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警備員の剛崎さん
しおりを挟む「剛崎さん、おはようございます」
「おはようさん」
「んじゃあ、先、建物の中確認してきますんで」
「あいよー、よろしくー」
夜間担当の剛崎さんに挨拶をして門を通る。
昼担当の自分達との引継ぎ時には、一度、建物の中に入って確認を行う。もし担当者が気づかずに、誰かが侵入していた場合に備えて。
「もうひと眠りするかー」
背後で剛崎さんの声がするが、いつも通りだ。問題ない。
「なんか、もうひと眠りとか言ってますけど、夜間警備の間も居眠りしてたりしませんよね」
相棒が話しかけてくる。
昼間の警備は通常2人のペアで行う。組み合わせは日によって違うが、今日はこいつが相棒だ。
「寝てるよ」
「えっ? それってマズくないですか?」
「なんか寝てても分かるらしいよ。主任も課長も知ってる話だし」
「へー、それって剛崎さんの特技ですか? それとも種族特性?」
「種族特性。ガーゴイルなら全員出来るって聞いたよ」
正面玄関の鍵を開ける前に、異常がないか確認する。
鍵が開いていたり、閉まっていても鍵穴の周りに真新しい傷がついていないか。剛崎さんのことは信用はしているが、警備というのは万が一の事態の為に雇われているものだ。疎かにしてはいけない。獣の中にだって、こちらが張った罠を逆手にとって待ち伏せしてくるものだっている。
扉の影に体を隠したまま、扉を開ける。
繋がる室内の空気。
そのままの姿勢で数歩下がる。
「ちょっと門まで戻るよ」
振り返って相棒に言い放ち、歩きだす。
「え? どうしたんです?」
「剛崎さん、中から変な臭いがするんですけど、昨夜なんかありました?」
門の柱の上に止まったままの剛崎さんが、目を開けると同時にあくびをしている。
「んー、なんか液体の落ちる音はしてたけど、それくらいだよ」
剛崎さんの言葉に思わず頭に手を当てる。
「それって、薬品が零れてるってことじゃないですか」
そしてこの建物は薬の研究施設だ。薬と言っても、組み合わせで毒になるものなどごまんとある。むしろ、毒に出来ないもののほうが少ないのではないだろうか。
そんな施設の中で薬品が零れ、何と混ざったのか異臭がする。ヤな予感しかしない。
「確認しに行きますから、剛崎さんもついて来て下さい。お前は代わりにここの見張りを頼む。私たちが戻ってくるまで、職員を入れないでくれ」
言い置いて、自分の体を風の膜で包み、手持ちの解毒ポーションを確認する。
「えー、掃除は僕の仕事じゃないよ、それに薬とか分からないし」
「薬品の確認は私がします。剛崎さんは私が万が一倒れたら、引っ張って戻って来てください」
恐らくは薬品が零れた。器にヒビでも入っていたのだろう。だとしても室内が荒らされていないこと、つまり外部からの侵入が原因でないかは確認しないとダメだ。
異臭の原因が多少の毒であれば風の膜で遮断出来るが、中の酸素が尽きるまでの時間制限付きだ。液体のまま残ってるならまだしも、ガスが発生している可能性も考えると最大限の警戒が必要だ。
剛崎さんは、毒どころか呼吸が不要な体なんだから、バックアップをしてもらわない理由はない。
「ほら、行きますよ。何があったか確認して、報告入れないと帰れませんからね」
「えー」
掃除は自分の仕事じゃないと文句を言う剛崎さんを、確認だけで掃除はしないと説得して現場を確認する。
予想通り、ヒビの入ったビーカーから漏れた液体が、すぐ下に置いてあった別のビーカーの薬品に混ざって反応していた。他には異常はなく、状況の報告と、研究所職員の調査により、ビーカーの位置が冷蔵保存庫であったことから温度差によるヒビ割れの発生と判断された。
幸いにも混ざった薬品により発生した異臭は、毒性は極めて低かった。異臭は建物の換気と、換気口付近への浄化魔法の併用により、その日のうちに解消された。
その後、やらかした職員は始末書を書かされ、研究所では他の職員も含めて古い器具の点検が行われたという。
「剛崎さん、おはようございます」
「おはようさん」
「んじゃあ、先、建物の中確認してきますんで」
「あいよー、よろしくー」
夜間担当の剛崎さんに挨拶をして門を通る。
「もうひと眠りするかー」
背後で剛崎さんの声がしたところで、ふと、足を止める。
「剛崎さん、昨晩は何か音はしませんでしたか?」
「んー、なんか板が落ちた音はしたねー、多分掲示板じゃないかなー」
剛崎さんの言葉に思わず頭に手を当てる。
「よく聞こえますね。ガーゴイルの種族特性ってすごいですね」
隣で話す相棒。そう言えばこの前の異臭騒ぎのときもこいつだったか。
「いや、音のほうは剛崎さんの個人的な特技」
「え?」
相棒を門の前に捨て置き、剛崎さんを引っ張って扉まで移動する。
今度の報告書は剛崎さんに書いてもらおうと心に誓いながら。
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