。大丈夫」
「大丈夫」
約束の“抱きしめ”は夜の雷限定――のつもりだったが、エリはそっと肩で支え、手のひらを重ねる。
灯りの影が、二つ、近づく。
「……つづけよう」
「うん」
アデラが棒を持ち直すと、影の家の窓が“世界の目”みたいにぱっちり開き、小さな鳥がそこにとまった。
下からリゼットの声。「上手いよー!」
バルドの野太い声。「梁が誇ってるぞー!」
サビーネの鈴声。「命が笑っておる!」
「命、笑ってるって」
「いいレビュー」
◇
終演。
ランタンの火を落とし、余熱の匂いと甘い風。
草地の拍手がふわっと届いて、やがて薄く散る。
エリは枠の固定を外し、アデラは火元を確認してから、うん、と息を吐いた。
「“無理を盛らない”(第二十四条)まで守れた」
「総合優勝」
「何の大会」
「安全と楽しいの二種目複合」
「金メダル二枚だ」
二人で笑って、梯子へ。
降りる前に、アデラがそっと言う。
「エリ。……見ない方向、守れた」
「えらい」
「でも、光ってるの、感じた」
「感じるのは、こっちで分け合える」
手が重なり、三点支持で慎重に降りる。
足が地面に着いた瞬間、草が柔らかく鳴いた。
◇
小屋に戻ると、窓のパッチワークが夜の熱を優しく冷ましていた。
リゼットの星クッキーを齧りながら、今日の“よかった”を交換する。
「わたし、“光は作ってもいい”が、好き。怖い光は見ないで、やさしい光を作る」
「俺は“三点支持と命綱”を守れたこと。……昔の俺は、勢いで登って、勢いで痛んで、勢いで黙った。今日は、登って、守って、笑えた」
「標語の勝ち」
「勝ちって言うのも変だけど、うん、勝ち」
アデラが板にペン先を置く。
「締め、書いていい?」
「どうぞ」
《第二十五条:祭りは“安全と笑顔”で完成する。》
《付記:流れ星は“見ない”。でも、願いは“言っていい”。》
エリが、少し驚いた顔でこちらを見る。
アデラは照れて笑った。
「願い、言っていい?」
「うん」
「明日も、二人で」
「叶いました」
ふたりは同時に笑って、窓の下の棚に影絵の枠を立てかけた。
屋根は静かに呼吸し、梁は“家になる覚悟”のまま動かない。
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