ある魔法都市の日常

工事帽

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調剤師の杉田さん4

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 店の奥にある調剤室で、いつものように調剤の準備を始める。
 今日手に入れた材料と、調剤の器具。そして手を保護するための革手袋。

 ゴツゴツとした見た目の岩イモを革手袋をした手で取り出す。
 素手で触ると肌がただれる、毒性の強い植物だ。馬鈴薯に似ているが、もっとゴツゴツとしていて、毒性が高い。馬鈴薯は芽の部分にだけ毒が集まるが、岩イモは芽だけではなく、全体が毒性を帯びている。
 岩イモはその毒性から食用には向かない。毒を抜けば優秀な効能を持っているが、毒の抜き方を知らなければ使えない。使うのは、私のような調剤師くらいのものだ。それだけに、なかなか手に入らない。

 大まかに切り分けて、水を張った鍋に入れる。
 火にかけて軽く茹でた後に、ドロドロの液体になるまで徹底的に磨り潰す。そこに石灰石を溶かし込んだ特別な解毒ポーションを少々。よく混ぜ合わせた後で、乾燥の魔法道具に入れて魔力を注ぐ。
 これで毒を抜いた岩イモの粉末が出来上がる。

 乾燥させている間に、もう一つの材料を取り出す。
 たまたま見つけた八百屋で売っていたゴボウだ。
 これも山の中に分け入って、土を深くまで掘らなければ手に入らない貴重な薬草の一つだ。……と思っていたのだが、育てている農家があるらしい。他の野菜と同じように並んでいるのを見て、目を疑ったものだ。

 八百屋にいたミノタウロスの女性によると、固くて人気のない根菜だということだが。地中を深くまで掘ってくれるから、土が柔らかくなって農家の助けになるのだそうだ。
 私にとってはゴボウは薬の材料でしかないが、農家にとっては土を掘り返してくれる働き者らしい。違う視点というのは、興味深いものだ。
 栽培されているのなら、今度、農作物の卸売りにも見に行かなければならないだろう。

 ゴボウも岩イモと同じように切り分けて、茹でてから磨り潰す。
 ゴボウのほうが固いから、切り分けるにも、磨り潰すにも、力がいる。毒性はないが、力の入れすぎで、手が痛くなってくるから皮手袋はしたままだ。
 磨り潰し終わったら、やはり同じように乾燥の魔法道具へ。

 ゴボウの処理をしている間に、乾燥して粉末になった岩イモは、必要な量を分けて、残りはケースに入れ替えて仕舞う。
 使った調剤の器具を洗浄して片付けているうちに、ゴボウの乾燥も終わり粉末が出来上がる。

 岩イモとゴボウ。大地の属性が強い素材の粉末を混ぜ合わせて、さらに液体を少しだけ混ぜる。キノコから取り出した、大地に縁の深い風の属性を水に溶かしたもので、複数の素材をまとめるには優秀な液体だ。スープに入れても美味い。

 出来上がったものを一つまみずつ丸めて、丸薬にする。
 大きさを揃えるのは、効果を一定にするためにも必要なことだ。慎重に行う。
 最後に、丸薬に硬化の魔法をかければ出来上がりだ。これで飲む前に崩れることはない。硬化の魔法使えない調剤師は、一回分ごとに紙に包むことになる。飲みにくいし、紙の分の費用がかかると、薬の値段も上がってしまう。あまり良い方法ではない。

 薬が出来上がったところで、店のほうから声がする。
 お客が来たらしい。出来立ての胃腸薬の出番はあるだろうか。店への扉へ向かう。

「おじさんっ、お砂糖ちょうだい!」

 パン屋の娘の、元気な声が聞こえた。
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