雷が鳴ったら抱きしめて(流れ星は見ない方向で) ーー危機管理ゼロ令嬢 × 自責やさ男。辺境DIYラブコメ。

星乃和花

文字の大きさ
11 / 14

第十話 家具は記憶を置くために

しおりを挟む
 朝、アデラは炭筆をくるりと回して、開式。

《第三十一条:測るは二回、切るは一回。焦りは“端材”になる。》
《第三十二条:家具は“座る言い訳”。話すために作る。》

「本日の議題は“テーブルと棚と小さな箱”。記憶の居場所を作ります」

「賛成。角は丸く、脚は安定、面は“パンが転げ落ちない”水平で」

「パン基準、信頼できる」

 エリは昨夕バルドが置いていった端材を選り分け、節の少ない板を“天板候補”に。
 アデラは縄メジャーで寸法を取りながら、鼻歌のテンポで結び目を刻んでいく。

「世界の目(窓)の下に幅一肘半。奥行きは“パンとスープと標語板の予備”が置けるくらい」

「それはつまり広い。……椅子も二脚? 三脚?」

「二脚。来客時は箱に座ってもらう」

「箱のデザインが急に重要になった」

 ◇

 材の切り出し。
 ノコは歌う(第七条)。押すとき力を抜き、引くとき素直に任せる。
 アデラが“いーち、にー”とリズムを刻み、エリが刃を生木に吸い込ませる。
 切り口はまっすぐ、香りは甘く。

「いい匂い。今日の家、真面目な顔してる」

「“真面目な顔の家”ってどんなだろう」

「梁がちょっと胸張ってる感じ」

「なるほど、可視化された自尊心」

「乾いてから磨く(第五条)」

 脚は二本ずつ“ほぞ”を刻む。
 エリが角度を見極め、アデラが墨つぼの線を引く。
 筋肉は角度を邪魔しないためにある、を合い言葉に、刃が静かに入っていく。

「バルドが言ってた“ほぞのゆるみは家のつっかえ”って名言、好き」

「標語にしとく?」

《第三十三条:接合は“きつすぎず・ゆるすぎず”。関係も同じ。》

「関係も同じ、いい……」

 アデラの耳がほんのり色づき、手元の線が一瞬だけ揺れる。すぐに修正。測るは二回(第三十一条)。

 ◇

 昼。
 ブーランの賄いセット(バゲットの端と胡桃蜂蜜)が窓からの光でさらに旨そうに見える。
 リゼット直伝“座ってから食べる”の流儀に従うため、仮の天板を木箱に渡して即席テーブルにする。

「座る言い訳、できた!」

「家具が先に理論を実証していく」

 パンを噛みながら、アデラが小さな布袋を取り出した。
 ほつれたリボン、貝ボタン、金糸の端。――王都の思い出グッズ。

「棚ができたら、ここに置く。あ、雷の本も」

「表紙に布をかけて?」

「安心の布、二枚重ね」

「二枚重ねは安心が二倍」

 エリは黙って頷き、腰袋から細い紐の束を出した。
 硬い皮に巻かれ、端に小さな結び目が三つ。軍時代の訓練紐、合図用だ。

「これ、捨てようと思ってた。でも“過去は整備”(第二十八条)だから、整備して置く。……“助けの往復”(第十七条)って結び方、ここにも使えるし」

「うん。置こう。『整備済み』ってラベルつけよ」

「ラベル文化の発展がすごい」

 アデラは炭で小さく書いた紙片を用意する。

《整備済み①:王都のリボン(ふわふわ)》《整備済み②:雷の本(布かけ)》《整備済み③:合図の紐(往復用)》

「“ふわふわ”が公式表記に」

「重要情報だから」

 ◇

 午後、いよいよ組立。
 ほぞを差し、くさびを打つ前に、二人で“いったん止める”(第三条)。
 正面からテーブルを眺め、斜めからも眺め、世界の目(窓)との距離感も確かめる。

「窓の光が天板で跳ねて、部屋がひとつ明るくなる」

「影絵の枠も置ける高さ。――よし、くさび」

「いくよ。三、二、一――今」

 “ぴたり”。
 木が鳴く。家が喜ぶ。
 アデラは思わず手を合わせた。

「テーブル、入居おめでとう」

「入居祝いに蜜蝋を」

 蜜蝋を温め、布で薄く延ばす。
 撫でるたび、木目が浮き、手のひらに“明日も使える安心”の手触りが残る。

「標語、追加していい?」

「どうぞ、書記官」

《第三十四条:贈り物は“ありがとう”で受け、“使う”で返す。》

「家具は贈り物?」

「“明日の自分たち”からの贈り物」

「詩人……!」

 アデラの目がきらりとして、彼女は椅子のほぞを叩きながら、そっと口ずさむ。
 “明日の自分たち”。――その言い方が、胸にやさしく置かれる。

 ◇

 棚も完成。
 上段は“整備済み”たちの居場所、下段はハーブとパンと、標語板の予備(やっぱり増えた)。
 サビーネが置いていった小さな布香袋を、棚の隅にさげる。
 ふわりとラベンダー。

「匂いで“ここが帰る場所”って脳に刻み込まれるんだって、サビーネが言ってた」

「“帰る匂い”。覚えたい」

「覚えた。標語!」

《第三十五条:“帰る匂い”を作る。香りは心の道しるべ。》

「今日の条文、名作揃い」

「条文の日」

 エリは笑って、棚の前に小さな箱を置いた。
「これ、ニコが今朝、宿から届けてくれたって。ソル経由で」

 開けると、薄い革手袋と短い鉛筆、折り畳める革巻きの工具入れ。
 中には紙片。“段取り係へ。手を守って、書いて、直して、休むこと――全部、仕事。ニコ”

「……“伝言は短く・やさしく・正確に”(第二十九条)。満点」

「満点……」

 アデラはその紙を棚の上段に置き、そっと布を一枚重ねた。
 安心の布。二人分。

 ◇

 夕方、仕上げの儀式。
 テーブルを窓の下に据え、椅子を二脚。
 アデラが椅子の座り心地を確かめ、エリが微調整。
 背もたれが“ほどよい包容力”の角度になるまで、何度も座っては立つ。

「この椅子、抱きしめられてるみたい」

「“抱きしめ機能”は夜の約束だったけど、昼は椅子が担当で」

「すぐ代替を立てる男、好き」

「語尾が危ない」

 ふたりで笑って、テーブルにパンとスープと今日の条文の紙を置く。
 窓のパッチワーク越しに、森の緑が少しやわらかい。
 煙突の“帽子”は風に合わせてゆっくり回り、家のため息は機嫌がいい。

「今日の“よかった”は?」

「“整備済み”って言葉を、過去のものに貼れたこと。……俺、少し軽い」

「わたしは“家具は座る言い訳”。座って話すための家具を持てたこと。……それと、“明日の自分たち”が贈り物をくれたこと」

「受け取り方が上手い家」

「上手い家になろう」

 エリは小さく頷き、炭筆を手に取る。
「締め、書いていい」

「どうぞ」

《第三十六条:沈黙は“悪者”じゃない。座って一緒にいるだけで、整うことがある。》

 沈黙が、ちょうどよく流れ込んでくる。
 火は弱く、スープは温かく、窓の光は四角。
 アデラが指で卓上をとん、と叩く。合図。
 エリが同じ場所をとん、と返す。返事。

 ――合図は往復。助けも往復。
 言葉のいらない往復も、ここにはある。

 ◇

 夜。
 新しい棚に“整備済み”たちを並べる時間は、思い出の“点検”ではなく“配置換え”になった。
 王都のリボンは、ハーブの隣でふわり。
 雷の本は、布の下で静か。
 合図の紐は、椅子の背にちょん、と掛けて“使う準備ができている顔”。

「アデラ」

「ん?」

「……名前、呼ぶの、好きだ」

「うん。わたしも、エリって呼ぶの、好き」

「今夜はそれで、十分」

「十分」

 言葉はそこで止まり、沈黙が続く。
 でも、悪者じゃない。
 椅子が抱きしめ機能を担当し、テーブルが“座る言い訳”を提供し、棚が“帰る匂い”を散らす。

 窓の外、遠い稜線の向こうで、雲が形を変えた。
 季節の端が、ほんの少しこちらへ寄ってくる匂いがする。
 まだ雷ではない。まだ“見ない方向”の出番でもない。
 けれど、風の角度がわずかに変わったことを、家が先に知っている。

「明日は?」

「外壁、土の塗り直しを少し。……天気、変わり目の匂い」

「うん。『空が怪しい日は早めに帰る』(第四条)、準備しておこう」

「雷が鳴ったら抱きしめる、は、夜の約束のままで」

「うん。椅子が昼担当」

 ふたりは笑い、新しい椅子を少しだけ近づけた。
 流れ星は、見ない。
 願いは、言っていい。
 ――明日も、二人で。

 家は、今日もまた“家”に寄った。
 そして、窓の四角の中で、明日の贈り物が静かに光っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

山賊な騎士団長は子にゃんこを溺愛する

紅子
恋愛
この世界には魔女がいる。魔女は、この世界の監視者だ。私も魔女のひとり。まだ“見習い”がつくけど。私は見習いから正式な魔女になるための修行を厭い、師匠に子にゃんこに変えれた。放り出された森で出会ったのは山賊の騎士団長。ついていった先には兄弟子がいい笑顔で待っていた。子にゃんこな私と山賊団長の織り成すほっこりできる日常・・・・とは無縁な。どう頑張ってもコメディだ。面倒事しかないじゃない!だから、人は嫌いよ~!!! 完結済み。 毎週金曜日更新予定 00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?

きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。

処理中です...