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Chapter 7. 原初
episode 20. チャーム
しおりを挟む「――で、どういうことだ」
総司令官室の席に腰を下ろし、エルは向かい合う二人をじっと見据えた。
アリシアが隣のトートの脇腹をぐいっと肘でつつく。
「ほら、あんたから言いなよ」
「え、あ、あの……」
「時間がない。早く話せ」
「さっき、仮隊長のファルナンドから、『秘匿情報局が、セリオン隊長が事件に巻き込まれてるから居場所を調べて欲しいと言っている』って言われて……」
エルの表情が固まる。
「秘匿情報局、だと」
トートは視線を落とし、続ける。
「お、俺、隊長の乗ってるガンシップのドローンの型番を追って……。今、第七惑星にいるって突き止めました」
「あたしは、そのあと」
アリシアが前に出る。
「ファルナンドの様子がおかしかったから、ちょっと後をつけたんです。そしたら、見たことない緑の髪の男と話してて。こっそり会話を聞いてたら――その男が、『セリオンを捕らえて兵器にする』って」
エルの眉がぐっと寄り、視線が宙に落ちる。
次の瞬間には、もう顔を上げていた。
通信装置を引き寄せ、素早く操作する。
「ストレイ。アストレイカー――」
呼びかける。
返ってきたのは、澱んだノイズだけだった。
「……ストレイ」
もう一度だけ、今度は低く、抑えた声で呼ぶ。
ノイズ。変わらない。
「……クソ!」
通信装置をテーブルに叩きつける。
「ジャミングされてる」
アリシアが不安そうに眉を下げる。
「あの、助けに行かなきゃ……」
「間に合わない」
エルはゆっくりと首を振った。
顔つきには、珍しくあからさまな苦さがにじんでいる。
「ヴァルガルドは、あの周辺にガンシップを山ほど巡回させてる。今から第二を出ても間に合うかどうか――」
「――あ!」
トートが声を上げた。
「シルバースターなら!今、第五惑星での任務を行なっているはずです!」
エルはその言葉を聞き、即座に通信を開く。
数秒の後、低い女の声が返ってきた。
『――どうした。お前からかかってくるなんて、珍しいな』
「アイノ、今すぐ第七惑星に向かってほしい」
エルの声には、隠しきれない焦りが滲んでいた。
『何があった』
「ヴァルガルドが、セリオンの居場所を突き止めた。犬と――セリオンの“エコー”の力を狙ってる」
言いながら、トートへ視線で合図を送る。
トートは頷き、素早く端末を操作してセリオンの現在地をさらに絞り込んでいく。
少しの沈黙のあと、アイノが低く息を吐いた。
『……全く。だからあいつにも、「気をつけろ」って言ったんだがな。――わかった。ちょうどセンカカと、お前らの話をしていたところだ。すぐ二人で向かう』
「詳細座標はすぐ送る。――頼んだぞ」
『ふふ……珍しく必死だな、“エル”。任せとけ』
通信が切れる。
エルは目を閉じ、額に手を当てたまま、長く息を吐いた。
「隊長の、今の正確な居場所が出ました!」
トートが慌てて言う。
「王立資料図書館付近です、第七惑星ルクセリアの!」
「その座標を、すぐアイノに送れ」
「――送りました!」
「後は、あいつに任せるしかねぇ」
エルは腕を組み、きつく眉を寄せたまま黙り込む。
アリシアは胸の前で拳を握って、小さく呟いた。
「隊長……マジで無事でいてよね……」
それから、ふと何かを思い出したように顔を上げ、エルの方へ向き直る。
「てかさ」
「……なんだ」
「なんで総司令官と隊長、クレセント・ハブで一緒にいたの?デートでしょあれ」
あまりにも直球の問い。
エルが、目を瞬かせて固まった。
隣でトートが青ざめる。
「おい……何度も言うけど、目の前の人、総・司・令・官だからな……?」
エルは短く息を吐き、観念したように答えた。
「銀河の異変を、一緒に調査してた。それだけだ」
アリシアは「ふーん」とだけ言って、部屋の中をきょろきょろと見回す。
視線が、無造作に椅子にかけられた黒いロングコートで止まった。
そのポケットの端で、何かがきらりと光る。
アリシアはニヤリと笑うと、ためらいなく近づき、ポケットに手を突っ込んだ。
エルは片眉を上げ、その様子を見守る。
「……ちょっと」
次の瞬間、アリシアはポケットから取り出した小さなチャームを、勝ち誇ったようにエルの目の前に突きつけた。
「ねぇ、やっぱり。これ、クレセント・ハブの縁結びチャームじゃん!」
エルの動きが止まる。
「しかもこれさ――」
アリシアはチャームの形を指で示して、さらに畳みかけた。
「二つで一個になるやつじゃん!!」
「……アリシア」
エルが、低く名を呼ぶ。
耳の先が、じわりと赤くなっていた。
「お前はもう、黙ってろ」
素早くアリシアの手からチャームを取り上げ、コートの内ポケットに押し込む。
トートだけが、頭の上に「???」を浮かべたまま、その一連のやり取りをぽかんと眺めていた。
エルは小さく咳払いをして、別の通信回線を立ち上げた。
「艦内セキュリティ課、応答しろ」
すぐにホロの向こうから生真面目な声が返ってきた。
『総司令官!いかがされましたか』
エルは端末操作で二枚の画像を送信した。
シグラと、ファルナンドの顔写真。
「内通者だ。この二人を見かけ次第、即座に拘束しろ」
短く告げる
『すぐに手配いたします!』
通信が切れる。
アリシアが、悔しそうに眉を下げた。
「ファルナンド、なんで……」
エルが彼女を見やる。
「ファルナンドは、どういうやつなんだ?」
答えたのはトートだった。
「真面目で、責任感が強くてホント、いいやつなんです。だからこそ、まさかこんなことするなんて……」
そう言って、肩を落とす。
アリシアも、さっきまでの軽さを消して口を開いた。
「因子消失騒動のあとから、ちょっとおかしかった。因子がなくなったせいで腕が落ちたの、すごい気にしてて……」
エルは小さくため息をつく。
「シグラの甘言にでも、惑わされたか」
トートが頭を抱える。
「ファルナンドまでいなくなったら、第五部隊どうなっちゃうんだよ……」
「第五部隊は――俺が預かろう」
あまりにもさらっと告げられた一言に、アリシアとトートが同時に目を見開いた。
「総司令官が、第五を……?」
「本来なら、前線はアイノに任せるつもりだった。だが、あいつにはこのまま当面セリオン達を頼むことにする」
エルは腕を組み、わずかに口の端を上げた。
「こうなった以上、仕方がない。そのためにも――まずは、オルカカを助け出す」
――――
第七惑星〈ルクセリア〉
王立資料図書館。
ドーム状の巨大な建物の内部は、天井まで届く本棚が幾重にも並び、頭上の天窓から差し込む光が、静かな埃の粒と紙の匂いを淡く照らしていた。
セリオンはガボンを抱えたまま、「は~……」と間の抜けた声を漏らす。
思わず口をぽかんと開けて、ぐるりと館内を見回した。
その時、すぐ近くから柔らかい声が飛んでくる。
「すみません、動物はダメなんです」
振り返ると、見覚えのあるルクセリアンの女性が立っていた。
彼女もセリオンの顔を見て、「あっ」と小さく声を上げる。
「あ、クレセント・ハブの!」
セリオンが思わず指をさす。
「素敵な“縁”のお兄さん」
女性は、くすっと笑ってそう言った。
「お姉さん、どうしてここに?」
セリオンが首を傾げる。
「こっちの台詞ですよ。私、本業はここの司書なんです」
女性は楽しそうに笑う。
「チャーム屋さんじゃなかったのか」
「はい。私、イリスって言います」
「俺は、セリオン。よろしく」
ニカリと微笑む。
「……あの、もう一人の、綺麗なお兄さんは?」
イリスが、少し不安そうに尋ねた。
セリオンは眉を下げ、苦笑まじりに答える。
「今は、エデニアにいるよ」
イリスの表情が、ほっと緩んだ。
セリオンを見上げて、ふんわりと微笑む。
「チャーム、効きました?」
セリオンはポケットに手を突っ込み、例のチャームを取り出す。
一度イリスに見せてから、ギュッと指の中に握り込んだ。
「効いたよ。……俺には、ね」
少しだけ寂しそうに笑う。
「なら、大丈夫ですね」
イリスはニコリと微笑んだ。
セリオンは首を傾げ、きょとんと彼女を見つめる。
「実はですね、あの時――
お二人は“七百人目のお客様”じゃなかったんです」
「え?」
「六百八十四番目でした」
イリスはイタズラっぽく目を細める。
「遠くから、屋台を巡るお二人が見えてて。もう一人のお兄さんが、ずっとあなたを優しく見つめているのが、すごく素敵だなって」
セリオンの目がまん丸になる。
顔がじわじわ赤く染まる。
イリスはくすっと笑って続ける。
「なのに、あなたがそれに全然気づいてないみたいだったから。“来てくれたら絶対渡したい!”って、勝手に七百人目ってことにしちゃったんです」
「そ、そうだったのか」
セリオンは照れくさそうに頭をかく。
イリスは、その様子を見ながら、ふと視線を伏せた。
――あの人の周りには、ずっと何か“影”みたいなものがまとわりついていた。
それに本人も気づいていて、どこか諦めているような横顔。
なのに、セリオンを見つめる瞳だけは、まっすぐに輝いていて――
「イリス?」
呼ばれて、はっと顔を上げる。
「すみません、ちょっと考え事を。……ところで、図書館で何かお探しですか?」
セリオンはその様子に小さく笑い、
「えっとさ、リリカル・ハウンド?ってやつについて、ちょっと調べたくて」
「りりかる……はうんど……?」
イリスが小首をかしげる。
「うん。犬、関係。なんか、そういうの」
「少々お待ちください。検索してみますね」
イリスは端末を立ち上げ、素早く検索をかけた。
「ガボ!」
セリオンの片腕の中で、ガボンが小さく吠える。
イリスはその様子を見て、困ったように笑った。
「静かにしてたら、特別に許してあげます」
「だってさ。吠えるなよ、ほら」
セリオンが小声でたしなめると、ガボンは尻尾をぱたぱたと振って応えた。
「――ありました。〈リリカル・ハウンド〉の資料」
イリスが顔を上げて立ち上がる。
「こちらです。ついてきてください」
セリオンとガボンは、イリスの背中を追って、静かな書架の迷路へと足を踏み入れた。
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