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王女ヴィクトリアと眼鏡のメアリー
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..王女ヴィクトリアと眼鏡のメアリー
辺境の街、カナイ。城の裏門から粗末な荷馬車が出てきた。荷馬車は幾重にもめぐらされた城壁をくぐり抜け、街の外で出ていく。ヒルダとジェーンの隣を駆け抜けたのはこの荷馬車であった。
しばらく走ると荷馬車は森へ入った。木製の荷馬車であったが、その轍は不思議と深く森の小径に刻まれていく。
やがて荷馬車は森の中心にある広場にたどり着いた。森へ仕事で入る者たちが使っていた作業小屋小屋である。小屋は崩れかかっていたが、石や煉瓦の欠片が敷き詰められた地面は固く、いまだ森の侵食を許していなかった。
広場の奥に二十人も乗れそうな大きな白い馬車が一台停まっている。この馬車を引いてきたであろう馬たちの姿は見えなかった。そのかわり、荷馬車の中央にある引き戸の左に少女がいた。長い裾の黒服を着て髪に白い飾りをつけたメイドである。メイドはここいらでは珍しい金色のフレームの丸メガネをかけている。
町から来た荷馬車の御者台から腹の出た中年男が降りてきた。
「あんたらかね、難しいクエストを受けてくれるっていう、『ハンマーシュタイン』とかいう冒険者さんたちは」
中年男が言ったのと同時に、左にいた眼鏡のメイドが声をあげる。
「『あんたら』とは失礼ではございませんか。非公式の場とはいえ、言葉を慎んでくださいませ」
メガネのフレームを押さえてメイドが言う。その言葉に男は眉を顰めた。
男は思った。冒険者風情が王女を騙《かた》るほうがよっぽど失礼ってもんだろうと。男は出かける前に地図を仔細に調べてみていたが、ハンマーシュタインという国名はどこにも載っていなかった。ガキの王女様ごっこにつきあわされるなんてバカバカしい。
「ハンマーシュタイン姉妹団」は、指名クエスト未達で依頼人にキャンセルを懇願して撤退したり、連絡もなく逃げ出したりしたことがいちどもない。
「非礼をお許しください」
男は片膝をつき頭を垂れてみせることにした。しばらく王女様ごっこにつきあってやる。この芝居の見料は高いぜ、男は思った。
馬車の引き戸が左右に開く。
「あらぁ、こんなギスギスした空気では、私が出にくくなるじゃありませんかぁ、もう。いいんですのよぉ、無礼講で。そういうの辺境の町らしくていいじょありせんか。いかにも治安悪いって感じで」
白い馬車の奥から登場した車椅子の少女が笑顔で言った。しかし、眼は笑っておらず、客人に不遜な行ふるまいをしたメアリーを睨んでいる。彼女が纏うは豪奢な白いドレス。透かし織りの華奢な扇子で喋る口を隠していた。
「お待ちしておりましたぁ。はじめましてぇ。ヴィクトリア・ハンマーシュタインでございまぁす。脚を悪くしておりましてぇ、高い所から失礼いたしますぅ」
やっとリーダーの登場かと男は思う。ヴィクトリアの語尾を伸ばす阿呆のような口調に騙されてはいけない。噂では、こいつが、この冒険者パーティーでいちばんのくせ者だ。車椅子に乗って現れたのにも、油断させて何かしようという意図があるのかもしれない。用心、用心だ。男は下手に出ることを決めた。思わず揉み手しながら、話を切り出す。
「ご挨拶が遅くなり失礼しました。領主の代理人。ジャック・ホフマンと申します。今日はクエスト指令書と報酬の前金をお持ちしました」
「ありがとうございますぅ」
笑みを絶やさず、ヴィクトリアが言い、メイドのメアリーに目配せをする。
「ではぁ、指令書とぉ、前金を頂戴いたしますぅ」
ヴィクトリアが改めて言い、メアリーがジャックに歩み寄った。
「指令書はこれ。前金は馬車に乗せてあります」
ジャックはメアリーに指令書の入った封筒を手渡す。その赤い封蝋は領主の家紋である。
メアリーはヴィクトリアに封筒を手渡し、自分は馬車にある前金の確認に向かう。
今にも壊れそうな荷馬車のなかに重いものを入れた革袋が二つ載っていた。
それ以外に気がかりなものも……。
「馬車のなかに殿方が五名いらっしゃいました。みなさん、剣を持ち、仮面で顔を隠して……」
メアリーが言い終わらぬうち、五人の剣士が斬りかかった。
「女ばかりで与し易しと踏んでのことでしょうか」
ヴィクトリアが言いながら、車椅子を後退させる。
メアリーは背中に隠し持った剣を抜き、襲いかかる刺客たちを直前を薙いだ。剣と剣のぶつかり合い。しかし、どうしたわけかメアリーの剣はそのままで、刺客たちの剣だけがすべて折れ、辺りに散った。
「あのお、その娘もうちの第二王女ほどではなくとも武術の心得が有りまして、国宝のひとつを持たせてますの。そこいらの剣では戦いにもなりませんわよぉ。昨今のメイドとストッキングは強くなっておりますものでぇ」
ヴィクトリアが言う。相変わらず、陽気でのんびりとした口調であったが、その目は鋭く、殺気を漂わせている。
辺境の街、カナイ。城の裏門から粗末な荷馬車が出てきた。荷馬車は幾重にもめぐらされた城壁をくぐり抜け、街の外で出ていく。ヒルダとジェーンの隣を駆け抜けたのはこの荷馬車であった。
しばらく走ると荷馬車は森へ入った。木製の荷馬車であったが、その轍は不思議と深く森の小径に刻まれていく。
やがて荷馬車は森の中心にある広場にたどり着いた。森へ仕事で入る者たちが使っていた作業小屋小屋である。小屋は崩れかかっていたが、石や煉瓦の欠片が敷き詰められた地面は固く、いまだ森の侵食を許していなかった。
広場の奥に二十人も乗れそうな大きな白い馬車が一台停まっている。この馬車を引いてきたであろう馬たちの姿は見えなかった。そのかわり、荷馬車の中央にある引き戸の左に少女がいた。長い裾の黒服を着て髪に白い飾りをつけたメイドである。メイドはここいらでは珍しい金色のフレームの丸メガネをかけている。
町から来た荷馬車の御者台から腹の出た中年男が降りてきた。
「あんたらかね、難しいクエストを受けてくれるっていう、『ハンマーシュタイン』とかいう冒険者さんたちは」
中年男が言ったのと同時に、左にいた眼鏡のメイドが声をあげる。
「『あんたら』とは失礼ではございませんか。非公式の場とはいえ、言葉を慎んでくださいませ」
メガネのフレームを押さえてメイドが言う。その言葉に男は眉を顰めた。
男は思った。冒険者風情が王女を騙《かた》るほうがよっぽど失礼ってもんだろうと。男は出かける前に地図を仔細に調べてみていたが、ハンマーシュタインという国名はどこにも載っていなかった。ガキの王女様ごっこにつきあわされるなんてバカバカしい。
「ハンマーシュタイン姉妹団」は、指名クエスト未達で依頼人にキャンセルを懇願して撤退したり、連絡もなく逃げ出したりしたことがいちどもない。
「非礼をお許しください」
男は片膝をつき頭を垂れてみせることにした。しばらく王女様ごっこにつきあってやる。この芝居の見料は高いぜ、男は思った。
馬車の引き戸が左右に開く。
「あらぁ、こんなギスギスした空気では、私が出にくくなるじゃありませんかぁ、もう。いいんですのよぉ、無礼講で。そういうの辺境の町らしくていいじょありせんか。いかにも治安悪いって感じで」
白い馬車の奥から登場した車椅子の少女が笑顔で言った。しかし、眼は笑っておらず、客人に不遜な行ふるまいをしたメアリーを睨んでいる。彼女が纏うは豪奢な白いドレス。透かし織りの華奢な扇子で喋る口を隠していた。
「お待ちしておりましたぁ。はじめましてぇ。ヴィクトリア・ハンマーシュタインでございまぁす。脚を悪くしておりましてぇ、高い所から失礼いたしますぅ」
やっとリーダーの登場かと男は思う。ヴィクトリアの語尾を伸ばす阿呆のような口調に騙されてはいけない。噂では、こいつが、この冒険者パーティーでいちばんのくせ者だ。車椅子に乗って現れたのにも、油断させて何かしようという意図があるのかもしれない。用心、用心だ。男は下手に出ることを決めた。思わず揉み手しながら、話を切り出す。
「ご挨拶が遅くなり失礼しました。領主の代理人。ジャック・ホフマンと申します。今日はクエスト指令書と報酬の前金をお持ちしました」
「ありがとうございますぅ」
笑みを絶やさず、ヴィクトリアが言い、メイドのメアリーに目配せをする。
「ではぁ、指令書とぉ、前金を頂戴いたしますぅ」
ヴィクトリアが改めて言い、メアリーがジャックに歩み寄った。
「指令書はこれ。前金は馬車に乗せてあります」
ジャックはメアリーに指令書の入った封筒を手渡す。その赤い封蝋は領主の家紋である。
メアリーはヴィクトリアに封筒を手渡し、自分は馬車にある前金の確認に向かう。
今にも壊れそうな荷馬車のなかに重いものを入れた革袋が二つ載っていた。
それ以外に気がかりなものも……。
「馬車のなかに殿方が五名いらっしゃいました。みなさん、剣を持ち、仮面で顔を隠して……」
メアリーが言い終わらぬうち、五人の剣士が斬りかかった。
「女ばかりで与し易しと踏んでのことでしょうか」
ヴィクトリアが言いながら、車椅子を後退させる。
メアリーは背中に隠し持った剣を抜き、襲いかかる刺客たちを直前を薙いだ。剣と剣のぶつかり合い。しかし、どうしたわけかメアリーの剣はそのままで、刺客たちの剣だけがすべて折れ、辺りに散った。
「あのお、その娘もうちの第二王女ほどではなくとも武術の心得が有りまして、国宝のひとつを持たせてますの。そこいらの剣では戦いにもなりませんわよぉ。昨今のメイドとストッキングは強くなっておりますものでぇ」
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