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44,誰も愛してはいない
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今夜の最初のダンスが始まる頃、レイが手を取ってホールの中央付近に連れて行って下さいました。
「これが本当の意味での初ダンスかな?」
「御存知でしょう」
小声で囁くように会話して、私達は微笑み合いました。
少しだけ状況を忘れた幸せな一瞬の合間。
ここで別の男性のことを考えるのは相応しくないかもしれませんけど、先日の夜会ではフレイ兄様はダンスは本当に苦手だからと逃げておられました。
目立ってはいけないと理解していても初めての夜会だったのですから、記念としてでも兄として一曲くらいお付き合い下さっても良かったのにと今も心の奥で不満が燻っております。
「あまり練習できておりませんよ。足を踏んだなら御免なさい」
「少しくらい足は踏んだ方が『らしい』かもね」
確かに本来引きこもり王女ですものね。
あの王女様は今、どんな生活をされておられるのでしょう?
誰なのかは存じ上げませんが、引き離された母親という方にもいつか再会できるといいですよね。
「……ベールを被った王女は神秘的に見えるようだね。ちらちら皆見ているよ」
そんな注目効果があるならベールは止めて、化粧で王女様に寄せた方が良かったかも知れません。一番私自身から縁遠いもの、それは妖艶と神秘でございます。
ただ、衆目が私に集まっているとレイは仰いましたが、ベール越しでは私にはいまいち周囲がはっきりとは確認できず、緊張もあまり感じない利点もありました。
レイのリードで踊るのは体が軽くいつも以上に上手く踊れ、夜会での初めてのダンスはとても楽しく感じました。
「やっぱりネックレスを贈って良かった」
嬉しそうに語るレイに、私も嬉しくなりました。
でも、ネックレスって残念なのですね。
夜会のシャンデリアに照らされキラキラ光っているのは想像できるのですが、本人にはちっともその輝きが見えないのです。角度を変えれば青が光る石なのに、他の人しか見えないなんて。
自分で普段使いの月長石の指輪を作ろうかしら。
考え事をしていた私の横をするりと移動していっったペアの姿に非常に驚いてしまい、私は一瞬体が固まってしまいました。
その動きをレイはフォローして、不自然ではないダンスの一部にして、
「どうしたの?」
「今のはハルト様とフランドル子爵令嬢です」
「ああ……あの2人は元婚約者同士で、夜会ではいつも最初のダンスを一緒に踊るんだよ」
フランドル子爵令嬢には元々婚約者がいらっしゃったことにも驚きましたが、相手がハルト様であることにも驚きました。
「ハルト様は……」
「ダイナス公爵家の嫡男の方だよ。尤も神殿に入られて、姉のクラリス嬢が後継という話だ」
そして、曲が終わり、私達も次のダンスを踊る方達のためにホールの中心から移動します。
フランドル子爵令嬢も加護持ちでいらっしゃいますからね、公爵家の方と縁付いても不思議ではありません。不思議ではありませんが、ハルト様と今もお付き合いがあるのはどういうことでしょう。これは、私の単なる好奇心で深い意味はありません。
ダンスの終了とともに、フランドル子爵令嬢達も自然に人の波の中に消えてしまいました。
高位貴族が集まる一角、オラージュ公爵家を初めとした私の知り合いが集まっている席にレイは私を連れていきました。
「私は少し回ってくるからね」
王子としての仕事でしょうか。
どこかの誰かのように適当に1人で会場に残しておくなんてことはなさりませんでしたね。
ええ、どこの誰かはわざわざ名前を出しませんが。
王子殿下と公爵令息とは、ここまで配慮が違うのですね。
「久し振りね」
人目を引く華やかさは相変わらずの養母です。
「痩せたかもしれないと思っていたよ」
養母の後ろでひっそり控えている養父は、もしかすると近しい親族で1人だけ私のことを真の意味で心配してくださっている方かもしれません。
心配無用です。離宮の奥に閉じこもるしかないので体型がほんの少しだけ……本当に少しだけ以前のドレスがきつくなったくらいです。王城の食べ物はとっても美味しいですよ。
「公爵、視線が気になりません?」
今も陛下が養母をじっと見ておられることに対して養母に尋ねるにしても、人が多い中ではどう表現するか迷ってしまいます。
しかし、そこは社交歴も長い、高位貴族の養母は私の拙い問いかけだけで言いたいことを理解し、
「ふふふ、あれはもうずっとだから慣れたわ」
養母は養父の腕に抱きつかれました。
ガタン、と音がしました。
瞬間、人々のざわめきが止まり、直ぐに興味を失って元通りとなりました。
音が聞こえてきたのは王族の席の方で、私が恐る恐る振り返ると、病で顔色も酷く悪く怠そうに席に座っていた陛下が、こちらを凝視しながら立ち上がっておられました。
どうやらフラフラの体でこちらに向かおうされているのを王妃殿下がお止めになっております。
「もう1人で歩けもしないのに、執着だけは異常よね」
想像通り養母にはもう陛下に対しての愛は残っていないようです。
「ベル……」
養父には陛下の執着が不安なのでしょう。
「大丈夫よ。私が愛しているのは貴方よ」
養母達は大丈夫たと思います。
もう一度私は王族席を振り返りました。
王妃殿下に支えられて席に着いた陛下は、王妃殿下の声にも応えずこちらを、母を睨み付けておられました。
王妃様と陛下を挟んで反対側におられる側妃様の方は、何もせずぼんやりと陛下の横に立っておられるだけでした。
この変な関係は、どうなっているのでしょう?
王妃殿下の行動は普通に分かりますが、立っているだけの側妃様と、養父といちゃいちゃする養母、横に妻達を置いてかつての婚約者に執着する陛下。それを夜会に参加している貴族の誰もが今更のように誰も気にはしない。
「3人とも欲しかっただけで、愛してなんかいないのよ」
母は誰とは仰りません。
「誰1人、愛していないのよ」
私はじっと母を見つめてしまいました。
それは、陛下が3人の誰も愛していないのと同時に、3人の誰も陛下を愛していないということでしょうか。
何と不毛な関係でしょう。
「これが本当の意味での初ダンスかな?」
「御存知でしょう」
小声で囁くように会話して、私達は微笑み合いました。
少しだけ状況を忘れた幸せな一瞬の合間。
ここで別の男性のことを考えるのは相応しくないかもしれませんけど、先日の夜会ではフレイ兄様はダンスは本当に苦手だからと逃げておられました。
目立ってはいけないと理解していても初めての夜会だったのですから、記念としてでも兄として一曲くらいお付き合い下さっても良かったのにと今も心の奥で不満が燻っております。
「あまり練習できておりませんよ。足を踏んだなら御免なさい」
「少しくらい足は踏んだ方が『らしい』かもね」
確かに本来引きこもり王女ですものね。
あの王女様は今、どんな生活をされておられるのでしょう?
誰なのかは存じ上げませんが、引き離された母親という方にもいつか再会できるといいですよね。
「……ベールを被った王女は神秘的に見えるようだね。ちらちら皆見ているよ」
そんな注目効果があるならベールは止めて、化粧で王女様に寄せた方が良かったかも知れません。一番私自身から縁遠いもの、それは妖艶と神秘でございます。
ただ、衆目が私に集まっているとレイは仰いましたが、ベール越しでは私にはいまいち周囲がはっきりとは確認できず、緊張もあまり感じない利点もありました。
レイのリードで踊るのは体が軽くいつも以上に上手く踊れ、夜会での初めてのダンスはとても楽しく感じました。
「やっぱりネックレスを贈って良かった」
嬉しそうに語るレイに、私も嬉しくなりました。
でも、ネックレスって残念なのですね。
夜会のシャンデリアに照らされキラキラ光っているのは想像できるのですが、本人にはちっともその輝きが見えないのです。角度を変えれば青が光る石なのに、他の人しか見えないなんて。
自分で普段使いの月長石の指輪を作ろうかしら。
考え事をしていた私の横をするりと移動していっったペアの姿に非常に驚いてしまい、私は一瞬体が固まってしまいました。
その動きをレイはフォローして、不自然ではないダンスの一部にして、
「どうしたの?」
「今のはハルト様とフランドル子爵令嬢です」
「ああ……あの2人は元婚約者同士で、夜会ではいつも最初のダンスを一緒に踊るんだよ」
フランドル子爵令嬢には元々婚約者がいらっしゃったことにも驚きましたが、相手がハルト様であることにも驚きました。
「ハルト様は……」
「ダイナス公爵家の嫡男の方だよ。尤も神殿に入られて、姉のクラリス嬢が後継という話だ」
そして、曲が終わり、私達も次のダンスを踊る方達のためにホールの中心から移動します。
フランドル子爵令嬢も加護持ちでいらっしゃいますからね、公爵家の方と縁付いても不思議ではありません。不思議ではありませんが、ハルト様と今もお付き合いがあるのはどういうことでしょう。これは、私の単なる好奇心で深い意味はありません。
ダンスの終了とともに、フランドル子爵令嬢達も自然に人の波の中に消えてしまいました。
高位貴族が集まる一角、オラージュ公爵家を初めとした私の知り合いが集まっている席にレイは私を連れていきました。
「私は少し回ってくるからね」
王子としての仕事でしょうか。
どこかの誰かのように適当に1人で会場に残しておくなんてことはなさりませんでしたね。
ええ、どこの誰かはわざわざ名前を出しませんが。
王子殿下と公爵令息とは、ここまで配慮が違うのですね。
「久し振りね」
人目を引く華やかさは相変わらずの養母です。
「痩せたかもしれないと思っていたよ」
養母の後ろでひっそり控えている養父は、もしかすると近しい親族で1人だけ私のことを真の意味で心配してくださっている方かもしれません。
心配無用です。離宮の奥に閉じこもるしかないので体型がほんの少しだけ……本当に少しだけ以前のドレスがきつくなったくらいです。王城の食べ物はとっても美味しいですよ。
「公爵、視線が気になりません?」
今も陛下が養母をじっと見ておられることに対して養母に尋ねるにしても、人が多い中ではどう表現するか迷ってしまいます。
しかし、そこは社交歴も長い、高位貴族の養母は私の拙い問いかけだけで言いたいことを理解し、
「ふふふ、あれはもうずっとだから慣れたわ」
養母は養父の腕に抱きつかれました。
ガタン、と音がしました。
瞬間、人々のざわめきが止まり、直ぐに興味を失って元通りとなりました。
音が聞こえてきたのは王族の席の方で、私が恐る恐る振り返ると、病で顔色も酷く悪く怠そうに席に座っていた陛下が、こちらを凝視しながら立ち上がっておられました。
どうやらフラフラの体でこちらに向かおうされているのを王妃殿下がお止めになっております。
「もう1人で歩けもしないのに、執着だけは異常よね」
想像通り養母にはもう陛下に対しての愛は残っていないようです。
「ベル……」
養父には陛下の執着が不安なのでしょう。
「大丈夫よ。私が愛しているのは貴方よ」
養母達は大丈夫たと思います。
もう一度私は王族席を振り返りました。
王妃殿下に支えられて席に着いた陛下は、王妃殿下の声にも応えずこちらを、母を睨み付けておられました。
王妃様と陛下を挟んで反対側におられる側妃様の方は、何もせずぼんやりと陛下の横に立っておられるだけでした。
この変な関係は、どうなっているのでしょう?
王妃殿下の行動は普通に分かりますが、立っているだけの側妃様と、養父といちゃいちゃする養母、横に妻達を置いてかつての婚約者に執着する陛下。それを夜会に参加している貴族の誰もが今更のように誰も気にはしない。
「3人とも欲しかっただけで、愛してなんかいないのよ」
母は誰とは仰りません。
「誰1人、愛していないのよ」
私はじっと母を見つめてしまいました。
それは、陛下が3人の誰も愛していないのと同時に、3人の誰も陛下を愛していないということでしょうか。
何と不毛な関係でしょう。
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