ひめごと

藤沢ひろみ

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四.同窓会

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 中学からの親友の寺田に肩を担がれ、大和は告の家に夜十一時前に帰宅した。

「……こんばんはー。お邪魔しまーす。ただいま帰りましたー」
 付き合いが長く、大和の家に何度も遊びに来たことがあるので、勝手知ったる様子で寺田は玄関奥に向かって大きすぎず小さすぎない声で呼び掛けた。そこに執事の木村がいると知っているからだ。

 しばらくして寝間着姿の木村が、奥の自室から玄関へと現れる。
「これはこれは寺田様。お久しゅうございます。このような格好にて失礼いたします」
「ごめんなさい、木村さん。今の時間は休んでるって聞いてたんですけど、大和がこんな状態なもんで」

 寺田は肩に掛けていた大和の腕を外し、大和を上がり框に座らせる。
 大和は這いずるように左手の洗い場へと移動し、洗面台の中に顔を突っ込んだ。

「……本日の同窓会で、飲み過ぎになられましたか?」
 木村が心配そうに洗い場を見やると、寺田が可笑しそうに笑う。

「いや、それが。酒は全然普通だと思うんだけど。帰りのタクシーでまさかの車酔い」
 思い出して可笑しくなり、寺田はまたププッと吹き出す。
 大和は気持ち悪くて仕方がないのに笑うなんて、本当に他人事だ。洗面台に顔を伏せながら、玄関から聞こえてくる会話を大和は聞いていた。

 少し吐いたら楽になったが、しばらくそのまま様子を見る。
 同窓会で楽しく過ごし、酔い過ぎないよう酒の量も気を付けていた。それなのに、帰りに乗ったタクシーの運転手の運転の荒々しいこと。
 一緒に乗った寺田は何ともないので、大和だけ途中で携帯画面を見ていたのが影響したのだろうか。ついていない。


「どうしたの?」
「あ、悠くん。久しぶりー」
 玄関が騒がしいので何事かと、今度は悠仁が現れたようだ。

 寺田は悠仁が中学一年生の頃から知っている。家に遊びに来た時に一緒に遊んでいたこともあるので、仲もいい。
「それがさ、聞いてよ」
 笑いながら寺田が同じ話をし始める。
 完全に楽しんでいる。これはきっと、同窓会のメンバーに会っても言われるのだろう。
 大和は排水口にため息をついた。

「それにしても、大きくなったなぁ。最後に会ったの中学三年生の時だったっけ。あ、今、生徒会長やってるんだって? カッコ良くて優しい生徒会長で女子に人気なんだって、妹に聞いてるよ」
「そんなこともないよ」

「大和が生徒会長の時は賑やかな生徒会だったけど、悠くんが生徒会長ならちゃんと真面目な生徒会なんだろうなぁ」
「兄さんもちゃんと真面目だったって聞いてるよ。先生方が聞いてもいないのに色々教えてくれるんで、兄さんのことは時々話題に出るんだ」

 悠仁から自分の話が出て、大和は思わず気持ちが悪いのも忘れて、壁に隠れて玄関の方を覗く。そこには寺田と笑いながら話をしている悠仁の姿があった。
 大和にはそんな顔を見せてはくれなくなったので、寺田が羨ましい。

 余韻なのかまだ少し気分が悪い気がしたが、吐き気も治まり口をすすぐついでに顔を洗ってから、大和は寺田の待つ玄関へと戻った。

「ありがと、寺田。助かった」
「大丈夫か?」
 寺田に心配されながら、木村に水の入ったコップを手渡され受け取る。口に含むと、冷たい水が気分を少しスッキリとさせてくれた。

「木村さんもありがとう。こんな時間なのにごめん」
「構いませんよ。それより、階段は上れますか? 二階のお部屋までお連れいたしましょう」
 木村が大和の体を支えようと、大和の左側に立つ。

 心配する気持ちはありがたいが、大和よりも身長が低く七十歳の木村には、寺田のように大和を支えるのは大変だろう。
 それに、酒に酔って足元が覚束ないわけでもないので、一人で歩くことはできる。

「木村さん。俺が連れて行くからいいよ」
 大和が木村の申し出を断ろうとすると、悠仁から思いがけないことを言われ、大和は驚く。
 普段の態度からは、信じがたい言葉だ。寺田の前だから、昔のように仲がいいように見せようとしているのだろうか。

 戸惑いながら悠仁を見ると、悠仁は木村の代わりに横に立ち、大和の左腕を自分の方に回した。
 こんなに密着することがとても久しぶりで、思わず緊張してしまう。

 本当は一人で歩けるけれど、大和は黙っていることにした。こんな優しい悠仁を見る機会は今はなかなかない。
 じゃあなー、と寺田は笑顔で帰っていき、見送ったあと木村も自室へと下がって行った。


 玄関を右手に曲がると長い廊下があり、応接室の横に階段がある。ゆっくりと支えられながら階段を上り、左に曲がり収納部屋を過ぎると、二階の一番西端が大和の部屋だ。

 多少具合の悪いふりをしながら部屋まで辿り着くと、大和はベッドに倒れ込んだ。

「ありがとう。もう今日はこのまま寝る」
 着替えも風呂も、もう翌朝にしよう。ベッドに仰向けになったまま、大和は悠仁を見上げた。

「分かった。風呂の種火は消しておく。後で水を持ってくる」
 いつもと違う、寺田と話していた時のような悠仁の優しい口調に、大和は嬉しくなる。
 我ながら現金なものだ。でも、嫌われた態度をとられるのは、誰だって辛い。

 部屋を出て行く悠仁の背中を見ながら、大和は目を閉じた。
 昔みたいに懐いてくれなくてもいいから、いつもこんな風に接することができたらいいのに。そんなことを考えていたら、いつしか瞼は重くなっていった。
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