住む世界の違う君へ

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「ねぎま3本、塩で」
「俺は皮とつくね、1本づつ、どっちもタレね」
「あいよっ」

 注文を聞いては、左にある棚から、まだ焼いていない焼き鳥を取り出す。
 予め串に刺さったそれは、部位毎に分かれて並んでおり、棚にはクセのある文字で部位が書き込まれている。

 取り出した串を、炭火の上に置かれた網の上に置く。
 それぞれに塩だれと醤油だれを塗って、裏返す。裏返したら更に塗る。
 くるくると何度か裏返すうちに、そこには香ばしい焼き鳥の匂いが漂い出す。
 会話もせずに、じっと手元を見つめてくる客達。視線の圧力に負けずに、きっちりと焼き上げてから皿に盛る。

「おまちっ」
「……おお~」

 早速、ぱくりと口に入れた客が、一口目を飲み込んだ後で感嘆の言葉を漏らす。

「普通に旨い」

 客の反応に、軽く肩を竦めるだけで答える。
 「旨い」の言葉に喜ぶものか、それとも「普通に」の言葉に失礼だと感じるか。本当の料理人だったらどう思うんだろうかと、ちょっと考えたりもしてみた。
 だが、まあ、無口な料理人としては、何も言わずに済ませるのがいいだろう。肉もタレも俺が準備したわけじゃないし。

 ここはヴァーチャル・リアリティで作られた世界の一つ、通称、屋台村。
 このワールドには沢山の屋台が並び、客は自由に飲み、食べ、店主は自由に作ることが出来る世界だ。
 この焼き鳥屋の他には、焼きそば、ケバブ、タコ焼き、アメリカンドックと食べ物屋だけでも沢山ある。中には焼きマシュマロ屋とか、バウムクーヘン屋なんて変わり種もある。バウムクーヘンを焼くのに何時間掛かるのかは知らない。

 この屋台はロールプレイの一種で、店主を楽しんだり、客を楽しんだりするわけだ。
 材料は屋台備え付けの棚からいくらでも出て来る。客は好きなものを注文するだけで、お金を払う必要もない。
 ヴァーチャルだから当然、いくらでも食べれるし、カロリーもゼロ。それでいて味や食感はあるから、美味い屋台を探す楽しみもあれば、どうやれば美味い料理が作れるのかを試行錯誤する楽しみもある。

 そんな屋台村だが、別にここは屋台ゲームをするためだけの空間、というわけではない。

 元々の運営が用意したのはチャット空間としてのワールドだけだ。
 チャット・ワールドとしてのそれは、街中や森といった環境の空間がいくつか広がるだけのものだった。そこには屋台のようなギミックはなかった。
 それだけであれば、興味本位で入ってくる人はいても、ほんの数回で飽きるだろう。
 徐々に廃れ、無人の空間だけが残されるのは、他の累々たる屍サービスを紐解くまでもなく明らかだ。

 ただ、この運営はユーザーによる改変を認めていた。
 ギミックの追加どころか、ワールドそのものの追加まで。
 そしてこの世界には、ユーザー作成のギミックが山のように溢れかえることになる。
 あまりの煩雑ぶりに、運営が区画整理と称してワールドの仕切り直しをしたのは、つい先日のことだ。そしてここは屋台村となった。

「てきとーに盛り合わせ、塩で」
「あいよっ」

 新しく来た客に答えて、また焼き鳥を焼く。ついでに手羽先もいって見るか。
 別に、元がチャット用だからと言って、会話しなきゃいけないわけでもない、三軒となりの屋台では、もう一時間以上もひたすらに金魚をすくってるじいさんがいるくらいだ。会話目的でも、ギミック目的でも、ロールプレイでも、好きにやればいい。

 会話が好きで屋台に来る人たちも、もちろんいる。
 リアルではいろんな地域に住んでいて、普段なら関わりのない仕事をしている人たちだ。
 ちょっとした客同士の会話でも、面白い話題には事欠かない。

「このタレって醤油だれ? 珍しいね、タレって普通はミソだよね」
「えっ、ミソだれって何。焼き鳥だよこれ」
「はー? 焼き鳥のタレは普通ミソだろ」

 とか。

「え? 焼き鳥って鶏肉なの? 豚じゃないの?」
「鳥じゃなかったら、焼き鳥と言わないだろ」

 とか。
 どこの人かは知らないが、地域によっていろいろと差があるらしい。

 店主役は早い者勝ちみたいなものだ。やりたい人がやる。だから俺も、いつも焼き鳥を焼いているわけではない。それでもこの程度には、話が聞こえてくる。
 たこ焼き屋もやってみたいと思ってはいる。だが、あっちは店主役が並んで待ってるような状態で、まだやったことはない。なんで皆あんなにクルクルと上手く作れるのかね。

 そして……。

「ここは何をやっている?」
「焼き鳥屋だよ」
「そうか。食べ物で間違いないな。お勧めを頼む」
「あいよっ」

 アバターも多種多用だ。今入ってきた鬼っぽい少女のように、人間じゃないアバターの数も少なくない。
 額から二本の角、肌は少し青みがかった白、人間の年齢で言えば十台前半だろうか。

 幼い容姿ながらも、切れ長の目は可愛いというよりも、美しいという言葉が似合う。
 後十年も成長することがあれば、妖艶な美女になるだろう。アバターは成長はしないから、モデルの更新か。

「確認したいのだが、ここでは食べ物の対価は不要と聞いたのだが」

 ああ、そう聞いてくると言うことは、このワールドは初めてかな。

「ええ、要りませんよ。金銭も、それ以外も。まあ、楽しんでいって下さい」

 棚から材料を取り出して網の上に並べる。タレをつけ、くるくると。
 パチパチと肉の焼ける音がして、すぐに良い臭いが漂い始める。
 実は香ばしい臭いが出るのは肉ではなく、網のオブジェクトだったりする。いくつ出現するか分からない串や肉の一つ一つに臭いをつけると、リソースの消費が多くなる。そのため、一つしかない網のほうに、物が乗ってから時間差で臭いを発生させる機能がついているのだ。

「おまちっ」

 出したのは、もも、つくね、ぽんじりに砂肝。ももとつくねはタレで、あとの二つは塩にした。自分で食べるなら全部塩にするところだ。
 昔はタレばかり食べていたように思う。
 塩で食べるようになったのは、何歳くらいからだっただろうか。そんな経験から、なんとなく若いうちはタレと思ってしまう。今日は初見のお客さんだから半々にした。ちゃんと皿も分けてある。

 出された皿を見て、少女はちょっとだけ眉を寄せる。
 良く出来ているアバターだ。
 このワールドに来る人は自作アバターが多いから、表情が動かないことも多い。動くとしても目を閉じられるようにしたり、マンガのような><目にしたりXX目にしたりと、目が変化するアバターが多く、眉まで動くのは滅多に見ない。

 少女は少し回りを見てから焼き鳥を手に取る。一口目を食べてしばらく、寄っていた眉が戻り、ほんの少しだけ目じりが下がる。
 表情の少ないアバターばかりを見ているせいか、少女のちょっとした表情の変化がとてもうれしく思える。

「なに?」

 見ているのがバレたのか、少女が声を上げる。

「……塩とタレ。どちらの味がお好みですか? よければもう何本か作りますよ」

 少し考えて掛けた声に「こっち」と塩だれが乗っていた皿を指さす少女。

「あいよっ」

 新しい串を取り出し、網に乗せる。ねぎまに手羽先、ハツも入れとくか。塩ダレを塗って裏返し。タレを塗っては裏返し。くるくると旨みの乗った油が落ちないように、くるくる回して火を通す。
 中まで火を通すには時間が必要で、その時間のあいだ裏返しもせずに火に炙ると、そこが焦げる。焦げないようにくるくる回して火を通す。

「おまちっ」

 皿を置くと、少女と目があった。焼いている間ずっとこちらを見ていたらしい。
 ニコっと笑って見せる。
 俺のアバターも自作だが、表情用のパーツやボーンは大量に仕込んである。無口料理人をやるために増やしたのだ。その成果で、肩眉だけ上げるとか、唇の端だけ動かすとか、微妙な表情も可能になっている。ちょっとした自慢だ。

 少女は俺の表情の変化に驚いたのか、ちょっと目を見開いてから慌てて目を逸らす。
 落とした視線の先には、新しい皿と焼き鳥。

「前の皿がなくなっておる」
「ええ、そういう作りなんで」

 食べ終わった皿は自動的に消える。下拵えだけじゃなく後片付けも全自動のバーチャル屋台は、料理だけに集中出来る素敵仕様だ。

「そ、そうか」

 あまり納得していない表情で、焼き鳥を食べ始める少女。彼女は、どれだけの表情を形作れるのだろうか。少しだけ見てみたい気持ちになる。
 その後も追加の焼き鳥を焼き続けた。少女はハツと軟骨が好みにあったようで、その二種類は十本くらいは出したと思う。

「焼くと歯ざわりが変わって良いの。生とはまた違った味わいがある」

 なんてことを言いながら平らげた。
 生、生か。少女のアバターには角があるし、鬼のロールプレイ中だろうか。焼き鳥のハツは心臓のことだ。普段は生き胆を食べてます、とか。

「ときに店主」

 食べ終わった少女が改まって口を開く。
 その少女に、スッと、カウンターに置いてある紙ナプキンを差し出す。口周りに汚れがつくのは屋台のギミックだ。焼き鳥を食べると一割の確率で口周りが汚れる。塩ダレでも醤油ダレの色になるのは分かりやすさを優先した結果だろう。

「む?」

 紙ナプキンを受け取ったまま首をかしげる少女に、口周りを示すと、慌てた様子で口を拭った。

「……ときに店主。実の所、道に迷っていてな。生まれ育った世界への道を探しておる。あ、いや、決して冗談を言っているわけではなくてな。儂も、気づいたら、見知らぬ場所におったわけで、なにかの転移かとは思うのだが……」

 聞いてるうちに段々と早口になる少女は、うつむき加減になり、そのうち言葉が途切れる。見れば目じりに涙さえ浮かんでいるように見え、その造形の美しさと、それ以上になにかを我慢しているその表情に感嘆を禁じ得ない。

 しばしの沈黙。
 そして我に返る。

 あまりのことに言葉を失ってしまった。時間も時間だし、ちょうど、お客は少女一人だ。今日の屋台はこの辺でいいだろう。

「案内しますよ」
「え?」
「ワールド移動」

 店主を示すエプロンを棚の横に置く。それだけで厨房側だけが少し暗くなり、店主不在を示すようになる。店主をやりたい人は、こういう厨房側が暗い屋台を見つけてエプロンを身に着けることで料理の権利を得る。

「ターミナルは向こうです」

 厨房を出て店の表に回りながら言うと、少女は慌てて椅子から立ち上がる。

「し、知っているのか? たばかっているわけではなかろうな? 世界の移動じゃぞ?」

 後ろから声を掛けてくる少女は、立って並ぶと俺の肩くらいの背しかない。
 自然、見上げる形で話し掛けてくる。幼い容姿と、言葉遣いのギャップもあって、なんだか背伸びしてるように見える。

「ワールド移動用のターミナルは、屋台村の端にあります。歩いてほんの数分ですが、入口も屋台なんで、ちょっと分かりにくいんですよ。なんで案内します」

 ニコっと微笑んで言葉を掛ける。もっといろんな表情が作れるようにしてはいるものの、この場面で変な表情は選択出来ない。
 無口料理人をやろうと決めたときに、僅かに変化させてにやっとしたり、ぶすっとしたりというのはプリセットを組んである。だが、今にして思えば、普通の笑顔にも、もっとバリエーションを作ったほうがいい気がする。

 少女がついてくる気になったようなので、前へ向き直り、ゆっくりと歩きだす。
 手に触れるものがあって、顔だけをそちらに向けると少女が手を繋いでいた。
 誰かと手を繋ぐなんて何年ぶりだろうか。柔らかな感触が落ち着かない。迷子の道案内だと自分に言い聞かせて、何も気にならない風を装って、ゆっくりと歩く。

 屋台村の一角にある、他よりも少しだけ大きい屋台。それがターミナルだ。
 ぱっと見には、人の出入りの多いだけのただの屋台に見える。
 屋台村の雰囲気を損なわないように屋台に見えるようにしてあるが、それは外観だけだ。のれんをくぐって中に入れば、景色は一変し、SFのような風景になる。青い照明が使われているのは、何か運営に拘りでもあるのだろうか。

 入口からはあり得ないほどの広さのターミナルは、十以上の入場レーンと同じ数のゲートで構成されている。入場レーンに並んで、順番が来たらゲートを通って別のワールドに転移する。そういう設備だ。
 屋台の奥にあるとは思えない、空間を無視したヴァーチャルらしい無茶な配置だ。

「な、なんじゃここは」

 ターミナルに入った少女が思わずという感じで言葉をもらす。

「ここがターミナルですね。ワールド移動は、そっちに並んで居るゲートを使って行います」

 幸い、並んでいる人が居なかったので、ゲートに向かって進む。

「ここで行先のワールドを選択して、その後にゲートに入れば転送です」

 コンソールを示しながら説明するが、どこかのワールドから転移してきたなら、この使い方は知っているだろう。それよりも、

「なんという名前のワールドから来たのかは、分かりますか?」

 というのが問題だ。行先が分からないとどうしようもない。

「名前? 世界に名前があるというのか。いや、分からん。聞いたこともない」

 片手でコンソールを操作しながら聞くも、やはり名前は分からないらしい。転移には行先だけ選択すればいい。だから元のワールドの名前が分からなくても仕方がない。
 ターミナルにも、電車の駅名のように大きく、今いるワールド名を書いて欲しいと思う。
 実のところ、自分もよく迷う。あのギミックで遊べるのはどこのワールドだっただろうかと。ワールド名と通称が全く違ったりすると、もう絶望的だ。

 ならばと、ワールドの特徴を聞き出そうとしたが、あまり要領を得ない。
 分かったのは随分と広いワールドだということくらい。
 屋台村のように、小さなワールドは除外出来るとしても、広いワールドだって一つ二つ、というわけにはいかない。
 ユーザーがみんなで、好き勝手に作り過ぎた結果だ。これを区画整理した運営には頭が下がる。

「そうなると、いろんなワールドに移動して確かめてみるしかないかな」

 手間だが、それが確実だろう。
 広いワールドはどれだっけ。

「これは、行った先からまた戻ってくることは出来るのか?」

 少女の質問に「出来ますよ」と答えてから、補足する。

「ワールド移動した先にもここと同じ設備がありますから、それを使えば戻れます」

 不意に、手にあった柔らかい感触が消える。

「うむ、世話になった。良い機会だ、いくつか世界を巡って見るとしよう」

 少女はそう言うと、軽やかな足取りでゲートの中に消えた。
 まだ案内を続けるつもりだったのに、肩透かしされた気分だ。でもまあ、口に出していたのはターミナルまでの案内だった気もする。わざわざ追いかけて案内しますというのも、な。

 気を取り直して時間を確認する。
 そろそろ寝る時間が近い。ログアウトしよう。


 数日後、その日はたまたま焼き鳥屋の店主が、誰も居なかった。幸いとばかりに厨房に入り、エプロンを身に着ける。
 少女のことも気にならないではなかったが、再会を約束したわけでも、友人登録をしたわけでもない相手だ。偶然の再会をするには、ワールドの数が多すぎる。
 友人と無駄話をして、いくつかのワールドでギミックを使った遊びをしているうちに数日経っていた。

 屋台の店主は、割りとやりたがる人がいる。空いてるタイミングで来れたのは運が良い。
 数人の客が入れ替わり訪れる。焼き鳥の屋台では、二、三本食べて立ち去る人が多い。
 出せるのが焼き鳥だけだからだろう。

 ビールの一つでも出せれば違うのだろうが、ヴァーチャル空間内では飲み物を出すことは出来ても、アルコールのような酔う飲み物は作れない。
 たまに客との雑談に応じながら、焼き鳥を焼く。タレを塗って、くるくる、くるくる。慣れた作業はなぜだか心が凪いで、視界は焼き鳥だけになる。

「ハツと軟骨、塩で頼む」
「あいよっ」

 新しい串を取り出し、網に乗せる。塩ダレを塗って裏返し。タレを塗っては裏返し。くるくると旨みの乗った油が落ちないように、くるくる回して火を通す。中まで火を通すには時間が必要で、その時間のあいだ裏返しもせずに火に炙ると、そこが焦げる。焦げないようにくるくる回して火を通す。
 出来上がった焼き鳥を皿に入れて出す。

「おまちっ」

 皿を置くと、少女と目があった。
 額から二本の角、肌は少し青みがかった白、人間の年齢で言えば十台前半だろうか。
 幼い容姿ながらも、切れ長の目は可愛いというよりも、美しいという言葉が似合う。

 それは数日前に会った少女だった。

 早速とばかりに焼き鳥を頬張りながら少女が言う。

「うむ。やはりお主の焼いたものの方が旨いの。あと追加で3本づつも焼いてくれ」
「あ、あいよっ」

 美味しそうに食べる笑顔から無理矢理視線を剥がして、次の焼き鳥を作る。

 なんでも、数日前に会った後、何度かこの屋台には来たそうだが、いつも違う人が店主をしていて、俺が居なかったのだと愚痴られた。ただ、俺を目当てというよりは、俺が作った焼き鳥が目当てだったらしく、他の店主のはいまいちだったと言われた。

 追加の3本づつでは終わらずに、何度か追加で焼きながら少し話をした。
 探していたワールドはまだ見つかっていないそうだが、見知らぬ場所に行くのが楽しいと言って、行ったワールドの話をしてくれた。

 森ばかりのワールドでは、沢山のきのこ達が重なって塔を作っていたとか。ずっと夜のワールドでは、空一面に花火が広がってとても綺麗だったとか。焼き鳥を頬張りながらも、笑顔で話す少女。食べながら表情を制御するとは、なかなかに器用だ。
 最後に、少女は「また来る」と言い置いて屋台を出て行った。


 今日も屋台で焼き鳥を焼く。もちろん少女の言葉とか関係ない。「また来る」という言葉を期待しているわけではない。たこ焼き屋台の店主の席が空いてないのが悪い。多分。
 くるくる、くるくる。
 手だけは忙しくても、心はなぜだか静かになる。この感覚は、なにか楽しい。笑いたくなったり、叫びたくなったりするのとはまったく違った、静かで楽しい感覚。

「いつものを頼む」
「あいよっ」

 少女が席に着く。
 棚から、ハツと軟骨を取り出して網に乗せる。
 塩ダレをつけて裏返し、タレをつけては裏返し。
 くるくる、くるくる。
 先ずは1本づつのハツと軟骨を皿に盛り、少女の前に置く。続けて棚から次の串を取り出す。

 少女は食べながら、今日行ったワールドの話をしてくれる。
 話してくれるワールドの数は多い。ずいぶんと長い時間入り浸っているようだ。そろそろ全部のワールドを制覇するのではないかと思う。

「ときに店主。明日はメンテナンス、というものがあって、世界が止まると聞いたのじゃが。相違ないか?」

 言われて思い出す。確かに、明日はメンテの告知があった。4、5時間だっただろうか。正確な時間は覚えていないけど、昼間のうちに終わるはずだ。

「そうか」

 覚えている内容を返すと、少女はとても哀しそうに呟いた。
 毎日ずっとワールド巡りをしているくらいハマってる少女だ、明日は遊べないのが悲しいのだろう。

「いくつかバージョンアップもするみたいですからね。メンテナンスが終わったら、新しいギミックも追加されるはずですよ」

 慰めのつもりでメンテ明けの情報を伝える。黙って待つのは、とても時間が長く感じるものだけれど、終わった後の楽しみがあれば多少の我慢は出来ると思って。

「しかし、儂は……」

 何かを言いかけて止める。少女の哀しい顔に驚く。こんな表情も出来たのか。俺ももっと表情のプリセットを増やして行こう。そう思いながら、今出来る精一杯は唇の両端を少し下げることくらい。への字口までは行かないが、少し歯を噛み締めたように見える表情。
 なんかしっくりこないな。
 諦めてプリセット済みの笑顔を浮かべる。

「また食べに来て下さい。情報の通りなら、バージョンアップでもっと美味しくなってるはずですので」

 少女も対抗するように、笑顔を浮かべる。

「そうさせてもらおう」


 メンテナンスは無事に終わった。
 バージョンアップによる感覚調整で、食べ物を食べた際の食感も変わった。
 屋台には焼き過ぎ時の煙発生がギミックとして追加されるなど、屋台村だけでも幾つかの変化があった。

 バージョンアップの後は、新しい食感に合わせて焼き加減を調整してみたり、表情のプリセットを増やしてみたりと、忙しく過ごした。

 一通りの変更を確認し終わった後は、ついでとばかりに地域毎のタレの違いも調べてみた。探せば公開されているレシピだけでも、様々なタレがあった。
 地鶏と呼ばれる地方毎の特産品の鳥についても、再現しようとしてみた。肉のオブジェクトを調整して、固さや肉汁の量、食感の違いを変えて何種類か作ってみた。

 あれから数カ月が経ったが、少女の姿はまだ見ていない。
 見せたいものも、食べさせたいものもあるんだがな。

 屋台に入ってくる度に聞いた「いつものを頼む」、そんな声を待っている。
 だが少女は姿を見せない。

 友人登録、しておけばよかったな。
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