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59,彼らは保身のために沈黙した
しおりを挟む陛下の犯した罪とは、側妃様の子を……ご自分の子を見殺しにしたことでしょうか? いなかったことにしたことでしょうか?
この罪を何と呼べば良いのかさえ、私には分かりません。
「関係者全員を脅しても、なかったことになんて出来ないのに」
名前も付けられなかった王女は、本来なら加護持ちとして王家に生まれたのですから、皆から一番に讃えられる筈であった方でした。
「私には陛下のお考えは理解できません」
ウィルマだけではありません。
この場にいる全員にとって陛下の考えは理解不能です。
「先王とクローシェル様の話といい、二代続けて呪われているわね」
「……噂としてはありましたが、本当に陛下はクローシェル様の血筋なのですね」
「ええ。祝福の血を繋ぐために先王は実子としたのよ。大体あのお花畑達に子供なんて生まれるわけないでしょう」
先代国王夫妻は、何処でも酷評されている気がします。
「死後は王家の墓にも入れなかったのも仕方ないわ」
そうです。先代王妃の墓は神殿の奥の罪人用の墓地に葬られておりました。
ウィルマは沈黙し、養母もまた喋るのを止めました。
どうしようか悩みましたが、私は養母に問いかけました。
「先代王妃様が王家の墓に入っておられないことは私も存じておりますが、先代国王も入っておられないのですか?」
「空の棺だけは王家の墓に入っているわ。けれど、遺体がどうして納められていないかは……私も獣に食い殺されたとしか」
何故これほどまでの地獄は点在しているにも関わらず、今の今まで隠れていられたのでしょう。
先代国王は食い殺されて遺体はないのですね……。
というか、先代国王の死因は過労ですらなかったのですね。過労で亡くなっても国土を荒れさせた理由を作ったので自業自得であったと考えておりましたが、まるでそれは、
「だから、エーデルトは黒い犬と加護持ちを恐れ、嫌っているのよ」
加護持ちを害した者を食い殺すと言う『黒い犬』の伝説。
加護持ちは王位を奪うから疎んでいたのは先代国王の方です。
「先代王妃は犬に食い殺されないように、密かに遠くに埋葬されたのよ」
私は思わず養母を凝視しました。流れ的に先代王妃の墓が何処にあるのか養母が知っていると思っておりましたが、
「遠くではなく、大神殿の罪人用の墓地ですよ」
「そんなところに入れるわけないわよ。血が繋がらなくてもマザコンだったから」
「先日、私はメイローズ侯爵の案内でロクス大神官と先代王妃の墓に行きました。場所は確かに罪人用の墓地で、ロクス大神官も大変驚かれておりました」
私だけでなくメイローズ侯爵とロクス大神官の名前も出すと、養母は困惑して視線を彷徨わせ、養父やウィルマに、
「……嘘でしょ?」
養父とウィルマは顔を見合わせ、養母に、
「私は初耳だ」
「私もです……」
これは養母達は知らないことだったようです。
「大神殿の罪人用の墓地に……獣に遺体を荒らされたくないからって話は嘘だったのね」
「メイローズ侯爵は、子供を1人も産まなかった王妃は罪人になるからだと仰っておりました」
「その話は……多分違うと思うわ。メイローズ侯爵のただの皮肉よ。昔は子供を産めなかったら罰として王妃から降ろされたという話で、本当に罪人扱いになるという話ではないのよ」
養母は困ったように仰いました。
先代王妃が陛下の母ではない事を知るメイローズ侯爵の皮肉は、あまりに私にはスマート過ぎて説明がなくては分かりませんでした。
もう少し分かり易くお願いしたいものです。
「皮肉とは言え、微妙な話ですね。実際に先代王妃は罪人用の墓地に眠っておられたのですよね」
話すことは話したら少し顔色も良くなり落ち着きが戻っているウィルマは、首を傾げました。
「ええ。先代王妃のお墓の前でお祈りしたら墓石も割れて、先代王妃も禁忌に関わっていたようだとメイローズ侯爵が」
「待って。先代王妃は死んだのだから、禁忌を犯した影響も消えるはずでしょ……。いくら禁忌を犯した者は加護を受けられないとしても、墓石が割れること何て通常あり得ない」
…………やっぱり私は破壊の力に目覚めたのでしょうか。
メイリアのように筋肉ムキムキになるのは少し……気にはなりますね。ちょっとした好奇心です。
「メイローズ侯爵、ロクス大神官は他には何か言っていなかった?」
何かと尋ねられると、思い出すのは一つしかありません。
「ロクス大神官の両親が先代国王夫妻ではないと言うことくらいです」
「それは一応完全なる秘密だったけど、メイローズ侯爵がロクスに暴露したのね」
「やはり御存知でした?」
「あのね。私達の父で貴女の祖父は、先王の弟でしょ。当然父は知っておられ、先王に怯えていたわ。だって、予備の子供が欲しいからって自分のもう一人の弟夫婦を殺して子供を奪ったんだもの」
ここまで清々しい暴君がいたのですね。
禁忌を犯したからこそ無茶苦茶をしたのか、暴君が故に禁忌を犯したのか。
そして、その迷惑極まりない禁忌を犯して呪われた先代国王夫妻に育てられた者が、禁忌を犯した。
「祝福の血を繋ぎたいからですか?」
私にも流れる血ですが、先代国王達の血を引いていないこと以外は特にありがたいことだとは思うことはありません。
「本家である王家の血はお花畑夫婦が足掻いていたとしても、今は祝福などとうに消え去って、穢れた血脈になってしまった」
レイ達からも……祝福は失われているのでしょうか?
自覚はないですが、やはり人から祝福の血脈と言われると、良いことがありそうな気がする程度なのですが、それはやはり……
「第3王子殿下だけ殺されたのよね……」
しばらく母は考え込んで、
「駄目ね。まだピースが揃わないから、私にも分からない」
ため息をついて頭を抱えました。
少しずつは状況が明らかになっているのですが、重要なピースはまだ見つかっておりません。
___
(以下の閑話はグロありです。とても短く読まなくても話の流れには影響しません。グロが苦手な方は読むのは止めた方が良いです。あくまで監視者の末路だけです。)
【グロいのでレーニアが知ることはないちょっとした話】
そこに残っていたのは、残骸だった。
年若い騎士はあまりの遺体の様子に目を背け、嘔吐感から離れていく。
顔を顰めている騎士達のまとめ役も経験から何とか耐えているが、ここまで損傷の酷い遺体をあまり見たことはなかった。
「……数も分からんな」
オラージュ公爵の夢見の加護で眠らせた、ウィルマを監視していた者達は、原型をほとんど留めない肉片となって散らばっていた。
「本当の黒い犬ってこういう存在なんだね」
顔色を変えていないのは、いつもは妻の公爵の横で大人しい夫の顔をしているセルジュだった。
いつもフレイやレーニアを見るときとは全く違う冷たく凍り付いた目をしており、食いちぎられた遺体を冷静に見つめていた。
「本物の犬がレーニアを守るなら、それはそれでいいんじゃないかな。どうせこいつらは生きて返すつもりもなかったし」
ねぇ、とセルジュは横にいるディルに話しかけた。
「夢を見ながら死んでいったのでしょう。随分楽しい死に方ですね」
「しまった。起こせば良かった」
腕を大きく動かして悔しそうにする、かつての先輩を呆れた顔でディルは見ていた。
ディル達の主にとって、オラージュ一家は大事な家族と同等の存在である。
しかしながら、今もって主がこの先輩をオラージュ公爵に結婚相手として薦めたのかはディルには理解できない。
「ベルの与えた楽しい夢の中なんて勿体ない。今からでも起こせないかな」
「……貴方が起こしたら、アンデッドで復活するかも知れませんね」
「やったことないけど、アンデッドになったら面倒だな。ベルもアンデッドの匂いは嫌だろうし」
結婚したら相手にベタ惚れしたこの先輩のことも、ディルは理解できない。
「まあ、黒い犬に食い殺されたなら、伝承通り地獄の底に繋がれるから戻ってこないだろ」
騎士のまとめ役は2人の会話より、この惨状をどうやって片付けるかで頭がいっぱいであった。
「もう少し綺麗に食ってけ……!」
その声が犬に届いたかは、後日。
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