ある魔法都市の日常

工事帽

文字の大きさ
70 / 91

本屋の上谷さん2

しおりを挟む
 一階の店舗から、店長のデカい話声が聞こえてくる。
 相手の言葉が聞こえてこないのはいつものことだ。というか、声が二階の作業場まで響いてくる店長のほうがおかしい。

 聞く気はないが、聞こえてくる声は買い取りの相談のようだ。
 この店では、一階の店舗で原稿の買い取りと本の販売を、二階の作業場で写本を作っている。
 そして店長の上谷さんは、普段から一階のカウンターに陣取っている。金のやり取りが絡むからだ。買い取り価格も、販売価格も、店長の一存で決まる。

 一階が静かになってしばらくすると、ドスドスと階段を上がってくる音が聞こえる。

「新しい原稿だよ。大急ぎでやりな」

 声だけじゃなく、足音までうるさい店長だ。

「今、やってるのはどうするんです? こっちも急ぎって話でしたよね」
「そいつは後回しさ。売れ行きが良くないからね。この原稿のが先さね」

 渡された原稿を見てみると、数十ページの原稿の中に図解が十以上ある。

「あーこいつは転写の魔法道具使わないと無理ですね」
「どうしてだい。お前が手で写しな。なんのために高い金払って雇ってると思ってるんだい」
「いや、これ魔法生物技師向けの技術書でしょう。図の省略が出来ないんですよ。これなんて、びっしりと細かい書き込みしちゃって。専門家じゃないと、線一本、模様一つ、どこなら省略しても問題ないか分からないんですって。時間が掛かり過ぎるんですよ」

 娯楽本の挿絵なら雰囲気が伝わればいいし、普通の図解なら説明に必要な部分だけ損なわなければいい。だが、ここまで専門的な図解では、どこなら省略してもいいのかを判断出来ない。結果、丸写しにするしかない。

「この原稿の十以上ある図解を手で写してたら、それだけで3日はかかりますよ。大急ぎじゃないんですか」
「チッ。仕方ないね。数は五十だ。大急ぎでやんな」

 へいへいと答えて、魔法道具の準備を始める。

「しっかし、こんな専門書が五十も売れるんですか?」

 売れない本の在庫が積みあがると、店長の機嫌が悪くなる。普段以上にうるさくなるのは勘弁して欲しいものだ。

「心配いらないよ。原稿持って来たエルフの兄ちゃんの、故郷にもってけば十冊はいける。故郷にいる父親が師匠だからね。あとは他の街の好事家連中だよ。読めもしないクセに集めたがる」

 子供の書いた本か、それは無視出来ないだろうな。それに好事家? ひょっとして、魔法生物を作れるようになりたい人がいるのかね。エルフ並みの寿命がなければ無謀だと思うんだが。
 でもまあ、街の外では魔法生物のことを勘違いしているって噂も聞く。量産できる従業員ってやつだ。
 数体作って仕事を任せれば、あとは左団扇で遊んで暮らせる、と。

 ドスドスと音を立てて、店長は一階に戻った。
 原稿にページ番号を入れた後で、図解のページだけを転写の魔法道具にセットする。魔石を放り込んで、魔法道具が動き始めたら、転写が終わるまでの間に文字の手写しを始める。
 数が数だ。いつも頼んでるヤツらに頼むにしても、万が一を考えれば原稿そのものを渡すわけにはいかない。渡すための写本だけは、ここで作る必要がある。

「まったく、急ぎの仕事ばっかりじゃねーか」

 最近、痛み始めた指と手首をぶらぶらと解して、手写しを始める。
 次の休みは回復魔法を受けに行こうかと思いながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

処理中です...