クリスマス・ゾンビーズ

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クリスマス・ゾンビーズ

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 ゾンビが全力で走ってくる。
 肘をきっちり90度に曲げて、指先を伸ばしたそのフォームはスプリンターさながらだ。
 腿を上げ猛スピードで迫ってくるゾンビを巨大なチキンレッグで迎え打つ。

 ぱっかん!

 一本足打法で吹き飛ばされたゾンビがキラリと輝く星になる。

 ぱっかん!

 振り子打法で打ち上げられたゾンビがドカンと一発花火になる。

 花火を見上げていた俺の目に、宙を舞う巨大なケーキが目に映る。

「やっべ」

 どうみても直撃コースのケーキの落下地点から、大急ぎで逃げ出す。
 俺の背後でずっどーんと音を立ててケーキが衝突する音が聞こえると、その直後に爆風で俺自身も吹き飛ばされる。

 ゴロゴロと転がってから、回る目を騙し騙し、なんとか膝立ちの姿勢にまでもっていく。
 なんとか平行感覚を取り戻して目を上げると、目の前には一抱えもあるピザがフリスビーさながら迫りくる。
 あっと思う間に、飛んできたピザは俺の首を跳ね飛ばしていった。



 発端は正直よく覚えていない。
 一体、誰が言い出したのか。

 多分、ヴァーチャル空間でだらだらと下らない話をしている中で、そんな話が出て来たんだとは思う。
 そこのヴァーチャル空間はオープンワールドの一つで、誰でも入れるし、誰でもオブジェクトを設置出来る場所だった。
 その日はお酒の並んだ棚を中心にバーが設置されている一角があり、いくつかのテーブルを挟んで、回転ずしが回っていた。
 バーでは背の高い男が曲芸のようにシェーカーを振り、回転寿司のレーンの中央ではシェフがチャーハンを作っている。いくつもあるテーブルには会話をするケモ耳少女や、ウィンドウを広げてマンガを描いている巨乳美女に、試験勉強をしているキノコと多種多様だ。

 アバターの性別も声もあてにはならないヴァーチャル空間で、だらだらとするのは気持ちが楽で、俺はしょっちゅうこの世界に入り浸っていた。
 会社の人間関係が悪いわけではないが、あくまで会社の中の役割に応じたものだし、学生時代の友人は年々会うことも少なくなってゆく。
 俺自身も年をとってくると、年齢に応じた大人の態度が求められるようになって、子供の頃のように馬鹿みたいに笑うことも、学生の頃のように馬鹿話をする機会も減ってきた。
 そんな中で、立場なんて存在しないアバターとヴァーチャル空間は、しがらみを無視して自由に振る舞える、貴重な場所だった。

 他のやつらがどう思って、ヴァーチャル空間にいるのかは聞いたことがない。
 それでもしょっちゅう見かけるアバターに、わざわざアプリを持ち込んで作業を始める人たち。ひたすらkawaiiムーブを繰り返してたり、突然あっちむいてホイの大会が開かれたりするような変な空間だ。
 きっとリアルとはちょっと位相がずれているんだろう。

 そんなやつらと、どんな会話があっただろうか。
 この時期のクリスマスムードがどうだとか、イベントには乗っからないと売り上げがとか、恋人と過ごす日なんてどっから出てきたんだよ誕生日だろとか、そんなどうでもいい会話だったと思う。
 それがなぜか、オープンワールドでクリスマスパーティーやろうという話になって、じゃあクリスマスっぽい料理のオブジェクトを持ち寄ろうという話になって、気づいたらゾンビでサバイバルゲームをしようとなった。
 意味がわからない。



 リポップした俺の位置は、パーティー会場の端のほうらしい。
 遠くで丸太のようなシュトーレンを抱えたゾンビと、同じく丸太そのものに見えるブッシュドノエルを抱えたゾンビが全力で殴り合っている。
 断続的に降り注ぐクリスマスケーキからは、サンタの砂糖人形がはじけ飛んで行く。
 ご丁寧にサンタの姿までゾンビだ。
 俺は再びパーティーバトルロイヤルに参加すべく、チキンレッグを手に駆け出した。

 メリークリスマス!
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