ある魔法都市の日常

工事帽

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醸造所の吉田さん4

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 朝の工房に続々と職人達が出勤してくる。
 来た者から順に、魔石を手にして今日の分の魔力を込める。
 込められた魔力は、ワイン作りに使われる。

 一年を通してワイン造りをするためのブドウ蔵。
 本来であれば待つことしか出来ないワインの発酵を進めるためのワイン蔵。
 二つの蔵のために魔力は使われる。

 他の街なら、醸造所にこんな蔵はない。
 ワインを仕込むのはブドウが収穫出来る季節だけ。
 ワインが出来るのは発酵を待つだけ。
 季節に関係なく仕事をするための大切な蔵だ。

 魔石にその日の分の魔力を入れ終わったら、職人達は作業着に着替え、ワイン造りが始まる。
 ブドウの実を房から外す。実だけを桶に入れ、職人達が足で潰す。
 一見単純な作業に見えるが、ブドウの出来によってどれだけ潰せば良いかが変わる。場合によっては発酵を抑える薬を入れることもある。
 どれも職人にしか分からないことだ。逆に言えば、それが分かるようになれば一人前の職人とも言える。

 潰し終わったブドウは二つに分ける。
 絞ってから発酵させる物と、そのまま発酵させる物だ。二つのやり方で味も色も違う。
 そのまま発酵させる物は樽に詰める。
 絞ってから発行させる物は圧搾機行きだ。

 圧搾機は、絞るための機械だ。蔵とはまた別の意味で重要な設備だ。
 その圧搾機の調子が年々悪くなっていた。壊れる前に直すか、新しい圧搾機を買うか。何人もの知り合いに相談した結果、整備に人を雇うことになった。
 それがミノタウロスの吉田だ。

 吉田に整備を任せるようになってから、圧搾機の調子は良くなった。それだけじゃなく、樽だの桶だの、壊れかけた道具を直してもくれた。思ってた以上に良い仕事をしてくれていると思う。
 だが、最近はちょっとやり過ぎだ。
 圧搾機を改造しようとしたり、よく分からん部品を持ち込んで組み立てたりしている。

 今日は少し言っておかなきゃならんと、吉田を呼び出した。
 職人達がブドウを潰しているこの時間なら、他の誰にも聞かれることはない。

「なあ、吉田よ」
「はい」
「圧搾機のことだけどな」
「性能を上げるのは、まだ、もうちょっと時間が……」

 ふうー、と深く息を吐く。
 そうじゃない。そうじゃなんだと心の中でつぶやく。

「いやな吉田。俺ぁ前に、改造はすんなって言ったはずだよな」
「……」
「性能が、性能がと吉田は言うけどな、今まで通り使えればいいんだよ」
「……」
「それに、他にもなんかやってんだろ。あっちはなんだ?」
「…………ブドウを踏み潰す機械を」
「それは職人の仕事を奪うってことか?」
「いや、そんなつもりじゃ……」

 ふう、ともう一つ溜息をついてから話し出す。
 こいつにはとっくりと言い聞かせなきゃあならないようだ。


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