町を救いに来たという予言の騎士様はこの姫騎士で合っていますか?

さくら書院(葛城真実・妻良木美笠・他)

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湯殿に潜むもの

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 朦々もうもうたる湯気。その源は懇々こんこんと湧き上がる透明な温水である。ごく僅かな塩分とさらに微かな硫黄を含んだそれは、美肌の湯として知られていた。

「悪くない…」

 湯船に浸った姫騎士がひとりごちる。

 湯殿に連れてこられた姫騎士は旅支度を女中たちに脱がされ、かわりに丈の長い、木綿の湯浴み着を羽織らされていた。

 姫でもある彼女は、誰かに服を着させられたり、脱がされたりするのには慣れてはいる。しかし、湯浴み着を着たとたんに女中たちがいなくなってしまったのには違和感を覚えた。何か特別な習わしでもあろうのだろうかと。

 湯殿の向こうに動くものが見えた。それは湯船にするりと入りこみ、音もなく姫騎士に向かってくる。

「ほお、これは何かの試験のつもりか?」

 姫騎士はあえて口にした。自分の声を聞いているものがいるに違いないと感じたからである。もちろん、それは姫騎士に迫ってくる水中の影ではない。なぜなら、それは人語も魔族の言葉も解さぬからだ。

「私にわになどけしかけおって!」

 姫騎士は湯気による白い闇などものともしない視力を持っていた。それでも、あまりにも登場が唐突だったがゆえに、それが魔界の生き物ではないかと疑った瞬間があった。鰐は姫騎士の身長の倍もの大きさだったからだ。

「飼っていたなら情も移ろう。このままだと殺すことになるが、本当にそれで良いのか」

 今度は少し大きく声を出した。

 答えを返す人はおらず、鰐が大口を開けるだけだった。鋭い歯牙が薄物だけ羽織った姫騎士に迫る。

 先程、女中に甲冑や剣を預け、寸鉄をも帯びぬ姫騎士に何ができるのか。

「許せ!」

 言った姫騎士の伸ばした指が鰐の右の眼球をえぐった。

 開いていた鰐の口は急激に閉じられた。間髪を入れず反転し、巨大で強靭な尻尾を姫騎士の身体に打ち付けようとする。しかし、姫騎士はするりとかわした。鰐は慌てふためいて温泉の彼方へバタバタと泳ぎ去った。

「私がまだ笑っているうちにやめるがよい。これ以上、この熱い泉を冷たい血で汚したくない」

 姫騎士は言い、あたりを見渡す。

 今度は人の声が返ってきた。

「あたしの見立て以上だ。許してくれとは言わないよ。殺しな。その鰐じゃなくて、あたしをね」

 湯気の向こうから歩いてきて、そう告げたのは先程の老婆であった。

「試験なんかじゃない。怖くなったんだ。あんたが魔物は問答無用で殺すって言うから、うちの孫が殺されるんじゃないかって」

 老婆は言う。

「魔族、魔物退治の専門家だと言ったはずだ。人を殺せとは言われていない」

「そりゃさっき聞いた。だから不安になったんだ」

「どういう意味だ?」

「騎士様、じゃあ、うちの孫を紹介するよ。くれぐれも手を出さないでくれよ」

 老婆の背中に隠れていた少女が顔を見せる。顔のまわりを覆うように赤い頭巾をかぶっていた。

「かわいいお孫さんだね。なんで、彼女を私が? 私が血に飢えた野獣に見えるか?」

「本当に、絶対に殺さないかい」

「ああ、約束する」

「じゃあ、レオナ。頭巾を外して。お前の秘密をお見せしな。姫騎士様にだけは見せていい。姫騎士様だけにだよ」

 老婆に言われ、レオナと呼ばれた少女は赤い頭巾を外した。レオナの髪は金髪で、耳は長くて先が尖っている。それはある魔族の特徴を示していた。

「エルフ!」

 姫騎士は言う。殺さないと誓ったことを早くも少し後悔していた。
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