ある魔法都市の日常

工事帽

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処理係の伊藤さん3

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 ふと、日の光が夕暮れを示しているのに気づく。
 窓を背にしたこの席は、明るくて書類仕事には便利だ。その代わり、暑い日差しから逃げることは出来ない。夏の照り付ける太陽もそうだし、他の季節も。日暮れ前の低く捩じり込むような日差しは、容赦なく背に照り付ける。

 窓を閉めて灯りを点けようかと、少し悩む。
 顔を上げれば、自分一人の事務室は薄暗く見える。窓を背にしたこの席以外は、案外と暗いものだ。
 問題はこの部屋に自分一人しか居ないということだ。明るい席に座った一人だけのために灯りを点けるのは、無駄なことのようにも思える。

 日の暮れる時間帯。
 そろそろ戻ってきてもいい頃だが、ここ数日は戻りが遅い。
 原因は分かっているものの、今日明日では解決出来そうもないのが困りものだ。
 なんとはなしに腕を組む。椅子がギシリと鳴る。
 いつもの悩み事も、静かな部屋では深刻に思えてきてしまう。

 廊下から話し声が聞こえて来た。
 足音はなく、話し声だけの登場に、部下の帰りだと確信する。

「主任、今日の分の処理、終わりました」
「おう、お疲れさん」

 伊藤さんに応えて、ついでに灯りを点ける。
 他のメンバーはソファの上だ。全員が揃っているのをそれとなく確認する。スライムの集団を見分けるのは、なかなかに難しい。

「それで、何も問題はなかったかい?」
「ないっちゃあ、ないんですが、いつも通りっちゃあいつも通りですね」
「そうかい。募集はかけてるんだけどね。面接してくれって話すら来ないし、まだしばらくはかかりそうだよ」
「そいつは、困りましたね」
「困るよねえ」

 作業時間が長引いているのは、作業者が少ないからだ。
 そして足りない作業者を増やすために雇った新人は、数日前に退職してしまった。
 やっと伊藤さんたちが、現場のやり方を教えて、これからというところでだ。
 結果として、教育の手間だけで終わってしまった。

 現場を楽にするための新人雇用が、現場に負担をかけるだけで終わってしまう。
 それは、実際の手間よりもモチベーションにザクリと刺さる。
 新人の退職が続いて「教えても無駄」と思われたなら最悪だ。そうならないように、今度はもっと慎重に、とも思うが、それ以前に応募がない。

「人事部にも掛け合ってはいるんだけどね。応募がないって話でねえ」

 そもそも、この街にスライムが何人いるのか。その中で無職が何人いるのかとなると、誰も分からない。
 そうでなくても、部分的に溶かして加工するとか、狭い場所での工事を請け負うとか、スライムを募集している仕事はいくつもある。この処理係は、技術が必要ない代わりに給料も安い部類に入る。技術を持ったスライムなら別な仕事を選ぶだろう。

「誰か、良いスライム知らないかい?」
「あー、うちらは群れませんからね。他のスライムが何してるかってのは、ちょっと」
「そうなんだよねえ」

 人や獣人のように、群れで狩りをしたり、村のような共同体で畑を管理したりしてきた種族は、親類縁者との繋がりが強い。
 だが、スライムは一人でエサ取りも繁殖も完結する種族だ。親戚という概念すらない。

「悪いけど、もうしばらくは頑張ってもらうしかないねえ」
「はー、まあ、了解です」

 伊藤さんと話をしている間に、皆は帰り支度が済んだらしく、次々と退出していく。
 いつの間にか外もくらい。伊藤さんが帰り支度を整えたら、私も帰ることにしよう。
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