光の欠片を拾う少女と、破滅寸前の王子

星乃和花

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第1話 半透明王子と、光の欠片

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 リアム王子さまの足を、どうやって石畳から抜こうか――という問題は、そのあと三分ほどで「わりと力ずく」という、なんのロマンもない解決を見た。

「せーのっ」

「待て、引っ張る前に心の準備が――」

 ずるん。

「……あ」

「……おお」

 ちょっとだけ転びかけたけれど、なんとか両足とも救出成功。石畳の隙間には、すこしだけ光るひびが残っている。

「やっぱり、だいぶ薄くなってますね」

 リアムは、まだ地面と一体化しそうな足首を見下ろして、小さく肩をすくめた。

「褒め言葉としては受け取れないな」

「褒めてません」

「知ってる」

 そんなふうにやり取りしながら、わたしは内心、こっそりどきどきしていた。

 目の前にいるのは、たしかに「王子さま」だ。マントの紋章も本物だし、姿勢も仕草も、どこか“育ちの良さ”がにじんでいる。なのに、半透明で、石畳から足が生えていた。

 ギャップがすごすぎて、頭が現実を受け止めきれていない。

「……その、リアム王子さま」

「リアムでいい」

「じゃあ、リアム。どうしてこんなところで、足を刺してたんですか?」

「言い方に悪意があるな」

 つい本音が出たのは認める。

 リアムは、ほんの少しだけ視線を路地の奥に向けてから、答えた。

「光を、探していたんだ」

「光?」

「この国を支える“光脈”の一部が、ここで細くなっていてな。そこから零れ落ちる光を、少しでも拾い戻せないかと――」

 そこで、わたしの布袋をちらりと見る。

「……が、どうやら先に、専門家がいたらしい」

「落とし物の専門家です」

「頼もしいな」

 リアムはくすっと笑って、それから胸元に手を当てた。

 さっき押し返した光の欠片が、服の下で淡く震えているのが、わたしにもわかった。

「本来なら、こういう“修復”は王宮の術士たちの仕事だ。だが、光脈の弱り方が思った以上に早くてな。王族である俺の身体にも、直接影響が出ている」

「半透明になっちゃうくらい?」

「ああ。光を失いすぎると、存在が薄くなる体質らしい。先々代あたりがそうだったと、記録にあった」

「“らしい”って、あなたのことですよね、今まさに」

「……こういうときは、あまり自分事として考えすぎると、落ち着かないだろう?」

 さらっと言うけど、落ち着いている方がおかしい。

 わたしは思わず、リアムの肩に手を伸ばした。触れるかどうか、少し迷ってから、そっと指先を置く。

 ちゃんと、あたたかい。だけど、人よりすこし軽い気がした。

「軽いですね」

「王族に対して言うセリフではないと思う」

「でも、ほんとに。抱えたらひょいってなりそう」

「実際、昔、兵にお姫様抱っこされたことがあってだな」

「えっ」

 予想外の情報が飛んできた。

「崖から落ちかけてな。俺より彼の方ががっしりしていたから、仕方ないだろう」

「仕方ないですけど……」

「その夜、城中で『軽々王子』とあだ名をつけられた。忘れてほしい黒歴史だ」

「今、初対面の相手に自分から話しましたよね」

「喋りながら後悔している」

 リアムは額に手を当てて、うっすらため息をついた。その表情がおかしくて、わたしはくすっと笑ってしまう。

 こんなふうに冗談を言えるくらいには、まだ余裕があるのか。それとも、冗談でも言っていないと不安で押しつぶされそうなのか。

 どちらにせよ――。

「……光脈のために、そんなに薄くなっちゃうまで、がんばってたんですね」

 ぽつりと言うと、リアムは少しの間、黙っていた。路地の向こうから、パン屋のおばさんがパンを並べる音と、遠くの鐘の音が聞こえる。

 やがて、彼は小さく肩をすくめた。

「王族だからな」

「“だからな”で片づけるには、足、刺さってましたよ」

「そこまで引きずるのか、その話題は」

「インパクトが強かったので」

 軽口をたたき合いながらも、胸の奥のひりひりは消えない。

 わたしは、袋の口をそっと開けて、中のひかりを見下ろした。

 青、クリーム色、桃色、灰色。たくさんの“生きたい気持ち”が、ちいさく瞬いている。そのあいだに、さっき拾った金色の欠片と、よく似た光がいくつも見えた。

 この路地だけで、こんなにこぼれている。

 ――この人、どれだけがんばって、どれだけこぼしたんだろう。

「……リアム」

「ん?」

「あなたの光、たぶん、ここにたくさん混ざってます」

 そう言うと、リアムは目を細めた。

「そうだろうな。ここは王城から一番近い光脈の“節”だから。俺が何度もここに通って、光を無茶に引き出した」

「引き出した?」

「国中に行き渡るように、だ。足りないところに自分の分を流していけば、少なくとも誰かの一日くらいは守れる」

 それは、立派な話だ。教科書に載ってもいいくらいの、美談だ。

 でも――わたしの胸の中では、別の言葉が浮かぶ。

 ――そんなふうに、自分の光を減らしていって。

 ――それでもまだ、「王族だから」で済ませちゃうの?

 喉のあたりに、言葉にならない小石みたいなものがつっかえて、うまく声にならない。

 そんなわたしの顔を覗き込んで、リアムが首を傾げる。

「サラ」

「……なんですか」

「君は、その光を――どこに戻している?」

「光脈の、見えるところです。城下のはずれに、地面から光が見える崖があって。そこに、そっと落とすと……」

 光脈の流れが、すこしだけなめらかになる。ほんの少し。砂糖ひと匙分くらい。

「わたしの力なんて、その程度ですけど」

「いや」

 リアムはきっぱりと言った。

「その“ひと匙”、今のこの国には、決定的に足りない量なんだ」

 まっすぐな目で言われて、思わず視線をそらしそうになる。

 褒められ慣れていない。というか、自分のしていることが「すごい」と言われると、むずむずする。

「……そんな大したことしてないですよ。ただの道端の落とし物拾いです」

「道端の落とし物を、誰かが拾わなかったら。いずれ、誰かが足を取られる」

「それは、パンくずにも言える気がします」

「パンくずでもいい。拾った方がいい」

「パン屋さんが喜びますね」

 他愛ないやりとりをしながらも、リアムの言葉は、あとからじわじわ胸にしみてきた。

 “ひと匙が足りない国”。その足りない分を、自分の中の光で埋め続けてきたのが、この半透明の王子さま。

 それを想像した瞬間、さっき胸に響いた声が、また蘇る。

 ――まだ、生きたい。

 ――こんなに、みっともなくても。

 みっともないどころか、ずるいくらい、まっすぐじゃないか。

「……リアム」

「うん?」

「わたし、あなたと一緒に、光脈を見に行ってもいいですか?」

 自分でも、唐突だと思う。

 でも、口から出てしまった。出てしまったものは、もう戻せない。

 リアムは、少しだけ目を見開いて、それからふわりと笑った。

「本当は、そのつもりで探していた」

「え?」

「光の欠片を拾える人間を。君のような存在を。王宮の術士たちが、ずっと探していた」

 わたしの肩に置かれた手は、さっきより少しだけ、はっきりしている気がした。さっき胸元に戻した光のぶんだけ、輪郭が戻ったのかもしれない。

「さっき、君が俺の光を拾ったとき――正直に言うと、ほっとしたんだ」

「……王子さまでも、ほっとすることあるんですね」

「王子だからこそ、ほっとしたい。許されるかどうかは別として」

 リアムは、冗談めかして肩をすくめた。

「王宮に来てくれ。詳しい話は、そこで聞いてほしい。君の力が必要だ」

「王宮……」

 頭の中に、遠くに見える白い塔と、高すぎる石壁が浮かぶ。わたしには縁のない世界だと思っていた場所。

「でも、わたし、礼儀作法とか全然――」

「廊下で全力で転げ回らなければ、大丈夫だ」

「そんな人、いないですよ」

「以前いたんだ」

「いたんだ……?」

 わたしよりずっとすごい人がいたらしい。少し安心した。

 リアムは、ふと真顔に戻る。

「光脈の状態は、想像以上に悪い。王宮の者たちは、まだ“間に合う”と言うが――俺の身体の薄さを見る限り、余裕はない」

「王子さまの身体で測るの、やめた方が良いと思います」

「客観的な指標として、わかりやすいだろう」

「客観的に消えかけてますからね」

「事実だ」

 言い切るその声が、妙に静かで、ひやりとする。

 この人は、自分のことを、あまりにもあっさり「代わりが利く」と思っている。

 わたしはその感覚が、どうしようもなくいやだった。

「……じゃあ、その客観的な指標、なんとかしましょう」

 気がついたら、きっぱりと言っていた。

「あなたがちゃんと見えるくらい、光、集めに行きましょう。わたしの袋、けっこう入りますよ」

「頼もしいな、落とし物係」

 リアムは、ほんの少しだけ肩の力を抜いたように見えた。

 そのとき――わたしの視界の端で、またひとつ、小さなひかりがきらりと光った。

 さっきよりも、少し遠く。路地を抜けた先の大通りの方から。

「あ、また落ちてる」

 反射的にそちらへ足を向けかけて、はっと振り返る。

「リアム、歩けますか?」

「石畳からの解放には成功した。たぶん、大丈夫だ」

「じゃあ――」

 わたしは、布袋をぎゅっと握りしめて、もう片方の手を差し出した。

「行きましょう。落とし物を拾いながら、王宮まで」

 リアムは一瞬、きょとんとした顔をして、それからおかしそうに笑った。

「王子を案内するのは、護衛ではなく落とし物係か」

「半透明王子の護衛は、難易度高そうなので」

「そのうち“軽々護衛”という新しい職名ができるかもしれない」

「絶対にやりたくないです」

 そんなふうに笑い合いながら、リアムは差し出したわたしの手を、ためらいがちに、けれど確かに取った。

 指先に触れた感触は、さっき肩に触れたときよりも、少しだけしっかりしている。

 路地の出口には、昼のひかりがあふれている。大通りの喧噪と、パンの匂いと、遠くの塔の輪郭。

 その全部の向こうに、王宮がある。

 そして、そのさらに奥には、地下深くを流れる光脈が――。

(そこまで、一緒に行く)

 心の中で、まだ決まってもいないことを、勝手に決める。

 落ちているひかりを拾うのは、わたしの仕事だ。

 この半透明な王子さまからこぼれている光も、例外じゃない。

「サラ」

「はい」

「さっき、君は言っていたな」

「……何をですか?」

「『あなたの光、しばらく預かりますね』と」

 リアムは、歩き出しながら、少しだけ視線を横に向けた。

「預かってくれるのなら――俺が、もし何かをこぼしたときは」

 その先の言葉は、少しだけ迷いながら、ゆっくりと続けられた。

「また拾ってほしい」

 胸の奥が、きゅっと熱くなる。

 わたしは、ぎゅっと布袋を握り直して、うなずいた。

「もちろんです。落とし物係なので」

「頼もしいな」

 そうして、落とし物係と半透明王子の、へなちょこな行列は、路地を抜けて大通りへ出た。

 その足もとには、まだ知らないたくさんの光の欠片が、きらきらと転がっていることを――このときのわたしたちは、まだ知らなかった。
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