ある魔法都市の日常

工事帽

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便利屋の近藤さん3

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 工房の並ぶ区画はいつでも騒々しい。
 ガンガンと物を叩く音、ギイギイと何かを切る音、たまにゴッシャーンと盛大に音がしてはそれを怒鳴り声が追いかける。
 そんな中に一つ。とても静かな工房があった。
 染物工房のように糸を乾しているわけでも、皮工房のように薬品の匂いがするわけでもない。ただ、工房の何かの残骸が散らかっているくらいで、外から見ても何の工房なのかはさっぱり分からない。

 いや、さっぱり分からないのは、中に入っても同様だ。
 入口の扉を開けるとすぐにある作業場。その机の上には大小様々な瓶が並び、そのうちの数本からは毒々しい色の煙が漏れている。机の下に目を向ければ、拉げた金属の何か。ゴミとしか見えないものが、いくつも机の下に押し込まれている。
 鍛冶屋のように炉があるわけでもなく、木工所のように木屑が散らかっているわけでもない。何かを作るための工房というよりは、ゴミを詰め込んだ倉庫にも見える。

「それはそうだろう。雇われ人とはそういうものなのだよ」

 そんな静かな工房からは話し声だけがしていた。

「言わば、誰が何の目的でお金を出すのかということなのだよ。お金を払う側としては、お金に見合う働きをして欲しいわけだが、そこには目的があるのだよ。これをしてくれるなら幾ら払いましょう、が本来の形だからね。望んでいない作業はして欲しくないのだ」

 工房の中にいるのは二人。
 一人はケンタウロス。先ほどから話続けているこの工房の主だ
 一般的にケンタウロスと言えば、下半身が馬で、上半身は人間と変わらない。ただ、この男は少しばかり面長で長髪である。そのせいで馬面だとかたてがみが生えているとか言われている。最も、本人がそれを気にするそぶりは一つもない。
 もう一人はミノタウロス。こちらは牛のようなひづめと角を持つが、足は二本しかなく、ケンタウロスに比べて人に近い。最も、大きさは人よりも一回り以上は大きいだろう。

「誰だって好きな事もあれば、嫌いな事もある。そして仕事を選ぶなら、好きな事や、少なくとも嫌いではない事を仕事にしたいと思うものだ。だけどね、仕事と言ってもいろいろだ。あれもこれもとやらされれば、その中で好きなこと嫌いなことが出来るものなのだよ。そして逆に、一つのことだけを繰り返す仕事なら、飽きたりもっと難しいことがしたくなる」

 ケンタウロスが話し続けている間、ミノタウロスはじっと聞いている。

「つまり、理想の職場なんてどこにもないのさ。どこかで折り合いをつけてやっていかないといけない。特に雇われているのであればね」

 ケンタウロスが一人で話し切ると、そこでやっとミノタウロスが口を開く。

「そうなると近藤さん。工房を辞めたほうがいいんですかね」
「折り合いだよ、折り合い。辞めることが全てではないさ」
「でもやるなと言われていて……」
「なら時間外にやるとか、自宅でやるとか」

 不満気に体をゆするミノタウロス。

「……上手く出来れば工房のためにもなると思うんですが」
「それでもダメだと言われたのだろう? 職人のことを気にするなら、工房主の言い分も間違ってはいないさ」

 そう言ってケンタウロスは髪をばさりと跳ね上げる。

「素晴らしい装置が出来ました。この装置は素晴らしいので職人が居なくてもワインが作れます。ただし魔力が大量に必要です。となれば職人を全員クビにして、浮いた給金を魔力を買う費用に回すことになるのだよ。職人は全員路頭に迷うね」
「俺は、そんなつもりじゃ」
「でも事実さ。出来上がる装置が優れていれば優れているほど『必要がなくなった』ものははじかれる」

 カツカツと音を立ててケンタウロスは工房の中を歩く。

「うん。工房のため、と思っているのなら開発は中止することだね。工房なんてどうでもいいと思うなら、工房を辞めて自分で新しいワイン工房を作ればいい。始めから職人が居ない工房なら、クビになる職人もいないのだよ」

 最後にカッと音を立てた蹄の音に被さるように、外から一際大きな破裂音が聞こえた。
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