[完結]加護持ち令嬢は聞いてはおりません

夏見颯一

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閑話1,予想もしていなかった顛末

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 偽『レーニア・フルレット』の一件は王立騎士団に捜査を任され、彼らは前代未聞の高位貴族令嬢に対する成り代わり事件を調査し、その切っ掛けや経緯について調査書をまとめた。
 調査後の実際の犯人への処分を決定するのは、貴族のもめ事なので貴族院が決定することになった。
 貴族院では調査書を受け取り内容を精査する課程が基本的には入るため、本来なら審議に相当な時間がかかるところを事件の重大性を鑑み、異例なほど早急に審議し犯人に対しての処分を決定した。

【???サイド】

 数日前から家がバタバタしていた。
 どうしたのと夫に尋ねても、後で説明すると言うばかり。
 理由も検討もつかず取り残された私は不思議には思っていたものの、予定通りに友達の主催するお茶会に出かけた。
「ねえ、貴女の義理の妹のレーニアさんって、実は全くの別人の成り済ましだったって噂があるんだけど」
 近付いて来た顔見知りの参加者が、私に近付いて来て言った。
 あらあら、とうとうバレたのね。
 私は別段驚かない。
 元々杜撰な嘘の塊ですもの、破綻するのも最初から時間の問題でしたものね。
「そうなの? 義理の弟の平民一家とは私達は付き合いがないから」
 ヴィンレー伯爵家の長男は先妻の子で、次男は後妻の子。なのに年齢は半年違いでしかない上にどちらも伯爵の実子という複雑な事情の関係で、兄弟は互いに嫌っているとは有名な話になっている。
 だから弟夫婦のことなど知らないと私が他人事として話しても、誰も不審に思わない。
 皆、納得する。

 でも、本当は偽者だって私は始めから知っていた。
 本当に愚鈍な人達ばかりよね。


【 ~とある騎士団員の報告書の抜粋~
 ……ヴィンレー伯爵の後継である長男エルド氏の妻であるコルティア・ヴィンレーは元々ゼレスト子爵家の令嬢である。
 ゼレスト子爵令嬢であったコルティアとヴィンレー伯爵家の長男エルド氏との婚約がまとまりかけた頃、加護持ちのフルレット侯爵令嬢であるレーニア嬢との縁談が王家仲介の元で伯爵家に持ち込まれた。
 当初ヴィンレー伯爵は長男であるエルド氏で婚約を受けようとしたが、当時ヴィンレー伯爵家はゼレスト子爵家から多額の援助を受けていた。恩あるゼレスト子爵家とまとまりかけた縁談を断るのは貴族として不義理ではないかとエルド氏が訴えたので、次男のトーラスがレーニア嬢と婚約しすることになった。
 ただ恩義がある、それが単純にして明快な理由であった。
 他の貴族家同様に長男も次男も、愛があることが前提での婚約をしたわけではない。飽くまでどちらも政略結婚と捉えていた。
 だが、コルティアは自分が選ばれたと、愛されているからだと勘違いした。……】


 義弟が目障り。
 レーニアも目障り。

 私と夫の愛ある人生を歩んでいくのに邪魔をする者を、私はどうしても許すことができなかった。
 夫と結婚してからずっと鬱々としていたとき、
「そうだよ。僕は男爵家子息じゃない」
 ある日、実家にいた頃家族ぐるみで付き合いのあった男爵家の令息を名乗る見慣れない少年に声をかけたら、あっさり別人であることを認めた。
「本物の子息の代わりに学園に行って卒業してくるように頼まれてね。貴族は意味がなかろうと肩書きだけでも欲しいから大変だよね。ま、僕が偽者だってバレたら卒業取り消されるだろうけど」
 取り消しで済むかなー、と続けながら気楽に笑っていた少年とは、入れ替わりを黙っていることを別れ際には約束した。


【……稀なことではあるが、貴族において早くに亡くなりそうな子が何の成果も残せないことを親が嘆き、子供の名で別人を学園に行かせて名を残そうとすることがある。
 一見すると無意味なことにも思えるが、往々にして貴族というものは妙な体面や見栄を気にするものである。
 偽者を使ってまで得た、学園を卒業したという経歴は、本物自体が死亡すれば他に使われることもない。まさに卒業リストに名前が載るためだけに行われている上、別人が通っていると学園関係者が気付いたとしても偽者ではなく『名前の方の家』が責任を取るだけなので、学園側はほぼ黙認していたという。
 ここにレーニア嬢に対して犯人の成り済ましが成り立った素地の一部があったと言える。
 コルティアが会ったという少年の場合も、病弱な男爵令息の名前を使って学園を卒業していたことは確認されている。
 数年後に男爵令息自体は死亡していても、入れ替わっていた平民であった少年には貴族しか通えない学校を卒業した経歴など元々必要はなかった。学校で学んだ知識そのものが少年には重要であり、令息の親が今も治める男爵領で重要な仕事を任され一般より多い給金を得て生活をしていた。……】

 私には令息と少年がわざわざ入れ替わる意味は全然分からなかった。
 ただ、これは使えるんじゃないかと思った。

 偽者のレーニア。
 いとも簡単になりすまして、学園に通い出した。
 義弟は慌てて『レーニア』に会いに行った。

 偽者なんて誰も疑わないのよ?
 あの子は本当は高々男爵の娘でしかないのに、周囲は高位貴族の娘だってもてはやしているのよ?
 美人?
 女神?
 いいえ、自分が周囲を騙していることさえも気付かない愚鈍な罪人よ。

 家族の前で楽しそうに『レーニア』との交流を話す義弟。
 嬉しそうに本物のレーニアからのプレゼントを身に付け、偽者のレーニアにお返しのプレゼントを持って行く。
 その滑稽な姿に私は笑いが止まらない。

 貴方の愛する『レーニア』は本物じゃない。

 偽者と本当に結婚までしてしまったから、義弟はもう本物とは結婚できないし、婚約は王家の仲介だからもしかすると罪人になるかもしれないわね。
 遠くにいる何も知らない本物の方だって、義弟が勝手に偽者と結婚したから婚約破棄となるでしょうね。
 破棄なら傷物だし、もう結婚もできないかもしれないわ。

 ざまぁ見ろ。
 私達夫婦の幸せを壊そうとしたんだから、当然よね。

 もう二人の破滅が決まったことが嬉しくて楽しくて、私は涙が出るほど笑いが止まらないの。

「弟の結婚を涙を流すほど喜んでくれるなんて、君は優しい女性なんだな」

 夫からも褒められた。
 とても嬉しかった。
「貴方も邪魔な弟がいなくなって良かったわね」
 そう言うと、何故か私を見る夫の顔は奇妙に歪んだ。

「君はそう思っていたのか?」

 噂では仲が悪いと言われていたヴィンレー伯爵家の兄弟は、実際には仲がいい?

 別に噂通りでいいじゃない。
 だって、跡を継げるのも財産を手にするのも一人だけでしょう!
 
 私の人生は私が頑張ったおかげで面白いほど上手く行っていたのに。

「我が家は爵位を返上することになった」

 どうして?

「トーラスのことで王家とフルレット侯爵家から抗議が来ている。ただでなくてもフルレット侯爵令嬢の加護の力でうちだって食べているんだ。周囲の貴族からも睨まれてしまった。これではとてもじゃないが家を維持することができない……」

「確かに次男だけど、トーラスは家を出たじゃない」
「そんなに簡単な話ではないんだよ」

 事務手続きがあると私は夫の執務室を追い出された。
 閉められた扉の向こうから、夫の独り言が聞こえてきた。
「こんなことになるんだったらトーラスの厚意に甘んじず、せめてトーラスに後継を譲っておけば良かった」

 もしも義弟が後継だったら?
 私はどうなるの?
 夫が後継でなかったら、義父がなくなったら貴族ではなくなるかもしれないでしょう。
 そんなこと、おかしいじゃない。
 私が幸せになってレーニアが不幸になるには、これが正しい道でしょう?


「少なくともトーラスが後継であったなら、もっと早い段階で偽者に騙されていたことが分かって、婚約が破棄になったとしても周囲の状況ももっと穏便なことになっただろうね」

 私を取り調べる騎士に説明されても、意味が理解できなかった。

「だって、所詮トーラスだけの問題でしょう?」

「貴族の結婚は大体が個人で決めるものじゃないだろ。それぞれの家が契約を交わしているんだよ。当然、当主が婚約を決めたトーラスの問題の責任自体もヴィンレー家は問われることになる」

 どうして?
 どうしてなの?

 私はただ愛する人と、立場を守りたかっただけでしょう?
 私は幸せでいたかっただけなのに!



【……騎士団の捜査の結果、ヴィンレー伯爵家の内情が明らかになった。
 ヴィンレー伯爵家は先代の投資の失敗からできた負債が現在も残っており、長男であるエルド氏の夫人であったコルティア(現在はエルド氏と離婚し、実家の籍からも抹消済み)の実家であるゼレスト子爵家から長年援助を受けていた。元々は子供同士の結婚を前提にしたものではなかったが、コルティアは実弟と非常に折り合いが悪く、姉弟を遠ざけるためにゼレスト子爵家が申し入れたという。
 尚、かつてレーニア嬢の婚約に関わっていた王城の文官は、ヴィンレー伯爵家の縁者と判明。選考に縁者を入れること自体はよくあることで問題ないが、結果的にこの婚約が混乱の元となったために王城の文官の職から追放となった。
 また、調査の過程でヴィンレー伯爵家の後継決定事情も明らかになった。
 レーニア嬢がフルレット侯爵領から離れられないとヴィンレー伯爵家では思い込んでおり、一家はトーラス氏が将来レーニア嬢とともにフルレット侯爵領に住むことになるとも思っていたらしい。ならばと、体が弱く爵位を自力で取れるほどは優秀でもないエルド氏に、トーラス氏が後継を譲ったというのが真相だった。

 トーラス氏はレーニア嬢やフルレット侯爵家から申し出があれば騎士の仕事も直ぐに辞める準備があったことから、フルレット侯爵家を軽んじていたわけではないとフルレット侯爵からも理解を得た。
 また、フルレット侯爵は双方の家同士の話し合いの不足を認め、ヴィンレー家の処分については減刑を求めた。

 結果、ヴィンレー伯爵家は爵位の返上を王家から留められ、国に罰金と本物の婚約者であったレーニア嬢に慰謝料を払うという処分となった。
 そのうち、レーニア嬢に支払われる慰謝料についてはゼレスト子爵家が一部を負担し、それまでの伯爵家の借金も帳消しとして、コルティアの起こした騒動についてヴィンレー伯爵家への謝罪とした。ゼレスト子爵家はまた責任を取ってコルティアの両親は娘の籍を抹消して引退し、息子のニクス氏が子爵家を継いだ。……】

 騎士団の記録には、その後のコルティアについての記載はない。

 夫に捨てられ実家からも見放され貴族婦人から一転して平民となったが、それにより起こした騒動に対して相応の罰を受けたと見做され、それ以上の罰を追うこともなかった。
 彼女にとってそれが幸せだったのか、分からない。
 彼女のその後は本当に誰も知らない。

 どこかで白い犬だか、黒い犬に食い殺された女性がいたとしても、誰も悲しむ者なんていない。


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