ある魔法都市の日常

工事帽

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酒場の尾華さん

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 カランコロン。
 ベルが、扉が開くのに合わせて軽い音をたてる。
 扉の上側に取り付けられたベルは、飲食店にはよくあるものだ。客が入ってきたことを店員に知らせるためにつけられている。
 この酒場は特にベルも綺麗に磨き上げられている。音が軽いのはそのせいだろう。
 少し暗めの照明に彩られた、木のカウンター。周囲の壁も木の板が張り巡らされて落ち着いた雰囲気を作り出している。
 狭い店ではあるが、天井は高く、あまり圧迫感は感じない。

「あら、いらっしゃい」
「おう」

 この酒場は狭い。入るとすぐにカウンターがあって、そこには女主人である尾華さんが立っている。
 あまりに近すぎてベルは必要ないんじゃないかと思うくらいだ。
 店が狭いから、客だって十人も入れない。最も、店が一杯になっているところなんて見たこともない。特に、仕事が終わってすぐのこの時間は、まだ客は俺一人だ。

 カウンターの前に並べられた椅子の一つに腰かけ、カウンターの上に持ってきた袋を置く。
 カタンと音がして、何も言わずに置かれた皿。そこに袋からブドウの搾りかすを入れる。
 普通の酒場なら持ち込みは断られるところだ。なにせ食い物を持ち込まれたら、食い物が売れないからな。
 この店はうちのワイン工房から酒を下ろしていることもあって、ブドウの搾りかすだけは持ち込みを認めてもらっている。

 再びカタンと音がして、ワインが入ったコップが置かれる。
 毎日来てるからな、このあたりはいつも通りだ。カウンターに酒代を載せて、代わりにコップを手に取る。

 ゴクリ。
 一口。よく冷えたワインが喉を滑り落ちる。酒の味に続いて、ブドウの香りが口から鼻に突き抜ける。
 追い打ちにブドウの搾りかすを口の中に放り込めば、いっそう強い香りが走り抜け、ワインを飲んでいる喜びを実感する。

「あ゛~、この一杯のために生きてるなぁ」

 心の底からの呟きに、なぜか尾華さんは苦笑いで答えてくれた。

「あんた、毎日そう言ってるじゃないかい」
「そりゃそうよ。今日生きてるのはこの一杯のため、明日生きるのは明日の一杯のためってな」

 続けてもう一口。
 じっくりとワインを舌で転がして香りを楽しんでから飲み込む。

「ふぅ~。……今日のお勧めは何よ」
「今日は鶏肉かしら」

 一息ついてから尋ねるとすぐに回答がある。
 鳥肉か。鳥肉ってのは部位によって随分と違う。パサパサしている肉もあれば、脂でごてごてしてる肉もある。あの大きさでよくそれだけの違いがあるもんだと感心するくらいだ。
 それだけに当たりハズレをちょっと考える。
 まあ、尾華さんならハズレはないだろうと、そのまま注文することにした。

 ジュワーーー。

 カウンターの内側で肉を焼く音が鳴る。
 ワインをゆっくりと飲みながら、なんとはなしに肉を焼く尾華さんの背を眺める。
 カウンターの奥の壁際には、コンロやシンク、棚が作られていて、そこで料理が出来るようになっている。
 たまにツイっと体を伸ばして、高い棚から何かの瓶を取っては肉に振りかけている。なにかの調味料だろうか。視線を上げれば、棚には何十もの瓶が並んでいる。
 俺の背丈じゃ、まったく届かない高い棚だ。
 尾華さんが体を伸ばした時だけ、蛇のような長い足が目に入る。
 高い所に手が届くのはちょっとうらやましいが、あの足ではブドウを潰すのには向かないな。

「ほら、出来たよ」

 カタンと音がして、目の前に焼いた鳥肉が出て来る。

「あんがとよ、もう一杯くれや」

 空のコップを振っておかわりをもらう。
 鳥肉は良く焼けていて、表面の脂はまだぶつぶつと音を立てている。
 ワインにも負けない香ばしい臭いを放つそれを切り分けて口に入れる。溢れ出る肉汁と共に飲み込み、つかさずワインを一口。
 口の中に残った脂がワインに洗い流され、ワインの持つ酒の香り、ブドウの香りが再び口の中を占領する。

「うまい」

 多分これは良い肉だ。

「あんた、そんなに直ぐにワインで流し込んで。そんなんで肉の味がわかるのかい?」

 勿論だとも。
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