けものみち

工事帽

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けものみち

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「きつねってさぁ。なんできつねの好物って言われんだろな」
「何言ってんのお前」
「いやだから、きつねだよ。きつね」
「きつねは共食いしねーよ」
「いやいやいや、きつねだよ。ほら、赤いきつねとかあるだろ」
「油揚げのことかよ」
「いや、きつねだろ」
「きつねじゃねーよ。油揚げ。じゃあなんだよ、いなり寿司はきつね寿司かよ」
「え、きつね寿司なんてあんの?」

 日本語の通じない相方は放っておいて、俺は周囲に意識を向ける。
 かつては農村だったであろう田舎道。そこも今は崩れかけた廃屋と、その向こうに見える野原に囲まれ、野に帰る寸前だ。道のいたるところから草が飛び出し、歩きにくくて仕方がない。

「きつね寿司って握りなの? それとも巻いたやつ?」
「どっちでもないよ、中に詰めんの。あといなり寿司な」

 人の住まない廃屋は、雨風をしのげるという意味で、動物の住処となることがある。そして動物よりももっと危険なものが棲むことも。
 田舎らしく、道から家までの距離はある。前庭なのか生垣なのか、家の間にある草木によって家が隠されていることも多い。
 廃屋から「何か」が飛び出してきても対処出来るように、警戒しながら進む。

「中に詰めるなんて残酷だろ。あ、でも、ローストチキンみたいなもんか。あれも米を詰めるもんな。やっぱ人間ってば残酷すぎんだろ」
「油揚げの話じゃないのかよ」

 依頼があったのは十日程前のことだ。
 その内容は”探しモノ”。書置きを残して居なくなった夫の捜索だった。
 公的機関にも捜索を願い出てはしたが、まったく探してくれないと言っていた。それはそうだろう。大人が自分の意思で家を出た、それでは公的機関は動かない、いや、動けない。民事不介入というやつだ。

 実際、夫の行先を調べる過程で夫婦仲が悪いという話はいくつも集まった。依頼人である奥様は、何度かご近所に響き渡る罵声をご披露されていたらしい。
 そのせいで、夫を探す我々に、ついに家を出ていったのだというヤツもいたくらいだ。あんなところに居たらいつ殺されるかわからないと。

「鶏肉の油揚げっておいしいよな」
「それは唐揚げで、油揚げじゃないだろうよ」
「油で揚げたら油揚げ」
「違うと言ってんだろうがよ」

 それで終わってくれるかと思った。
 見つかったにせよ見つからなかったにせよ、依頼人には見つからなかったと報告する。成功報酬はもらえなくても着手金があれば大赤字とはならない。なにより恨みを買わずに済む。仲の拗れた家族なんて、連れ戻したところですぐにまた破綻するものだ。そのときには一時でも「仲を取り持った」俺たちに恨みが向かうことも少なくない。

「油で揚げたら油揚げ。なにも間違っちゃいないだろ」
「油で揚げたもんにもいろんな名前があるって話だよ」
「油揚げのくせに名前を変えるほうが悪い」
「変えたんじゃなくて、違うもんだろうよ」

 最終的に見つからなかったで終わらせるにせよ、十分な調査は必要だ。本人の意思であること、事件に巻き込まれていないこと。言い換えれば本人の口から帰る気はないと聞けるのが一番良い。
 見つかりませんでしたと報告した直後に本人が帰ってきたり、あるいは死体が見つかったりとなると、いろいろな意味でマズい。信用がなによりも大事な商売だからな。

「かー、オスのくせに細かいことをぐちぐちと、都会にでもかぶれたか」
「都会かぶれはお前のほうだろうがよ。昨日だってあの店はダメだこの店は違うと昼飯一つに延々と歩き回りやがって。それでいて入った店の食い物に文句言ってんだから救いようがないだろうよ」

 そうした調査の結果がこの廃村だ。
 しかも探している夫だけじゃなく、夫が頼った先だと思われる古い友人やその親戚など、複数の行方が分からなくなっていた。
 なぜ彼らが廃村へ向かったのか。廃村が廃村となる前、ずっと昔の村で生まれ、村を出た子孫が夫の古い友人だったらしい。
 なぜ彼らが廃村へ向かったのか。それは廃村に残された神様に会うため、らしい。どうにも宗教じみているが、首謀者というか教祖にあたるのが誰なのかははっきりしない。
 夫の古い友人が村の子孫なら、その親戚もまた村の子孫なのだろう。

「前に食ったときは旨かったのに、違うものを出す店が悪い」
「なら日替わり定食なんて注文するんじゃねえよ」
「一番目立つメニューなんだから、看板メニューってやつだろ。それなのに違うものが出てくると思わないって」
「お前、日替わり定食の意味分ってないのかよ」

 廃村の奥にある風化寸前の石段の上に見えるのは狐の像、赤い鳥居。
 俗に言う稲荷神社という形式に近い。もっとも、廃村の奥、崩れかけた狐の社に棲むモノが狐とは限らないが。

「そんじゃいきますか」

 言いながら相方は腹をポンと叩いて姿を変える。
 でっぷりと太ったおなか、頭の上に丸い耳、そして存在を主張する千畳敷。それが元の姿、俺たちが全力を出せる姿だ。

「気が早くないかよ」
「だっているだろ」

 確かに鳥居の奥には何かが居る。それも良くないものだ。
 この廃村に来た者たちがどうなったのか、神様に会いに来てどうなったのかは鳥居の奥にいる何かに聞くのがいいだろう。

「仕方ない」

 俺も腹をポンと叩いて元の姿に戻る。
 その間に相方はどこからか出した緑の法被に腕を通していた。
 まあ、いい。余計なことは言わずに仕事を終わらせよう。

「俺たちの戦いはこれからだ!」
「おいやめろバカかよ!」

 鳥居への階段を駆け上る相方に、俺は慌てて叫んだ。
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