孤独な銀弾は、冷たい陽だまりに焦がれて

霖しのぐ

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 青白い蝋燭がいくつも灯された薄暗い部屋で、二人の人物が向かい合っていた。

 革張りの椅子に悠然と落ち着いているのは、血のように赤い瞳に上等な陶器のような青白い肌をもち、日向の雪のように輝く銀髪を肩のあたりで切り揃えた少年。細身の体を漆黒の服で包んでいる。

 それに対するは、白髪混じりの髪をきちっと撫でつけ、枯葉色のスーツを着た小太りの男性。少年の言葉に改まって背筋を伸ばし、その後は額をハンカチでしきりに押さえはじめた。

「近頃は会見続きで大変だね。お疲れ様」

「めっそうもありません!」

 怪異対策局・局長の狸穴まみあなは目の前にいる人物を恐れていた。二人は親子、いやそれ以上に歳が離れているように見える。しかし立場は見た目とは逆。この組織の立ち上げには銀髪の彼の意志が大きく関わっているからだ。

 狸穴始め歴代の局長は彼の傀儡にすぎず、無事任期を勤め上げれば、それからの人生は保証されている。ただし、多くを知り過ぎているため生涯爆弾付きの首輪をはめられたような状態ではあるが。

「大丈夫。執行官が自らの身を挺してを討った。一八一四号じゃないのが残念? だけど、今回はさすがに誰も叩かないでしょ。でも、執行官の方は全く使い物にはならなくなっちゃったと」

「すっ、すみませんっ。やはり、彼と共に回収した女性型が関係しているかと……処置回数を重ね身体の状態もやや芳しくないので、廃棄処分も視野に入れていますがっ」

「ん?」

 全てを言い切らぬうちに赤い瞳に突き刺され、狸穴が肩をはね上げる。額を拭うハンカチの動きがどんどん忙しなくなる。

「ああっ!! 申し訳ありません!!」

「いや、別に怒ってないからそんなにビビらないでよ。君は局長なんだからドーンと構えてないと。謝らなくてもいいところでまでペコペコしてたら国民の皆さんが不安になっちゃうでしょ。ところでえーっと、彼って何年経ってるんだっけ?」

「今月でちょうど三年です! 確か三年です!」

 狸穴が慌てた様子で手持ちの書類をバラバラとめくるのを見て、少年は鼻を鳴らして腕を組んだ。

「そっか、なら捨てちゃうのはもったいないかな。立て続けに強い刺激を受けすぎて、基幹としてた記憶が壊れちゃっただけだし。投薬を調整して少し休ませれば身体は回復するでしょ。それから、また記憶を書き換えちゃおう。素体の質がいいんだから、ダメになっちゃうまでまで使おうよ」

「は、はい」

「おーけー。じゃあそれで行こう。彼ももういい年だし、大切な恋人を目の前で一八一四号にグチャグチャにされてから殺されたって筋書きにして、それをここ最近の記憶と結びつけちゃえばいい。嘘の記憶でも実体験とうまく重ねればそう簡単に綻ばない。なにより彼も彼女と結ばれることを望んでいただろうしね」

「は、それは一体どういうことで?」

 脂が染みたハンカチを膝の上に置いて、ずれてしまった眼鏡を真っ直ぐ整えた狸穴。その丸い目を見た少年は小さく噴き出し、心底おかしそうに笑いだした。

「えっ、気づいてないの? やだなあ、あの二人はそういうことだって。お揃いの花握ってさ、おかしいよね……だからせめて夢くらい見させてあげようかなって。今まで頑張ってくれた彼へのプレゼント。うん、僕って優しい。きっと次はもっともーっと強くなるよ」

「は、はい。わかりました。ではその方向で準備を進めておきます」

 机に広げた資料を素早くまとめ、立ち上がり一礼した狸穴を追い払うかのように、少年はひらひらと手を振った。

「まあ、今回は簡単だと思うよ。前は難しかったよねえ。たとえ彼の記憶の中だけの存在で実体はないとしても、人間を作るのはね」

 改めて一礼した狸穴が去り、部屋に一人になった赤い目の少年は机上にあるタブレット端末を優雅な手つきで操作する。画面を見てまたもコロコロと鈴を転がしたような声で笑ったあと、楽しそうに、歌うようにつぶやいた。

「ふふ、これからの新しい人生も気に入ってくれるといいな……次も裏切り者たちをたくさん殺してね」






 識別番号・伊二四五

 氏名・空木 櫂人うつぎ かいと

 生後間もなくS駅構内のコインロッカーに遺棄されていた。警察が捜査するも父母は不明のまま。その後、A乳児院にて養育される。

 数軒の家庭から特別養子縁組の希望もあったが、身体検査の結果Sb処置への高い適性が認められたため、身柄は怪異対策局の管理下へ。

 銀の弾丸計画の対象者。氏名、生年月日の変更、記憶の調整済。

 ××年十月、執行官を志望。同年十二月、初回Sb処置、適合。

 詳細は別紙に記載。


 〈完〉
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