ある魔法都市の日常

工事帽

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病院の小森さん

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 届いた書類を整理する。
 今日届いたのは役所からの書類の一つ。血液提供の書類だった。

「そろそろだっけ」

 ふと思い出して書類をめくると、私の名前が入った書類もあった。
 提供者に私の名前。提供先に綾小路先生の名前。
 綾小路先生は、この病院に勤務している内科医で、吸血鬼。同じ病院に勤めているから、他の血液提供とは違って、提供者に連絡をして来てもらう手間も、採取した血液を輸送する手間もない。

「あらあら、血液提供の書類?」

 背後から話し掛けてきたのは、職場の先輩で小森さん。
 職場では長く勤めている検査技師の一人で、子供が生まれてからは夜勤には出ていなかったけど、最近は少しだけ夜勤の担当にも戻っている。
 子供が成長して手が掛からくなったからだと言うが、その割には「歳を取るとダメね。夜勤がつらくて」という愚痴がセットでついてくる。

「柊さんは二回目よね。ちゃんと上手くやってる?」
「採血なんて何年も前からやってます」
「そういうことじゃないのよー」

 血液提供は吸血鬼にとってはなくてはならないものではあるが、役所を仲介にした契約であり、血液の売買でしかない。
 それは医療従事者にとっては常識だ。
 だが、古い勘違いが完全に消えたわけでもない。
 曰く、血液を提供するのは、恋人や夫婦のような親しい関係だけだと。

 実際、役所が仲介をする契約方法が決まるまでは、そういう側面はあった。
 血液なんて好んで流したいものではないし、一度で終わりでもない。繰り返し血液を提供するには、ある程度親しい間柄に限れらるという時代は、確かにあったのだ。

 小森さんも、検査技師として長年、血液提供の業務に関わっている。
 当然、契約のこともよく分かっている。なのに、私と綾小路先生の契約のことを知ってから、度々こんなことを言って来る。

「考えが古いですよ」
「あらいやだ。年寄り扱いされてしまったわ」

 この人はよくこんな風に、年齢を盾に変な誤魔化しをしてくる。正直うざい。それでいて、他の部署から年寄り扱いされたら怒るのだ。

 他の提供者への連絡を手配して、血液の運搬容器に提供者と、提供先の名前を記入する。
 前準備というやつだ。
 連絡に行った職員が戻るまで、採血の日程は決まらないが、どうせ必要になるものだ。準備しておいても損はない。
 最後に自分の名前と、綾小路先生の名前を書く。小森さんが余計なことを言うせいで、二つ並んだ名前が気にかかる。

 軽く頭を振って、採血の準備を始める。
 提供者が来るまでに、やれることは終わらせておく。前準備もそうだし、自分の採血もそうだ。

「手伝うわよー」
「いえ、一人で出来ますので」
「腕を出してちょうだい」

 採血用の注射器を取り上げられる。
 渋っているうちに、さっさと採血をしてしまうあたりは、流石にベテランだ。

「はい、じゃあこれね。持って行って上げて頂戴」

 運搬容器を渡される。
 病院の中で受け渡しするだけなら、こんなケースがなくても、採血管をそのまま持っていってもいいくらいではある。でも、契約を結んで、業務として請け負っているからには、省略するわけにもいかない。
 でも、なんで私に渡されるのか。血液を配達する担当もいるのだ。

「少し、ゆっくり話してきてもいいからね。機材は片付けておくから」

 そう言って、小森さんは使い終わった機材を手に立ち上がる。
 ゆっくり話を? そんな関係じゃなって言ってるのに、何を話せっていうんだか。ちょっと暴言を吐きたくなるのを、溜息で堪えてから、私は立ち上がった。
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