ある魔法都市の日常

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おむすび屋の糸野さん3

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 少し疲れた気分で職員室へ戻る。

「ああ、原先生、終わりましたか?」
「ええなんとか」
「ははっ、お疲れ様です。それじゃあ行きますかね」

 私が戻ったのも目ざとく見つけて話し掛けてきたのは、教師仲間の三森さんだ。
 先ほどの魔法の授業では、私の担当グループだけ時間が押してしまった。魔法の授業は、何人もの先生でグループに分かれて教えるのが、遅くまで掛かってしまったことで、別のグループを担当していた先生方は、既に全員が職員室に戻っている。
 三森さんもそれを聞いていたのだろう、私が戻ったのを確認してすぐに、次の授業のために職員室を出ていった。

「どうでした、糸野ちゃんの適正は」
「地水火風光、そして変化も持っているようです」
「ほう、それは素晴らしい」
「そうですね。適正の多さは素晴らしいと思います。ただ、どの適正も少し低いのですよ」

 別のグループを担当していた教師と、私が担当していた魔法適正の結果について情報を交わす。
 グループというのは、魔法の種類毎に分けたものだ。例えば、火に適正のある者は、手から火を出したり、周囲の温度を上げたりという魔力の放出の練習を行う。一方、身体強化に適正のある者は、魔力を放出せずに、自分の体の中で魔力を巡らせる練習を行う。
 練習方法がまったく異なるため、別々のグループで行うのだ。

 つまり、適正の内容によってどのグループに割り振るのかも決まる。
 他のグループの教師が、適正の結果を知りたがるのも当然のことだ。

「それは悩ましいですね。糸野ちゃん本人はどうです? 使いたい魔法の希望はありましたか?」
「それが、本人も決めかねているようで……」

 今日の授業の時間が押してしまったのは、それが原因とも言える。

 適正の確認にはいくつか手順がある。
 まずは本人の希望。次に魔力の傾向だ。

 本人に使いたい魔法があるのであれば、本人の希望する魔法に適正があるのかを調べる。たとえ、教師からは適正がないように見えてもだ。
 そもそも、複数の適正を持つ人も少なければ、希望する魔法と適正の高い魔法が同じだという者も稀だと言って良い。
 だからこそ本人の希望が重視される。やる気のない練習ほど無意味なものはないからだ。

 本人の希望と魔法の適正が合うのであれば、適正の確認はそれで終わり。多くの場合には、本人の希望とは別に、教師の目から見て適正の高そうな種類を確認することになる。

(それが私の役割ですがね)

 適正の有無以上に、魔力を直接見れる目を持っている人は少ない。
 その数少ない目を持っているからこそ、原が適正の確認を担当しているのだ。
 だたし、その目も絶対ではない。
 魔力が直接見れるのと、適正が判断出来るかは、似ているようで少し違う。

 今回の小森さんのように、適正が読みにくい魔力というのがある。
 どこも見ていない魔力と言えばいいのか……。
 何にも興味がない魔力と言えばいいのか……。

 本人にも希望が決まっていないということもあって、「では順番に」と調べていくしかない魔力があるのだ。
 結局、複数の適正が見つかったものの、どれも「優れている」とは言えないくらいの適正だった。

「となると、一つに決めるのも難しいですか。いっそ順番にやらせてみましょうか?」
「もっと適正が高ければ順番に試しても良いのですけどね。あの適正値だと、どれも使えずに卒業する可能性がありまして」

 いわゆる器用貧乏というやつだ。
 多方面に適正があっても、十分に使いこなせるまでにかかる時間は少なくない。あれもこれもと手を出していては、何も身に付かないまま終わるだろう。

「悩ましいですな~」
「ええ。それで、本人の意志が決まるまでは、今まで通りに基礎練習にしようかと思っているのですよ」

 そうは言っても、基礎だけで終わってしまっては、使える魔法が一つもないという意味では変わらない。
 糸野さんが選択するための後押しには、どんな方法があるのだろうかと考える。
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