ある魔法都市の日常

工事帽

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本屋の上谷さん

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 原稿の束を手に街を進む。
 行先は決まっている。
 あまり行きたい場所ではないが。
 だが、背に腹は代えられない。

 自分自身を叱咤して、向かう先。それは本屋だ。

 入口から、そーっと中を覗く。
 出来れば居て欲しくないが、居なかったら用事が終わらない。
 複雑な気持ちのままに、店を覗く。

 入り口からすぐに本棚が並ぶ。
 店の中は薄暗い。
 窓はなく、魔法道具の灯り天井で弱々しく灯っている。
 ただでさえ弱い光は、本棚に遮られてさらに弱まる。それでも、本の表紙が見える程度の明るさはある。本の中身を読むのは、どうだろう。少しツライ気がする。

 本棚で出来た通路を通り抜ければ、薄暗い店の一番奥にカウンター。
 居るか、居ないか。

「なにグズグズしてんだい。そんな所に突っ立ってないで入ってきな!」

 居た。
 彼女こそが、この店の女主人。上谷さんだ。
 ドワーフらしいずんぐりした体形で、本棚よりもずっしりと座っている。

 恐る恐る店内を進み、カウンターの前へ。

「なんだい。誰かと思ったらエルフの兄ちゃんかい。いつもいつもビクビクとしてさ、いい年なんだからしっかりおし」

 そう思うのなら、そんなに威圧しないで、静かに話して欲しい。

「えっと、原稿の買い取りを……」
「ん? また魔法生物の魔法書かい。いいけどね。値段はいつも通りだよ」
「あ、いや、ページ数が……」
「どれ、貸してみな」

 もってきた原稿を取り上げられる。
 今回は新しい能力の組み込みについての技術書だ。能力を組み込むにあたり、その前提知識としての技術にも触れないわけにもいかず、ページ数がかさんでしまった。ページ数なりの手間もかかっているので、いつもの値段では困る。

「確かに、いつもよりもページ数が多いね。じゃあこれくらいでどうだい」
「もうちょっと」
「あんたね。こいつは専門の技術書だよ。この本を読みたがるやつが、この都市に何人いると思ってるんだい。それに、絵をこんなにいれちまって。写本に手間ばかりかかるじゃないかい」

 そう言われると辛い。内容によっては、何百文字も費やすよりも、図が一つあったほうが分かりやすいものもある。今回の技術もそうだ。図を減らして書いたら、今度はページ数がかさんでしまう。
 ……魔法生物技師はこの都市に何人いるだろうか。二十人くらいだろうか。

「いいかい。この都市にいる魔法生物技師はあんたを入れて七人だよ。全員知り合いだろうに。それ以上は都市から持ち出して、遠くまで持って行って売りさばくんだよ。運送費にいくらかかると思ってるんだい。これ以上では買い取れないよ」

 え? たった七人? あいつと、あいつと……。
 心の中で数えれば、知り合いだけで六人。自分も入れれば七人だ。本当にそれだけなのか。これは困った。

「もしかして、他の六人って、全員が私の本を買ってるの……」
「そうだよ。あんたの書いた本だってもって行くんだよ。全員が快く買ってくれるさね」

 知らなかった。
 そういえば、新しい原稿がまとまらず、お金が尽きそうな時に限って、誰か尋ねて来てたな。食べ物を手土産に。

「分かっただろ、この値段でいいね?」
「あ、はい」

 結局、言われた値段で売って、本屋を出る。
 数日後に、写本が出来たら売りに出されるのだろう。
 ……少しくらいは、友人の仕事を手伝ったほうがいいだろうか。
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