こねこね錬金、クッキーで政務を救え! — 冷徹錬金卿と菓子妖精の末裔 —

星乃和花

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第9話 こねて、混ぜて、未来の味見(プロポーズ前夜)

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 午前の王都広場は、湯気と紙吹雪の間。
 噴水の前に立て看板——

安心のレシピ v1.0 公開デモ
1. 強制なし 2) 公平 3) 可逆(湯で戻せる) 4) 透明(誰でも作れる) 5) 連署(半分こで担う)

 その下に小さく追記——甘さは計画的に。

「配布上限は一人二口。味の重ね食いは禁止です」
 副官エリンが朗々と説明しつつ、胃薬の箱を台の下へ滑り込ませる。

「隠すな」
 アッシュ・ヴェルが咳払いで笑いを飲み、黒外套の袖をまくる。
 隣でミル・サブレが缶を抱え、緊張とわくわくを半分ずつ顔にのせた。

「本日は“未来の味見”の研究版も、公開仕様でお披露目です」
 ミルの声がよく通る。「運命じゃなくて選択の味です。一口=一歩。強制なし、湯で可逆!」

「名称は未来味(みらいみ)」
 アッシュが砂糖言語を示す。〈未〉〈択〉〈戻〉。
「今の自分が明日の“最初の一歩”を決めるための味だ。予言はしない」



 先陣は、宿題を抱えた少年。
「ぼく、明日、宿題やるか、やらないかの一歩を——」
「齧る前に、紙に**“選択肢A/B”を書き出して」
 アッシュが板を渡す。A:朝に三問、B:夜に三問。
 少年が未来味をぽり**。
「……Aでいきます。朝に三問。お湯で怖さが引く感じ」
「いいね! 湯は怖さの可逆」
 ミルが湯をひと口差し出す。少年が「ただいまテーブルに戻ります」と走っていった。

 八百屋の女将は値札の明日からの透明化を一歩。
 夜勤の衛兵は巡回ルートの見直しを一歩。
 皆、叫ばずに選ぶ。塩が効いている。

 そこへ、濃紺の外套。マルド侯が顎で音楽隊を合図して、広場に控えめなファンファーレ。
「器量比べの見物だ。未来は砂糖で飾れない。手順でしか進まない」
「だから砂糖は“手順を見える化”する」
 アッシュの返しに、侯が唇だけで笑う。「続けたまえ」



 デモは順調——に見えた矢先、男が列の端に怪しい砂糖菓子を掲げた。
「未来が都合よくなる“外連味”だよ~!」
 エリンの塩試験。
 ——べたっ。輪郭が溶け、甘臭いだけが残る。

「それは“従属”の味。選択が消える。没収」
 アッシュが湯で溶き、地面の染みに境界の線を引く。
 ミルが小声で言う。「……塩って、やっぱり頼りになる」

「甘さは計画的に。塩が器量だ」
 アッシュは広場全体を見渡し、看板の端に小さく追記した。
 ——外連禁止。湯常備。



 日が傾き、デモはお開き。
 感想票の束を抱え、三人は錬金省の屋上へ。
 夕陽が王都を粉砂糖みたいに染めている。

「さて——個人的な約束の時間だ」
 アッシュが外套を脱ぎ、ひとつ息を置く。
 ミルの心臓が歩幅を乱しかけたとき、エリンが空気を読んで立入禁止の札を出し、階段に境界味を一片。
「邪魔、来ません。どうぞ」

「有能だ。——数えるな」
「今のは数えてないです」

 小さな卓。湯のポット。塩の小瓶。
 アッシュは羊皮紙と真実印、そして結び輪サブレを置いた。

「研究共同契約(婚約)案だ」
 乾いた声に、わずかな熱。「条項は五つ」
1. 強制しない(どちらも“嫌だ”と言える)
2. 公平(家事と政務、見える化して配分)
3. 可逆(いつでも“湯で話し合い”に戻れる)
4. 透明(喧嘩の手順、公開)
5. 連署(半分こで担う)

 ミルの喉がからん、と鳴りそうになる。
 アッシュは、続けた。

「——そして、第六条。“甘さは計画的に”。塩は常備。湯は多め」

「……第六条、好きです」
 ミルが笑うと、アッシュの表情が少しだけほどける。

「誠実味を一口」
 アッシュが自ら齧る。
「俺は、はじめ君を“従順味”のために雇った。 利用するつもりだった。だが、君に振り回され、線を引き直した。いまは、半分こで前へ進みたい」

 ミルの視界が湯気みたいにゆらぐ。
「……未来味、一口、いいですか」
「仕様は?」
「“この約束を受けた自分”の明日の最初の一歩だけ、温度がわかります。強制なし」

 アッシュが頷く。ミルがぽり。
 胸の奥に、小さな椅子。
 見えたのは——台所の朝。
 湯が沸き、塩の蓋が軽く鳴り、二つのカップに同じ湯気。
 その湯気の向こうで、彼がいつもの低い声で言う。
 「ただいま」
 朝なのに、帰る言葉。胸が、ゆっくりと**“戻る”**。

「——はい」
 ミルは羊皮紙に連署の一画を入れた。
 アッシュも隣に一筆。真実印がぱちと鳴り、焦げ斑なし。
 結び輪サブレを、二人で同時に小さく齧る。〈結〉の輪が二重に灯る。

「婚約、です」
 ミルが顔を上げた瞬間——

 ぼふっ。
 背後で紙吹雪が破裂した。
 エリンが気まずそうに頭を下げる。「……胃薬の箱、誤爆しました」

「何をどう誤爆すると紙吹雪になる」
 アッシュが額に指を当て、すぐに肩の力を抜く。
「いや、思っていることしか言えないから言っておくが——丁度いい合図だった」

 ミルは笑い泣きの顔で、エリンに親指を立てた。「人類!」

「言い方を選べ」
 三人が同時に笑う。



 そこへ、屋上の隅から控えめな拍手。
 濃紺の外套、マルド侯。
「器量の勝負、今夜は君たちの勝ちだ。……婚礼の税申請、透明化フォームを五週ごとに出せ。連署でな」
 おどけて敬礼し、去っていく。

「最後まで人間だな、あの人も」
 エリンがぽつり。
 アッシュは頷き、ミルの方へ向き直る。

「明日、公に発表する。v1.0と、俺たちの連署を」
「はい。甘さは計画的に、ですね」
「塩は常備、湯は多め」

 夜風が、粉砂糖みたいにやわらかい。
 ミルは缶を抱きしめ、もう一口だけ未来味を齧りかけて——
「二口上限」
 アッシュがやんわり止める。「規則だ」

「は、はいっ。規則……!」
 頬が焼き上がる。
 二人の間に、甘くないけど甘い温度が灯る。

 空には、真実印みたいな星。
 “プロポーズ前夜”は、湯と塩と連署で、静かに結ばれた。

——つづく——
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