Lilac

アカアシトカゲ

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Chapter 7. 原初

episode 19. 裏切り

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第七惑星〈ルクセリア〉
 
白亜の建造物が規則正しく並び、その合間を縫うように研究用シャトルが発着している。
外縁には、古びた資料館や学術施設が静かに肩を寄せ合っていた。

アストレイカーは、その一角にあるランディング・ハブへ、ゆっくりと降り立つ。

『ジャンプチャージ及び整備のため、一時停泊します』

無機質なストレイの声が艦内に響く。

イージス・プライムを発ってからというもの、ストレイの軽口はすっかり影を潜めていた。

セリオンは窓越しに外の景色をひと通り眺め、それからガボンを抱き上げる。

「ガボンも、さすがに息が詰まるよな。ちょっと外、出てくる。何か分かるかもしれないし」

ガボンは尻尾をぱたぱたと振って応えた。

『監視ドローンを随伴させます』

整備棚の隙間から、小型ドローンが一機ふわりと浮かび上がる。

セリオンは、困ったように眉を下げた。
「逃げねぇってば」

『――近くに、銀河一の蔵書数を誇る資料図書館があります』
ストレイは、それだけを淡々と告げる。
そのくせ、言うべきか迷っていたような妙な“間”があった。
 
「図書館……なんかわかるかもな。行ってみるか」
「ガボン!」
「図書館で吠えたらダメだからな」

そう言い聞かせてから、セリオンはタラップを降りる。

ルクセリアの澄んだ空気と、美しい学術都市の街並みが、静かに彼らを迎えた。


――――


イージス・プライム。
人気のない備品倉庫の片隅に、ファルナンドはトートを連れてきていた。

「お、おい。なんなんだよ、“緊急事態”ってさ」

不安そうに眉を寄せるトートに、ファルナンドは神妙な面持ちで向き合う。

「実は……秘匿情報局からコンタクトがあってな」

「秘匿情報局だって!?」
トートの目が丸くなる。

ファルナンドは小さく頷いた。
「セリオン隊長が事件に巻き込まれてるから援護を送りたいらしいんだが、居場所が掴めないそうなんだ」

「そりゃ……大変だ!」
「お前なら、なんとか居場所を特定できるんじゃないかってさ」

申し訳なさそうにそう付け加えると、トートはしばらく顎に手を当てて考え込んだ。

「隊長が使ってるガンシップさえわかればな」

「ガンシップの識別コードは分かってるが、追跡機能はカットされてるらしい」

そこで、トートの口元がニヤリと吊り上がる。

「ガンシップ本体がダメなら、搭載してる監視ドローンを追えばいい。……運用システムを一部設計したの、誰だと思ってんだ」

そう言うなり、端末を取り出して指を走らせ始める。

ファルナンドは、ほんのわずかに眉をひそめ、その作業の様子をじっと見つめていた。

 
――第五部隊詰所。

アリシアは、ひとりでモヤモヤしていた。

「も~、トートもファルナンドもどこ行っちゃったのよぉ」
椅子に座ったまま、ぷいっと足で床を蹴る。

「ていうかさ、あの人がいるのに、なんで隊長帰ってこないわけ?……何かあったのかな」

クレセント・ハブでの光景が脳裏に浮かぶ。
休憩所。ジュースをエリュシフォンに渡す手渡すセリオンの横顔。視線で会話しているような二人だった。
 
(どう見ても……“ただの上司と部下”じゃなかったんだよなぁ、あの雰囲気。あれは、恋人……だよね、絶対。私のこういう勘、外れた事ないし)

唇を尖らせて考え込んでいると――

シャッ、と扉が開き、トートが戻ってきた。
どこか、ご機嫌な顔をしている。

「ちょっと! 出撃準備しとけって言われてるのに、どこほっつき歩いてたのよ!」
アリシアが腕を組んで詰め寄ると、トートは周囲をそわそわと見回し、声を潜めて耳元にささやいてきた。

「実はさ、セリオン隊長が事件に巻き込まれてるんだって。さっきまでファルナンドに頼まれて、隊長の居場所を”俺が“特定してやった。第七にいるらしい」

「は!?ピンチってこと!?」
アリシアが思わず大声を上げる。

「しーっ、しーっ!」
トートが慌てて口に指を当てる。
「秘匿情報局案件なんだから、静かにしろって!」

ひそひそ声で怒られ、アリシアは渋々声量を落とした。

「で、ファルナンドは?」
「報告に行くってよ」

トートの答えに、アリシアは眉を寄せる。
さっき見た、青ざめたファルナンドの顔が頭をよぎった。
(なーんか、引っかかるんだよねぇ)

「ちょっと見てくる」
そう言い捨てて、トートの返事も待たずに詰所を飛び出した。

イージス・プライムの詰所区画の廊下を、アリシアは早足で進む。
あたりを見渡しながら歩いていると、奥の方でファルナンドが角を曲がっていくのが見えた。

「あ、いた」
小走りで近づき、角を曲がりながら声をかけようとする。

「ファルナン――」

が、その言葉は途中で喉に引っかかった。

緑の髪の、見知らぬ男。
その男と向かい合うようにして、ファルナンドが立っていた。

アリシアは反射的に壁の陰へ身を隠した。
(隠れちゃった)
そう思った矢先、二人の声が、廊下に低く響いてきた。

「セリオンの居場所を特定させました。第七惑星ルクセリアにいます」
「……さすがですね、ファルナンド隊長。――すぐに宙域待機中のヴァルガルド軍を向かわせましょう」

その言葉に、アリシアの目が大きく見開かれる。
(ヴァルガルドって言った!?今!?)

「セリオン隊長はどうなるんですか」
ファルナンドの声は、どこか沈んでいた。

「セリオン・アスターは“エコー”の持ち主です。ただ、彼のエコーは奪いません。ヴァルガルドの兵器として――ガルザード様が興味をお持ちですから」

「そ、そう、ですか……」
「心配いりません。セリオン・アスターが保護している犬さえ手に入れば、あなたもエコーの力を持てますよ」

そこまで聞いて、アリシアは足音を立てないようにそっとその場を離れた。

心臓が、喉元までせり上がる。
 
(どういうこと!?隊長が……ヴァルガルドの兵器に!?)

頭の中がぐらぐらする。

(知らせないと……誰かに……誰に……?)

廊下を駆けながら、アリシアは歯を食いしばる。

「そうだ――あの人!」
 
小さく呟いた瞬間、足がさらに速くなる。

詰所に飛び込むと、ちょうどそこにいたトートの襟首をがしっと掴んだ。

「え、ええっ!?な、なに!?」
「いいから!! 来て!!」

返事を待つ余裕もなく、アリシアはトートを半ば引きずるようにして、艦橋区画に向かって全力で駆け出した。

――――

総司令官室。

エルは、デスク上に展開した作戦ホロを前に、黙って思考を巡らせていた。

短い受信音が鳴る。

「エリュシフォンだ」
回線を開くと、緊張した声が返ってきた。
『そ、総司令官、フィンです』
 
「通信ログは復元できたか?」
即座に問うと、返事の声に覚悟が宿る。
『一部だけですが……決定的なログがあります。今、お送りします!』

「よし。送ったら、誰にも何も言わずイージス・プライムに来い。そこに居続けるのは危険だ」

一瞬、息を呑む音。
『……承知いたしました!』

「フィン」
『は、はい』
「よくやった」
エルは、ほんのわずかに口元を緩めた。
声にも、その柔らかさが滲む。

『あ、ありがとうございます!』

通信が切れる。

エルは新たに届いたデータを開き、淡く光るホロログの一覧をスクロールした。

まず、一つ目。

通信先:ヴァルガルド <セクター36>
通信元:マリナス・ヴォールト

再生ボタンに触れる。

ジジ、と強いノイズが走る。

『……アー……レリッ……ク……と?』

ところどころしか聞き取れないが、ガルザードの声だろうと、エルには分かった。

それに続く声は、異様なほどクリアだった。

『……“二人組”が現れたのであれば、銀河警備隊でしょう。秘匿任務に当たっている者がいるとのことです』

通信元の声。シグラの声だろう。

一つ目のログは、そこで途切れた。

エルは二つ目のログを開く。

通信先:副司令官室
通信元:ヴァルガルド <セクター52>

再生すると、先ほどよりノイズは少なく、ほぼ問題なく聞き取れた。

『――ヴァルガルドは、自らの新兵器の威力を、各惑星の要人たちに見せつけるつもりなのでしょう。我々にとっては、奪われた幼体を奪還する好機かと』

シグラの、落ち着いた声。

『……よし。その件はこちらでなんとかしよう』

オルカカの声が続く。

『“例の二人組”を、ですか』

『そうだ。ヴァルガルド軍が絡むとなれば、真正面から動かせる駒は、今はあの二人しかおらん』

『承知しました。――副司令官も、どうかお気をつけて』

そこでログは終わる。

「パーティの情報は、シグラ経由ってわけか」
エルは眉間に皺を寄せ、最後のひとつを開いた。

通信先:エデニア政府
通信元:ヴァルガルド <セクター36>

再生する。

『警備隊はどうなっているのだ、シグラ。オルカカがいながら、ヴァレンティスを守れないとは』

エデニア側の官僚の声。

『この度の事件、大変遺憾です。あの場に、突如ヴァルガルド軍が現れました。内部から手引きしている者がいます。――オルカカ副司令はあの場にいたにも関わらず、ヴァレンティス外務長官をお守りできなかった。内通者の可能性があるのでは?』

シグラの、抑制された声音。

『まさかオルカカが?……ふむ、詳しく調べる必要があるな』

そこで、ログは途切れた。

「やはり、お前か」
小さく吐き捨てるように呟き、エルは回線表示を青に切り替えようとした――その時だった。

総司令官室の外から、言い合うような声が響いてきた。

「だから!! 緊急なんですってば! 通してよ!」
「許可がないと無理だって言ってるだろ! 許可を取ってこい!」

エルは一瞬だけ迷い、それからホロを閉じて立ち上がった。
重い扉のロックを外し、内側からガン、と音を立てて開く。

廊下では、係員と一人の女が揉めていた。

「あ。開いた……って!! あなた!!」
「お、おい。総司令官だぞ!」

扉の前に腕を組んで立つエルを見て、女――アリシアが、思わず指を突きつける。
その隣で、付き添っていた小柄なグランタニアン――トートが慌ててその手を押さえた。

エルはアリシアの顔を見て、わずかに眉を上げる。

「お前は……」
クレセント・ハブで見た顔だ、と記憶が繋がる。

アリシアは係員とトートの手を振り払い、そのままエルのもとへ駆け寄った。
白いコートの裾を、ぐっと掴む。

「セリオン隊長が、危ないんです!!」

必死の叫び。

エルの瞳が揺れる。
「なんだと」
低く問う。
 
アリシアの目は、真剣そのものだった。

エルは短く息を吐くと、踵を返す。
「……こっちで詳しく話せ」

アリシアとトートを促し、三人はそのまま総司令官室の中へと戻っていった。

扉は静かに閉まり、廊下の喧噪を遮断した。

 
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