81 / 91
パン屋の桂木さん4
しおりを挟む
カランコロンと扉の音と一緒に、お店からは娘の「ありがとうございました」の声が聞こえてくる
時間は夕方、普段なら明日菜に店番を任せる時間ではないけれど、今日は特別な日だから手伝ってもらっている。
お店の音を尻目に、仕込みを続ける。
乾燥させた木の実やドライフルーツは、昔からある保存食だ。冬の寒い中、野菜が育たない季節でも食べられる。どちらも秋には丁寧に乾燥させて、冬の支度をするのが定番だったそうだ。
今はこの街も便利になり、野菜を保存しておくことも出来るようになった。それでも、このパンは年明けの休みの間に食べる、特別なパンとして作り続けられている。
木の実を細かく砕いて、大振りのスプーンでひとさじ。
お酒を染み込ませたドライフルーツを小さく切り刻んで、こちらも大振りのスプーンでひとさじ。
パン生地に混ぜたら、均等になるまで生地をこねる。
どっしりとした重みのある生地をこねるのは重労働だ。
いつもなら、前日に仕込んでおいたパン生地を早朝に焼く。午前中に仕込んだパン生地を、午後にもう一度焼く。それでその日の売り物はおしまい。翌日の仕込みの時間になる。
今日ばかりは違う。
今、仕込んでいる特別なパンは、すぐに焼いて店に並ぶ。
隣では焼けたばかりの特別なパンに、夫がバターを塗っている。
塗り終わったら冷蔵庫で冷やしてから砂糖をまぶす。
パン生地が見えないくらいに、たっぷりとかけられた砂糖で、特別なパンは真っ白だ。
仕上がりとは売り物の「見た目の美味しさ」だ。こればかりは、夫のほうが上手い。
生地の仕込みを終える頃には、外はもう真っ暗だ。
いつもなら日が落ちる頃には店を閉める。それも今日だけは違う。
真っ暗の空に街灯の灯りが点く時刻になっても、まだ店は開けたままだ。
パンが焼ける間に手早く夕食の用意をして、明日菜と店番を変わる。
最後のパンが仕上がったら、もう一度明日菜に店番を任せて、夫と夕食を取る。
その間にも、特別なパンはどんどんと売れていく。
毎年、この日が一番忙しい。それでも明日からしばらく休みだと思えばがんばれるというものだ。
「ねえ、そろそろじゃない?」
棚に並べたパンもほとんどなくなる頃、明日菜はそう言って、厨房を片付けていた夫と一緒に店に来た。
「そうだね。ちょっと出てみようか」
ちょうどお客が居なくなったところで、家族揃って店の外へ出る。
息をすれば冷たい空気が肺に流れ込む。
深夜にもかかわらず、今日ばかりは人の姿が多い。
皆、白い息をはきながら、家族や友人で固まって、その時を待っている。
「あ、糸野ちゃんだ」
近くでおにぎり屋を営んでいる糸野さんも、家族で道端まで出てきていた。
娘同士が同い年で友達ということもあり、割と親しくしている家族だ。
お客が来ないか気にしながらも、皆で待っていると、ヒューという細い音に続いて、空に大きな爆発が広がった。
ドーン。
領主様の館から撃ちあがる大きな魔法は、新年を告げる魔除けの花火だ。
大きな音で街に近寄る魔を退ける。新年を祝う特別な魔法。
昔、街に押し寄せた魔物の襲撃を退けた魔法、だと聞いている。
街が魔物に襲われなくなってからは、魔を払う縁起物としてしか使われていない。
ドーン。
ドーン。
続けて上がる大空の爆発。
遠くの空の上なのに、その音が体に響くくらい大きい。魔を払う音を全身で浴びることで次の年も健康に暮らせる、らしい。
しばらく続いた爆発が終わる。
静かになった空に暗闇が戻る。
爆発が雲まで吹き飛ばしたのか、真っ暗だった空には星が輝いて見えた。
「明けましておめでとうございます」
時間は夕方、普段なら明日菜に店番を任せる時間ではないけれど、今日は特別な日だから手伝ってもらっている。
お店の音を尻目に、仕込みを続ける。
乾燥させた木の実やドライフルーツは、昔からある保存食だ。冬の寒い中、野菜が育たない季節でも食べられる。どちらも秋には丁寧に乾燥させて、冬の支度をするのが定番だったそうだ。
今はこの街も便利になり、野菜を保存しておくことも出来るようになった。それでも、このパンは年明けの休みの間に食べる、特別なパンとして作り続けられている。
木の実を細かく砕いて、大振りのスプーンでひとさじ。
お酒を染み込ませたドライフルーツを小さく切り刻んで、こちらも大振りのスプーンでひとさじ。
パン生地に混ぜたら、均等になるまで生地をこねる。
どっしりとした重みのある生地をこねるのは重労働だ。
いつもなら、前日に仕込んでおいたパン生地を早朝に焼く。午前中に仕込んだパン生地を、午後にもう一度焼く。それでその日の売り物はおしまい。翌日の仕込みの時間になる。
今日ばかりは違う。
今、仕込んでいる特別なパンは、すぐに焼いて店に並ぶ。
隣では焼けたばかりの特別なパンに、夫がバターを塗っている。
塗り終わったら冷蔵庫で冷やしてから砂糖をまぶす。
パン生地が見えないくらいに、たっぷりとかけられた砂糖で、特別なパンは真っ白だ。
仕上がりとは売り物の「見た目の美味しさ」だ。こればかりは、夫のほうが上手い。
生地の仕込みを終える頃には、外はもう真っ暗だ。
いつもなら日が落ちる頃には店を閉める。それも今日だけは違う。
真っ暗の空に街灯の灯りが点く時刻になっても、まだ店は開けたままだ。
パンが焼ける間に手早く夕食の用意をして、明日菜と店番を変わる。
最後のパンが仕上がったら、もう一度明日菜に店番を任せて、夫と夕食を取る。
その間にも、特別なパンはどんどんと売れていく。
毎年、この日が一番忙しい。それでも明日からしばらく休みだと思えばがんばれるというものだ。
「ねえ、そろそろじゃない?」
棚に並べたパンもほとんどなくなる頃、明日菜はそう言って、厨房を片付けていた夫と一緒に店に来た。
「そうだね。ちょっと出てみようか」
ちょうどお客が居なくなったところで、家族揃って店の外へ出る。
息をすれば冷たい空気が肺に流れ込む。
深夜にもかかわらず、今日ばかりは人の姿が多い。
皆、白い息をはきながら、家族や友人で固まって、その時を待っている。
「あ、糸野ちゃんだ」
近くでおにぎり屋を営んでいる糸野さんも、家族で道端まで出てきていた。
娘同士が同い年で友達ということもあり、割と親しくしている家族だ。
お客が来ないか気にしながらも、皆で待っていると、ヒューという細い音に続いて、空に大きな爆発が広がった。
ドーン。
領主様の館から撃ちあがる大きな魔法は、新年を告げる魔除けの花火だ。
大きな音で街に近寄る魔を退ける。新年を祝う特別な魔法。
昔、街に押し寄せた魔物の襲撃を退けた魔法、だと聞いている。
街が魔物に襲われなくなってからは、魔を払う縁起物としてしか使われていない。
ドーン。
ドーン。
続けて上がる大空の爆発。
遠くの空の上なのに、その音が体に響くくらい大きい。魔を払う音を全身で浴びることで次の年も健康に暮らせる、らしい。
しばらく続いた爆発が終わる。
静かになった空に暗闇が戻る。
爆発が雲まで吹き飛ばしたのか、真っ暗だった空には星が輝いて見えた。
「明けましておめでとうございます」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる