ある魔法都市の日常

工事帽

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葬儀屋の金田さん

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「この度はご愁傷さまでございます。葬儀屋の金田と申します」

 しわがれた声でそう名乗った男は、声のイメージのままに顔にはしわが走り、目は落ち込んだ陰湿な男だった。

「早速で恐縮では御座いますが、葬儀の内容につきまして、喪主様のお考えや、もし故人様の遺言など御座いましたら……」

 聞き取り難い声で話されるその内容は、かつては剣士として名を馳せた親父のことで。

「もし、もし? 喪主様? 大丈夫ですか?」

 ああ、なんの話だっただろうか。

「いや、すまない。慣れない手続きばかりで、どうにも」

 親父が倒した魔獣の話は今はいい。葬儀の手配をしなければ。

「いえ、いえ。大丈夫ですとも。そのために私共のような専門業者が居るのです。それでは一般的な流れと費用についてご説明させて頂いて、その中で気になる部分や、変えたい内容が御座いましたら随時お話し頂くということでは、いかがでしょうか」

 流れ、順番に、そうか、そうだな。そうすれば、野営の訓練で鍋を忘れて、親父に怒鳴られることもなかったのかもな。


 親父は魔獣退治を専門とする剣士だった。数人の仲間とパーティーを組んで、どこそこの村の近くで魔獣が目撃されると、そこまで出向いて退治する。魔獣は皮や牙だけじゃなく、臓器も売り物になる。ポーションの材料としてだ。
 もちろん魔獣退治は命懸けだ。ただし、その分、実入りはいい。
 親父も年を取ってからは剣士を引退したが、それまでの蓄えで十分に暮らしていけるほどには稼いでいた。

 だから、俺の記憶にある親父は家でダラダラしているか、俺を訓練だと称してボコボコにしているか。その2つが大半で、長じてからは何度か街の外に連れ出されたという記憶くらいしかない。

 その親父が、死んだ。

 俺が結婚した後、親父は一人で自由に生きると、別の家で生活していた。
 何もせずにぶらぶらしていると思っていたが、毎日ではないにしろ、以前から魔物退治のギルドで訓練の手伝いをしていたらしい。姿を見せないのを気にしたギルドの職員が、自宅で倒れている親父を発見した。
 死因は不明。外傷も、何かを吐いた形跡もないことから、なんらかの病だったのではないか、と聞いている。

 葬儀の内容は葬儀屋さんの言うままに、一般的なものにしてもらって、場所は魔物退治ギルドの近くにある建物を借りた。そこは魔物退治で死者が出たときに使う場所だそうた。そう、葬儀屋さんも魔物退治ギルドに紹介してもらったんだった。
 結婚先の商会でも、頼めなくはなかったんだろうが、最終的には許してもらったとは言え、結婚には反対していたし、商会内に友人がいるわけでもない。何より、親父の死を知ったのが魔物退治ギルドからの連絡だったこともあって、そのまま葬儀の手配もお願いすることにした。

 翌日の葬儀。
 準備も魔物退治ギルドへの連絡も、全てを葬儀屋さんに任せ、俺は自分の衣服と、聞いて来た費用の用立てだけを行った。俺の父親のことだからと、葬儀には妻も、義父も参列してくれることになった。


 葬儀会場の正面中央には祭壇が組まれ、その手前に親父の棺が置かれている。
 祭壇には冥府を管理する神の像と、数本の白い花。白い花は明かりとなって、冥府への道案内をすると言う。
 まるで即席の教会だ。だからなのか、初めての葬儀なのに、どこかで見たような風景でこれから葬儀を行うとは思えなくなる。結婚式を挙げた教会の祭壇は、主神様の神像があったように思う、白い花は、違うな、でも何か置いてあった。

 祭壇の前にはいくつもの長椅子が並べられ、親族である俺と妻は義父と共に最前列に座る。他の長椅子には魔物退治ギルドや近所に住んでいる人達、少なくない数の見知った顔があるが、それでも半分にも満たない。
 知らない人達はどういう人達なんだろう、魔物退治ギルドの人だろうか、それとも酒場あたりで友人でも出来ていただろうか。
 そういえば、よく酒場に行ってくると言って出掛けていたが、家に酒は置いてなかったな。一度、訪ねてみたときは、ツマミの用意が面倒だから酒場で飲む、なんて言っていたっけ。

 祭壇の脇に控えるのは、葬儀屋の陰湿な男、それに神官着を着た女性。
 陰湿な男が一歩前に出て口上を述べる。

「本日は、ご多用にもかかわらず、故・相馬隼人の葬儀にご参列を賜り、厚くお礼申し上げます。故人はかつては魔物退治を専門とする剣士として活躍し、引退後も後進の育成に励むなど……」

 しわがれた声で淀みなく話す言葉。決まったセリフなのか、言いなれているのか、スラスラと話す言葉が右から左へと抜けていく。

「……より皆さまにご挨拶を頂きます」

 挨拶という言葉で急に現実が帰ってくる。
 挨拶? 誰の挨拶、喪主かな、って俺のことだろうか。それとも魔物退治ギルド? 誰の挨拶だ、聞き逃した。
 慌てて、司会をしていた葬儀屋さんのほうを見るが、彼はこちらに背中を向けて祭壇の方を向いている。
 挨拶をするのは俺ではないんだろうか、でも他の人が前に出てくる気配もない。

 悩んでいるうちに、葬儀屋さんが呪文を唱える。
 低く、しわがれた声で。
 擦り切れたような声は、錆び付いた鍋を引っ掻き回すように耳障りだ。
 さっきまでの口上とはまったく違う。
 同じ人の声なのかどうかさえ疑わしい。
 それは神官が行う祈りの言葉にも似て、低く、低く、染み込むように。しかし、それは祈りではない。それは神に捧げるものではない。低く、低く、遥かな底から湧き出るそれは、捕らえるもの、縛るもの。
 暗い。
 窓から入っていたはずの光はどこに行ってしまったのか。薄暗い室内に、呪文を紡ぐ声だけが染み渡る。

 ガタンッ。

 祭壇で、いや、その手前、棺で。

 ガタンッ。

 音がする。

 キイィー。

 開く。棺が、開く。

 そこから、起き上がる人間が、親父の顔が。
 なぜ? 親父は、死んで。
 立ち上がる。
 すぐ傍に葬儀屋が、陰湿な男が。

「体の方は、大分動き難いかと思いますが、大丈夫ですか? 声は出ますか?」

「ぁーあ゛ー、あー、あー」

「大丈夫そうですね。では挨拶の方をお願い致します」

「あーっと、なんか人多いな。人前で話すなんて柄じゃないんだが」

「いやいやいや、相馬さんのご葬儀ですから、ご本人に挨拶を頂かないと」

 親父?
 そう、見える。最近は疎遠だったとは言え、何年も一緒に暮らした顔を忘れるはずもない。だけど親父は死んで。そう、今やってるのは葬式だ。誰でもない親父の。

「わかったよ。あー、まあ、自己紹介はいいか。いや、悪いな、急に死んだみたいでよ」

 軽い調子で話す姿も親父そのもの。
 参列者からも「そうだそうだ」「急すぎるんだよバカ」と言った声が上がる。
 どういうことなんだ。

「いやー、なんか急に胸の辺りが苦しくなってな。どうもそのまま死んだらしくってな、ほんと参るよな」

「酒は控えろって言っただろうが」「野菜食え野菜」「今度、酒奢るって話どーすんだよ」

 親父の言葉に被せるようにヤジが飛ぶ。
 意味が、わからない。
 葬式じゃなかったのか、葬式ってなんだ、死んだのは誰だ。
 前後からの声に挟まれて、自分がどこに居るのかわからなくなる。

「……さて、ご歓談の途中ではありますが、そろそろお時間となりました」

 しわがれた声を合図に、前後から飛び交っていた声が止まる。

「それでは、神官の浄化の術をもって故人をお送りします」

 ずっと祭壇の脇に控えていた、神官着を着た女性が前に出る。

「げっ、神田じゃねーか」

 親父のつぶやきが聞こえたのは会場が静かだからだろうか。

「くすくすくす」

 神官が、メイスを手に取る

「お前っ、神田っ、浄化だろ、浄化の術っ」

「ふふふっ、くくっ」

 メイスが大きく振り上げられる。

「くたばれーーー!!!」


 死霊魔術で蘇った仮初の体。それは一般的にはゾンビと呼ばれる。
 動きは遅く、戦いに身を置く者にとっては脅威とはなりえないが、反面、力は生前よりも強くなることがあり、武器を使った対処、もしくは神官による浄化の術での対応が推奨される。そして浄化の術であれば距離を開けての対処が可能であり、ゾンビの動きの遅さも相まって安全に対処可能である。

 魔物退治ギルドを始め不慮の事故による死亡が多い企業では、葬儀の際に死霊魔術を用いることが一般的になっている。そのために、魔物退治ギルドなどは、ギルド員になるときの契約書には、死亡した際取り決めもあるのだそうだ。死霊魔術の使用の有無についても、そこに記載してあるらしい。
 死霊魔術によるゾンビは、僅かな、限られた時間だが、生前の記憶を持ち、会話することも可能だ。
 最後の挨拶や遺産の処分について等、故人と直接話すことで、不意の別れに対して僅かばかりの納得を得ることも多いとのことだ。

 葬式が終わった後、葬儀屋さんから改めて聞いた葬儀の内容がそれである。
 親父はゾンビという慣れない体の割には善戦したのだと思う。
 何度もメイスの攻撃を掻いくぐって、最後には浄化の術を受けて死体に戻った。
 本来は始めから浄化の術を使うそうだが、女性神官がなぜメイスでの攻撃を選んだのか、その理由は教えてもらえなかった。
 ただ、息子として親父の名誉のために、推測ではあるが言及しておきたい。
 どうせセクハラでもしたんだろうがクソ親父、と。
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