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Chapter 6. 距離
chapter 18. 総司令官
しおりを挟むイージス・プライム全艦に、緊急ベルが鳴り響いた。
『緊急全艦通信作動。全隊員は直ちにホロへ注目せよ』
無機質なAI音声のあとを追うように、低い声がスピーカーから落ちてくる。
『総司令官、エリュシフォン・アルヴェリウスだ』
その名が告げられた瞬間、艦内のあちこちでどよめきが上がった。
「総司令官!?」
「声はたまに聞くけど……」
「ほんとに実在してるのかよ」
目と目が合い、誰かが小さく首を振る。
遅れてホロ映像が展開された。
白い立襟に金の縁取り。銀河警備隊の制服。
その中でも、肩に星章が入った金の肩章――総司令官だけが持つ四つの輝き。
突然映し出された“謎の総司令官”の姿に、ざわめきが一気に収束する。
誰もがホロに目を釘づけにする。
緊張が一気に場を支配した。
『すでに知っている者も多いだろうが――ヴァルガルドは今、〈ゼロ・コーラス〉という兵器を造っている』
エルの、よく通る静かな声だけが艦内に響く。
『ゼロ・コーラスが完成すれば、α銀河の大半は、ガルザードの手で支配されることになる』
どこかで小さく息を呑む音がした。
隊員たちの間に、目に見えない動揺の波が広がっていく。
『兵器が完成する前に、銀河警備隊の総力をもって叩き潰す』
エルの視線が、画面越しに全艦を貫いた。
『これより作戦会議を行う。各部隊隊長はブリーフィングルームに集まれ。その他の隊員は、各自出撃準備に入れ』
一拍置いて、短く言い切る。
『以上だ』
ホロがふっと消える。
数秒の静寂のあと――
電源を入れられたかのように、隊員たちが一斉に動き出した。
――――
第五部隊詰所。
詰所でも、隊員たちが慌ただしく装備を整え始めていた。
端末を閉じながら、トートが大きく息を吐く。
「いつでも出撃できるように、とは言われてたけど。まさか、そんなことになってるなんてな」
言って、重い空気を払うようにアリシアへと顔を向けた。
「しかしさ、総司令官、思ったより若かったよな。アリシア好みのイケメンって感じだったけど?」
アリシアは――両手で口を押さえたまま、固まっていた。
(あの人……!クレセント・ハブでセリオン隊長と一緒にいた人……!総司令官だったの!?なんでそんな人が隊長といたの!?ってか、隊長どこ!?)
頭の中に、疑問が怒涛のように溢れてくる。
トートはその様子に眉をひそめて、ため息をついた。
「……イケメン見ると固まるの、ほんとやめなよ」
そのとき、詰所のドアが開いて、ファルナンドが入ってきた。
「ファルナンド、どこ行ってたんだよ。隊長は作戦会議らしいぞ。早くブリーフィングルームに――」
トートが言い終わる前に、ファルナンドが小声で遮る。
「トート。ちょっと、来てくれないか。緊急事態だ」
耳元に寄せて囁かれ、トートが目を見開く。
「え、な、なんだよそれ……わかった。行く」
二人は、周囲に聞こえないように言葉を交わし、そのまま詰所を後にした。
アリシアは固まったまま、横目でその様子を見ていた。
さっきまでより、ファルナンドの顔は明らかに青白い。
目は落ち着きなく泳ぎ、口元がかすかに震えていた。
(……え?総司令官の作戦会議より“緊急”なことって、何よ?)
アリシアは、心の中のざわめきを抑えきれないまま、視界の端で詰所を出ていく二人の背中を追い続けた。
――――
ブリーフィングルームは、いつもより静かだった。
イージス・プライムの中心部。
円形のテーブルをぐるりと囲むようにホロプロジェクタが並び、その中央にはα銀河の立体地図が浮かんでいる。
すでに数人の部隊長が席に着いていた。
第一部隊隊長、カミル・ローエン。
第二部隊隊長、バルド・カーン。
第三部隊隊長、リーリアナ・フィール。
第四、第六、第七、第八、第九――それぞれの隊長たちが、硬い表情で中央のホロを見つめている。
ただ一つ。
第五部隊の席だけが、ぽっかりと空いたままだった。
誰も、それについて口には出さない。
けれど、時おりそちらへと向けられる視線が、その違和感を物語っていた。
重い扉が開く音がした。
全員の視線が、入口へ向く。
白いロングコートを揺らしながら、
エリュシフォン・アルヴェリウス――銀河警備隊総司令官が、無言のまま中へ入ってきた。
先ほど全艦通信で見たばかりの顔。
だが、こうして至近距離で見るのは、誰にとっても初めてだった。
一瞬、ブリーフィングルームの空気が揺らぐ。
(思ってたよりも、ずっと若い)
(この人が、エリュシフォン総司令官)
誰も声を出さないまま、わずかな沈黙が落ちた。
「総司令官、入室。全員起立」
第一部隊隊長のカミルが号令を発する前に、
ほとんど反射のように全員が立ち上がっていた。
エルは一人ひとりの顔を一瞬だけ見回し、短く言う。
「着席しろ」
その声だけで、揺らいでいた空気が、一気に張り詰める。
全員が椅子に腰を下ろす。
エルはテーブルの端――総司令官席に立ったまま、指先でホロを展開する。
α銀河の立体像が縮小され、ヴァルガルド周辺の戦略図へと切り替わる。
バスティオンを筆頭に、ヴァルガルド艦隊の配備図、エコー・クラックが頻発している危険宙域――いくつもの情報が、層を重ねるように浮かび上がった。
「状況を共有する」
エルの声が、静かに室内に落ちる。
「ヴァルガルドが兵器、〈ゼロ・コーラス〉は、未知のエネルギーであるエコーを操る装置だ。”呼応”により強制的にエコーの力を与え、“共鳴”によってその力を操る。」
第二部隊長・バルドが、顎をさすりながら低く唸る。
「アステリアでの報告書にもありましたが、つまりは奴らは“エコーの力を持つ軍隊”を作ろうとしているわけですか」
「そういうことだ」
エルは軽く頷く。
「まだ動力が足りず未完だが、完成すれば、α銀河全ての生物に強制的にエコーの力が与えられる。――そうなれば、この銀河は一巻の終わりだ。」
エルはホロの中心に歩み出て、指先で宙を払った。
ヴァルガルドの軌道図が消え、代わりにひとつの巨大なシルエットが浮かび上がる。
漆黒の船体。
都市ひとつを丸ごと飲み込みそうな艦影。
その下部には、惑星地表に突き刺さるような無数のアンカーとドックアームが伸びていた。
「第一惑星ヴァルガルド軍事中枢――城塞艦《バスティオン》」
隊長たちの顔つきが変わる。
「知っての通り、ただの城塞じゃない。惑星地表のドックに“固定されたまま”運用されている、移動城塞艦だ」
エルが指先で拡大する。
船体中央部に、脈打つような光の球状構造が浮かび上がった。
「ここが、ゼロ・コーラスのコア。推進機構は艦底部と後部スラスター群。ドックから切り離されれば――」
一拍置いて、静かな声で続ける。
「α銀河のどこへでも、自力で飛べる。ゼロ・コーラスをのせたまま」
場が、短く凍りついた。
「完成したバスティオンが動き出せば、旗艦三隻を失ってでも止められるかどうか、怪しい」
隊長たちの表情が一斉に引き締まる。
「だから目標はひとつ」
ホロに赤い印が二つ灯る。
ひとつはゼロ・コーラスのコア、ひとつは艦底の主推進機群。
「――バスティオンドック固定中に、ゼロ・コーラスと主推進機を破壊する。浮上させない。その前に終わらせる」
第一・第二・第三部隊長に視線を送る。
「第一~第三部隊は宇宙戦を主力とする。
プロトス、アルケテス、オルビタスの三旗艦で、バスティオンを守る艦隊と軌道砲座を叩け」
ホロに、バスティオンの上空に展開する敵艦隊と軌道砲が表示される。
「オルビタスはシールドを最大展開。
プロトスとアルケテスは、オルビタスの防御傘の内側から、バスティオン上部の砲塔列とドック周辺の対空火器を優先的に破壊しろ」
「第四部隊」
エルはホロを下方向にスライドさせ、バスティオンを真上から見下ろす図に切り替えた。
「お前たちのガンシップは、地上突入部隊の“傘”だ。ドック上空で制空権を確保しつつ、地上に降りる第五・第六の着陸地点を確保しろ」
エルがファルナンドの不在に気づく。
「第五――はいないのか。では、第六部隊。」
「第五部隊にドック区画からバスティオン内部への突破をさせる。第六部隊はその背後で制圧と防衛ラインの構築だ」
バスティオン側面から、地上部隊がドックへ殺到する矢印が伸びる。
「第七部隊はドローン群を、宇宙と地上の両方に展開。艦隊戦の索敵と、バスティオン内部のマッピングだ。突入班に“中の地図”をリアルタイムで送れ」
「第八部隊は補給線。イージス・プライムと前線との間に補給ルートを確保、負傷者と機体のローテーションが途切れないように回せ」
「第九部隊は――」
ホロの外側、ヴァルガルドの軌道を示す輪郭が表示される。
「ヴァルガルド軌道上に医療プラットフォームを展開。前線からの搬送を想定して、トリアージ体制を最大にしておけ」
一度、全員を見渡す。
「ゼロ・コーラス未完の今、まだバスティオンは動けない。だが、“もしも”燃料が手に入ったとしたら――」
バスティオンのコア部分に、薄い赤いリングが幾重にも重なって表示される。
「偵察データから見て、ゼロ・コーラスの起動シーケンスが進めば進むほど、バスティオンの“浮上準備”も整っていく。
完全起動までの猶予は、起動後、おそらく数時間だ」
息を飲む気配。
「艦隊は、バスティオンがドックを離れる前に外殻を削り落とす。地上部隊は、その間に内部へ突入し、コアを止める」
一拍。
「どちらか一方だけでは足りない。外から叩き、中から止める。両方が揃って、ようやく勝てる相手だ」
第三部隊隊長のリーリアナが手を上げる。
「なんだ」
「第五部隊はセリオン部隊長が隊を離れ、その戦力は大幅に落ちていると見受けられます。その第五を、地上作戦の要にするのは危険では」
エルは一瞬顔を落とす。
しかし、すぐにリーリアナを見据える。
「問題ない。地上部隊の援護は<シルバースター>に頼む」
その名前が出た途端、リーリアナの顔に安堵の色が浮かぶ。
「作戦開始は、二十四時間後。各部隊、準備に入れ。詳細なデータは、個別に転送する。以上だ」
「了解!」
椅子が一斉にきしむ音。
部隊長たちが立ち上がり、敬礼を揃える。
「銀河警備隊、各部隊――総司令官の命により、出撃準備に入ります」
エルも軽く手を上げて応じた。
扉が次々と開き、部隊長たちがそれぞれの持ち場へと散っていく。
ブリーフィングルームには、やがてエル一人だけが残った。
視線が、空席のままの第五部隊の席に止まる。
数秒の沈黙。
やがてエルは目を逸らし、静かに部屋を出た。
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