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③
しおりを挟む「こんばんは。すまんね、ずいぶん遅くなってしまった」
「いえ! わざわざ来てもらって……ありがとうございます」
工房のドアを開ける音を聞いて、サイリは待ってましたとばかりに声のする方は小走りで向かう。
やきもきしながら医者を待ち、祖父を一人にしておくわけにもいかないサイリは手持ち無沙汰に工房の中を軽く片付けたりしながら時間を潰していた。祖父は動かなければそう痛いわけでもないらしく、じ、と黙りこくり、さながら貝のように動かずにいた。
いつのまにか外は雨が降っていた様で、赤に白い線の入った傘を手に待って、お医者さんの岩國じいちゃんが工房に入ってくる。手に持った往診用のかばんは中身が溢れんばかりに膨らんでいる。岩國じいちゃん自身がもうお医者さんにかかっていてもおかしくない歳なのだろうが、動きはかなりシャキシャキしている。
とはいえサイリの祖父もいつもならばそこらの若者には負けないぐらい仕事している。見た目は白髪がほぼ八割以上を占めているため皆の思う老人然としている。しかし腰も曲がっていなければ、足腰もしっかりしていた。
二人ともかなり元気な老人と言えた。
「おーい、ゲン、生きてるか?」
サイリの案内で祖父のゲンが動けなくなっている場所まで行くと、バスタオルをかけられた祖父の姿があった。
やはり先ほどの体制からまったく動いていない。
「来たか」
「痛いのは腰だけか?」
しゃがみ込んだ岩國じいちゃんは、ふむ、とかなんとか言いつつ、バスタオルを剥ぎ取り、祖父の着ていた服の裾から手を入れて腰の辺りを触診している。
「骨に異常はなさそうだな。まぁ骨がイってりゃこんなに静かにしてられんだろう」
「そうなんですか」
骨折というものを経験したことのないサイリはそんなものなのか、と説明を聞きながら頷く。
「サイリちゃん、ちょっと運ぶのに男手が必要だから近くの……あー、さっき太一のやつがその辺にいたから声かけて連れてきてくれ」
岩國じいちゃんに祖父を任せることにして、サイリは工房から外へ出た。
小雨ではあるが結構な量の雨が降り注いでいる。サイリはそういえば傘がないなと思いながら、太一の家まで走る。太一の家は工房からすぐ向かい側の二軒隣にある。
雨で緩んだ土が黒いサイリの靴にしっかりと付く。まだ雨が染み込んでくることはないが時間の問題だ。
「太一!」
ドアを叩き、名前を呼ぶとすぐそこにいたのか間髪入れずにドアがスライドして太一が顔を出した。
「サイリ? どうした? 濡れてる」
「ちょっと来て! 手伝って欲しいことがあるんだ」
雨に濡れたサイリの髪を持っていたタオルで拭こうとした太一の腕を掴んで引っ張る。
「え? 今?」
「今すぐ」
岩國じいちゃんがさっき見かけたと言ったのは家に帰る太一の姿だったんだろう。太一のすぐ横には濡れた傘が立てかけられていた。
サイリはその傘の柄を取り、ばさっと広げて見せ先ほどより強く太一の腕を引く。
「急ぎなのか」
太一は諦めたとばかりにサイリが開いた傘に一緒に入る。先ほどよりも雨足が強くなっている。太一はサイリがこれ以上濡れない様にと身体を寄せてくる。サイリは自分よりも10数センチ背の高い太一に合わせてが傘をいつもより高めに保つことを心がけた。
工房まで大した距離でもない。
「入って」
サイリは傘をたたみ、工房に入ってすぐの場所にある傘立てに太一の傘を立てる。
「お邪魔しまーす。ってじいさんどうした?? 」
床に寝そべる祖父を見て太一が目を丸くする。
「腰が痛くて歩けないんだと」
「お、岩じいもいたの? もう~、元気でも歳なんだから気をつけなきゃダメじゃん」
近くの椅子に座って待っていた岩國じいちゃんが、太一に祖父を布団まで運んでやれ、と言う。
岩國じいちゃんにはこの辺りの子供ほとんど全員がお世話になって来ている。
「服汚れてそうだけど、このまま布団に運んでいいのか?」
太一に聞かれてサイリは「出来るなら汚れた服は脱がせたいけど」と答える。しかし運んで服を脱がせてからというのは難しそうだ。
「だよなぁ」
太一はおじいちゃんの近くに寄ると岩國じいちゃんに祖父の身体を動かしても大丈夫なのか確認してからおじいちゃんの身体を起こした。じいちゃんは相変わらず動くと痛いらしく、しきりに「いだだだ」と口にしている。太一は多少岩國じいちゃんに手伝ってもらいながらじいちゃんを背に担いだ。
「布団どこにあるの?」
「えっと、こっち!」
太一が軽々とおじいちゃんを背負うので、驚きながら見る。太一は身体を鍛えるとかそう言うのとは無縁そうだが、人一人ぐらいはかつげるものなんだなと思う。
おじいちゃんの家は工房のすぐ隣で、扉が直接繋がっている。
「岩じいーちょっと服脱がせてやってよ」
背にじいちゃんをおぶった太一が岩國じいちゃんに言うと、岩國じいちゃんは手早くじいちゃんの服を緩ませてずるりと服を剥いだ。
じいちゃんはステテコと白いシャツを残してそのまま布団へ押し込められた。
「ごめん、ありがとう。めちゃくちゃ助かった」
太一にお礼を言うと、太一は「お礼に今度なんか美味しいご飯でも作ってよ」と言って笑いながら帰っていった。
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