ひめごと

藤沢ひろみ

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二十七.タイムリミット

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 悠仁が大学を卒業するのに合わせ、大和は告の家を出て一人暮らしを始めた。

 悠仁は、大学を卒業して一年後に結婚することが決まっていた。そうなると、大和は家を出なければならない。直前に慌ただしく出るよりはと、悠仁の卒業の頃に合わせた。
 といっても、“告”の仕事もあるので、実家から歩いても十分程度の距離のマンションだ。家は出たものの、週の半分は実家にご飯を食べに帰っていたりする。

 マンションは、ほぼ悠仁が決めた。
 大和は賃貸で部屋を借りるつもりでいたのだが、賃貸は壁が薄いと言われ、ちょうど近くに建設中だった分譲マンションを購入した。防音性にこだわる理由は、言わずもがなだ。
 大和が働き始めて四年が経ち貯金もあったし、告の家からも半分以上援助があったため、マンションを購入することに何の問題もなくほぼローンなしで購入した。

 どうせ結婚をするわけでもない。
 いずれ恋人ができた時に住人が増えても構わないよう、一人暮らしには広めの2LDKの部屋を自分の生涯の住まいとしたのだった。



 そして、大和と悠仁が恋人になってから、もうすぐ五年が経とうとしていた。
 楽しい時間が過ぎるのはあっという間で、悠仁が大学を卒業した途端に、別れへのカウントダウンが始まった。

 あと一年で別れの時がくる。
 今の幸せな気分を台無しにしたくなくて、普段は意識しないようにしてはいたが、それでも告の家に帰り結婚の話題が出たりすると、それは大和を悲しい気持ちにさせた。

「……あと、半年か」

 情事の後、ベッドで悠仁と向き合いながら大和は小さく呟いた。
 季節的に布団がなくても過ごしやすく、裸のまま二人はベッドで横たわっていた。

 悠仁は“告”の仕事が入らない限り、ほぼ毎週のように、大和が会社休みの土日に大和のマンションへと訪れる。部屋から出ずに過ごすこともあれば、一緒にデートで出掛けることもあった。

「何?」
 悠仁の顎のあたりから聞こえた言葉に、大和が何と言ったかまでは分からなかったらしく、悠仁が少し首を下に向ける。
 大和より少し背の低かった悠仁は、今は大和より少し高くなっていた。悠仁の首に寄り添うようにくっついていた大和は、少し離れて顔を上げる。そうすると、ずらしていた大和の頭が悠仁の左腕に乗る。

 今日は昼前から悠仁が大和を迎えに来て、一緒に映画を観に行った。秋物服を買ったり食事をしてから大和の部屋に帰り、いつものようにベッドで愛し合う。

 ただいつもと違うのは、明日の日曜は悠仁の結納の日ということだった。
 結納は半年前に行われることになっていた。
 つまり、悠仁が結婚するまであと半年。悠仁との別れまで、あと半年ということだ。

 大和は暗い雰囲気にならないよう、目を閉じて気持ちをリセットさせる。そしていつものように明るい口調で呟き直した。
「結納前日にこんなことしてて、いいのかって」

「朝一で帰るから大丈夫。どうせ、形だけだし。“告”の集まりでたまに顔合わせてるんだから、今更改まってするものでもないと思うんだけど」
 大事な結納なのに、何でもないことのように悠仁は言う。そんなのんびりした様子に、大和は少し口元を緩ませた。

「まあ、由緒ある家だから、やらないわけにもいかないだろ」
 明日の結納は、大和は参加しない。両家、当人と両親のみで行われる。

 しかし、過去の告の婚姻関係にあった者がどうだったかは分からないのだが、悠仁とその許嫁の奈津子は未だ交際していないという。いくら時々顔を合わす見知った仲とはいえ、まさか婚約からいきなり結婚を迎えるつもりなのだろうか。
 もしかしたら、結納を機に付き合うことになるのかもしれないけれど。

「奈津子とは、上手くいきそうか?」
 大和が悠仁を見ると、呆気にとられた顔をされる。
「兄さん、今この状況でそれ言う?」
 愛し合った直後にベッドで許嫁の話を持ち出され、悠仁は不満を顔に浮かべる。

 大和もこの状況で訊ねることはどうかと思ったが、普段はなかなかきっかけがなく切り出すことができない。このタイミングで訊くしかないと思った。
 大和がじっと悠仁を見つめていると、悠仁は呆れたように溜め息をついた。

「奈津子とは、まあ多分上手くいくよ。“告”のこと一番に考えてくれてるし、気が合うというよりは、考え方とか意見が合うって感じ。むしろ俺よりも、“告”のことを考えてるんじゃないかな」

 確かに奈津子はそういう女だと、大和は思った。
 奈津子は、大和より一歳年下だ。つまり、悠仁の二歳年上の許嫁ということになる。
 初めて出会ったのは小学生の低学年の頃で、許嫁というのが何なのかも分からない頃に、許嫁だと紹介された。定期的に行われている“告”の親族の集まりや、正月などの特別な時、必ず奈津子は親と一緒に告の本家に訪れていて、大和はよく奈津子と一緒に過ごした。

 奈津子は普段は物静かな女だが、こと“告”のこととなると熱かった。
 分家でも、同じように“告”についての教育を受けている。まだ中学生の頃、“告”の血を存続させるために子をたくさん産み、分家にも本家の濃い血を送るのだと奈津子に将来の計画を説明され、何故十年以上も先のことをそんなにも熱く語れるのだろうと、思わず大和はたじろいだ覚えがある。
 血の薄い者ほど“告”の血にこだわると、大和が思うようになったのはそういったこともあった。

 奈津子に、次期当主でなくなったことを告げた時は、思いきり頬を引っ叩かれたものだ。母親以外に大和に手を上げた女性は、奈津子くらいだ。今となっては懐かしさすら感じる。

「それなら良かった」
 大和が次期当主の座を降りたことで、奈津子は悠仁の許嫁となった。申し訳なさもあったので、悠仁にそう言ってもらえると少しは心が軽い。

 悠仁の右手がそっと伸び、大和の左目の泣きボクロに指先が触れる。
「結婚しないでって、泣いてくれないの?」
 まっすぐに悠仁に見つめられる。

 確かに、決まっていたこととはいえもっと辛い気持ちになるかと思っていたが、案外穏やかな気持ちだ。
 大和は少し間を置いてから答えた。
「うん。泣かない。決まってることだしな」

「物分かりのいい恋人もつまんないな」
 悠仁が拗ねたようにぼやくので、思わず大和は聞き返してしまう。
「言ったら止めるのか?」

 大和の泣きボクロを親指で優しく撫でながら、悠仁は大和を見返した。
「ううん。止めない」
 悠仁は大和を見つめ、優しく微笑む。
「だって、兄さんの代わりに“告”を守るって約束したから」
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